41 中央広場防衛戦
ギリアンとガトリックのパーティーは石畳の二番通りを走っていた。
遠くに見える影絵のような森のシルエットから朝日が顔を出し、雲を赤く染め上げている。雲の切れ間には鮮やかな青い空が覗いていた。こんな時でもなければタバコでもふかしながらゆっくりと眺めていたい幻想的な光景だが、いまは何かの皮肉にすら思える。
ギリアンは朝焼けの眩しい光に目を細めながら近づいてくる宿場筋との交差点を睨む。
まだ敵はここまで到達していない。安堵したのもつかの間、交差点を南から北へと獣の群れが走り抜けた。
「なにか通ったぞ!」
「セブウルフだ。 ゴブリンが乗っていたぞ!」
前衛のガトリックとブラムが言葉を交わす。
獣の上に小さな人影が乗っていたのをギリアンも確認していた。ゴブリンは魔獣の子供を巣穴に持ち帰り飼い慣らすことがあり、魔獣を馬のように使役して騎乗するゴブリンは、ゴブリンライダーと呼ばれる。どのような方法で飼育しているのかはよく分かっておらず、過去にはいくつかの国で魔獣の子供を飼育する実験が行われたが、人になつくことはなかったという。
「どうしよう! 向こう側はまだ避難が進んでないのに! レイムスたちなら止められるんじゃないの?」
「あいつらは馬に乗ってるんだ。 宿場筋はとっくに越えてる。 むしろ、後ろを突かれて挟み撃ちに合う可能性も……」
「おまえら、切り替えろ! 魔物をこれ以上は通さないことだけ考えろ!」
動揺しかけたパーティーをギリアンが一喝した。危険な魔物を通してしまったのは痛いが、ゴブリンライダーは足が速く追いつけるものではない。犠牲は出るかもしれないが居住区で討伐にあたっている他の冒険者に任せるしかなかった。
「リスフィ、他に敵は来てるか?」
ギリアンはエルフのリスフィオーネに訊ねた。エルフはヒト種族に比べて聴覚が発達している。レンジャーでもあるリスフィオーネは聴覚による気配探知に長けていた。
「はい、すぐそこまで。 かなりの数ですよ!」
交差点はもう目の前だ。
「ここらは避難終了してマスよね。 ガトリック、例のやつ、やりマスよ!」
「わかった!」
交差点で立ち止まるとガトリックとセレナが呪文の詠唱を始める。走ったせいでセレナは息が乱れて苦しそうだが、重たいプレートメイルを着込んだガトリックの方はまったく息が乱れていない。
南から進軍してくる魔物は目の前まで迫っていた。
「スコール!」
ガトリックが手をかざすと魔物たちに激しい雨が降り注ぐ。
「リリュース キルアシス アクルスス キルアレイシス 我はヴァレリアの雫を渇きの王シュルツェフに捧げる者 凍てつく北の大地の王ソドム、吹き荒ぶ西の空の王ベルリュースの息吹、我が血に応え力を示せ! アイスストーム!」
セレナが杖を振り上げると、氷の塊を含んだ冷気の嵐が魔物の上に吹き荒れた。視界は白く染まり、魔物の姿も薄いシルエットでしか確認できない。
嵐を抜け出した数匹のオークをギリアンとブラムが手早く斬り倒す。
嵐がおさまると、数十本の氷の柱と化した魔物たちが姿を現した。石畳の路面や建物も氷に覆われ、一面の銀世界に動くものの姿はない。
「どうっスか、ギリアンさん! 上位魔法のアイスストームが、猿でもできる水魔法と組み合わせると大魔法並みの威力っスよ!」
セレナが得意げに跳び跳ねた。
「ああ!? なんでてめえは、第三節までちんたら詠唱してやがんだ! この様子だと防御にも使うアイスウォールだって詠唱破棄できてねえだろ! 基本の魔術回路をしっかり造っとけとあれほど……」
「ぎゃー! まさかのダメ出し!?」
「ギリギリすぎて、冷や汗ものでしたからね……」
「そんなことより、第二波きますよ」
Aランクパーティーの冒険者たちは気を取り直して冷静に状況を見ている。自分たちが言いたかったことを言ってくれてるギリアンにはとくに突っ込まない。
奥からはゴブリンやオークに加えてオーガやトロールといった大型の魔物もやってくる。
リスフィオーネが緑色の長弓で矢を放つと、先行して走ってくるゴブリンが次々に倒れていく。魔物たちは氷に足を滑らせて思うように進めないようだ。
「魔族がいますね。 魔物使いでしょうか?」
たしかに大型の魔物を従えるように、馬に乗った軍服姿の魔族が見える。リスフィオーネの放った矢が魔族に向かってまっすぐに飛んでいくが、矢は直前で軌道を変えて地面に落ちた。
「風の盾ですね……」
弓矢は強力な武器だが風属性の下位魔法で防がれてしまうという弱点がある。
魔族が右手を突き出すと、その手の先に燃え上がる炎の球体が現れた。
「セレナ!」
「はい! カウンタースペル展開しマス!」
セレナが自分を中心にカウンタースペルの結界を張る。
カウンタースペルは魔術師が他者の魔法に自分の魔力をぶつけて相殺する技で、魔法使いの基本的な技術のひとつだ。味方の支援魔法や回復魔法にまで干渉してしまうが、強力な攻撃魔法をまともに食らうとパーティーが全滅しかねないので敵に魔法使いが居る場合は必須になる。
魔族の手から放たれた炎の塊は氷の彫像の間を抜けてまっすぐに飛んでくる。火属性魔法のフレアボムだ。目標にぶつかると激しい爆発を起こすこの魔法は威力が高く、冒険者にもよく使われている。
ガトリックとブラムが後衛を守るように射線上に立ちはだかる。
炎の球体は交差点に入ったあたりでとつぜん形を崩し、薄い炎の膜になって前衛にぶつかった。ガトリックとブラムがそれぞれ盾とマントで身を守ると、炎は消え去る。
「よし、勝ちい!」
セレナがガッツポーズをとって叫んだ。ほとんど無害なまでに威力を殺せたのは、セレナの魔力が上回っているということだ。
リスフィオーネが結界から飛び出ると、再び弓に矢をつがえた。
「ラ シルフ フラエル……」
リスフィオーネが風の精霊を喚び出して矢にまとわせる。精霊魔法はエルフの得意とするところだ。
魔族に向かって放たれた矢は風の盾をすり抜けて魔族の胸に突き刺さり、魔族は馬から転げ落ちた。
「よし、敵の動きが乱れたぞ!」
魔族が倒れると、きれいに陣形を組んでいた魔物が目に見えてばらばらに動きだした。それでもこちらに向かってまっすぐ進んでくるのは、おおもとの命令は生きているからなのだろう。
「ここで迎え撃つぞ」
敵が近づいてくるのを待つガトリックとブラムにカウンタースペルを解除したセレナとアークプリーストのタキが支援魔法をかける。
大型の魔物が氷に足をとられてる間にばらけて襲ってくるゴブリンやオークを前衛二人とレイピアを抜いたリスフィオーネが難なく倒していく。
「ギリアン、ここはだいじょうぶです。 広場に戻ってください」
セレナが大型の魔物に再びアイスストームをかけるのを見届けて、ガトリックがギリアンに言った。
「わかった。 あとは任せたぞ」
通りの奥から駆けつける冒険者の姿も見える。ここは問題ないと判断したギリアンはパーティーを離れて広場へと走り出した。
◆◇◆◇◆
広場では激戦が繰り広げられていた。
一番通りから広場に押し寄せる魔物の群れを警備兵団が迎え撃っている。警備兵団は西の城壁に据えられていたバリスタを持ち込んで通りの前に並べていた。つがえられた巨大な矢は長槍に矢羽を取りつけたものだ。
「撃てーーっ!」
号令と共にバリスタから放たれた矢は、オーガ二匹をまとめて串刺しにする。
魔物は通りの路地から建物内に進入し、広場に面した建物の窓や扉からも溢れ出てくる。冒険者たちが建物の前に陣取り、出てくる魔物を倒していくが数が多すぎて少しずつ広場にも進入されつつある。
「くそっ! もぐら叩きかよ!」
高級レストランの前でホブゴブリンを斬り倒しながらバーニーが叫んだ。すぐ横の通りからオーガが広場に突進してきたかと思うと、バリスタの直撃を受けて仰向けに倒れ込む。
隊列を組んで通りに突撃をしかけた兵士が怯んだように足を止めた。そこに通りから飛び込んできた赤い鎧の魔族が斬り込み、瞬く間に兵士を倒して広場への道を切り開いていく。
「あいつは……!」
派手な鎧ですぐに冒険者殺しだとわかった。並みの剣士ではあれを止めることはできない。
エリオラは斬撃を飛ばして飛んできたバリスタの矢を真っ二つに切り裂く。斬撃はそのまま突き進み、バリスタの一基を破壊した。
兵士たちがエリオラに斬りかかるが、盾も剣もおかまいなしに切り裂く【紅蓮刀 焔一文字】の前に次々と斬り倒され、その進撃は止まらない。エリオラの後ろに続く魔物が広場に流れ込んで戦線は混乱していく。
そのとき、隊列の後ろから飛び出した一人の兵士がエリオラの前に立ちはだかった。
兵士は振り下ろされた大太刀を、手にしたバスタードソードで受け止める。その刀身は青白い光に包まれ、何らかの魔法の加護を受けているようだ。兵士は銀色の甲冑に身を包み、兜には軍団長であることを示す赤い羽根飾りがついていた。
エリオラは一瞬の間を置き、軍団長に連撃を叩き込んだ。その重さと速さに軍団長の防御が崩れる。かろうじて三撃目を受け止めたが頭部を狙った次の一撃に防御が間に合わない。
その剣先が銀色の兜に届く寸前でエリオラは刀を引いて飛び退がった。
一瞬前までエリオラが立っていた場所を斬撃が走り抜ける。
「おまえら、ここは任せた!」
斬撃を飛ばしたバーニーがエリオラに向かって走り出した。
「あー、任されちゃいましたよ」
僧侶のローレンがあきれたように呟く。
「ああなったら、もう止められませんから、放っておきましょう。 死んだら骨ぐらいは拾います」
キールが無表情に言い放った。
レストランの入り口から飛び出してきた二匹のホブゴブリンをホフマンがシールドバッシュでまとめて叩きのめし、扉の奥まで吹き飛ばす。あちこちの窓から出ようとする魔物をゲイツが走り回って抑えていた。
「手が足りねえって! キール、なんとかしろ!」
ゲイツが手裏剣を投げながら叫ぶ。
「やれやれ、仕方ないですね」
キールは小さな袋を取り出すと、すばやく魔法をかけて開いたままの扉の奥に投げ込んだ。
袋から散らばった小さな黒い種子が芽を出し、あっという間に太い緑色の茎を持つ植物に成長してレストランの入り口を塞いだ。
植物はさらに枝葉を伸ばして成長を続け、白い花を咲かせたかと思うと一斉に花を落とし、残った膨らみから種子を飛ばす。その種子がまた芽を出し、増殖をはじめる。一分とかからず酒場の窓という窓から緑色の枝葉を出した植物は、ようやく成長を止めた。
「床の総張り替え費用に金貨25枚……自治体が負担すべきですが、ギルドに請求がくるとなれば……」
「ちょっと! そんなのあとでいいから!」
なにやらぶつぶつ言いはじめたキールのわき腹をローレンがメイスで小突いた。
「よお! いいザマだな、クレイド!」
飛び込んできたバーニーが、からかうように軍団長に声をかける。
「きさま、バーニーか! 余計な真似を!」
命の恩人のはずだが、バーニーの姿を見た瞬間にクレイドは言い返していた。この無礼な侍はなにかと突っかかってきて鬱陶しい。
「それじゃあ、Bランクってとこだな。 部下の後ろで指揮でも執ってたほうがいいんじゃねえか?」
「な、なんだと!? おのれ、言わせておけば……」
並みの腕ならエリオラの一撃で切り伏せられている。バーニーもクレイドの強さは認めざるを得ないのだが、普段からの傲慢な態度が勘にさわる。こういう展開は待ちに待っていたというか、ウェルカムな感じだった。
バーニーは、体制を立て直して斬り込んでくるエリオラに向き直った。
エリオラの攻撃は速く、何本もの剣を同時に操っているように見える。まるで斬撃の弾幕だ。
ギリアンはこんなのに突っ込んだのかよ……
折れそうな心をなにかが後押しして、バーニーは叫び声を上げながら斬撃のなかに踏み込んだ。
こうだったか!
バーニーがエリオラの連撃を受け流す。まともに受けるよりも連撃の速度は落ちるはずだが、それでもエリオラの攻撃はバーニーの反射速度を上回っていく。しかも、いくら攻撃を捌いて進んでもバーニーの攻撃範囲にエリオラが入らない。
これは、やべえ……
バーニーが死を意識したとき、バーニーの後ろから飛び出したクレイドが雄叫びを上げながらエリオラに突っ込んだ。
クレイドに斬撃が飛んだ瞬間にバーニーは相討ち覚悟で踏み込み、一気に刀を振り下ろした。
ギンッ!
ギリギリのところでエリオラの大太刀が火花を散らしてバーニーの一刀を受け止める。そこにクレイドが踏み込み剣を突き出した。
エリオラの胴鎧に激しく剣がぶつかると、赤い鎧が爆発するように炎を噴き上げた。バーニーが噴き出した炎をとっさにかわし、エリオラは炎の反動で一気に後ろに下がった。クレイドはまともに炎を浴びるが、全身を覆う鎧のおかげで大丈夫のようだ。
「爆発しただと!? これは、我が宝剣エスペランサーの新たな能力か!?」
「あほか! てめえが攻撃を受けたんだよ!」
エリオラの鎧は燃え上がり、まるで炎を纏うような姿になっていた。腰と脛のあたりからは激しく炎が噴き出し、エリオラの足は宙に浮いている。
背中から爆発的に炎が噴き出したかと思うとエリオラが瞬時に間合いを詰めて目の前に迫った。
二人は左右に飛び退いてすれ違いざまの攻撃を弾き返す。
振り返るとエリオラは離れた場所でこちら向き直っていた。
「くそ速ええ! なんだ、ありゃあ!?」
「おい、バーニー! 無能な貴様でも囮ぐらいにはなるだろう。 やつの攻撃を引き付けろ」
「はあ? どう見ても盾役はてめえだろ。 この鈍亀が!」
罵りあいながら二人は左右に別れてエリオラに走りだす。
エリオラはクレイドにすれ違いざまの斬撃を浴びせようと飛び出すが、クレイドが見掛けによらず俊敏な動きでエリオラの前に立ちはだかり、斬撃を受け止めながら体をぶつけてエリオラの動きを止める。
別方向からの殺気を感じたエリオラは、逆噴射で一気に離脱した。ギリギリでかわしたバーニーの居合い抜きがエリオラの赤い髪を宙に舞わせる。
くそ!なぜだ!?
エリオラは困惑していた。一人ずつならなんの問題もなく倒せる相手のはずだ。それが、炎帝の鎧を駆使してなお苦戦を強いられている。多数を相手に戦うのにも慣れているが、エリオラの太刀筋を見てなお、これほど果敢に斬り込んでくる相手は初めてだった。こんなはずではないという思いがさらに焦りを生んでいく。
そのとき、カンカンと乾いた鐘の音が広場に鳴り響いた。
西門の物見台の鐘だ。城壁の上の兵士が慌ただしく走り回っているのが見える。
城壁の向こうから無数もの黒い物体が浮かび上がり、広場に近づいてくる。不気味な羽音を響かせる体長二メートルにもなる真っ黒な昆虫は、洞窟蜂と呼ばれる蜂の魔物だ。洞窟蜂は地中に巣穴を掘り、ときにはダンジョンに住み着くこともある。蜘蛛型の魔物を主食にしているが、ときには家畜を襲って卵を産みつける。それより数が多いのは体長一メートルほどのスタージだ。これは初級の冒険者でもなんとかなるが、これだけ数が多いと厄介だ。
さらに城壁の壁を登ってきた牛ほどの大きさの蜘蛛がぞろぞろと壁を乗り越えて広場に向かってくる。城壁の上の兵士が応戦するが、敵の数が多すぎて次々に倒されていく。
「くそ、新手か!」
「人型ばかりだから、おかしいとは思ったが……」
魔物は住民が避難しているエリアにも侵入していくので、兵士を回さないわけにはいかない。
エリオラは新たな魔物の出現を確認すると、炎を噴き出しながら通りの奥へと飛び去った。
「まちやがれ、てめえ!」
バーニーが叫ぶが、もうエリオラの姿は見えない。
「冒険者も戦力を広場に集めろ! このままじゃ、もたんぞ!」
クレイドがバーニーに言いながら、広場の奥に待機している兵士のところに走っていく。
「これは、まずいな……」
こちらに駆け寄ってくるキールたちを見ながら、バーニーは呟いた。
レイピアとバスタードソードの解説を入れておきます。
レイピアは細身の両刃剣ですが、戦場で使う武骨な武器というよりは、貴族などが護身用や礼式用に身につける洗練されたイメージです。とにかく軽くて扱いやすく、攻撃力も十分ですが、その分強度に難があり簡単に折れてしまいます。補助武器としては携帯しやすさも考慮すると優秀ですが、前衛でガンガン戦うのには向きません。
一般的なロングソードや幅広のブロードソードを含め、大剣や一部を除いた多くの西洋剣は片手剣に分類されます。持ち手の部分も片手で握る長さしかなく拳護という握った手をガードする部分がついていたりいなかったりします。それに対してバスタードソードは握りの部分が長く両手で使うことができます。両手で扱うメリットは片手より威力が大きくなることと、より繊細な剣捌きが可能なことです。大剣ほど重量もないので片手でも扱え、状況に応じて片手持ちと両手持ちを選べるのが特徴ですね。
ついでにキールが店の修繕費を気にしていたので貨幣価値も説明しておきます。
この世界では銀貨1枚が千円ぐらいの設定です。銅貨1枚が百円、その下に1枚十円の雑貨があります。銀貨50枚で小金貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚となり、それぞれ五万円、十万円ですね。あと、琥珀金という金と銀の合金で作られたエレクトラム貨というものが存在し、こちらは1枚で銀貨25枚となります。これは近年になってイスカディア帝国で発行され、帝国も外国との商取引に積極的に使用しているので周辺国から大陸全土に広まりつつありますが、辺境の村なんかではまだその存在すら知らない人も多いです。
また機会があれば、いろいろ説明します。




