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28 ルシアの日常2


 日が傾き始めた宿屋『銀のたてがみ亭』の前で、ルシアはすっかり子供たちに馴染んでいた。

 お昼には一時撤退をしていた子供たちだったがしばらくするとぽつぽつと姿を現しはじめ、新顔のルシアのところにナワバリを形成すると、それぞれ勝手に走り回ったり、ルシアに話しかけたりと自由に騒ぎだした。

 とりとめがなく、ときに支離滅裂な子供たちの話もルシアにとっては新鮮だった。同じ目線で、こうもずけずけと話しかけられること自体が初めての経験である。

 膝の上で眠っていた二歳児のキリが目を覚ますと、ルシアの長い黒髪がめずらしいのか、ぐいぐいと引っ張りはじめる。


「こらこら、やめんか。……と言っても、おまえには解らぬのだったな」


 こんなことも、すでに馴れてしまっている。

 キリがとつぜん動きを止めたかと思うと、大声で泣きはじめる。


「む……」


 ルシアは片手で支えていたキリの脇に手を入れると、両手で顔の高さに抱え上げて、じっとキリを見つめた。


「おーい、ナツはおらぬかー! キリが粗相(そそう)をしたぞー!」


 声をあげるが、姉のナツが見当たらない。


「いいよー、わたしがおばさんとこに連れてくから」


 ルシアと話していた女の子がキリを奪い取ると、共同炊事場に向かって一目散に走り出す。


「こら、ミア! キリを抱えたまま走るでない! また転んでしまうぞ!」


「だいじょーぶー!」


 ミアはぜんぜんだいじょうぶそうではない足取りで走り去っていく。

 その後ろ姿をハラハラしながら見守っているルシアの前で、犬のコジローを追いかけて通りを走ってきた男の子が派手に転んで泣き出した。


「うわああ――ん!」

「ワン! ワンワン!」

「ええい、騒がしいのう! 擦り傷ぐらいで泣くな、シンタ!」

「痛いよ――!」

「ワン! ワン! ワン!」


 シンタはあちこち擦りむいたらしく、血が滲んだ膝をかかえて泣き叫んでいる。


「そのぐらい、つばでもつけておけば治るわ!」

「だって、血が出てるよーー!」

「クゥーン」

「情けないことを言うな! そんなもの、出血のうちに入るか! わしの傷を見てみろ!」


 そう言うとルシアは立ち上がり、ワンピースを捲り上げて脇腹を見せつけた。包帯をずらすと、塞がりかけてはいるが、まだ少しグロい傷口が露になる。


 シンタは固まって泣き止んだ。

 通りを歩く村人の足が止まり、買い物帰りの男が手にした荷物をどさりと落とす。


「あはは、ぱんつー!」


 女の子が指をさして笑う。


「どうじゃ! わしはこれほどの傷でも泣きはせんかったぞ!」


 どや顔で見下ろすルシアに、シンタは無言でこくこくと頷いた。


「ちょ、ちょっとルシアさん!? なにやってんですかー!!」


 部屋から通りを眺めていたユキが、慌てて飛び出してくる。


「おお、ユキ。シンタのやつがちょっと擦りむいたぐらいで大泣きをするのでな」


「わ、わかりましたから、それはやめましょう! それはダメです、はしたないですから!」


 ユキは荒い息をつきながらルシアの服をおろす。


「む、そうか? それよりも、シンタに回復魔法をかけてやってくれぬか。まったく、うるさくてかなわん」


「は、はい……」


 ユキは疲れた顔で返事をすると、深いため息をついた。


 その夜、『銀のたてがみ亭』は、記録的な客入りとなるのであった。


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