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18 ギリアンとカイト


 入り口の扉が開き、見知らぬ少年が入ってきた。何人かの冒険者が、ちらりとそちらに目を向ける。


(なんだ?)


 ギリアンはその少年になんとも言えない違和感を覚えた。


「待機する意味がわかんないんスけどー」


 入り口を正面に見る位置に座っているセレナは、とくに少年に注意を向ける様子はなく愚痴をこぼしている。

 少年はもの珍しそうにキョロキョロしながら、ギリアンのテーブルに向かって歩きだした。

 そのとき、また扉が開き、冒険者が入ってきた。


(あれは、レイムスか)


 酒場にいる冒険者の視線がいっせいにレイムスに集中する。

 レイムスはパーティーの仲間が集まるテーブルを見つけると、手をあげて歩み寄った。酒場は一瞬の静寂のあと、また喧騒に包まれる。


(そうか、そういうことか……

あの小僧、気配を消してやがる……)


 それも、並み大抵のレベルではない。一度認識してしまえばなんだか目立たないヤツがいると思う程度だが、認識すること自体が一瞬視界に納めるぐらいでは困難なのだ。

 このギルドは人数は多いが、入れ替わりの少ない辺境のギルドだ。みんなお互いの顔を知っていて仲間意識は強い。魔物の異常な行動が報告されるなか、二組のパーティーの帰還が遅れているとあって、ピリピリとした空気が漂っていた。皆が、扉を開けて何事もなかったように仲間が戻ってくることを待ち望んでいる。

 そんななか、あの少年に注意を向けたのはSランクの実力を持ち、気配感知に特化したアサシンのギリアンだけだったのだ。おそらく一瞬だけ入り口に目を向けた連中は、少年のことを覚えてはいないだろう。


(あの野郎、もしかすると何度もここに来てるんじゃ……)


 ギリアンはぎくりとして昨日の記憶を思い返していた。何気ない記憶の背景に、いつの間にかあの少年の姿が紛れこんでいるのではと思わせる不気味さがあった。


 近づいてくる黒髪で黒い瞳の少年と目が合う。ギリアンは警戒の色を隠さず睨みつけたが、少年は無表情のままだ。


「坊主、見かけねえ顔だな」


 声をかけながら、無意識に腰の剣の位置を確認する。


「あ、今日から冒険者になろうと思うんで、よろしく」


 拍子抜けするぐらい、普通の返事が返ってきた。

 少年はギリアンの横を通りすぎ、受付へと向かった。


「ギリアンさん、汗かいてますよー」


「おい、セレナ。あいつ、どう思う」


「かわいいですね~。ちょっとタイプかも」


 こいつに聞いたのが間違いだった。

 もう気配を消すのをやめたのか、見知らぬ少年に視線を送る者が出始めた。

 受付嬢のリリーのところはエルフのフォスターがなにかの手続きをしている。隣にある大男のドノヴァンの受付が空いているが、少年は迷わずフォスターの後ろに並んだ。ドノヴァンがこっちが空いてるとジェスチャーするが、少年は手を振って拒否する。ふざけた野郎だ。


 ギリアンは少年の様子を注視していたが、事務室の扉が開くとギルドの職員が現れてギリアンのところまでやってきた。


「ギリアンさん、マスターがお呼びです」


 ギリアンは舌打ちをすると煙草を灰皿で揉み消して席を立った。


「ギリアンさん、わたしもついてっていいッスか!」


「いいわけねえだろ。もう帰れ」


「ぶーぶー」


 セレナの抗議を無視してギリアンは職員についていった。



 応接室に入ると、ギルドマスターのヘンケンが大きなテーブルのソファーに腰をかけて待っていた。その後ろには秘書兼、護衛担当であるステラが立っていて、ヘンケンの向かいにはギリアンに背を向ける形で少女が座っている。


 ギリアンはヘンケンと少女の間の斜め向かいの席にどかりと座った。 

 少女の顔を確認する。ギルドの魔法使い、アリアだ。不安そうに手もとに視線を落としている。


「で、なんかわかったのかよ」


 ヘンケンは答えずにアリアに目を向けた。


「アリアくん、さっきの話を」


 アリアは顔を上げるとギリアンを見て話しはじめた。


「私、ディムルたちが出発する前に、ミシェルと話したんです」


 ミシェルとは現在未帰還のディムルのパーティーのメンバーで、僧侶の少女だ。


「彼女が言うには、今回の探索にフリーの助っ人を呼んだって………」


「なにい? ディムルのやつ、なにをやってやがる……!」


 無登録の強い助っ人をパーティーに加えることにより、より強い魔物を狩ることが出来ればパーティーの査定ポイントが上がる。ただし、禁止事項なので露見すれば当然厳しいペナルティが課されることになる。

 ディムルのパーティーが伸び悩んでいたのをギリアンは知っていた。


「ミシェルは嫌だって言ってました……。でも、多数決で決まったって……帰ってきたら、パーティーを抜けるって……」


 アリアは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。


「ちっ……! 馬鹿なことをしやがって!」


 ギリアンは怒りにまかせてテーブルを叩いた。アリアが驚いてびくりと体を震わせる。


「あ、すまない……」


 アリアは悪くない。この早い段階で未帰還パーティーの知り合いを中心とした聞き込み調査を指示したのはギリアンだった。アリアにすれば、密告をしたという罪悪感があるのだろう。


「よく言ってくれた、ありがとう」


 ギリアンは努めてやさしい声をかけた。


「アリアくん、ありがとう。もういいよ。隣の休憩室で休んでいきなさい」


 ヘンケンが声をかけると、アリアは職員に誘導されて部屋を出ていった。

 アリアが退室すると、ギリアンは灰皿を引き寄せる。


「わざわざ呼んだってことは、まだなんかあるんだろうな?」


「ああ、もちろんだ」


 ヘンケンが懐から葉巻を取り出すと、ステラがしかめっ面で灰皿を差し出した。そのまま壁際まで歩いて窓を開ける。

 二人がそれぞれ煙草と葉巻に火を点け終わると、ヘンケンは煙を吐き出し口を開いた。


「ディムルくんたちが向かった『巨人の森の洞窟』だが、入れ替わる形で戻ってきたパーティーがあるのは知ってるか?」


「ああ」


 そのパーティーの報告書には目を通している。彼らは第四層と呼ばれるエリアまで潜ったが、特に異常はなかったと記憶している。


「彼らは帰還中の森で、赤い鎧を身につけた赤目赤髪の魔族の女とすれ違ったらしい」


「そりゃあ、うちのメンバーじゃねえな 例の助っ人か……」


「その女なんだが、昨日、村の市場で目撃されている」


「!」


 ギリアンの表情が険しくなった。


「……すると、そいつはディムルたちとダンジョンに潜り、一人だけ戻ってきたってことになるな」


「彼女が本当にディムルくんたちと合流したのかは、現時点ではわからないがな」


「状況で見りゃあ、完全にクロだろ。見廻りの警備兵にも伝えておけ。拘束は無理でも職質ぐらいできる。なんかあれば引っ張ってくりゃあいい。俺も心当たりを見て廻る。んなクソ目立つヤツ、すぐに見つかるはずだ」


 そう言うとギリアンは慌ただしく席を立ち、部屋を出ていった。


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