34 斥候
宿を出たカイトとギリアンは、村の中心部へと向かう通りを歩いていた。
下水道は幾つかのブロックに区切られていて、点検用の出入り口があちこちに設置されている。
辺境の村に下水施設があるのはかなり稀らしいのだが、ギリアンが言うにはこの村を造った二つ前の王国は、ゼフトを城塞都市にするつもりだったようだ。
村の中心部に入る手前に石造りの小さな物置小屋ぐらいの建物があり、三人の兵士が警備をしていた。どうやらここが下水道への入口らしい。
ギリアンが冒険者証を提示すると、兵士たちは驚いた顔をした。
「あ、あんたがギリアンか」
ギリアンの名は警備兵団にも知られているようだ。
「ここを調べたいんだが、誰かここから入ったヤツはいるか?」
「いや、ここからはあんたが最初だよ」
そう言って兵士は『第四区 下水道』と書かれた建物の扉を開けた。
ここを選んだ理由は、宿から一番近かったというだけだ。中はとくに何かが置かれているわけでもなく、ただ地下へと下りる階段がぽっかりと黒い口を開けている。
ギリアンは迷うことなく階段を下りはじめ、カイトも後に続く。階段は大人一人が通れるぐらいの広さだった。ギリアンがベルトからナイフを抜くと、周囲が明るい光に照らされる。
ユキが二人が下水道へ行くと知り、装備の幾つかにコンティニュアルライトと祝福の魔法を重ねがけしてくれたのだ。祝福の光は魔物を遠ざける効果もあるらしい。
詠唱破棄で簡単に魔法をかけるユキにギリアンは驚いていた。ユキはDランクの冒険者だが、そのランクでは下位魔法でも詠唱破棄ができる者は珍しいのだ。賢者は魔術回路の精製が得意で、詠唱の短縮や詠唱破棄に特化したクラスでもある。
カイトもベルトポーチから光魔法のかかった松明を取り出した。階段の両側はざらざらしたコンクリートだったが、途中から赤い煉瓦の壁に変わった。この時点ですでにけっこうな悪臭が漂っている。
階段を下りきると点検用の通路に出た。通路の横は幅三メートルほどの濠になっていて、汚水が流れていた。水の量が多いので、どこからか自然の水を引いてきているのだろう。
ギリアンは地図を取り出して確認していたが、光を放つナイフをしまう。
「松明を貸してくれ。ナイフは眩しくて駄目だ」
光源が顔より下にあると、どうしても光が目に入ってしまう。シャッターのついたランタンでもなければ頭より上に光を掲げるしかないのだが、そうなるとナイフよりも長い棒の先に光を点した松明の方が便利なのだ。
「……………」
カイトは無言で松明をギリアンに渡し、もう一本をベルトポーチから取り出した。
臭いが酷くて、あまり口を開きたくない。有毒ガスが溜まっていないか心配になる。
カイトが地図を覗きこむと、ギリアンは地図の上に指を走らせて探索するルートを示した。
カイトは黙って頷き、先に立って通路を進みはじめる。
ライトの魔法の光は白熱灯のように強力で安定していた。普段は人の通らない地下道はダンジョン化が進みやすいのだが、聖魔法が込められた青みがかった光が当たると大きなネズミやコウモリは慌てて逃げていく。
小さな魔物に邪魔されることなく二人は下水道の奥へと進んでいった。
幾つもの角を曲がり指示されたルートを終えかけたころ、カイトはしゃがみこんで地面を調べ始めた。
炎の灯りでは見落としていたかもしれない、僅かな足跡を発見したのだ。
濠から上がってきたらしい足跡は、何かで拭き取るように消されている。カイトは振り返ってギリアンに地面を指さして見せたあと、僅かな痕跡を追って慎重に移動を始めた。
一つめの角を曲がったとき、カイトの罠感知スキルに反応があった。罠の情報が頭に流れてくる。
罠の名称は【炎の柱】。攻撃魔法系の強力な罠だ。特定の場所を二人目が通過したときに発動する仕組みのようだ。カイトはスキルを発動して、ただちに罠を取り除く。
傍目には何か特別な動きをしたわけでもないので、ギリアンはカイトが一瞬でその作業を行ったことに気付きもしない。
足跡は少し先の壁の前で消えていた。
カイトは松明をポーチにしまうと、片手で壁を触りながら慎重に進んだ。雰囲気を察したギリアンは足下に松明を置いて静かについてくる。
足跡が消えている辺りで、壁を触っていたカイトの指先の感覚がふいに無くなった。指が壁の中にめり込んでいる。
カイトはギリアンを手で制して止まらせると、静かに足跡の向こう側まで移動した。
振り返って慎重に壁を触り、指がめり込む場所を確認すると、片手をベルトポーチに入れた。
ギリアンに目を向けると、ギリアンは剣の柄に手をかけ、静かに頷く。
カイトはベルトポーチからまばゆい光を放つ投げナイフを取り出して、目の前の壁に向かって放り投げた。
ナイフは吸い込まれるように壁のなかに消え、次の瞬間、壁の向こうで地下道を揺るがすような叫び声があがった。
『グオッ! グオオッ!』
『ギアウッ!』
『グボオオッ!』
沢山の混乱した怒声が湧き上がり、壁の中から何かが飛び出してきた。
反応したギリアンが黒い刃を振るって斬り捨てる。それは頭から濠の汚水に突っ込んで動かなくなった。
屈強な人間のような姿をしたそれは、頭部だけが豚に酷似している。これは、オークという魔物だ。独自の言語を持ち、それなりの知能を有しているが非常に凶暴で人間でも食糧にしてしまう。
オークが次々に飛び出してくるが、ギリアンはすべて一刀で斬り伏せ、濠には瞬く間に死体が積みあがった。
十匹目を斬ったところでようやく叫び声は消えて静寂が戻った。
オークの死体を調べると、革鎧や鎖帷子を着込み剣で武装している。壁は穴が開いているのを幻影の魔法で見えなくしていたようだ。
壁のなかに入ってみると、壁を壊し土を掘った四メートル四方の小さな空間があった。
カイトは部屋の中で光っている投げナイフを回収した。
「やっぱり村のなかに入り込んでいやがったか」
ギリアンが忌々しそうに呟いた。
「こいつらなら近づけば気配で分かる。俺が罠を解除するから、ちょっとペース上げていこうか」
そう言うとカイトは地図を手に効率の良いルートを探し始めた。
(お、なんかスイッチが入りやがったな)
口調も表情も変わらないが、カイトの雰囲気が変わったのをギリアンは感じ取った。




