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15 邂逅 


「一回頼めば二ヶ月はもってくれるんだけど、むこうも引っ張りだこで、年に二回ぐらいしか来てくれないのよ。『ライト』があると宿代も銀貨1枚は上乗せできるし、夜は看板の見映えがよくて食堂も賑わうんだけどねえ。だから、ユキちゃんが来てくれて、うちもすごく助かるの」


 宿の若女将のニナさんは陽気でおしゃべり好きだ。旦那のボイドさんは寡黙な仕事人という感じで、ニナさんとは対照的である。ユキは光魔法継続する明かりコンティニュアルライトをかける施設をニナさんの案内で見てまわっているところであった。


「そういうことなら、師匠に教わったすごい裏技があるんですよ」


 ユキは自慢そうに胸を張った。


「裏技?」


「はい。実は『祝福』の魔法を重ねがけすると、効果時間が倍以上に伸びたうえに浄化や魔物避けの効果までついてきて、お得感満載なんです。二日で終わるって言ってたのが三日になっちゃいますけど、構いませんよね?」


「そ、そりゃあもちろん、願ったり叶ったりだよ。でも、それって神聖魔法よね? え? ユキちゃんって、もしかして……賢者……さま?」


「まだ駆け出しのへなちょこですから、べつに偉くはないですよ」


「いやいや、その歳で賢者だなんてたいしたもんだよ! いやあ、驚いたねえ!」


 ニナさんはユキの背中をばんばん叩いて喜んでいる。



 扉の向こうから聞こえるユキとニナさんの会話を聞きながら、ルシアはベッドで横になってぼんやりとしていた。

 頭の包帯は外してある。既に出血は止まっているが、根本から折れた角の痕が痛々しい。魔神封じの結界を抜けるため、膨大な魔力と共に自ら捨て去ったのだ。いずれまた角が生えてくるに従い魔力も戻るだろうが、完全に元に戻るには長い年月を要するだろう。


 ルシアは左手を宙に伸ばし、なにかをつかむような仕草をする。空中に黒い縦線が走り、すぐに消えた。


「ふむ、まだ無理か………。魔力がないというのは、不便なものじゃのう」


 ルシアは左手をぱたりと降ろして目を閉じた。開け放たれた窓からはわずかに風が吹き込み、物静かな田舎の人びとの気配が伝わってくる。

 こんな丸腰の状態で安心している自分が不思議だった。

 甲高い嬌声に走り回る小さな足音たち。

 ルシアは目を開くと体を起こした。


「なんじゃ、(わらべ)がおるのか?」


 もの珍しそうに呟くと、窓に目を向ける。

 少し考えてから、ルシアは人差し指を額にあてた。すると頭の傷痕がきれいに消えてなくなった。回復魔法ではなくただの幻術である。


「うむ、これでよい」


 角の生えていたあたりを指でさわり、ルシアは満足そうにうなづいた。

 そして子供の声に誘われるように、ルシアはふらりと部屋を出ていった。


 宿の扉を開けると、質素な田舎の風景が広がっていた。建物と建物の間隔はかなり広く、勾配のある道の両側にぽつりぽつりと民家が並ぶ。宿の少し先には共同炊事場があり、女たちが談笑していた。

 前の通りを小さな子供たちがはしゃぎながら走り過ぎていく。

 宿の前には色とりどりの花が植えられた花壇があった。飾られた花に興味をもったことはなかったが、こうして見ると花というのも悪くない。


 ルシアは陽のあたる花壇の端に腰かけた。共同炊事場の前で遊んでいる子供たちを、遠目から眺めている。


 しばらくの間そうしていたが、「む……」と唸ると道の反対側に目を向けた。


 村の市場へ続く道から、赤い鎧に全身を包んだ冒険者らしき人影が歩いてくるのが見える。

 それはまっすぐにこちらに向かってくると、ルシアの前でピタリと足を停めた。


 赤い瞳に燃えるような赤い短髪、額には一本の角が生えている。魔族の女だ。すらりとした長身で、踵の高いブーツ込みの身長は百九十センチはある。ルシアも百八十センチを軽く越える長身で、ふたりの背格好はよく似ていた。女は全身を赤い鎧に包み、背中には朱塗りの鞘の大太刀を背負っている。

 冷たく見下ろす女の目をルシアはのんびりと見つめ返す。


 急激に膨れあがる殺気を隠そうともせずに、女は大太刀に手を掛けた。目にもとまらぬスピードと恐るべき威力を込めた一撃がルシアに向かって振り落とされる。

 鋭い銀光はルシアの耳の横で止まり、返す手も見せずに次の瞬間にはその切っ先はルシアの喉元に突きつけられていた。


角無(つのな)しか」


 女は見下したように呟いた。角無しとは魔族なら誰でもわかる侮蔑の言葉だ。角は魔族にとって魔力の源とされ、角を持たない者は能力的に劣るとされている。

 ルシアは突きつけられた刀身に目を落とす。


「おお、これは美しい刃紋じゃな。さぞ名のある名刀なのであろう」


 そう呑気な口調でのたまった。その視線の先には炎が揺らめくような見事な刃紋が踊っている。

 毒気を抜かれた女は舌打ちをすると、スッと刀を引き鞘に納めた。


「どうやら、人違いだったようだ」


 それだけ告げると、振り返ることなくもときた道を戻っていく。

 ルシアはその背中をしばらく見送ると、興味をなくしたように子供たちの方に視線を戻した。


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