22 ルシアの日常
ルシアは子供というものを見たことがない。
自分が子供だったころに、周りに同じ年頃の子供が何人かいたのをなんとなく覚えているだけだ。ルシアが奴隷だった頃の記憶だ。しかし、気付くといつの間にか周りは大人だけになっていた。
そのあとは闘技場、戦場、魔法使いの庵を渡り歩き魔王となるが、その間もその後も子供というものを目にしたことがなかった。
故に、ルシアにとって子供というのは未知の生物であった。
(これは………どうしたものか)
ルシアの顔をじっと覗きこむ小さな目に、ルシアは困惑していた。
ルシアは今日も花壇の端に腰を掛けて通りを眺めていた。
共同炊事場では女たちが昼飯の準備をしていて、周りで子供たちが走り回っている。昨日から子供たちは、ちらちらとルシアの方を見て気にかけていた様子だったのだが、不定期に動くナワバリが宿の前に移動してきたらしく子供たちとの距離が近い。
子供たちは大きな白い犬と一緒に通りを走り回ったり、同じ花壇の反対側に座って話しこむ女の子やよくわからない遊びで矯声をあげたりと賑やかだ。
そのうち、なかでも一際小さな子供が拙い歩きで近寄ってきたかと思うと、ルシアの膝に手を置き、下からルシアの顔を覗き込んできた。
子供は首を傾けながら、ただ真っ直ぐにルシアの目を見てくる。
思わず目をそらすが、しばらくして視線を戻してみても、子供は動かずにじっとルシアの目を見てくる。畏れも計算もない無垢な視線にルシアは戸惑った。
(こやつ、どういうつもりじゃ?)
この子供の意図がよくわからない。
「……お主、なに用じゃ?」
「あー」
「!」
子供の反応に軽い衝撃を受ける。
(『あー』、じゃと!? もしやこやつ、言語による意志疎通ができぬのか!?)
生まれて間もない子供が言語を話せないのはわかる。しかし、そんな未熟な状態で普通に外を歩かせてだいじょうぶなものなのだろうか?
子供はなぜか、ルシアの脚をよじ登ろうとしてもぞもぞ手足を動かしている。
(これは困った。昨日から観察しておるが、こやつらちょっと大きな声を出したり転んだぐらいでギャンギャン泣き出すからのう。うかつなことはできぬぞ。む、念話ならこちらの意思を伝えることが可能やも……いやいや、いまのわしの魔力じゃとそれはちと無理か)
ルシアがぐるぐる考えを巡らせていると、もう少し大きな女の子が駆け寄ってきて「キリ、だめだよー」と言って、ルシアの脚にぶら下がる子供を重そうに抱え上げた。
ただ言語を発したというだけで、その子がずいぶん頼もしく見える。
「おお、そなたは姉か? しっかりしておるのう」
「この子はねー、キリ」
「む?」
(そんなことは聞いておらんぞ。ゴブリンぐらいの知能はあるのであろうな……?)
なんだか不安な気分になってくる。
「わたし、ナツ。おねえさんは?」
「わ、わしか? わしは、ルシア、じゃ」
「ルシア!」
声はなぜかすぐ隣から聞こえた。花壇の反対側に座って話をしていた女の子たちが、聞き耳をたてながら距離を詰めていたのだ。
(増えた!? こやつらだけで手こずっておるというのに……)
「ルシアはどこからきたの?」
「ルシアは魔族なの?」
「えー、エルフだよねー?」
「え? え? いや、わしは……」
「あはは! わしってなに?」
言葉の達者な子供たちの質問責めに四苦八苦していると、犬と遊んでいた男の子たちも立ち止まり、こちらに近づいてくる。
(いつの間にか包囲されておるではないか! なぜわしが標的に!?)
◆◇◇◇
「あら?」
ユキが作業の休憩中に二階の部屋から通りを見下ろすと、ルシアが子供たちに囲まれて楽しそうに話しているのが見えた。
「なあ、ルシアは冒険者か?」
六歳ぐらいの男の子が元気よく話しかける。
「冒険者ではないが、わしは大魔法使いじゃぞ」
「すげー! なんかやってみせてよ!」
周りの子供たちも期待して目をキラキラさせている。
「うーむ、残念ながらいまは使えぬのじゃ。少し調子が戻れば、そこの丘でも消し飛ばしてやるのだが」
「えー! ダメだよ、あそこはウチの果樹園があるんだぞ! 父ちゃんだって働いてるんだからな!」
「む? そうか、なら丘はやめておこう」
男の子は輪から抜け出して走り出すと、共同炊事場に突入してすぐに戻ってきた。
「これ、ウチの果樹園で穫れたんだ、あげる!」
そう言ってルシアに大きな林檎を差し出した。
「おお、気が利くではないか」
ルシアは目を輝かせて林檎にかじりつく。
「! これは美味い!」
ルシアの顔が幸せそうに弛む。
「父ちゃんが育てた林檎は、村で一番甘いんだ!」
「たしかに、これを消し飛ばすわけにはいかんのう」
林檎を芯ごとかじるルシアの脚に、小さな子供がよじ登ろうと抱きついている。
「ユキちゃーん、次は、こっちの部屋お願い」
「あ、はーい」
ニナさんに呼ばれて、楽しそうにルシアの様子を眺めていたユキは窓辺を離れた。
こんな日が、ずっと続けばいいのにと思いながら。




