27 冒険者ギルド会議室
「来ないか………」
断末魔の叫びと悲鳴がこだまする異様な通路で、ゲーリッヒは闇の彼方を見つめながら呟いた。
通路と言っても、縦横が十メートルにもなるかなり大きなものだ。通路は酒場の地下への入り口から長く延び、ゲーリッヒの立つ位置で右に直角に折れ曲がる小さな横道がある。その先は下水道に続いていた。
遥か昔になんらかの目的で造られ、忘れ去られた施設の一部なのだろう。
ゲーリッヒはこの空間にギリアンを誘い込み抹殺するために、長い期間をかけた入念な準備をしていた。
「ギルフォード=マクシミリアン将軍…。勇猛果敢、悪く言えば猪突猛進と聞いたが、なかなかどうして、慎重じゃないか」
ゲーリッヒは背後の壁に目を向けた。
否、そこにあるのは壁ではなく、黒く切り取ったような深い闇だった。その闇の中から、無数のうめき声や悲鳴が溢れ出ている。怨嗟と絶望の叫びが流れ続けるこの空間に、まともな神経をしていれば一分も立っていることはできないだろう。目の前の闇の向こうに、どのような阿鼻叫喚の地獄絵図が展開しているのだろうかと考えずにはいられない。
「せっかくのデモンズウォールが無駄になったが、計画に変更はない。ギルフォード卿にはエリオラをぶつけておけば時間稼ぎぐらいにはなるだろう。いよいよ、最終段階だ」
ゲーリッヒは邪悪な笑いを浮かべると、悲鳴をあげ続ける闇を残して通路から立ち去った。
◆◆◇◆
冒険者ギルドの会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
顔を連ねるメンバーはギルドマスターのヘンケンと秘書兼護衛役のステラ、実務を担当する職員のロベルト、相談役のギリアン、それぞれAランクパーティーのリーダーであるレイムスとバーニー、バーニーのパーティーの魔法使いであるキールの七名だ。もう一つのAランクパーティーのリーダーであるガトリックは緊急クエストで出払っているため欠席となっている。
皆が着席しているなか、ステラとロベルトはヘンケンの斜め後ろに立っていた。
資料を見ながら、ステラが状況説明を続けている。
「このとき、アレスのパーティーは第三層でリザードマンの小隊と戦闘中だったそうです」
群れではなく隊と呼んだのは、魔物がパーティーのように組織的な戦いをする場合だ。リザードマンは知能が高く、魔法を使う個体もいて、前衛、後衛にわかれて組織的に訓練された戦いをすることがある。
「スローンが物影に隠れてバックアタックの機会を伺っていたときに、後方から赤い鎧の女……『冒険者殺し』が現れ……全員一撃で倒されたそうです」
「俺でも一人でBランクパーティーと戦るのはキツい。バックアタック成功が前提で、どうにかってとこだ。実際、アレスは単独だとAランクだぜ。わざわざ一人で喧嘩売って回ってるんだから、冒険者殺しはSランク級を想定しておくべきだろう。で、スローンのやつはどうやって帰ってきたんだ?」
バーニーは背もたれに片手を乗せ、ぶっきらぼうな物言いだが目の奥には物騒な光が揺らめいている。
「スローンはそのあと、逃げ出したリザードマンにまぎれてその場を脱出し、ダンジョンの奥に身を潜めていたそうです」
「正しい判断です。盗賊一人でそんな達人相手だと、手も足も出ない」
キールは顎に手をあててうなづくと、ことばを続けた。
「時間的に見て判断をすると、冒険者殺しはディムスのパーティーと接触したすぐあと、一晩かけてまっすぐにアレスのパーティーがいるダンジョンへ移動したということになりますね」
「ディムスのとこはいまガトリックが確認中だが、この分だとやられちまってるな」
レイムスが沈痛な表情で声を絞り出した。
「それと……調査の結果、ヘンリーのパーティーも冒険者殺しに助っ人を頼んでいたようです」
冒険者たちの顔が強張る。
「スローンの例を考えてさらに調査しましたが、そこから半日以内で移動可能なダンジョンにギースのパーティーがいます」
「内部に情報を流してるヤツがいると考えれば、そっちもやられてるだろうな」
「なにもなければ帰ってくるだろうし、そうじゃないならもう手遅れだ。いまから探索の隊を出すのは得策ではない」
「当面の間はダンジョンクエストを停止して、冒険者殺しの排除を優先させるしかないですね」
「そこでだ」
ヘンケンが口を開いた。
「ギルドは、緊急事態を宣言しようと思う。受付業務を停止して、組合員には村の中での冒険者殺しの捜索に力を貸してもらいたい。あくまで『発見』が目的だ。冒険者殺しの対応はAランクパーティー二つ以上の戦力であたる。それまでAランクパーティーにはギルド内で待機していてもらう。異論はないだろうか?」
これには全員が了承した。ヘンケンが指示を出し、ロベルトが部屋を出ていった。
「それでは報告を続けます。先ほどギリアンの話に出ていたヴォルナート商会ですが、実在する組織です。ただ、この村には現在関係者が存在しないようなので事実関係の確認には早くて二週間、おそらくは一月ほど掛かる見込みです。あと、酒場の地下通路への入り口ですが、調査隊の報告によれば扉はありましたが入り口は塞がっていて存在が確認できませんでした。あとから塞いだのか、もとから存在しない入り口を魔法で繋いでいたかのどちらかでしょうね。現在、ゲーリッヒは下水道へ逃げ込んだものと仮定して行方を追っています」
「そのゲーリッヒとかいう魔族の狙いがよくわからねえんだが、キメラってのを使ったってのが魔界と繋がってる証拠になるんだな? 冒険者殺しとも繋がってると見るべきか?」
「はぐれ冒険者と一緒にいたんだから、まず間違いないだろう。助っ人の依頼は、あそこ経由だ」
「冒険者殺し……こちらの戦力を削ぐのが目的ではないでしょう。効率が悪いし、騒ぎが大きくなりすぎます。何かからこちらの目を剃らすのが狙いなのでは?」
キールは呟いて考え込む。実際に組織としての戦力は冒険者ギルドよりも警備兵団の方がずっと上だ。冒険者のパーティーをいくつか消したところで、戦力的な影響は少ない。私怨でもない限り、騒ぎを起こすのが目的とも考えられる。
「何かってなんだよ」
「それがわかりゃあな………」
「目眩ましという線なら、他に消息を絶っているパーティーは……」
キールは思考に没頭し、ぶつぶつと呟きはじめる。
「パンデモニウムの消滅……魔物の異常な行動……冒険者殺し……ゲーリッヒ……復光祭……大司祭……なにか繋がる線があるはずなんですがね」
「情報が少なすぎる。とにかく冒険者殺しとゲーリッヒを捕まえるしかないだろう。魔界が絡んでくるのなら、話が大きすぎてギルドだけで対応するのは無茶だ」
「この状況での式典はまずいんじゃねえか? 大司祭が襲われでもしたら……」
「警戒はしておくべきだろうな。魔界絡みの魔族がうろついていると、ギルドから警告を伝えておこう。できれば、式典も中止にしてほしいところだが。私は今から理事会に掛け合ってくる。留守の間は、ギリアンとキールに判断を任せるよ」
「……わかった」
「わかりました」
ヘンケンが会議の終了を宣言してステラを伴って部屋を出ると、残ったメンバーも席を立ちはじめ、最後にギリアンとキールだけが残った。
「あなたは、これからどうするんですか?」
キールがギリアンに尋ねた。
「単独で冒険者殺しとゲーリッヒを追う。もし見つけたら、そのまま殺っちまうつもりだ」
「そう言うと思ってましたよ」
「悪りぃな……おまえらを信用してないってことじゃねえんだ」
ギリアンは困ったような顔で言うと、煙草に火を点けた。
「わかってます、苦労をかけますね。火力に制限のある町中で、Sランク級の殺人鬼が相手だと分が悪すぎます。仮に敵の強さをあなた並に想定すれば、複数のAランクパーティーでも全滅を覚悟しなければならない」
キールは冷静な口調で淡々と応える。
「とくに魔界が絡んでるのなら、他人任せにはできねえんだ」
「できれば忍者かアサシンのクラスをサポートにつけてあげたいんですが、Aランクは全員待機中ですからね。それ以外だと、足手まといにしかならないでしょうし……」
「それなら、一人心当たりがある」
「心当たり? ギルドのメンバーですか?」
キールは意外そうな顔で聞き返した。
「昨日に入ったルーキーの盗賊だが、俺の見立てだとSランク級だ」
冗談なのか本気なのかわからず、キールは間の抜けた顔でギリアンを見つめた。




