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29 ゴブリンの歯


「全滅だと!? ふざけるな! そんな馬鹿なことがあってたまるか!」


 ゲーリッヒは魔導通信オーブに向かって声を荒げた。

 相手はナギの洞窟に先行しているゲーリッヒの部下だ。


 洞窟にはゼフトの村を制圧するために、近隣のダンジョンや森からかき集めた魔物の主力部隊が配置されている。その数は実に千七百、総戦力の八割にあたる数だ。

 洞窟の前には七体のアークデーモンを配置し、近づくものがあれば殺すように命令してある。これだけでもAランクパーティーを全滅させるのに十分な戦力である。


 ナギの洞窟は滅多に冒険者がやってこないダンジョンだが、万が一の目眩ましのためにエリオラにあちこちのダンジョンで冒険者殺しをさせていた。

 そして準備は整い、明日の夜明け前に村に攻め込む算段がついている。そのための主力が全滅しているというのだ。

 そんなことがあるわけがない。警備兵団や冒険者ギルドに大きな動きはない。それだけの戦力が動けば、すぐに報告が入るはずだ。かつて魔王軍の将軍であったギルフォードの動きには、特に目を光らせていた。やつもここ最近、村を出たということはない。


「なにが起こった!?」


 ゲーリッヒはまだ部下の報告が信じられない。ナギの洞窟を目指し、最高速度で空を飛ぶ。

ゲーリッヒの背中からはコウモリのような翼が生えていた。魔族なら誰でも、多少魔力を扱えれば翼を生やすことができる。これだけでは飛行能力は低いが、飛翔の魔法と併用すれば、スピードと機敏さが格段に跳ね上がる。


 しばらく飛ぶとナギの洞窟が見えてきた。小高い崖の下にぽっかりと開いた黒い穴の前にゲーリッヒは降り立った。

 穴の前にはバラバラになった何体かのアークデーモンが転がっている。

 ゲーリッヒの部下の魔物使いが駆け寄ってきた。


「おい、どうなっている!」


「アークデーモンを含め、洞窟の中も、一匹残らず……」


 部下は青い顔で答える。魔物使いのクラススキルを持っているゲーリッヒにも、洞窟の中に魔物の気配がないことが感知できた。


「ありえない! 上級キメラまでか!? ここに向かったパーティーはいなかったんだろうな!?」


 ゲーリッヒは取り乱して大声で叫んだ。

 現在、Aランクのパーティーが出動しているという報告はあるが、目的地はここではない。

仮にここに来ていたとしても、たった一つのAランクパーティーにこんな芸当は不可能だということはゲーリッヒにもわかっていた。


「はい、密偵からの報告では、ここに来る冒険者はいませんでした。もちろん、警備兵団にも動きはありません」


 だが、ゲーリッヒの部下は知らなかった。

 密偵の目の前で、各ダンジョンの説明が張られたボードを十分以上も熱心に眺めていた少年が居たことを。

 そして、気配を完全に消し去っていた少年の存在に、密偵がまったく気づいていなかったことを。



◇◆◆◇



「ギルドへの報告は、いいんですか?」


 ユキは、ダンジョンから直で戻ってきたというカイトに尋ねた。


「うん。晩御飯に間に合わなくなるし、明日でもいいんじゃないかな?」


 カイトは軽い調子で答える。いつも通りあまり感情を顔には出さないのだが、ユキにはカイトが少し疲れているように見えた。初めてのダンジョンだし、無理もないだろう。


「そうだ、頼まれてたやつ取ってきたよ」


 そう言うとカイトは皮袋に手を入れ、テーブルの上に一掴みの白い物を置いた。それはたくさんの、先の尖ったゴブリンの歯だった。魔物素材として引き取られる上顎の犬歯の部分だ。


「わあ、ありがとうございます。助かりま……す……」


 カイトは手を止めることなく、テーブルの上にゴブリンの歯を積み上げていく。ちょっと引くぐらいの山になったところで、大きめの歯を四本取り出した。


「こっちがゴブリンロードで、こっちのがゴブリンキング」


 カイトが淡々と説明する。


「あの……初心者用のダンジョンですよね?」


 ユキは不審そうな目でテーブルに山と積まれたゴブリンの歯を見た。これだけで数百匹分の量はあるだろう。


「そのはずなんだけど。……ちょっと(・・・・)変な感じだったかな」


 外から流れ着いた魔物がダンジョン住み着くのは珍しくはない。特にゴブリンは群れで移動を繰り返し、どんな場所にも出没して人里を襲うこともある。それでもゴブリンロードやキングなどの危険な存在はレアではあるのだが。

 初心者パーティーが犠牲になる前にカイトが討伐して良かったと思うべきなのだろう。


「それより、これ、どうするの?」


カイトはゴブリンの歯を一つつまみ上げた。レンジャーのスキル【魔物素材回収】を使ったので、かなり時間を短縮できたが、それでもこれだけの量を回収するのはけっこうたいへんだった。


「これは魔法の触媒(しょくばい)に使うんです」


「触媒?」


 ユキはゴブリンの歯を一つ取ると、床に放り投げた。

 ぽんっ、と、弾けるような音がしてそこにゴブリンが現れる。ゴブリンは擦りきれた革の鎧を着て、腰にはこん棒をぶら下げていた。

 これにはカイトも驚いたようで、「おっ」と小さな声を漏らす。ユキが「まわってください」と言うと、ゴブリンはその場でくるりと回り、次の命令を待つようにユキの目を見ている。

 「もういいですよ」と言うと、ゴブリンはふっとかき消え、小さな音をたてて割れた歯が床に転がった。


「へえ、召喚術なのにずいぶん簡単そうだね。こんな魔法は知らないや。賢者の魔法なの?」


 カイトは感心したように言った。


「錬金術の一種なんですけど、錬金術師は研究室に閉じこもるタイプですから、冒険者が目にすることはあまりないですよね。師匠がちょっと改造してるので、賢者魔法と呼んでもいいかもです。触媒を使う魔法は魔力効率も良くて、ちょっとした作業なんかにも便利ですからすぐに消費しちゃうんです」


「でも、これだけ便利そうだと他の冒険者も使ったりしそうなもんだけどな」


「錬金術師となると冒険者に役立つ魔法を教えてくれる師匠を探すのがまず大変なんです。 その点で言えば、わたしは良い師匠に巡り会えたので幸運でした。師匠も賢者なんですが、わたしみたいに最初から賢者というのは冒険者としては成功しにくいんです」


「そうなの?」


「賢者は成長が遅くて同じレベルでも専門職に比べたら呪文の覚えも遅いので、どうしても鑑定用員になっちゃうんですよね。だから冒険者で名のある賢者は、専門職を極めてから転職した人がほとんどなんです。それで、『冒険者としてやっていくなら、一か八か大穴を狙え』と言われて。他の人と違うことをやってみなさいってことですね」


「良い師匠が、急に胡散臭い感じになったな」


「でも、すごい人だというのは間違いないです」


 ユキが苦笑いをしているので、ちょっと問題のある人なのかもしれない。


「オークの歯もあるけど、これも使えるかな? 回収が面倒だったから少ししかないけど」


 カイトはテーブルの上にバラバラと魔物の歯を広げた。


「オークは習ってないですね。……あら、それは巨人の歯ですか?」


「うん、丘巨人とトロールがいたから、その分も回収してある」


「……そこって、ほんとに初心者用ダンジョンなんですか?」


「そうだよ。ギルドのボードにもそう書いてた」 


 明らかに間違っていると思うのだが、カイトは頑なに初心者用だと言い張るので、そこはもう突っ込まないことにした。


「巨人用の魔法なら知ってます。これも、もらっていいですか?」


「もちろん。これで巨人も喚び出せるの?」


「はい。前は無理でしたけど、あれからレベルも上がっているので今度試してみます」


「ゴブリンの歯なんか買い取って何に使うのか不思議だったんだけど、こういう需要もあるんだな」


 カイトは感慨深げに呟いた。


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