20 ギリアンの過去
「二十一件だと!? 今日一日でか!」
ギリアンは同じ質問を繰り返していた。
「はい。ちょっと信じられない数字ですけど、間違いないです」
カイトが今日一日でこなした依頼の件数である。村のことを知り尽くしたギリアンでも、それだけの依頼を一日でこなすのは無理だろう。
ギリアンはリリーからカイトの冒険者登録の書類を受け取った。
『カイト=アルセーヌ=ルパン 17歳 種族:人間 クラス:盗賊 冒険者ランク:F』
初めから期待していないが、その他の経歴は一切不明だ。
もともと冒険者登録は身元確認を一切おこなっていない。その為、元犯罪者などの脛に傷を持つものが偽名で登録することも多く、社会からあぶれた者のセーフティネットという意味合いが強い。指名手配犯の登録や偽名を使っての二重登録は禁止だが、それすらまともなチェック機能がないのが現状だ。
ただ怪しいというぐらいは珍しくもないのだが、この年齢であそこまで見事に気配を消すのは只事ではない。そうかと思えばこんなに目立つことを平気でやっているのだから、ますます訳がわからない。
「ああっ、くそっ! こいつの詮索は、後回しだ」
魔族が不穏な動きを見せる最中に魔王城が消滅し、村が騒然としているタイミングに現れたのは気になるが、いまのところ魔族と関係している風でもない。
ギリアンは書類を放り出して事務所の扉を開け、酒場へと入った。
受付近くの丸テーブルにセレナが一人で座っている。召集をかけているので、ほかのパーティーメンバーもじきに集まるはずだ。
パーティーの帰還が予定日から二日を過ぎると、ギルドからの緊急クエストとして未帰還パーティーの捜索を、指定した冒険者に依頼できる。期限が明けると同時にギリアンはほとんど独断で緊急クエストの発動に踏み切った。
現時点では、まだなにも起こってはいない。だが、どうにも胸騒ぎがして仕方がないのだ。
ギリアンはセレナの隣の席に腰を下ろした。
「なんで待機させられてんのかと思ったら、こういう事ッスか。早く言ってくれればいいのに」
未帰還のディムルのパーティーはBランクなので、その捜索は複数のBランクパーティーかAランク以上のパーティーでなければならない決まりだ。セレナは数少ないAランクパーティーの一員だ。
「悪りぃな。俺も、どうするか迷ってたんだ。でも、今になってパンデモニウムの異変ってのが、どうにも嫌な予感がしてならねえ」
「…………」
セレナは黙ってギリアンの前に灰皿を置いた。ギリアンは煙草を咥えて、オイルライターで火を点ける。
「こんなこと聞いちゃっていいのかわかんないんスけど………、ギリアンさんて、もと魔王軍で、パンデモニウムに居たんですよね」
「……ああ、別に隠しちゃいねえし、むしろオープンだ。なんでも聞いてみろ」
「『魔王』って、見たことあります?」
ギリアンの眉間の皺が深くなる。それは過去の記憶を強烈に呼び覚ますキーワードだ。
「ああ、ある……」
「女だって聞いてますけど、どんな人だったんスか?」
「あれは……本物の化け物だ。 おっそろしくキレイで、そして………、おっそろしく冷たい目をしてやがった。魔法ひとつで味方まで巻き込んで十万人を消滅させて、眉ひとつ動かさねえんだ。あんなヤツがすぐそこで眠り続けてると思うと、正直気の休まる日なんて無えよ」
「じゃあ、どうしてここに居るんスか? もっと離れた場所で暮らしたほうが……」
「怖ええからだ。いつか、アイツが俺の知らないところで目覚めるかと思うと、恐ろしくてしょうがねえ。なら、少しでも目の届くところで見張ってたほうがずっとマシだ」
「そういうもんですか……。正直、私にはお伽噺みたいで、実感ないんスよね」
「まあ、そうだろうな」
ギリアンは立ち昇る紫煙をじっと見つめている。
入り口の扉が開き、冒険者たちが入ってきた。セレナの所属するAランクパーティーの一行だ。ギリアンたちを見つけてこちらにやってくる。
「よう、済まねえな、ガトリック」
ギリアンは手を上げてリーダーのガトリックに声をかけた。
「いえ、もう準備は出来てます。すぐに出れますよ。さあ、セレナ」
セレナは立ち上がりかけて、いつになく真剣な目でギリアンに向き直った。
「ねえ、ギリアンさん……」
「ああ? どうした?」
「もし、わたしが無事にもどってきたら、デートしてもらってもいいですか?」
「ダメだ」
「ええええーーーっ!? ここは普通、モチベーション上げるために、『ああ、いいぜ』とか言う場面でしょ!? 人が死亡フラグ立ててまで誘ってるってのにいいいーー!」
じたばたするセレナの襟首をガトリックが掴んで引きずっていく。
「じゃあ、ガトリック。そいつらのお守り、頼んだぜ」
「はい、任せてください。すぐに戻ってきますよ」
ガトリック率いるAランクパーティーは、ゼフトの村を出発した。




