16 ゲーリッヒとエリオラ
村の中心部のエリアに入ると未舗装の道は石畳に変わり、中央広場へと続く通りの両側には石造りの店舗や集合住宅が建ち並ぶ。人通りの多さも辺境の村とは思えない賑わいだ。
行き交う人のなかに赤い装備に身を固めた長身の女の姿があった。先刻、ルシアに大太刀を向けた女魔族だ。
女は建物に挟まれた細い路地に入ると、いくつか角を曲がり、二階建ての古い建物の前で足を停めた。
なんの看板も出ていないが、中からは男たちの話し声と焼けたパンや肉の匂いが流れ出てくる。
女が扉を開けると、中は居酒屋のような装いで、十人ほどの男がテーブルやカウンターに陣取っていた。鎖帷子や革鎧を着込んだ者もいて、いかにも冒険者の集まりといった風だが、客もカウンターの中で働く男も、全て魔族という共通点がある。
男たちは入ってきた女に気付くと一様に押し黙り、恐れるように目を逸らしている。女は男たちなど目に入らぬというように店の中を突っ切ると奥の扉を開け、中に消えていった。
男たちは女が消えたのを確認すると、安心したようにひそひそと話しはじめた。
赤い鎧に身を包んだ女が部屋に入ってくると、ソファーに腰かけ古そうな書物に目を落としていた二本角の魔族が顔をあげた。先日、クランを焼き殺した魔族、ゲーリッヒだ。
「早い帰りだな、エリオラ」
「なんだ、あれは。角無しの腑抜けではないか。とんだ期待はずれだ」
エリオラと呼ばれた女魔族は憮然とした表情でため息をついた。
「角無し? アルシアザードは大魔法使いだぞ。角ぐらい幻術で隠せる」
「確認済みだ。角があれば斬り飛ばしている。そもそも、隠す意味もあるまい。それにベルキシューとやらを殺したのは、おそらく剣術だ」
「アルシアザードは、もとは奴隷闘士だったと聞くぞ」
「それでも、あいつではなかろう。あいつは私の剣筋がまるで見えてはいなかった。殺気にすら気付いていなかったように見える。そこでたむろしている役立たずどものほうが、もう少しマシな反応をするだろう。報告通りアークデーモンに殺されかけた、ただの角無しだ」
「まあ、アルシアザードが外に出たという説は、元老院も懐疑的だったしな。ならば、ついでに賢者の少女をさらってくれば手間が省けたものを。パンデモニウムの中で何を見たのか、是非とも聞いておきたい」
「そんな雑用はどうでもいい。それこそ、そこの役立たずどもにでもさせておけ」
「まあ、べつに急ぐ必要はないのだがね。パンデモニウムに近いこの村を制圧するのが我々の目的だ」
「我々………か。目的を達成すれば、私を元老院直属に推薦するという話は間違いないのだろうな?」
「もちろん。魔界は大きく動くことになるようだから、こちらとしても優秀な手駒は押さえておきたい」
「ふん、約束は違えるなよ」
エリオラはそう言うと、壁に吊るしていた大きめの皮袋を手に取り背を向けた。
「おや、もうお出かけかい」
「Cランクパーティーの助っ人だ。ダンジョンに入れば……また皆殺しでいいんだな?」
「ああ、もちろん」
エリオラを見送ると、ゲーリッヒはソファーにもたれかかった。
「ベルキシュー殺しの下手人は謎のまま……か。まあ、いい。まずは計画の随行を急がねばな」
そう呟くと、ゲーリッヒは立ち上がり、身仕度を整えた。