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118 ユキ、鬼おこ~ジュノー無惨


 買い物をしたユキたちが酒場に到着すると、ホールの奥にある大きめのテーブル席でエディとジュノーの二人が仲間が集まるのを待っていた。


 病的に痩せていていつも顔色の悪いエディは、焦げ茶色のローブを纏っている。ジュノーは折り目のついた真っ白なズボンに青と白を基調とした簡易神官服を着ていた。


 女性陣は今日は私服の装いで、ルシアも購入した鎧は宝物庫に保管している。すぐに取り出せるようにマーキングを施し、それをカイトが確認している。


「ルシアさーん!」


 こちらに気付いたジュノーが手を振りながら嬉しそうに駆け寄ってくる。

 パーティー最年少のジュノーは現在14歳で、ショートカットにした金髪と碧眼の小柄な童顔美少年だった。


「ルシアさん! 会いたかったあぁ!」


 ジュノーはそのままルシアに抱きつくと、その豊かな胸の谷間に顔を擦り付けた。


「おお? 今朝、会ったばかりではないか。騒がしいのう」


 ルシアは驚きながらもまだ子供と判断したのか、笑顔でジュノーをぎゅっと抱き返した。

 だがリズとユキの目はすっと細まり、その氷よりも冷たい視線に傍観していたカイトは冷や汗を浮かべる。

 それに気付かないジュノーは、とんでもないことを口にした。


「ルシアさん、胸を揉んでもいいですか!」


 キラキラと目を輝かせ、まったくいやらしさを感じさせない爽やかな笑顔で、そう言った。


(こいつ、すげぇな……)


 カイトは心の底から感嘆した。ジュノーはルシアが魔王であるということはすでに知っている。そしていまは魔法が使えないということまでは話していない。本来の魔王の力、もしその逆鱗に触れるようなことがあれば、自分の命はもちろん、この町ごと消滅しかねない危険性を孕んでいる。それでもこの少年は、巨大過ぎるリスクを顧みずに迷うことなく自分のエロを優先しているのだ。


 それは、『どこまで許されるのか』のチキンレースであり、槍襖(やりぶすま)めがけてアクセル全開のノンブレーキである。

 それは狂気か蛮勇か、常識では生還不可能な挑戦に思われた。


 だが──


「にゃはは、まるで赤子じゃな。そのくらいかまわんぞ」


 生還!!


(こいつ、勇者か!?)


 カイトは立場を忘れ、同じ男として心の中で拍手を送った。

 どよめきは周囲の冒険者からも巻き起こる。


「なにいッ!?」

「馬鹿なッ! ありえん!!」

「あの小僧…………やりおった!」



「うっひょおおーー!! マジで!? やった!! ラッキー!! じゃあ、さっそく──」


 だが世の中そんなに甘くはない。審判を下す裁定者はルシア一人ではなかった。

 ジュノーの背後に瞬間移動したリズが、無表情で襟首を掴んでジュノーをルシアから引き剥がしたのだ。


「おめー、ちょっとこっちこいや」


 感情を殺した低い声は、かえってその怒りの強さを感じさせた。


「あ、あれ!? ま、待って! これからが大事な……がぁッ!?」


 さらに笑顔のユキが、ジュノーの顔面を掴んでアイアンクローを決めていた。


「ジュノーさん、ちょっと向こうでお話ししましょうか?」


「痛だっ!? 痛っだああぁぁ~~~ッ!!!」


 ユキの細い指先がジュノーのこめかみにめり込んでメキメキと音を立てる。


「ちょっ……やめて! 割れるッ! 脳みそ出ちゃう!!」


「いーから、こっちこい」


「ジュノーさんには、お仕置きが必要みたいですね」


 テーブル席から無表情で凝っと見ていたエディが親指で首を掻き切るしぐさをすると、リズとユキは静かに頷いてジュノーを連行していく。


「待って! あと10秒……いや、5秒だけ時間をください!」


「うるせえ、黙れ。つーか、死ね」


「ジュノーさん…………有罪です(ギルティ)


「あああぁぁぁああぁぁッ!」


 ジュノーは襟首と顔面を掴まれたまま引き摺られ、冒険者ギルド受付カウンターの横にある『訓練室』と書かれた地下への階段に姿を消した。


「な、なんじゃ……? ユキが、怒っておるぞ……!」


 顔面蒼白のルシアはカイトの背中に隠れ、震えながらカイトの肩越しに訓練室への階段を見つめ続けている。

 いまだ響き渡るジュノーの悲鳴は徐々に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


「あれは悪い子へのお仕置きだから、ルシアが気にする必要はないよ」


「わ、悪い子…………お仕置き……!」


 とはいえ、普段は菩薩のようなユキが見せた静かな怒りにカイトも戦慄していた。


『カイトさん、ちょっと向こうでお話ししましょうか?』

 そう言ってにっこり笑うユキを想像すると、おぞ気が止まらない。宿でルシアと一緒に寝るなどという選択をしなかったのは正解だった。自らの賢明な判断に思わず胸を撫で下ろす。


(さらば、勇者よ)


 カイトは訓練室に向かって神妙に手を合わせるのだった。




◇◇◇◇




 タッカーとカイゼルは約束の時間に遅れて姿を現した。


「なに、あれ?」


 酒場に入ってきた二人をいち早く見つけたリズが目を見開く。


 キラキラと、魔法による照明を照り返してカラフルに輝く光に包まれながらタッカーとカイゼルらしき二人が近付いてくる。


「あれは……『デコキス』、でしょうか?」


 ユキが茫然と呟く。


 デコレーションキラキラストーン、通称デコキス。

 宝飾やガラス細工、工業用輝石などの使い物にならない廃品を利用して作られた、いま町の若者に大人気のデコレーションシールである。数ミリ程度の石の一面を平らに削り、金属箔と糊を着けたものを特殊なシートに敷き詰めた商品だ。


 タッカーの全身を覆うプレートメイルには、そのデコキスが隙間なく貼り付けられてケバケバしい色彩の光を放っている。


 カイゼルに至っては、その逞しい筋肉に直接デコキスが貼られている。主に両肩の三角筋と上腕三頭筋、きれいに割れた腹筋に丁寧に貼り付けられたそれは、趣味の悪いプロテクターのように見えた。

 それでも足りないと思ったのか、タッカーは髭付きの鼻眼鏡にカイゼルはサンタさんが被るようなもふもふ付きの赤い帽子まで装備している。

 

 昼時の活気に溢れた酒場の喧騒は、一転して不穏なざわめきに包まれたが二人は意に介した様子もなくこちらへと手を振った。


「すまない。少し待たせてしまったな」


「待たずに帰るんだったわ」


 リズがうんざりした顔で呟いた。

 執拗に貼り付けられたデコキスの数を考えれば、どうして遅れてきたのかは明らかである。加えてカイゼルが肩に引っ掛けた紐付きの紙袋にはリズが行き付けの雑貨店のロゴマークが記されていた。


「あんたら、二人であの店に行ったの? そんな馬鹿みたいに貼ろうと思ったらかなりの手間でしょうに、よくこの時間に来れたわね」


「ああ、店員にも手伝ってもらったからな。つい時間を忘れて熱中しちまったぜ」


 可愛らしい店員さんたちが筋肉にペタペタとデコキスを貼らされている光景を思い浮かべてリズは頭を抱えた。


「まさか、私の名前は出してないでしょうね。仲間と思われたら嫌だし」


「えと、仲間ですから……」


「それはそうと、全員集まったようだな」


 そう言ってタッカーは席に着いたメンバーを見回し、ジュノーに目を停めた。


 頭からズタ袋を被せられ死んだようにぐったりしているジュノーは、椅子の背もたれを抱くように後ろ手に縛られている。なぜかズボンは膝まで下ろされてパンツが丸出しになっていて、首からは赤いペンキ(だと信じたい)で『僕はエロ神官です』と殴り書きされた札を掛けられていた。


 タッカーは僅かに眉をひそめると、「うむ、元気そうでなにより!」と言って席に着いた。


(え? それだけ!?)


 カイトは内心で動揺したが、カイゼルも気にした様子もなく席に着くのでツッコミを入れたくなるのを我慢した。


「今日、集まってもらったのは他でもない。今日はみんなに──」


「ちょっと待って。その前に──」


 話しはじめたタッカーをリズが制した。


「カイゼル! 乳首のデコキスを外しなさい! タッカーも鼻眼鏡! 気になって話に集中できないわ」


 カイゼルの大胸筋はデコキスの浸食を受けていなかったが、なぜか左右の乳首の先にだけそれぞれ色の違うデコキスが煌めいていた。


「へえ……俺の乳首が気になるのかい?」


 カイゼルはドヤ顔で口端を吊り上げる。


「切り落とすわよ」


「わかった、冗談だ」


 リズがクナイを手に殺気を飛ばすと、カイゼルは慌てて乳首に貼られたデコキスの撤去を始めた。タッカーも素直に鼻眼鏡を外して丁寧にポーチにしまい込んだ。これにはカイト、ユキ、エディも気になっていたので、リズに感謝である。


「モガーーッ! モガッ!」

 

 『切り落とす』という言葉に反応したのか、ぐったりしていたジュノーがとつぜん身を捩って暴れだした。


「あら、目覚めたみたいね。まあ、これから会議っぽいし、このままはマズイか……」


 リズがジュノーに被せたズタ袋を外すと、猿ぐつわを噛まされ怯えた目をしたジュノーは首を振って状況を確認し、ようやく落ち着きを取り戻した。 


「ほら、もうルシアに手を出すんじゃないわよ」


「はい、すみません。反省してます」


 猿ぐつわと腕の拘束も外してやると、ジュノーは殊勝に頭を下げた。

 それを見たカイゼルが楽しげに声をかける。


「今回はキツく絞られたようだな、ジュノー」


「フ……僕にとっては、このぐらい『ご褒美』の範囲内さ」


「オイ、反省してんのか、てめー」 


「してます! ゴメンナサイ! もうしません!」


 リズが雷遁を発動して指の間にバチバチと電気を放電すると、ジュノーは今度こそ顔色を変えて謝った。


「さて、そろそろいいだろうか。俺の用件だが……いや、前置きはやめておくか」


 タッカーは席を立つと、カイゼルから紙袋を受け取りユキの前まで歩いていった。

 

「これは、ユキへのプレゼントだ。ぜひ受け取ってほしい」


「え? あ、ありがとうございます」


 差し出された武骨なタッカーらしからぬ可愛らしい小箱に、ユキは驚いた。片手に乗るぐらいの小箱はきれいにラッピングされていて、赤いリボンが掛けられている。リボンの端にはユキの名前が小さく書かれていた。


 タッカーはエディ、ジュノーと席順に可愛らしい小箱を渡していき、テーブルを一周すると最後にルシアとカイトにリボンで絞った小さな巾着の紙袋を手渡した。


「ルシア殿とカイト殿は、これで勘弁してほしい」


「あ、どうも……」


 タッカーは席に着くと、あらためてメンバーを見渡した。全員の手にはタッカーの分も含めてプレゼントボックスが乗せられている。


「タッカー、これは?」


 エディは不審物を見るような目で手の上のプレゼントボックスを見つめている。


「うむ。これは、ヴィルダーに制作を頼んでいたパーティー装備だ。今朝、引き取りに行ってきたところだ」


「「パーティー装備?」」


 予想外の答えにみんなが目を丸くする。パーティー装備とはパーティーのメンバーが共通して身に付ける同一の装備のことだ。


「だいぶ前からタッカーと計画はしてたんだ。ちょうど、ユキが旅に出る前に完成してよかったぜ」


「はい……ありがとうございます!」


 パーティーメンバーの証とも言えるパーティー装備は、これからみんなと離れて旅に出るユキにとっては嬉しい贈り物だった。 


「開けてもいいですか!」


「ああ、もちろんだ。みんなも是非、手に取ってみてくれ」


 タッカーの言葉にユキはワクワクしながらリボンを外して包みを解いていった。

 そして小箱の蓋をそっと開けた瞬間、ユキの時間は数秒間停止した。


(これは、なんだろう?)


 まさか、アレでは? 

 いや、そんなはずは……


 疑問と解答と否定が頭のなかをぐるぐる回り、ユキはそれを両手で取り出して、引っくり返したり頭上に掲げたりしながらつぶさに観察する。


 それは、四つの指環を並べて二枚の金属板で挟み込んだ形状をしていた。


 いわゆるメリケンサックと呼ばれる、拳に装着する超近接武器である。


 他のメンバーに目を向けると、エディ、ジュノー、リズの三人も無表情で手に持ったメリケンサックを凝っと見下ろしている。

 タッカーとカイゼルは自分のメリケンを手に得意そうな笑顔を浮かべてメンバーの反応を待っているようだ。


「え~っと……あ、ありがとうございます。なんか……すごいですね」


 ユキは困惑しながらも、子供のようにキラキラした目のタッカーを見ると、(まあ、いいか)と、受け入れる気持ちになっていた。


「うむ、そうだろう! これは本当に凄いものだぞ。まず魔法の付与に耐えうる指環を四つ造ってインパクトプレートに接続している。つまり、プレートを合わせると、同時に五つの魔法効果を付与できるのだ。材質は魔鉱石とミスリルの合金なので魔法との相性も強度も抜群だ!」


「魔鉱石!?」

「ミスリル!?」 


 リズとエディが驚きの声をあげる。


「まさか、パーティーで保管してた魔鉱石、これに使ったの!?」


「その通りだ。俺たちを象徴するパーティー装備に下手なものを造るわけにはいかんからな」


「いや、前衛のあんたらがいいんなら構わないけど、ずいぶん思いきったわね……」


 今までのクエストやダンジョン探索で手に入れた質の良い魔鉱石は売らずに保管していた。それは、いずれ強力な武器や鎧を造るときのために取っておいた貴重な物資だ。


「ミスリルはどうやって入手したのですか? この数を揃えるにはかなりの高額になるはずですが……」


 エディが淡く緑色に光るメリケンサックを見ながら心配そうに尋ねる。


「それは、俺の私物を使ったので心配はいらん。純度百パーセントのミスリル製の指輪があったのでな」


「! それは、まさかグレイフィールド家の……!」


 タッカーが家を出るときに持たされたというグレイフィールド家の紋章が入ったミスリル製の指輪を、エディは以前に見せてもらったことがある。


「俺にはもう必要のない物だったからな。それよりも、みんな、装備してみてくれ」


 タッカーに促されて、各々がメリケンサックを指に嵌めていく。オーダーメイドで造られたそれは、驚くほど手に馴染んだ。三ヶ月ほど前に、タッカーとカイゼルに石膏で手形を取らされたのはこの為なのだろう。


「見た目はゴツいですけど、装備してる感覚がないですね。ほんとに凄い……」


 ユキはつるりとしたインパクトプレートを眺めながら、力を入れて拳を握り込んだ。これなら岩でも砕けそうな気がする。


 なぜかルシアは絶望した顔でそれを見つめていた。


「たしかに凄い物ですね。魔力が尽きて死亡が確定した状況でヤケクソになって魔物に殴りかかる以外の使用方法が思いつきませんが、ありがとうございます」


 エディが複雑な顔で賞賛を送る。


「私は色々と使い道がありそうね。なんか新しい魔技でも開発してみるわ」


 リズは、まんざらでもなさそうに感触を確かめている。


「作はヴィルダー。銘は『ブラスターナックル』。あらゆる困難を打ち砕き、前へと突き進む我々の象徴だ。では、いつものヤツをやるか」


 タッカーとカイゼルが席を立ち、突き出した拳を並べる。

 すると他のメンバーも立ち上がり、タッカーの元へと集った。


 突き出された六つの拳が環を形作る。


「いざ、推して参る!」


「「「「「応!」」」」」


 突き出した拳をぶつけ合い、ブラスターナックルは『コォン!』と、澄んだ音を鳴らした。


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