12 この世界の料理、けっこうレベル高いぞ
カイトが宿に戻ると、ユキはベッドで眠りこけていた。まあ無理もない。ルシアもあいかわらず眠り続けている。
とりあえず窓を閉めて施錠をしておく。部屋の中にはランプが一つ吊るされているだけだが、それが電球のように強い光を放っていて十分な明るさを確保している。目をほそめて見てみるが、ランプはごく普通のもので、火は点いておらず何が光っているのかよくわからない。おそらく魔法の光なのだろう。シャッターを下ろして明るさを調整すると、カイトは自分の部屋に戻った。
カイトの部屋のランプはごく普通のものらしく、備え付けのマッチで火を点けた。横になってから、そういえば自分も夜営の見張りでほとんど寝ていないことを思い出す。
どれくらい眠っていたのか、扉が開く気配でカイトは目を覚ました。
「明かりよ」女の声がすると薄暗い部屋がまぶしいぐらいに明るくなった。声の主はベッドの横まで来るとランプをいじって明るさを調整している。
「ユキの魔法だったのか」
「あ、おはようございます。 晩御飯にしましょうか、カイトさん。ちょうどルシアさんも目が覚めたので、ニナさんに部屋まで食事を持ってきてくれるようにお願いしたんです。いっしょに食べましょう」
「ニナ?」
「ここの若女将さんですよ」
「ああ、なるほど」
カイトは体を起こし、革ベルトを腰に巻くと向かいの二人部屋へ移動した。
ルシアはベッドから上半身を起こし、居心地が悪そうにおとなしくしている。普通の村娘が身につけるようなゆったりとしたワンピースを着ているが、それでもどこぞの貴族の令嬢といった雰囲気を醸し出していた。
「おはよう。だいぶ顔色も良くなったんじゃない?」
「う、うむ。その……お主らには、ずいぶんと世話になっておるな」
ルシアは、ばつが悪そうに目をそらしながら感謝のことばを口にする。
「いいんですよ、そんなこと。困ったときはお互い様ですから」
明るく笑うユキに、ルシアは心底理解しがたいと言いたげな困惑した目を向けている。
「油断はせずに、また回復魔法をかけておきましょう」
「ユキ、ちょいまち」
ルシアに歩み寄ろうとしたユキにカイトが声をかける。
「なんですか?」
「ちょっと、靴を脱いでみて」
「!」
ユキは驚くと、困ったように目を泳がせている。
「足音でわかっちゃうんだよ」
「……はい」
カイトのことばに、ユキは観念したように靴を脱いだ。
「やっぱりね」
ユキの足には包帯が巻かれ、足の裏や側面には血が滲んでいる。
「あれだけ走り続けりゃあね……。でも、とっくに治してるものだと思ってたよ」
「わたしよりも、ルシアさんの方が重傷ですから。せめてもう少し具合が良くなるまでは……」
「それはだめじゃ!」
ルシアが大声で割って入った。
「わしなら、もう十分に回復しておる。ユキのへなちょこな回復魔法なんぞなくても、なんの問題もないぞ」
「へな……ちょこ?」
ユキの声のトーンが下がったのを察知して、ルシアの顔がみるみる青ざめた。
「いや、その………い、いまのは間違いじゃ! いや、間違いではないのだが……と、とにかく、ユキがその傷を治すまで、わしは回復魔法を断固拒否するぞ! そんな皮一枚ぐらい、いかに低レベルなユキの回復魔法といえど簡単に治せるはずじゃ!」
墓穴を掘っているのが自分でもわかったのか、ルシアは「あわわわ」とか言いながら、キョロキョロと視線をさ迷わせている。
前にユキに怒られたのがトラウマになってるんじゃないか?
「……わかりました」
ユキは小さくため息をつくと、ルシアに笑顔を向けた。
「心配してくれてるんですね……ありがとうございます」
「お、おう……」
ユキが怒っていないことがわかると、ルシアは心の底から安堵した。
ユキが自分に回復魔法をかけ終わったころに、ニナさんが食事を運んできてくれた。
「あら?」
ニナさんは扉を開けるなり驚いた顔をする。
「これって、ライトの魔法よね。もしかして、ユキちゃんって明かりの魔法が使えるの?」
「はい。勝手にやっちゃいましたけど、明け方には効果が切れるはずです」
「ねえ、継続する明かりは使える?」
「ええ、使えますよ」
ニナはぱっと顔を輝かせて手を叩いた。
「じゃあ、うちの宿の照明に使ってくれないかしら。いつも村の魔法使いに頼んでるんだけど、忙しくてなかなか来てくれないのよ。もちろん、その分は宿代から引かせてもらうからさ」
「そういうことなら、ぜひやらせてください!」
「じゃあ、決まりだね。ばらくここに居るんだろ? 五十箇所ぐらいあるんだけど、いつも魔法使いに払ってる金額を考えると、十日分の部屋代プラス二食付きがチャラってとこだね」
「そんなに!? すごく助かります。二日もあればぜんぶ終わりますよ」
「あはは、村の魔法使いより優秀だよ。それじゃあ、明日から頼んだよ」
ニナはカートから料理を運びこんで部屋のテーブルに並べた。
「足りなかったら遠慮なく言っておくれ。あんたらは、ぜんぶタダにしとくから」
そう言うとニナは、上機嫌で部屋を出ていった。
テーブルに並んだ料理を見て、ルシアは子供のように目を輝かせている。開いた口の端からよだれを垂らしているぐらいだ。
「じゃあ、いただきましょうか」
そう言うとユキは手を合わせて祈りを捧げた。野営のときから思っていたが、これはカイトが知ってるのと同じ風習だ。ルシアはそわそわしながら、見よう見まねで手を合わせている。
ユキはスープを手にベッドのルシアの隣に腰を下ろした。
「熱いですから、気をつけてくださいね」
スプーンで掬ったスープをふーふーしてから口もとに運ぶと、ルシアはぱくりと食いついた。
ルシアは驚いたように目を見開き、瞳を潤ませながら「……うまい」とだけ、声を絞り出した。
カイトも食べてみたが、これはコーンポタージュだ。濃厚でコクがあり、たしかに美味しい。ルシアは口を開けておかわりを要求している。
「次はお肉でいいですか?」
ユキの声にコクコクと頷いている。昨晩は自分で食べてたよな? なんか、子供化してないか、こいつ?
次はデミグラスソースたっぷりのハンバーグだった。この世界の料理、けっこうレベル高いぞ。ハンバーグを口にしたルシアは両手でほっぺたを押さえている。
「おお、これは……なんという美味さじゃ! まさに至福! いま死んでも悔いはない!」
「ルシアさん、それは大げさですよ」
「大げさなものか! 来る日も来る日も、ダンジョンで収穫した魔物の肉を味付けもなしに食べ続けておったのじゃ。よもや、このような日が来るとは……感無量じゃ」
「それは……たいへんでしたね。 たっぷりありますから、たくさん食べてくださいね」
そう言って差し出されたあんかけ野菜炒めを見て、ルシアが一瞬動きを止めるが、目をつむって口にする。
「な、なんということじゃ。あの苦いピーマンが、こんなにも美味いとは!」
「ピーマンのおいしさがわかるようになったんですね」
「それだけではあるまい。これを作った料理人はかなりの腕前じゃな。称賛に値するぞ!」
「あとで伝えておきます。きっと喜ぶと思いますよ」
ルシアが目に見えて元気になったので、ユキも嬉しそうだ。
三人での宿の夜は賑やかに更けていった。