21 まだ見ぬ未来
東の空が白み始めたころ、ユキは寝床を抜け出した。
カイトから、ダンジョンへ向かう前に手持ちの道具にライトの魔法をかけるように頼まれていたのだ。
部屋着のままカイトの部屋に行くのがなんとなく気恥ずかしかったので、洗濯の終わった服に袖を通すことにした。紫のローブに身を包むと、やはり気が引き締まる。
扉へと向かいかけて、ユキは足を止めた。
振り返ると、ルシアの白い手がローブの裾を掴んでいた。
「いって…………しまうのか?」
泣き出しそうなか細い声は、ユキに向けた言葉なのか、それとも知らない誰かへの言葉だったのか、ユキにはわからなかった。
ユキは膝をついてルシアの手をそっと両手で包んだ。
「だいじょうぶです。すぐに戻ってきますよ」
ルシアの胸に手を戻すと、寝息が聞こえてきた。
しばらくルシアの寝顔を眺めてから、ユキは手を離して静かに部屋を出た。
◆◆◇◇
「……イトさん、起きてください」
体を揺さぶられる感覚で、カイトは目を覚ました。
目を開けると、ユキの顔が目の前にあった。
「おはようございます」
早朝ということもあり、ユキは小さな声で挨拶すると、いたずらっぽく微笑んだ。
カイトは不覚にもどきりとして、形の良い桜色の唇を見つめてしまう。
「あ、ああ。おはよう」
「今日はダンジョンに行くんでしょう? もうすぐ夜が明けますよ」
「ああ、そうだった」
カイトは周りを見回して最初になにをするべきか考えた。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「ユキって、気配とか消せる?」
「そんなわけないでしょう。 昨日がんばりすぎて、疲れてるんじゃないですか?」
「うーん……そうなのかな?」
誰かが近づけば、すぐに目が覚める自信があったんだけど。気が弛んでるのだろうか?
あまり考えても仕方ない。とりあえず、着替えよう。
服を脱ぎはじめると、ユキがくるりと背を向ける。
「あ、ごめん」
「いえ……」
召喚されたときに身につけていたシャツとズボンを着ると、ユキに「もういいよ」と告げる。
ブーツを履いて、革鎧を身につける。革鎧は真っ黒に染められ、赤い糸で凝った刺繍が施されていた。
「ユキは、これからどうするの?」
出発の準備を整えながら、尋ねてみた。今日の予定という意味ではない。ルシアの回復が思ったよりも早くなりそうなことに、ユキも気づいてるはずだ。そのあとのことは、なにも決まっていないのだ。
「これから……ですか」
ユキは目を伏せて困ったような顔をした。
「わたしは…………ガレオンの町に戻らないと。ギルドへの報告をどうするのか、まだ悩んでいます」
ルシアのことをそのまま報告すれば、かなり面倒なことになるだろう。あと、俺のことも。
「あの、カイトさんは……これから、どうするんですか?」
「俺? ユキについていくけど。ほかにすることないし」
「え? いいんですか?」
ユキは驚いた顔で、思わず大きな声を出していた。
「うん、ユキが良ければ、だけど」
「も、もちろん、良いです。でも、本当にいいんですか? わたし、まだルーキーで立派な賢者になるっていう個人的な目標ぐらいしかないんですけど」
「じゃあ、俺はユキを守るよ。俺を召喚したマスターはユキだし」
「は、はい……。あの………あ、ありがとうございます」
ユキは顔を赤くしてぺこぺこお辞儀をしている。
「あとは、ルシアだな」
カイトが呟くと、ユキは心配そうな顔で扉のほうに目を向けた。その視線の先、向かいの二人部屋でルシアは眠っている。傷が治れば、魔王であるルシアが二人と一緒にいる理由はない。
「また魔界に行くとか言わなければいいんですけど……」
新たな魔王が誕生したかもしれない魔界に魔力を失ったルシアが赴けば、ただでは済まないのではないか。
「さすがにそれはないとは思うけど……それは、ルシアが決めることだからな」
「ルシアさん、昔のことは知りませんけど悪い人ではないと思います。とてもいい子なんです。でも、やっぱり人間を滅ぼすってなったら、わたしじゃ止められない……」
そうはならないと信じたいが、もし人間界にとって最悪の災厄を助けたとすると、やはり責任を感じずにはいられない。
「え? ユキがやめろって言えば、やめるんじゃないかな」
「そうだったら、いいですね」
ユキは冗談だと思ってるみたいだけど、カイトはそこらへんのことは、あまり心配していなかった。
「おっと、忘れるところだった」
カイトはベルトポーチから、ずるりと松明を引き出した。
「それ、マジックバックですか?」
ユキが目を丸くする。
「うん。他にも皮袋タイプとかもある」
「いいですね、それがあれば、旅がずいぶん楽になりますよ。三人で……旅してみたいですね」
ユキはまだ見ぬ未来に思いを馳せ、顔をほころばせた。




