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116 リカルド強襲


「あのオレンジの屋根のでけえ建物が、ガキどもの住んでた家だ」


 リカルドの視線を追って右手に目を向けると、明るいオレンジの屋根を持つ立派な邸宅と呼べるほどの大きな建物が目についた。


 あれが、ポルトたちが暮らしていた家らしい。アパートと言っていたので、あそこに幾つかの世帯が入居しているのだろう。

 

「アパートとはいえ、金持ちの住む家だな。行商であの家に住めるなら、よっぽどの稀少品を扱ってるか中規模以上のキャラバン隊を率いる立場だろうな。何処にいるのか知らねえが、連絡がついてもすぐに戻ってくるのは無理だろうぜ」


 ポルトの父親が家に帰ってくるのは年に数回程度らしいので、遠く離れた国にまで足を伸ばしているのだろうか。


 リカルドはアパートの前を素通りして歩いていく。


「ここには、寄らないのか?」


 バルログは恐る恐るといった様子でリカルドに尋ねた。


「ああ。俺が住人を追い出したところで、どうにかなるものじゃねえからな。ここには用はねえよ」


 意外とまともな返答にバルログは胸を撫で下ろした。てっきり、剣を手に乗り込んで力ずくで住人を叩きだすのではないかと戦々恐々としていたのだ。


 やがて道は石壁に突き当たり、右に曲がりながら緩やかなスロープで石壁を登っていく。

 ブライエ山の山裾に造られたガレオンは、段々畑のような構造になっている。グレイフィールド城を頂点とする上層に近づくに連れて貴族や金持ちの住む富裕層地域となっていくのだ。


 リカルドは迷いのない足取りでスロープを登っていく。

 ここから先は富裕層地域ということもあり、広い道には馬車が行き交っているが長い坂道を徒歩で進む者は少ない。眼下には活気に溢れた中流層以下の城下町が広がり、なかなかの絶景だ。


(そういえば、ガレオンには長く住んでるのに、ここまで登ったことはなかったな)


 バルログは足を止めて、しばし絶景に見入っていた。


「おい、グズグズすんな。さっさと行くぞ」


 叱責が飛び、バルログは慌てて先を行くリカルドを追いかける。

 とはいえ、リカルドも急ぐふうでもなくゆったりとした足取りで歩を進めていた。


「そういえば、こないだスラムへ行ったときに山猫のみんなに会ってきたんだ」


 城下町を見下ろすと広大な廃墟群が目に入り、バルログは先日のことを思いだした。


「へえ、あいつら元気にしてたか?」


 リカルドは、あまり興味なさそうに応じる。


「うん。いまのボスはアルクだったよ」


「ほお、アルクか…………まあ、妥当だな。そうか……あいつ、猫の皮を被るのはやめたってことか」


 バルログにとってはアルクがボスになっていたことは驚きだったが、リカルドの見方はまた違ったようだ。


「リカルドとアルクは、その…………なにかあったのか?」 


 当時、リカルドは妙にアルクに目をかけていたのを覚えている。

 訓練中にアルクを熱心に目で追っていたり、自由時間中にも特別訓練と称して木剣を手にアルクを人気のない場所に連れ出すことが度々あったのだ。大抵の場合、アルクはズタボロにされて見るも無惨な様子で戻ってきていた。

 当時のアルクは見た目が美少女だったこともあって、非常に良くない噂が流れた。その件で二人は幹部に呼び出しを受けたこともあったはずだ。


「あいつはある意味、俺の師匠みたいなもんだ」


 リカルドは口をへの字に曲げて視線を上げる。


「師匠?」


「これ以上、俺が喋るのはルール違反だな。ま、機会があればアルクに聞いてみな」


 そう言って、リカルドは意味ありげな笑いを浮かべた。


「ところでよ、橋の上のアジトでも一悶着(ひともんちゃく)あったんだろ?」


「う、うん……」


 スラムへ行くためにチャオと二人でアルデオファミリーのアジトを強硬突破したことを、リカルドは既に知っているようだ。


「用心棒の一人が大怪我したそうだが、あいつら、おまえを殺そうとしたんじゃないのか?」


「……ああ。こっちは気を遣って戦ったけど、向こうはお構い無しだもんな。あいつらにしたら冒険者一人の命なんかどうってことないんだろうな」


「なんで、殺さなかった?」


 いつの間にか、リカルドの目は底冷えのするような冷たい光を放っていた。


「え? いや……だって…………それはマズイだろ?」


「なにがマズイんだ?」


「そ、そんなことしたら、必ず報復があるじゃないか」


「向こうは平気で殺しにきてるのに、こっちは報復しなくてもいいのか? 舐められる方がマズイとは思わなかったのか? このまま黙ってたら、あいつらは俺らに『このぐらいの事をしても大丈夫だ』って考えるだろうぜ」


「…………」


 リカルドの言っていることも一理あるのだが、それでは戦争になってしまう。だがリカルドの一見静かな口調の底に籠った熱は、バルログの反論を許さなかった。 


「まあ、それでも無傷で切り抜けたのは上出来だな。おかげであいつらの面目は丸潰れだ」


 リカルドはそう言うと、カラカラと笑った。

 凄みのある圧もどこかに消え去り、バルログはひとまず胸を撫で下ろすのだった。



 スロープを登りきると、リカルドはブロックの奥へと分け入り、表通りを外れた静かな道へと入っていく。

 しばらく歩くと、こじんまりとした古びた邸宅にたどり着いた。


 外壁の門に扉はなく、リカルドは当然のようにアーチをくぐってその敷地に足を踏み入れる。


「おい! なんだ、おまえら!」

「そこで止まれ!」


 二本の柱に挟まれた扉の前に立っていた番兵らしき二人の男が、剣に手を掛けてこちらを睨みつけていた。


「俺はリカルドって者だ。ベイルデンの野郎は居るかい?」


 リカルドは気安い口調で片手を上げながら冒険者カードを提示した。その歩みは止まらない。


「止まれと言っている!」

「おい、リカルドってたしか……」


 番兵たちは強い口調で警告を発しながらも、困惑した顔で互いに目配せをした。

 その視線がリカルドから外れた瞬間──


「あっ!」


 驚きの声を発したのはバルログだった。


 6メートルの距離を一瞬で詰め寄ったリカルドが、番兵の目の前にいた。

 そして番兵の背中からは赤い血に塗れた刀身が生え出ている。

 バルログも番兵も、まるで時間が止まったかのように錯覚したが、それはほんの一瞬を切り取った一コマに過ぎない。


 リカルドが上半身を右に振ったかと思うと、残った番兵の横に着地していた。


 もしまばたきをしていれば、瞬間移動したようにしか見えない速度──


 番兵は脱力した仲間を目を見開いて見つめたまま、口を開ける。その目はリカルドの動きを追うことはなく、消えたとしか認識していないのだろう。


「シッ!」


 鋭い呼気とともにリカルドが剣を突き出した。

 その剣は刺突に特化したエストック。刃は無く、千枚通しのような形状をしている。


 鋭く尖った剣先が番兵の鉄製の胸当てをトン、と突いた。


 狙い済ました角度と強さで放たれた一撃は、番兵の心臓を貫き脊椎を破壊して止まる。


 剣先は背中に抜けることなく引き抜かれ、バルログが放り上げられた冒険者カードをキャッチするのと同時に二人の番兵は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「マヌケが。目の前の不審者から目ぇ逸らすとか、素人かよ」


 リカルドは薄笑いを浮かべて吐き捨てた。


「ちょっ……! なにやってんだよ、リカルド!」


「ん? 大丈夫だ、気にすんな。こいつらはベイルデンっていうアルデオファミリーの幹部の手下だ」


 突然の暴挙にバルログは慌てたが、リカルドは散歩の途中のように落ち着いている。


「か、幹部って……! なんでいきなり……こんな! ポルトたちの件で交渉に来たんじゃなかったのか!?」


「どうした、バルログ? おまえ……弱くなった(・・・・・)んじゃねえか(・・・・・・)?」


「…………!」


 自分が心を乱していることに気付いて、バルログは声を詰まらせた。

 以前の自分なら、淡々と状況を判断して黙ってリカルドの指示を待っていたはずだ。

 リカルドはバルログを責めるでもなく、冷静に事実を指摘したのだ。


「あ…………? お、俺は…………」


「あー、面倒クセぇ! しょうがねえな、面倒クセぇが、説明してやる」


 狼狽えるバルログを見て、リカルドは心底面倒臭そうにため息を吐いた。


「ここは、この辺りの不動産を取り仕切っているアルデオファミリーのベイルデンって野郎の隠れ家だ」


「隠れ家……?」


「ああ。本当は下のエリアにアジトにしてる屋敷があるんだが、たぶん監囚棟の件で、いまファミリーの奴らが警備兵団に次々捕まってる。ベイルデンは気が小さい野郎でな。今朝方、陽が昇る前にここに逃げ込みやがった」


 二人殺した後でだが、リカルドは状況説明を始めた。普段なら、バルログにこんな説明はない。すべてが片付いた後に、大雑把に事の流れを話すだけだ。いつもと様子が違うバルログを見て、いま話しておいた方が良いと判断したのだろう。


「それで、どうして番兵を殺したんだ? これじゃあ、話し合いもなにもあったもんじゃないだろ」


「まあ、落ち着けよ。ガキどもの件なら、ここには必要なモノを取りに来ただけだ。そのついでと言っちゃなんだが、アルデオファミリーにはケジメをつけてもらう」


「ケジメって…………相手は幹部なんだろ? どう考えても戦争にしかならないぞ。この番兵だって、もしファミリーの構成員じゃなかったら……」


 橋の上のアジトでバルログを殺そうとした報復のつもりなのだろうが、明らかにやり過ぎだ。これではアルデオファミリーも本気にならざるをえない。

 番兵も小遣い稼ぎの傭兵か冒険者である可能性は低くない。その場合、マフィアの門番なんてクエストが冒険者ギルドのボードに並ぶことはないので闇営業ということになるが、それでも警備兵の取り調べを受けることになるはずだ。


「ところが、そうでもない。ベイルデンはもともとこのシマを仕切ってた幹部の片腕だったんだが、そいつが死んで上手いことその後釜に座ったんだ。ところがベイルデンは、荒事は得意なんだがそれ以外は無能でな。シマの収益を激減させて、毎年担当地域を減らされている。今では以前の三分の一ぐらいにまでシマが縮んだらしい。それで頑張って仕事に励めば可愛いげもあるんだが、今じゃ上納金をちょろまかして自分の懐を暖めるのに一生懸命だ」


 リカルドは話しながら番兵の死体をあらためると、財布を抜き取って自分のポケットにしまっていく。


「実は以前、ファミリーの連中が持ってきた話に、ベイルデンを消して俺を後釜に据えるって話もあったぐらいだ。もちろん蹴ってやったがな。極めつけは、半年前に奴の首に賞金が掛けられたことだ。聞いて驚け、その賞金額、金貨2枚だとよ」


 リカルドはそう言うと、可笑しそうに子供みたいなニヤニヤ笑いを浮かべた。


「そんな少額の賞金なら、委員会で議決される前にファミリーの要請で揉み消すことも簡単だ。それをせずに放っておかれるぐらいにはファミリーにも邪魔な存在なんだよ」


 アルデオファミリーは、ガレオンという大きな都市にとっては必要悪でもある。行政だけでは抑えきれない裏社会の秩序を担い、犯罪者たちがやり過ぎないように手綱を握っている一面もある。そのために行政とマフィアは裏では手を握っている部分もあるのだ。


「賞金首なのか……」


 賞金首を刈るという名目なら、その障害となる護衛を殺すことは基本的にお咎めなしだ。あとはアルデオファミリーの反応だが、首に賞金が掛かるのを看過したということは、こういう事態も想定しているのだろうか。

 いや、たかが金貨2枚のためにマフィアに喧嘩を売るような馬鹿がいるとは思っていないだろう。

 それでも組織の覚えが悪いということを内外に報せているのと変わりないので、ベイルデンの首が獲られて報復に動くかどうかは微妙なところだ。あとは面子の問題だろうか。


「ファミリーの連中も監囚棟の問題で行政に睨まれて、ベイルデンなんかに構ってる場合じゃねえだろ。と、いうわけで、残りの護衛は6人、使用人が2人だ。もしかしたら、愛人か娼婦も連れ込んでいるかもしれねえ。使用人の女の方は殺すな。隠れ家への移動をリークしたのはその女で、情報屋から身の安全を保証するように釘を刺された。あと、娼婦も殺すな。あいつら、横の繋がりが強いからな。花屋で嫌われるのは勘弁だ」


 リカルドは番兵の死体を柱に寄り掛かるように座らせると、立ち上がって剣を抜いた。


「ベイルデンの野郎は、とりあえず殺すな。まだ用事があるからな。逃げそうなら動けないようにしとけ。豚そっくりだから、見ればすぐにわかる」


 リカルドは目に冷たい光を灯しながら、酒場の扉でも開けるような気楽な調子で屋敷の中に踏み込んだ。


「邪魔するぜー」


 ふざけたような口調で死神が来訪を告げる。

 昨晩、レイクのところで情報を得た段階でこの殺戮まで計画していたのかと思うと、バルログは背筋が冷たくなった。


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