31 ギルドへの報告
朝食を済ませたあと、カイトはダンジョン探索の報告ため冒険者ギルドにやってきていた。
ギルドの酒場はこないだよりも人が多く、ピリピリした空気が感じられる。
目立たないように気配を消して受付に向かうが、通用しない冒険者もいるようなので、この方法ももう少し考えた方がいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、ぴったりと後ろをついてくる気配に気付いた。
やられた、とカイトは思った。完全に油断していた。背後二メートルに近づかれるまで、カイトはその気配に気付けなかったのだ。
「よお、小僧。ずいぶんのんびりしてたじゃねえか」
背後から声をかけられた。聞き覚えのある声だ。
(やっぱりな。こないだ、ものすごい睨んできてた恐そうな人だ)
振り向くと、黒いマントを羽織った魔族の男が立っていた。
「ダンジョンは初めてだったから、さすがに手こずっちゃってね。なんとかギリギリというか、命からがらって感じでよろしくお願いします」
「……ことば遣いがおかしいぞ。それに、そんな格好で言われても、ぜんぜん説得力がねえんだが」
魔族の男はあきれたような顔をしている。
確かにカイトは普段着に短剣一本を装備しただけで、ダンジョンから帰ってきた格好ではなかった。宿に戻ってゆっくりしてきたのが丸わかりだ。
「ははは………」
とりあえず、笑ってごまかしてみる。
「まあいい。報告は奥で聞くから、受付の前で待ってろ」
男はそう言うと、事務所のなかに入っていった。
もしかして、偉い人なのかと思いながら待っていると、事務所の横の扉から男は再び現れて、カイトを呼んだ。
男について扉の奥に進む。いくつかの扉の前を通り過ぎ、突き当たりの階段を下りると、広い部屋に出た。
床も壁も石造りの殺風景な部屋だ。石壁に見立てた高さ二メートル、長さ四メートルのほどの壁が二つ、部屋のまん中に通路のように並べて置かれている。下に車輪がついていて、動かせるようになっているようだ。
部屋の奥には学者風の四十過ぎぐらいの細い男、その両側に長い金髪の魔法使いらしき男と受付の女の子が立っている。
「ここは、戦闘訓練をするための部屋だ」
魔族の男が部屋のまん中で振り返った。カイトは通路の壁に挟まれた場所で立ち止まる。
「えーと、これは、なにか試されてるのかな?」
カイトは回りを見回した。
「なにか、気付いたか?」
「壁の裏と、天井に気配が三つ。でも、偽物だね。本物は、あっち」
カイトは部屋の隅の太い柱を指さした。
「だとよ、ステラ」
男が言うと、「驚きました…」と言いながら、柱の影から眼鏡をかけたスーツ姿の女が現れた。
「ここからが本題なんだが……おまえ、何者だ?」
うわ、単刀直入にきちゃったよ。
カイトは答えに詰まった。
「それは、あまり言いたくないんだけどな」
カイトは正直な気持ちを告げる。下手にごまかすのは良くなさそうだ。
「まあ、こっちも基本的には冒険者の素性に関しちゃあ、いちいち詮索はしない。俺たちが知りたいのは、おまえが仲間なのかどうかってことだ」
「仲間?」
後ろの三人とステラと呼ばれた女が近づいてきた。魔族の男は受付の女の子から紙を渡され、それに目を落とす。
「カイト=アルセーヌ=ルパンだな」
「うわあ」
「どうした?」
男が不思議そうな顔でカイトを見る。
「いや、ちょっと辛いから、フルネームで呼ぶのはやめてほしいんだけど」
「?」
カイトなりに考えがあってつけた名前だが、あらためて聞くと、やっぱり痛い。少し後悔していた。
「まあいい。俺はギリアンだ。ここのギルドの相談役をやっている」
「私がギルドマスターのヘンケンで、あっちは秘書のステラです。初めまして、カイトくん」
学者風の男が名乗り、スーツ姿の女が頭を下げた。
「私は、キール。魔術師で、冒険者です。よろしくお願いします」
金髪の男が頭を下げる。
「私は、受付嬢のリリーです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
カイトも頭を下げる。
なんなんだろう、この状況は。
カイトが困っていると、ヘンケンが口を開いた。
「いま、ギルドに緊急事態宣言が発令されていることは知っていますか?」
「いや、知らない」
それは初耳だった。なんだか空気がピリピリしていたのは、そのせいだったのか。
「いろいろと困ったことが起こっていまして、この難局を乗り切るために、あなたにも力を貸して欲しいんです」
「めんどう事に巻き込まれるのは、かんべんして欲しいんだけどな」
「それは分かります。ですが、事態を悪くすると、この村全体に大きな被害が及ぶでしょう。入ったばかりとは言え、あなたもギルドの一員だということは分かりますね?」
「ああ、権利と義務か……確かに、めんどう事だけパスってのは虫がよすぎるよな。なら、しょうがないか」
メリットを見込んで冒険者になったが、こういったリスクが同居するのは当然のことなのだ。カイトは、あっさりと承諾した。
「ほう………、意外に博識なんですね」
キールが驚いた顔で呟いた。カイトには当たり前の感覚だが、この世界ではあまり浸透していない考えなのかもしれない。
「話が早くて、助かりますよ。それではカイトくん、あらためてゼフト冒険者ギルドへようこそ。………とりあえず、クエストの報告からお願いしましょうか」
「最初に聞いたと思うが、虚偽の報告は規定違反だぜ」
ギリアンが釘を刺す。
この状況で嘘はかえって不味いか……。調べられたらすぐに分かることだし。
カイトは、あったことをそのまま話すことにした。
「探索に行ったナギの洞窟だけど、入り口の前で七匹のアークデーモンが襲ってきた」
「「「は?」」」
「洞窟のなかは魔物だらけで、初心者用にしては、ちょっとキツいんじゃない?って思ったよ。最下層まで行ってきたけど、中にいたのはゴブリンロードにゴブリンキング、あとトロールに丘巨人………」
「おいおいおい、ちょっと待て。なにを言ってる?」
「え? ダンジョンの探索の報告だけど」
ギリアンたちは、揃って困惑した顔でカイトを見ていた。
「あそこに、そんな高ランクの魔物はいねえよ」
「そんなこと言われてもなあ……。俺も、ちょっとおかしいとは思ってたんだけど」
カイトは呟きながら、マジックバックに手を入れて回収した魔物素材を床にぶちまけた。
「!!」
その量の多さに全員が青ざめた。
「これは………いったい何匹分あるんだ」
「たしかに、悪魔の尻尾ですね……。七体分、まちがいありません」
「うわあ、一回の探索でこの量って、見たことないです……」
「あと、最下層にいたボスっぽいやつ」
さらにカイトがマジックバックに手を入れ、慎重に細長い物体を取り出した。
銀と青のメタリックカラーの、光を反射してピカピカ光る金属棒のように見えるそれは、片方が細く鋭く尖った針になっていて、もう片方は魔物の体の一部ごと切り取られたらしく、大きな青黒い肉片がついている。毒袋とセットの方が引き取り額が高くなるのだ。
「バンデッドワームですか……」
ヘンケンが青い顔で呟く。バンデッドワームは大木の幹ほどもある太さの肉食ミミズで、尻尾の先に金属鎧も軽く貫通する鋭い毒針を持っている。
カイトがそれを床に置いたあと、さらに二つ同じものを取り出したのを見て、ヘンケンは絶句した。
「回収がめんどうだった素材は取らずに置いてきたけど、討伐数は千七百十八体。一匹も残さなかったつもりだよ」
カイトが淡々と告げる。
「いくらなんでも、それは………、ありえないですね………」
「いえ、冒険者殺しがこれから目を剃らすためだったとしたら合点がいきます」
カイトの報告の真偽に難色を示したヘンケンに、キールが異を唱える。
「村から最も近く、利用者の少ないダンジョン。魔物使いが村を襲撃する目的で集めた魔物を隠すには最適です。冒険者殺しは、ナギの洞窟を訪れた冒険者を殺した場合に備えて、捜索の手が及ぶのを遅らせるための目眩ましだったのではないでしょうか。現に我々は、もう未帰還パーティーの捜索を断念していますし、新たなクエストの受付も停止しています」
「レイムスのパーティーを確認に行かせるぞ! Bランクパーティーを四つ付ける! ナギの洞窟なら三時間で戻ってこれるはずだ。酒場で適当なやつを見繕ってくるから、ステラは緊急クエストの書類を頼んだ!」
ギリアンは、キールの考察が終わるのを待たず、ステラに指示を出しながら出口へと急いだ。
「えーと、俺はもう、帰ってもいいのかな?」
「いいわけあるか! 殺すぞ、ボケが!」
「まあ、そうだよね」
怒鳴りながら部屋を出ていくギリアンに、カイトは手を振った。
残されたギルドの面々は、宇宙人でも見るような目でカイトを見ていた。




