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13 蠢く悪意  


 夜の街道に蹄鉄(ていてつ)の音を響かせ、クランは夜営地を目指していた。

 日は沈み蒼鬱な闇が(とばり)を降ろしているが、白銀に輝く丸い月が石畳の街道を照らしている。

 ゼフトの村周辺はここ五年は魔物襲撃の報告もなく辺境としては安全な村と言える。

 しかし最近になって周辺のダンジョンに潜る冒険者から、比較的浅い階層で本来ならばもっと深い階層に生息しているはずの強力な魔物の目撃が相次いでいた。それらがダンジョンから溢れ出し村を襲わないとも限らない。ゼフト駐留王国警備兵団が警戒を強めていた折、魔王城が消滅するという異常事態が発生した。

 それは王国が依頼した冒険者による魔王城の調査とタイミングが一致するため、魔王城の内部でなんらかの不測の事態が起こったことが予想される。

 しかし、本来魔王城内部への立ち入りは固く禁じられているため、警備兵団は協議の末、まずは魔王城周辺の調査に乗り出した。

 クランはその調査隊の一人として選抜されたが、村を出て間もなく、魔王城周辺で魔物に襲われたという冒険者たちに出会った。そのうちの一人は魔王城内部の調査依頼を受けた冒険者だというのだが、残念ながらその少女から情報を得ることはできなかった。依頼主である王国が情報の漏洩を禁じているためで、国家機密になりうる情報を末端の兵士が直接聞き出すわけにはいかないのだ。

 彼らを村まで送り届けたあと、クランは本隊に追いつくために馬を飛ばしていた。


 間もなく目的地に到着するというころ、クランは急に馬を停めた。

 しばらく耳を澄ますと、風に乗ってかすかに男の怒号と金属を打ち鳴らす音が聞こえてくる。


「戦闘か!?」


 クランは顔を強張らせ再び馬を走らせた。街道は森に添って大きくカーブしていく。森の切れた先に、夜営地の火が見えてきた。

 火の周りで幾つもの影が踊るように揺らめいている。二十メートルの空中から雷光がほとばしって影の一つを貫き、悲鳴が響きわたった。よく見るとコウモリのような翼を生やした人影が宙を飛び交っている。あれは、おそらくデーモンだ。この近辺ではダンジョンの中でしか目撃例はない。

 クランは馬を停めると弓を構え、弦を引き絞った。放たれた銀光は、まだこちらに気付いていないと見える空中の影をとらえた。

 醜悪な叫びを上げて落下する影には目もくれず、クランは続けて第二、第三の矢を放つ。それらは予期せぬ方角からの攻撃に戸惑う影を貫き、次々と地面に叩き落とした。

 警備兵団の魔法使いが放った火球が魔物を何匹か吹き飛ばし、ひと時あたりを照らし出す。浮かび上がった影はオークの群れだ。後方から迫るひときわ巨大な影は食人鬼(オーガ)だろう。


「数が多すぎる!」


 夜営地のキャンプは川を背にする形で逃げ場がない。

 クランは川辺の夜営地を見下ろす場所に立って矢をつがえる。兵団に突撃した食人鬼に矢を放つが、意にも介さず巨大なこん棒を振り回し、次々に兵士が吹き飛ばされていく。クランに気付いたオークが斜面を駆け上がり迫ってきた。


「くそっ!」


 クランの矢をくらったオークが斜面を転がり落ちる。


「クラン、逃げろ!」


 クランを見つけた隊長の声が響いた。


「しかし!」


「村に戻って伝えろ! 異常事態だ! オークとデーモンが共闘なんて聞いたことがねえ! 急げ!」


 大きな影が立ちはだかり、兵団の前線にこん棒を振り下ろすのが見えた。クランは唇を噛んで馬に飛び乗って腹を蹴ると馬は勢いよく飛び出し、来た道を逆に疾走しはじめた。

 馬が走りだしてすぐにクランは前方の人影に気が付いた。


 月明かりのなか、行く手を遮るように街道の真ん中に立つシルエットは凶々(まがまが)しいオーラを放っている。

 人影の手に明かりが灯った。端正な顔立ちが闇に咲く月光花のように浮かびあがる。その頭部には二本の角が見てとれる。魔族だ──


「どけ!」


 迷わず速度を早めたクランに魔族の男がニタリと笑う。


「正しい判断だ。でも、残念ながら結果は変わらない」


 魔族のひと指し指の先に灯った炎が急激に膨れあがった。高く差し上げた右手の上で、二メートルにもなる炎の球体が豪々と音をたてる。

 クランは手綱から手を離すと素早く弓に矢をつがえ、思い切り弦を引き絞った。

 クランが矢を放つのと同時に魔族が右手を振り下ろす。

 小さな太陽と化した球体は弾かれたようにクランめがけて一直線に飛び出した。それはクランの放った矢を蒸発させながら一気にクランを包みこむ。

 視界を覆うオレンジの光がクランの見た最後の光景だった。




 魔族は煙を上げて(くすぶ)っているクランの残骸には目もくれずに懐から黒い水晶のような球体を取り出した。

 球体が青い光を放ちはじめ、しばらくすると男の声が球体から絞り出された。


『ゲーリッヒ、そちらはどうなっている?』


 魔族の顔が緊張に引き締まり、姿勢を正して球体に向かって返事をする。


「はっ! 先だっての報告通りパンデモニウムは消滅しております。跡地には森があるばかりで痕跡すら残ってはおりません。尚、その周辺でベルキシューの遺体を発見いたしました」


『ベルキシューが……城の外で、だと? 遺体の様子はどうなのだ?』


「胸をひと刺し、胴を二つに分けられて絶命。その地点から森の木が百メートルにわたって倒されています。ギルフォード卿は村から出ておりません。この辺りに他にそれほどの力を持った者がいるとは考えにくいので、アルシアザード様が手を下されたかと」


『いや、いかにアルシアザード様といえど魔神封じの結界をくぐり抜けたとは考えられぬ。しかし……』 


 声の主はことばを詰まらせた。


「村を制圧する準備は着々と整えておりますが、パンデモニウムが消え、アルシアザード様も行方知れずとなれば、この計画もどうすればよいのか……」


『計画は予定通りに進めよ。パンデモニウムは異次元に籠城しておるのだ。籠城しておる限りは動きはしない。問題はパンデモニウムのなかにアルシアザード様がおられるのか、誰がベルキシューを倒したのか、あとは……パンデモニウムの魔心炉にどうやって火を入れたかか……』


「では、私は計画を遂行しつつ、ベルキシューを殺した者を探ってみます」


『うむ、それでよい。なにか判れば連絡をよこせ』


 青い光が消え、ゲーリッヒと呼ばれた魔族は水晶を懐にしまった。


「さて……あちらも片付いたようだな」


 夜営地からは戦闘の音は途絶え、魔物が死体を(むさぼ)るぐちゃぐちゃという咀嚼(そしゃく)音が聞こえてくる。


「しかし、このような下等なものをまとめておかねばならんとは、不愉快極まりないな」


 ゲーリッヒは不快感を(あらわ)にして眉をひそめた。


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