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33 ユキとギリアン


 レイムス率いる総勢28名の冒険者たちは、昼前にギルドへと戻ってきた。

 箝口令が敷かれてはいたが、彼らの様子からただならぬ事態が起こっていることは明らかで、酒場はにわかに騒然とし始める。

 調査隊が訓練場に集まりヘンケンへの報告が終わると、ギルドの主だったメンバーは会議室に招集された。


 会議室では、レイムスからあらためて詳細な調査報告が行われていた。ナギの洞窟では多数の武装したゴブリンやオークの部隊をはじめ、高ランクの魔物の死体の山が確認されている。

 レイムスが一通りの説明を終えると、キールが後を継いだ。


「これで、推測であった魔物使いの存在と、その目的が村の襲撃にあったということが、ほぼ確実になったわけです」


「襲撃の目的はなんだ? 復光祭を狙ってるのか?」


 ガトリックが訊ねた。記念式典を行う復光祭はもう明日に迫っている。


「目的は現在調査中としか言えませんね。ただ、あの小さなダンジョンにあれほどの部隊を押し込めておくのは数日が限度でしょうから、今日か明日には襲撃が予定されていたのは間違いないでしょう」


「完全に後手に回ってるじゃねえか! 実際、今後も敵の動きを待つしかないんじゃねえのか!?」


「残念ながら、その通りです。理事会には緊急事案として報告済みですから、警備兵団が残存部隊の捜索を行うでしょうが、明日の式典が終わるまでは大きな兵力は割けないでしょう。いま我々にできるのは、魔物使いと冒険者殺しの捜索ぐらいです」


「それよりも、その魔物の群れを始末したのは、どこのどいつなんだ。うちにはSランクのパーティーはいねえんだぞ。ギリアン、あんたがやったのか?」


「いや、俺じゃない」


 バーニーの問いに、ギリアンは首を振った。


「それは、冒険者の通報があった………と、いうことで、誰の仕業なのかは判明していません」


 ヘンケンが答える。カイトの説明を始めると話がややこしくなりそうなので、あえて伏せることにした。


「なにがあったのかは分かりませんが、我々にとっては幸運だったと思っておきましょう」


 キールは諭すようにバーニーに語りかけた。


「チッ! 幸運ねえ……どうにも、自分の知らないところで事態が動いてるってのは、気持ち悪くてしょうがねえな」


「それと、大事な話なんですが………ギリアン」


 ヘンケンが目配せを受けてギリアンが立ち上がった。


「実は昨日ヘンケンが理事長から得た情報なんだが、広場の記念碑の下に勇者が倒し損ねた魔物が封印されているらしい」


「はあ?」

「………なんだ、それ? 聞いたことないぞ」

「バルドー卿が言うのなら確かだろう。魔物使いが狙ってるのは、そいつということか?」


「それはわかりませんが、どちらにしても戦力の多くを失ったと思われる魔物使いがそちらに手を出す可能性は高いでしょうね」


「それで、万が一だがその魔物が現れた場合はできるだけ仲間や民間人を連れて村から逃げてくれ」


「おい………それでいいのか?」

「それほどヤバいってことか」

「……………」


「勇者パーティーが倒せなかった魔物だ。警備兵団が戦うことになるだろうが、時間稼ぎにしかならないだろう。その場合のギルドからの緊急クエストは、民間人を連れてできるだけ村から離れろ、ということになる。魔物に関しては極秘事項らしいから、このことはまだ公表はできねえ。各自、頭に入れておいてくれ」


「いや、ちょっと待ってくれ。理事長がヘンケンに伝えたってことは、ギルドにもそいつの討伐命令が出るんじゃないのか? すでにそういう話になってても、おかしくない筈だ」


 レイムスが、もっともな疑問を口にする。


「その緊急クエストは、俺が引き受ける」


 Aランクパーティーのリーダーであるレイムス、ガトリック、バーニーの三人は驚いた顔でギリアンを見た。 


「おい、ギリアン! 俺を足手まといだと言うつもりか!」


 バーニーが声を荒げる。


「落ち着け。多くの民間人を避難させ、守りながら隣の村までいくのに、どれだけ戦力がいると思ってる。俺だって、適当に時間を稼いだらずらかるつもりだ」


 バーニーは睨むようにギリアンの目をじっと見つめた。


「……わかった。ただし、式典の警備には、勝手に参加させてもらうぜ。どうせ、目の前なんだから問題はないだろ」


 バーニーは拗ねたように腕を組んで背もたれにもたれかかり、ギリアンから目をそらした。


「ええ、勿論です。それと、今の話は事前にパーティーのメンバーには伝えておいてください。いざというとき、混乱すると困りますから」


 ヘンケンがバーニーに答える。重苦しい空気のまま、会議は終わった。





「よう、待たせたな」


 ギリアンはギルドを出ると、壁にもたれて広場を眺めているカイトに声をかけた。


「あんまり遅いから、帰ろうかと思ったよ」


「悪りぃ、どうにも会議が多くてな」


「あれ? また怒ると思ったのに」


「怒らせたいのか、てめえは」


 ギリアンはため息をついた。冒険者となると、一くせも二くせもある連中が揃っている。カイトはかなり変わり種ではあるが、敵対心や反発心をむき出しにするタイプに比べたら、まだマシな方だ。だが、なにを考えているかわからない分やりにくい。


「これから魔物使いの捜索をするんだが、おまえには俺のサポートをしてもらう。まあ、しばらくは一緒に組むんだ、仲良くやろうぜ」


 そう言って差し出された手を、カイトは意外そうに見つめたあと、右手を差し出して握手をした。


「そういえば、おまえはいつまで村に居る予定なんだ?」


「連れの傷が治るまで、かな。思ったより治りが早くてさ。あと数日ってところだと思う。ところで、俺の拘束時間はどうなってるの?」


「まあ、24時間ってとこだな。その間は寝る間もないかもしれねえぞ」


「へえ、思ったより良心的だ。えーと、冗談じゃなくて一度宿に戻りたいんだけど、いいかな」


「ああ、急な話だったからな。連れが居るんなら、しょうがねえ。俺も同行するが、宿はどこだ?」


「村のはずれの方にある、銀のたてがみ亭ってところ」


「銀のたてがみ亭………ああ、あそこか」


 ギリアンは、朝の冒険者たちの話を思い出した。場所は知っているので、先に立って歩き出すと、カイトも横に並んだ。


「ついでに、防具も装備しておくんだな。必要になるかもしれない。あと、上は探し尽くしてるから、下水道に潜る。覚悟しとけ」


「へえ、下水道なんかあるんだ。浄水設備とかはどうなってるの?」


「僧侶たちが浄化の魔法をかけるんだが、知らねえのか?」


「うん、初めて聞いた」


 確かに魔法を使えば、低コストで自然にも優しそうだ。

 話をしながら二十分も歩くと宿が見えてきた。


 宿の前では、ユキが通りに面した花壇に小さな女の子たちと並んで座っていた。

 ユキはカイトに気付くと、立ち上がって手を振った。


「ずいぶん、かわいらしい娘じゃねえか。彼女か?」


「違うよ」


 少しからかってやろうという思いもあったのだが、こうも無表情にあっさり否定されるとやりにくい。それでもカイトに関わる人間に接触できるのは、ギリアンにとっては収穫だ。

 カイトは依然として得体の知れない存在であり、パートナーとして命を預けることにもなりかねないギリアンにとっては、短い時間で少しでも多くカイトの情報を得ておくことは必須である。

 カイトはギルドの戦力としてキープしておきたいが、最悪の場合は敵である可能性も現時点では捨てることができないのだ。


「カイトさん、おかえりなさい。そちらのかたは?」


「この人は、冒険者のギリアン」


「ギリアンだ。はじめまして、お嬢さん」


「わたしは、ユキといいます。よろしくお願いします」


 ユキは丁寧にお辞儀をした。


「えと、なにかあったんですか?」


「ねえギリアン、ユキも冒険者なんだけど、あの話をしといても大丈夫かな?」


 魔物使いのことは、パニックを防ぐために村人には伏せられている。


「冒険者か………まあ、いいだろう」


「?」


 話が見えないユキは首を傾げた。


「カイトさん、お昼は食べました?」


「そういえば、まだだけど………」


 カイトはギリアンに視線を向ける。


「かまわねえよ。長丁場になりそうだから、しっかり準備してこい」


「ギリアンさんも、一緒にどうですか?」


「俺か?」


 ギリアンは面食らった顔で聞き返した。そういう提案は、まったく予想外だったのだ。


「ギリアンも、まだ食べてないんじゃないの?」


「まあ、そうだが………」


「じゃあ、大事なお話みたいだし、いつもみたいにお部屋でご飯にしましょうか」


 三人はやけに賑わっている食堂で食事を注文すると、ユキの案内で部屋に入った。



 三人が席に着くと、カイトとギリアンがいま村で起こっていることをユキに話した。魔物使いのことと、カイトが洞窟で一掃した魔物が、今日にでも村を襲撃していたかもしれないという話だ。


「そんなことが………」


「そういう訳で、悪いがしばらくカイトを借りることになる」


「わかりました。そういう事なら仕方ないですね。でも気をつけてくださいね」


 ユキは心配そうな目をカイトに向けた。


「大丈夫だよ。明日には戻るから」


 扉をノックする音がして、ニナさんが料理を運んできた。

 魚のフライにサラダとスープがついた、さっぱりした料理だった。


「気になってたんだけど、ルシアはどうしたの?」


 カイトがユキに尋ねた。


「村の子供たちと一緒に、果樹園に行ってますよ」


「もう出歩けるのか」


「朝なんて、子供たちと通りを走り回ってましたから」


「すごい回復力だな」


 最初は長期間の療養が必要と考えていたのだが、村に着いてから、まだほんの数日だ。

 やはり再生の魔法の効果が大きいのだろう。本人は、まだ効果は弱いと言っていたが、炭化した腕が一瞬で回復するレベルが規準なので、このくらいは当然なのかもしれない。

 食事を食べ始めると、ギリアンが口を開いた。


「ルシアってのは、怪我をしてるっていう連れか?」


「うん。もう大丈夫そうだけど、ここが気に入ってるみたいだから、できればもうしばらく滞在したいんだけどね」


「そうですよね、わたしもそう思ってたんです」


 ユキが嬉しそうに同意する。

 ここに来てから、ルシアは本当の子供のように生き生きとしている。カイトは、ルシアにとっての今の生活は、今後のルシアの生き方を左右するほど重要な時間なのだということを本能的に感じ取っていた。

 ルシアが今までどんな生き方をしてきたのかは知らないが、声をあげて遊ぶことも、互いに遠慮のない友達がいたこともなかったのではないだろうか。

 ルシアはそんな幼少期からの欲求を心の底に抱えたまま大人になり、魔王という強大なカリスマの仮面を被り続けていたのだろう。

 そして気が遠くなるほどの永い幽閉生活のあと、魔王としての力の源を失い、一度は死を受け入れたことによって仮面は崩れ去り、まだ成長できずにいた本来のルシアの人格が出てきたのだとカイトは考えている。

 もっとも、最後に強烈な一撃で仮面を叩き壊したのは、ユキにほかならないのではあるが。

 寿命の長い魔族に人間の心理分析がどこまで当てはまるかは分からないが、ルシアやギリアンを見ていると、精神的にも人間と大差はないように思えた。

 それだけに、いま村で起こっている事態にカイトは危機感を持っていた。もし魔物の襲撃により、ルシアが心を許している子供たちに危害が及んだ場合、ルシアがどんな反応を示すのか予想がつかなかった。

 その事態を避けるためにも、いまはギルドに力を貸すのが自分にできる最善なのだろうとカイトは判断していた。


 カイトは急いで昼食を食べ終わると、準備をするために自分の部屋へと戻った。

 部屋にはまだ食事中のユキとギリアンが残された。


「あいつとは、付き合いは長いのか?」


 ギリアンがユキに尋ねた。


「いえ、まだ知り合って一週間なんですよ」


「そうなのか? それにしては、ずいぶん仲が良さそうだな」


「そうですね………なんだか、ずっと前から知っていたような、不思議な感じなんです」


 ユキは、はにかみながら答えた。


「そうか………俺には、あいつが何を考えているのか分かりづらくてな。どういうヤツなのかを知りたいんだ」


 ギリアンは思っていることを素直にうち明けた。この少女はたぶん、信用できると直感したのだ。


「そうですね………カイトさんは、いい人です」


「いい人?」


「はい。考えていることをあまり表には出しませんけど、いつも私たちのことを考えてくれているのは分かります。だから、ギリアンさんも心配することはありませんよ」


「そうか………」


「ギリアンさんも、いい人ですね」


「お、俺が?」


 不意討ちを食らってギリアンは戸惑った。


「はい。いつも周りに気を配ってる人ですね」


「ば、馬鹿野郎、俺は………そんなんじゃねえよ」


 ギリアンは居心地が悪そうに立ち上がる。ユキと目を合わさずに「あの野郎、遅ぇな」と、ぼやいてカイトの部屋へと向かった。



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