37 デモンズウォール
カン カン カン カン
乾いた鐘の音が遠くから聞こえる。
ギリアンは、はっと顔を上げると暗い酒場から飛び出した。路地の壁を蹴り、三角飛びの要領で屋上まで駆け上がる。
耳を澄ますと勢いを増した夜風に乗って、鐘の音は四方八方から聞こえてくる。
これは村の各門にある物見台の異常を知らせる鐘の音だ。
「まさか……攻めてきやがったのか」
このタイミングで一斉に鐘が鳴るような事態といえば、魔物の襲撃だろう。ギリアンはギルドに戻らねばならない。
「すまねえ、カイト………無事でいろよ」
ギリアンは悔しそうに呟き、通りに向かって屋根の上を走り出した。
◆◆◆◆◆
カイトはエリオラを追って大きな地下道を走っていた。
暗闇の向こうから聞こえてくる不気味な悲鳴が大きくなっている。
(拷問部屋でもあるのか?)
カイトが訝しんでいると、追っていた足音が途絶え、前方に松明の明かりが見えた。
炎の明かりの中に、エリオラと松明を手にした二本角の魔族が立っている。ギリアンから聞いていたゲーリッヒという男だろう。
ゲーリッヒはカイトを見ると邪悪な笑いを浮かべ、エリオラと共に小さな脇道に飛び込んだ。
「待て!」
カイトが後を追って脇道に近づくと、不意に空気が変わった。脇道は消えて、ただの壁になっている。
いつの間にか、壁や床の質が変わっていた。さっきまで人工的な石造りだったはずだが、凸凹のある石灰質のツルツルとした質感は鍾乳洞の洞窟内を思わせる。
(なんだ?)
カイトは足を止めた。
脇道は跡形もなく、そして目の前に大きな闇の壁があることにカイトは気づいた。その闇の向こうには光が一切届かない。
手にした魔法の光で照らしても、ぷっつりと途切れた通路の先は奈落のように底がしれなかった。そして、無数の男女の悲鳴や絶叫、呻き声が闇の向こうから聞こえてくる。
その声がどんどん近づいていることにカイトは気づいた。
やがて通路内に大きな悲鳴が響き渡り、異様な気配にカイトは後退さった。
闇の表面から、無数の腕が生え出ていた。生白い腕や焼けただれた腕、半ば白骨化したもの、それらはなにかを探すように、闇から抜け出そうともがくように蠢きながら、暗い海から浮かびあがるようにその頭、上半身を引きずり出した。
それらは老若男女様々で、もはや肉が爛れて性別も分からない者も多い。亡者たちは悲鳴をあげながらカイトに向かってその手を伸ばした。
亡者たちは腰あたりまでしか出てこれないのか、その手はカイトに届かないが、とつぜん巨人のような大きな亡者が現れてカイトにつかみかかった。
「うわ!」
カイトが飛び下がりながら短剣を振り、亡者の指を切り落とす。亡者は指のない手を伸ばして呻き声をあげた。
カイトは距離を取ろうと後ろにさがるが、距離が開かない。
「こいつ、前進してるのか!?」
闇の壁が、こちらに向かってゆっくりと進みはじめていた。




