25 怒りと野望
石造りの真っ暗な通路を、ランタン片手に赤い鎧の女が歩いていた。
一九〇センチはある長身と変わらぬ長さの大太刀を背負った赤目、赤髪の女魔族エリオラだ。
エリオラは赤い瞳に冷たい殺意の光を宿し、早足で通路を進んでいく。
エリオラは人間界で生まれた魔族だった。
魔族である父親と二人で、とある村のはずれで畑を耕して暮らしていたが、魔族というだけで迫害を受けて育ってきた。
あるとき、村が魔物に襲われ、父親は村人と共に戦い魔物を撃退したのだが、父親は深い傷を負い、それがもとで亡くなってしまった。村人たちは父を治療することもなく、父が亡くなったあとは畑を取り上げてエリオラを村から追い出した。
そのあと、エリオラは町で冒険者になるとメキメキと頭角を現した。二年と経たずに魔族の上限であるBランクとなり、戦争があると傭兵として戦いに身を投じて武名を馳せた。傭兵になったのは、人を斬ることに慣れておこうと思ったからだ。
村を追い出されて十年後、エリオラは再び村に戻った。
深夜に魔物を警戒する見張りを殺し、そのあとは民家をしらみ潰しに襲撃して百人以上の村人を皆殺しにした。それはエリオラにとって至福の時間だった。
小さな村が魔物の襲撃で全滅するのは珍しいことではない。その事件はほんの一時話題になり、さまざまな憶測が流れたがエリオラの犯行が発覚することはなく忘れられていった。
そして目的を達成したエリオラは虚無感に襲われていた。
次の目的が見つからず、常に苛立ち、自分は生きている意味がないとさえ思うようになっていた。
そんな心の虚無を埋めるように、エリオラは魔族である自分に向けられる差別的な言動に対して過剰なまでの怒りを燃やすようになっていた。
相手が冒険者なら入念に計画を立て、ダンジョンの中で殺す。それが一般人でも常に機会を伺い、可能な限り殺して回った。疑いの目が自分に向き始めると、離れた町へと拠点を移し、同じことを繰り返す。個人への怒りが人間全体への殺意に変わりはじめた頃、魔界から接触があった。
ゲーリッヒの部下が現れて、魔族のために働く気はないかと勧誘してきたのだ。エリオラは申し出を受け、魔界の工作員として命令されるまま、様々な活動を行った。
エリオラは魔界に興味を持ち、ゲーリッヒの部下から魔界の情報を聞き出すようになった。そして、魔界では数年に一度、大きな武闘大開が開かれ、優勝者には魔王への挑戦権が与えられることを知った。
この頃にはエリオラの怒りはこの世界すべてに向けられていた。
エリオラは新しい目的を見つけた。それは魔界に行き、新たな魔王になることだ。
魔王となり魔族を恐怖で支配し、すべての人間を根絶やしにする。それが自分が生まれてきた理由であり使命なのだと、エリオラは信じている。
通路が途切れ開けた空間に出た。二十メートル四方の石造りの部屋で、辺りにはオークとオーガの死体が転がっている。先攻しているパーティーが倒したのだろう。
エリオラは先日、助っ人として合流したパーティーをダンジョンのなかで始末したあと、別のダンジョンに潜るパーティーの情報も得ていたのですぐに移動をはじめ、森のなかで夜を明かしてこのダンジョンにやってきたのだ。
部屋の一角からぐちゃぐちゃと咀嚼音がする。ランタンをかざすと、オークの死体の上に牛ぐらいある大きな黒い影が覆い被さっていた。
音が止み、影がくるりとこちらを向いた。ランタンの光を反射して手のひらほどもある八つの複眼が赤い光を放つ。
黒い剛毛に覆われた巨大な蜘蛛はブラックウィドーという魔物だ。
ブラックウィドーは二本の前肢を高く上げ、速い動きでこちらに走ってくる。
エリオラは柄に手をかけ、抜き打ちで大太刀を振り下ろした。無造作に見える一撃はブラックウィドーの頭部を両断する。魔物は「ギイッ!」と、一声哭くと、丸太のような脚が力を失いどさりと巨体を落とし動かなくなった。
エリオラは抜き身の刀を手にしたまま、奥の出口へと向かう。その通路の先から、戦闘の音が聞こえていた。
通路を抜けて広い空間に出ると、こちらに背を向けた魔法使いが雷撃の魔法を放ったところだった。
轟音と閃光が部屋を白く染め、直撃を受けたトロールが崩れ落ちる。トロールはもう一匹いる。
エリオラは背後から魔法使いを刺し貫いた。動きには一切の躊躇がない。振り向こうとした僧侶の首を一撃で跳ね飛ばす。
異変に気づいた前衛二人が振り返り、驚愕する。トロールとエリオラに挟まれパニックに陥っている。
エリオラは左の戦士に斬りかかった。戦士は反応して盾で一刀を受ける。
だがエリオラの一撃は盾を両断し、鎧など無いかのように戦士の左肩から腰を一気に切り裂いていた。
トロールがこん棒を振り下ろすが、振り上げた一撃でその腕を切り落とし、背後に回って首を跳ね飛ばした。
倒れたトロールの向こうにまだ事態が呑み込めずに立ち尽くす侍が一人残る。
それでも侍はエリオラを見据え、刀を鞘に戻すと腰を落とした。一瞬にして空気が凍りつくのがわかる。居合いの構えだ。
エリオラは血刀を手に無造作に歩み寄った。
結界とも呼べる侍の絶対的な攻撃範囲に踏み込んだ瞬間、必殺の一撃が放たれた。
侍はその一撃がエリオラを捉えたと確信したが、エリオラは無傷で立っている。
ガチャリ、と足元に刀が落ちた。刀を振り抜いたその手首から先は失われ、血を噴き出している。
驚愕に目を開いたまま、その首はどさりと落ちた。
「弱い」
エリオラは呟いた。
「弱い、弱すぎる! もっと強いやつはいないのか!」
苛立ちを、怒りを吐き出すようにエリオラは叫んだ。
「私は魔王になる! こんな屑どもを相手にしていては話にならん! 魔王だ! 魔王にぃーーーっ!!」
秘めた狂気を開放するような叫びは、暗い地下に響きわたった。




