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35 夜明け前


 夜は深く、中天に輝く月が闇に沈む大地を薄く照らしていた。普段ならゼフトの村も通りを照らすのは三十メートル毎に設置された光魔法の常夜灯と朝まで開いている酒場の昭明ぐらいのものだが、この夜は通りを埋め尽くすように明かりが灯され、兵士や冒険者が目を光らせながら忙しなく行き来している。


 下水道に大量の魔物が発見されたことで村には戒厳令が出され、警備兵団や冒険者はその討伐に躍起になっていた。

 冒険者ギルドも医療室や仮眠室に負傷者が横たわり、酒場では地下から帰還した冒険者が情報収集に勤しんでいる。


「おい! ギリアンが第六ブロックの掃討を終えたらしいぞ!」


 扉を開けて飛び込んできた冒険者が大声で告げると、酒場にどよめきが起こった。


「すげえ! 第五ブロックに続いて三ブロック目かよ!」


「第一ブロックから掃討を始めた警備兵団の本隊が、いま第三ブロックで手間取ってるからな。あいつら二人だけで警備兵団を追い越したことになるんじゃねえか?」


「ギリアンのパートナーの小僧、何者だ? あんなやつ、知らないぞ」


「あいつ、近づいただけで有毒ガスの場所が分かるんだぜ。Aランクでもあんなのムリだ」


 話題はギリアンのパートナーの見知らぬ盗賊に集まっていた。

 下水道の第一ブロックを探索していた警備兵団が魔物を発見し、すぐに冒険者ギルドにも下水道の探索と魔物の討伐の依頼が出された。

 下水道には魔法による強力なブービートラップが多数仕掛けられており、その発見と解除に必要な高レベルの盗賊系スキルを持つ人員は少なく、誰もが長期戦を覚悟したのだが、カイトを斥候にしたギリアンとのコンビが現れると事態は一変した。カイトはトラップを次々と無力化し、隠れた魔物を発見するとギリアンと二人で瞬く間に討伐していったのだ。


 第六ブロックから引き上げた冒険者たちがギルドに帰還しはじめ、仲間たちは歓声で出迎えた。最後にカイトとギリアンが扉から姿を現すと、一際大きな歓声が上がる。


「やったな、さすがギリアンだ!」

「坊主、さっきは助かったぜ! ありがとよ!」

「これで魔物使いも尻尾巻いて逃げ帰るだろうぜ!」


 熱烈な歓迎にカイトは面食らっていた。


(あちゃあ、めちゃくちゃ目立ってるな……)


 ルシアのこともあるので、あまり注目を浴びることは避けたかったのだが、こうなってはもう仕方がない。ルシアはルシアで勝手に目立っているようだし。

 カイトが控えめに片手を上げて応えると、拍手が湧き起こった。


 その様子をカウンター席から眺めていたバーニーは、チッと舌打ちをした。


「てめえら、まだ気を抜くんじゃねえぞ! 肝心の魔物使いが見つかってねえんだからな! 酒なんて飲みやがったら承知しねえぞ!」


 ギリアンが檄を飛ばす。


「ギリアン、そうは言うけどよ、俺は酒が入らねえと夜は動けねえんだ」

「そうだ、飲ませろー!」

「アルコールが切れちまったら、戦えねえだろ!」


「ちっ………まったく、てめえらは……。いいか、一杯だ。一杯だけだぞ! 二杯目に口をつけたら、ぶっ飛ばすからな!」


 どっと歓声と拍手が上がる。

 盛り上がる冒険者を置いて、ギリアンとカイトは事務室の扉をくぐった。


「あれでいいの?」


 カウンターに押し掛ける冒険者を見ながら、カイトが尋ねる。


「俺たちは軍隊じゃないからな。大事なのはモチベーションだ。どうせ飲むなと言ったところで、お行儀よく言うことを聞くわけがねえ。こっちも適当なとこで妥協しないと、組織として回らねえんだよ」


「ふーん、そんなもんか」


 たしかに、既にけっこう飲んでる者もちらほらと居るようだ。雇用形態から考えると冒険者は個人事業主なので、厳しくしすぎてヘソでも曲げられたほうが厄介なのだろう。


「それよりも、休憩室に案内させるから今のうちに休んでおけよ」


「ギリアンはどうするの?」


「俺は、報告やら何やらあるからな。二時間後には、また出発するぞ」


「わかった」


 事務室に居たリリーがカイトを二階の部屋に案内してくれた。


「廊下の奥にシャワー室があります。なにか、食べるものを持ってきますけど」


「おにぎりがいいな」


「わかりました。具は何がいいですか?」


(おにぎり、あるのかよ)


 試しに言ってはみたものの、期待はしてなかったので少し驚く。


「焼き魚系かな。あとはおまかせでいいよ」


「じゃあ、注文してきますね」


 そう言ってリリーは階段を降りていった。

 部屋は簡素なベッドに小さな木の机とイスがあるだけの小さな空間だったが、休むだけならこれで十分だ。シャワーも浴びたいが、けっこう疲労が溜まっていて動くのが面倒だった。手を触れずに罠の解除をするのは、それなりにMPを消費する。もともと盗賊は器用さと素早さに特化しすぎて、それ以外のパラメーターはからっきしなクラスなので、サブクラスのレベル上げをしていなければ途中でMPが底をつくところだったのだ。

 僧侶が汚水の浄化をしているという話を思いだし、カイトは試しに自分に浄化の魔法をかけてみた。

 キラキラした光に包まれ、思った以上にさっぱりした気分になる。染み付いていた臭いもなくなったようだ。

 カイトは革鎧を外すと、ベッドに転がった。

 ギリアンが言うように、今は体を休めて回復に努めるのがよさそうだった。



 一方、ギリアンはヘンケンに簡単に報告をしたあと、部屋に戻ってシャワーを浴び、煙草の補充をしてから会議室に入った。

 会議室に居るのはキール一人だった。ヘンケンは酒場で冒険者たちに現状報告と今後の方針を説明しているところだ。


「お疲れさまです、ギリアン。大活躍だったようですね」


 キールが声をかけてくる。


「ほとんどカイトの手柄だ。思った以上にすげえぞ、あいつ」


「噂では、念じただけで罠を解除するとか。Sランク級の盗賊なんて聞いたこともないですから、非常に興味深いですね」


 戦闘力の低い盗賊は、相手にする魔物が強くなるほど生存率は突出して低くなっていく。そのため、条件を満たせばすぐに上位クラスに転職するのが普通なのだ。


「最初に警備兵団から討伐要請があったときは、あなたに連絡が取れなくて焦りましたよ。すでに探索を始めていたとは、さすがですね」


「それよりも、第三ブロックが手こずってると聞いたが?」


「先ほど、掃討が完了したと警備兵団から報告がありました。キメラらしき魔物がいて、かなりの犠牲が出たそうですが」


「そうか………」


「ともかく、これで敵の戦力はかなり削れたはずです。襲撃中に市街地からも魔物がわらわらと涌き出てきたら、たまったものじゃありませんからね」


「これで、諦めてくれりゃあいいんだがな」


「敵の事情がわからない以上は、なんとも言えませんね。あなたも、今のうちに休んでおいてください」


「そうだな。少し眠らせてもらおう」


 ギリアンはそう言うと、イスに座ったまま腕を組み、目を閉じた。

 しかし、それから十分もしないうちに警備兵団からの使いがギルドにやってきて、ギリアンは起こされたのだった。




「市街地にキメラか………」


「一番通りは警備兵団が対応していて、六番通りは現在バーニーのパーティーが向かっています。どちらも複数のキメラが確認されていますが、レイムスとガトリックを出しますか?」


「いや、他のAランクは待機だ。俺が出る。カイトを起こしたらこっちに寄こしてくれ」


「もう準備できてるよ」


 いつの間にか装備を整えたカイトが扉の横に立っていた。




◆◆◆◆




 小さな教会でヴァール司祭は女神ルマートに祈りを捧げていた。

 今日は記念式典で、都からやってきた大司祭の補助を勤める年に一度の大切な日だ。

 大司祭は広場に面したイルスフィリア教会の施設に宿泊している。ヴァールが神官見習いだった頃は、広場の立派な教会はルマート教団のもので、ヴァールもそこにお勤めしていたものだった。

 だが国が滅び、新たな王政の支配下になると教会は接収され、イルスフィリア教のものとなった。だがルマート教団は追放されることはなく、小さいとはいえ村の中に教会を持つことを許された。ヴァールにはそれで十分であった。

 もともと村人は女神ルマートの敬虔な信者が多かったので、ミサには常にたくさんの村人が集まり、この五十年は神の教えのもと、穏やかに過ごすことができたのだ。

 今日は夜通し女神に感謝の祈りを捧げ、夜明け前には泉で身を清める禊を行うのがしきたりだった。だが今回に限り、物騒な魔族がうろついているということで、禊は教会の中庭で行うことになる。泉の水は事前に汲んであり、中庭の月の光が当たる場所に置いてある。教会の前には物々しい護衛の兵士たちが見張りをしていた。


 できればこんなことは、今回限りにしてほしいものだ。

 ヴァール司祭は教壇の上の短くなった太いロウソクに目をやった。これが燃え尽きる前には禊の儀式に入らねばならない。

 あと、もう少しか。

 そう思ったとき、教会の外で小さな叫び声が聞こえた。続いて聞こえた金属音は、鎧を着た兵士が石畳に倒れる音だとわかった。

 ヴァールと神官たちが顔を見合わせると、教会の扉が勢いよく開けられ、武装した男たちがなだれこんできた。

 神官たちは抵抗する間もなく男たちの剣に斬り伏せられ、壇上のヴァールだけが残された。

 屈強な男たちは額から捻れた角を生やした魔族だ。


「おお……神よ………」


 倒れた神官に鎮痛な目を向けてヴァールは呟いた。

 先頭にいた男が剣を構えて走る。ヴァールは胸の前で手を組み目を閉じた。男の剣がその細い体を貫くまでに、ヴァールは最後の神への感謝の祈りを捧げた。 



「これで鍵は手に入った」


 月明かりが射し込む教会の入口に、二本角の魔族、ゲーリッヒと赤い鎧の女、エリオラが姿を現した。


「大司祭でなくてもいいのか?」


「ルマートを信仰する敬虔な聖職者であれば、構わない。次は、おまえの仕事だぞ、エリオラ。うまくやれよ」


「ふん、誰に向かって言っている」


 エリオラは身を翻し、通りへと一人姿を消した。




◆◆◆◇◆




「くそ、こいつら速いぞ! ホフマンの後ろから離れるな!」


 バーニーが大声で指示を出す。

 通りの交差点の真ん中でひとかたまりになったパーティーの回りを二匹のキメラが跳び跳ね、走り回る。


 出会い頭に飛びかかってきたキメラをバーニーは肩口から腰にかけて一撃で斬り倒していた。手強いと見るや、残った二匹はバーニーから距離を取り、後衛のメンバーを狙いだしたのだ。

 二匹は巧みな連携でバーニーの射程ギリギリでバーニーを誘い出すと、もう一匹が反対側からパーティーを襲撃する。

 巨大なタワーシールドを構えたホフマンがキメラを防ぎ、先端にトゲ付きの鉄球がついたメイスでキメラの頭を殴りつける。キメラは少しよろめいたが深いダメージを受けた様子はない。

 キールの代わりに合流していた魔法使いのセレナは、キメラの動きが速すぎて狙いをつけることができない。民家を巻き込んでしまうので強力な広範囲魔法を使うわけにもいかないのだ。


「|マジックミサイル《魔法の

矢》!」


 セレナが杖を振り上げると、その頭上に二十個近い小さな青い光の玉が浮かび上がった。それが光の尾を引きながら一斉にキメラに向かって飛んでいく。

 下位魔法だが自動追尾で狙いを外すことはまずない。しかも使い手の力量で矢の数は増えるので、使い勝手のよい攻撃魔法だ。

 しかしマジックミサイルの直撃を受けたキメラは意にも介さず動き続ける。魔法防御が高いのか、とんでもなく体力があるのか、その両方かもしれない。

 パーティー最速の忍者のゲイツも目で追うのがやっとだった。得意の火遁と爆遁の忍術は居住区の中では使い勝手が悪く本領を発揮できていない。手裏剣は空を切り、近づいてきたところを忍者刀で斬りつけたが、ゴムのような感触の皮膚に弾き返された。

 僧侶のローレンはホフマンのよりも小さめのメイスを構えたまま、どうすることもできずに立ち尽くしている。


「くそ、ジリ貧じゃねえか!」


 バーニーは呻くように呟いた。

 キメラは動きの遅いホフマンを切り崩しにかかっているが、援護に向かうと空いたスペースにもう一匹が襲いかかってくる。仲間にばかり気をとられるわけにもいかない。キメラの本当の狙いはバーニーだからだ。キメラは揺さぶりをかけながら、バーニーが隙を見せるのを待っているのだ。唯一キメラの動きに対応できているバーニーが倒れてしまえば、パーティーは一気に崩壊するだろう。


「おいセレナ! なんとか足止めできねえのか!」


「そんなこと言われても、速すぎて詠唱が間に合わないッスよ!」


 セレナが詠唱破棄が出来る中級レベル以下の魔法では、キメラ相手にたいした効果は期待できない。


「一秒でいい! この蜘蛛野郎の足を止めろ!」


「…………蜘蛛?」


 セレナは、はっとして顔を上げた。


「わかりました! 一秒でいいんデスね?」


 セレナはバーニーの斜め前方に杖を向けて固定した。

 バーニーはセレナの動きを確認すると、帯から鞘ごと刀を抜き取り、居合いの構えをとった。

 跳び跳ねていたキメラがバーニーの射程ギリギリで足を止め、誘うようにステップを踏む。


スパイダーウェブ(蜘蛛の糸)!」


 セレナが叫ぶと、バーニーを挑発しているキメラの全身に白い糸が絡みついた。

 同時にバーニーはキメラに向かって飛び出していた。一瞬、反応が遅れたキメラは糸を千切りながら飛び上がるために足を曲げて溜めを作る。


(だめだ、間に合わねえッ!)


 わずかにキメラの跳躍の方が早いとみたバーニーは咄嗟に踏み込みながら半身になり抜刀前の両手を顔の高さに引き上げる。それにより、居合いの軌道は上からの斬り下ろしに変化していた。


 一閃──!


 敢えて頑丈な頭部を避けた変形の居合い斬りは、キメラの左側の脚を二本、斬り飛ばしていた。


『ギャギャッ!?』


 空中でバランスを崩したキメラが叫び声をあげながら離れた地面に激突する。


『グ…………グギャ!? ギギギギッ!! ギーーーッ! ギーーーッ!』


 キメラは仰向けに倒れて手足はバタつかせたが、すぐに起き上がると独楽(コマ)のように回り始めた。

 左脚を二本失っているにも拘わらず全力で移動しようとしているので推進力のバランスが取れていないのだ。

 だが知能の高さの片鱗が見えるだけに、あまり時間を与えると、この状況にも対応するかもしれない。


 急いで追撃に出ようとしたバーニーの後ろで、ゲイツの叫び声がした。振り返ると、キメラに片足を食い付かれたゲイツが引きずられていく。

 今なら手負いのキメラを確実に仕留めることができる。

 しかし、バーニーは迷わず踵を返してゲイツを追いかけていた。


「待ちやがれ!」


 人間一人を引きずりながらでもキメラのスピードは速い。しかもゲイツを盾にしているのでバーニーは攻撃ができない。


 まずい! 振り切られる──


 そう思った瞬間、横から飛び込んできたカイトがキメラの頭部に飛び蹴りを叩き込んだ。

 吹き飛んだキメラは石壁に勢いよく叩きつけられる。


「て、てめえは……!」


「とどめを!」


 驚きよりも先に、カイトが指さす方向に体が動いた。

 キメラは壁と地面についたとり餅のようなものに脚を取られて動きを止めている。カイトが瞬時に設置したトラップが発動したのだ。

 バーニーは狙い澄ました一撃でキメラの首を切り落とした。


「知らねえ間に、腕を上げたじゃねえか、バーニー」


 よく知った声に振り返ると、月明かりの下、手負いのキメラにとどめを刺したギリアンが立っていた。


「ギリアン、てめえ………いつまでも俺をヒヨッコ扱いするんじゃねえぞ」


「ああ、おまえは立派なリーダーだ」


 ギリアンはニヤリと口角を吊り上げた。


「チッ! ……俺は戦い方も、何を優先するべきかも、みんなあんたに教わったんだぜ」


「男同士のツンデレは見苦しいッスよ」


「てめっ………セレナ! 誰がツンデレだ!」


 バーニーがセレナを睨みつける。


「それよりも、誰かこの人を手当てしてあげて」


 カイトが倒れたままのゲイツを見下ろして呟いた。

 カイトはすでに中級回復魔法を覚えているが、悪目立ちしそうなので控えることにした。神聖魔法の習得は完全にランダムなので高レベルでも回復魔法が使えない者も多い。それ故に回復魔法の使い手は貴重なのだ。

 僧侶のローレンが慌ててゲイツに駆け寄り、他のメンバーも心配そうに集まる。幸いにも大した怪我ではないようで、ローレンが回復魔法をかけるとゲイツは自分で立ち上がった。


「ギリアンさん!」


 そのとき、通りの向こうから冒険者が走ってきて、声を上げた。


「冒険者殺しが現れた!」


「なんだと!?」


 ギリアンたちは驚いて顔を見合わせた。




ギリアンは口は悪いけど細身のイケメンという設定ですが、なんか最近は口が悪いせいで、自分のなかでもがっしりした頼れるおじさんみたいなイメージになりつつあります。そこらへんの表現はあまり入れないつもりなので、どちらでもお好みのギリアンを想像してください(笑)。

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