17 ゼフト冒険者ギルド
ゼフトの村の中央広場は石畳を敷き詰めた直径三百メートルもの円形をしている。政治的な経緯で村とされてはいるが、予備知識もなくその片隅に立たされ「ここは中央都市だ」と言われれば、疑う者はないだろう。
かつては魔王軍との最終決戦のために集結した連合軍の兵士が、この場所で出陣の刻を待っていたという。広場の中心には石舞台のような記念碑が建てられ、村の観光名所となっている。
西に伸びた道の先には、村を囲う堅固な城塞を穿つ正門の大扉が開き、立派すぎる景観に比べるとずいぶん寂しい数の商人の荷馬車や旅人を兵士たちが検閲していた。そこを中心に円形の六割は軍や行政の施設に充てられ、残りの四割が商業施設になっている。
広場に面したそのひとつに、ゼフトの村の冒険者ギルドがあった。
◆◆ゼフト冒険者ギルド内部、受付兼居酒屋◆◆
ギリアンは苛々とした様子で眉間に皺を寄せ、煙草を咥えた。
「ちょっとギリアンさん、さっきから煙草吸いすぎッスよー」
横から声をかけてきたのはセレナという人間の女で、ギリアンが目をかけているパーティーの魔法使いだ。軽薄そうな口調が気になるが、冒険者としてはAランクの実力がある。
ギリアンはセレナを無視してポケットから最新式のオイルライターを取り出した。大枚をはたいてわざわざ都から取り寄せた一品だ。
親指で金属の蓋をカチンと跳ね上げ、ヤスリを回すとジュバッと音をたてて火が点る。オイルライターで煙草の先に火を点けるギリアンを、セレナはあきれたような目で眺めた。
「ギリアンさんってば、そんなのなくても魔法で簡単に火、つけれるっしょ」
「馬鹿野郎、これがイイんだよ。こんなくだらねえ物を必死に造り出すのが人間だ。魔族にはこんなもん造り出して改良し続ける馬鹿はいねえ。ただでさえ短い寿命をこんな物につぎ込む馬鹿がいるんだ、人間にはよ」
仏頂面でそう言うギリアンは、なんだか嬉しそうに見えた。
「………そういえばギリアンさんて、歳、いくつなんスか?」
「ああ? いちいち数えちゃいねえが、だいたい五百歳ぐらいだな」
そう答える見た目には三十歳ぐらいにしか見えないギリアンの額には一本の角が生えていた。
ギリアンはこのギルドに居座って百三十年にもなる。その間に二度、王国が滅びたがゼフトは辺境にあるおかげで大きな影響は受けていない。
ギリアンのクラスはアサシン(暗殺者)で、Sランクの冒険者だったこともある。現在は魔族はBランクにまでしかなれない規定なので、ギリアンもBランク冒険者という扱いだ。
「は~、想像つかないー」
そう言ってセレナは丸テーブルに突っ伏した。
「さっきからうるせえな、てめえは。なんで俺につき纏ってんだ!」
「ギリアンさんは、イライラしっぱなしですよねー」
多少凄んでみせてもセレナは気にした風もない。
「半分はてめえのせいだろうが。問題は、ディルムとアレスのパーティーが、まだ戻ってねえってことだ」
「予定日が一日や二日伸びるぐらい、よくある事でしょ」
「ここ最近、魔物の動きが妙な感じなのは知ってるだろう。それに加えて、はぐれ冒険者の魔族どもがなんか企んでやがるみたいだ」
はぐれ冒険者とは、冒険者ギルドに登録していないフリーの冒険者のことだ。基本的にギルド管轄のダンジョンに会員以外が立ち入るのは犯罪行為となり、また魔物の素材を売り捌くにもギルドを通さないと色々と面倒なので、フリーであるメリットはほとんどない。故に、違反行為などでギルドを追放された者が多数を占める。そんなはぐれ冒険者の魔族が集まり、最近はギルドの魔族冒険者に引き抜き工作を行っているのだ。
引き抜き工作の件は冒険者には知らされていない情報だが、ギリアンはギルド相談役という役職に就いているので、その情報収集も密かに行っている。魔族のなかには待遇に不満を持っている者もいるので、裏切り者が出ないとも限らない。ギリアンは、目に見えないなにかが動いているような嫌な予感を感じていた。
「いやー、ギリアンさんってば、考えすぎッスよー」
セレナが呑気に答えたとき、入り口の扉が開き、見覚えのない少年が入ってきた。
コロナの影響で、忙しかった仕事が暇になっているので執筆が捗ると思いきや、今さらランキング一位のオバスキを読み始めてドハマリしました。超面白いですね。