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114 新たなクエスト


 ギルド酒場の個室ではパーティー会議も一段落し、タッカーたちの釈放祝いとルシア、カイトとの親睦会を兼ねた宴が開かれた。


 賑やかな宴は長く続き、夜も更けた頃──


 個室の外にある酒場のテーブルでは、レイクとチャオ、そしてバルログが顔を揃えていた。



「本部からは、待機命令が出たまんま連絡がとれなくなってる。まあ、領主と冒険者ギルドの確執は解消されたから、これ以上の調査は必用ないだろうな」


 レイクが煙草をふかしながら、1日ぶりに合流したバルログに現状報告などをしている。


「魔族のせいで本部もパニクってるみたいだから、待機状態のまましばらく放っとかれるかもしれないんだが、事態が事態だしなあ。いきなり緊急指令なんて入ってくる可能性もある」

「それで、バルにはやり残した事を頼んでおきたいの。もしわたしたちが急にここを離れることになっても、継続して解決のために動いてほしいのよ」


 チャオは、いつになく真面目な顔で、まっすぐにバルログの目を見つめた。


「う、うん……。か、かまわない、けど。お……俺に、で、できる、ことなら」


 バルログは思わず目を逸らしそうになるのを堪えながら、ぎこちなく返事をする。


(昨日は、もっと上手く喋れたんだけどな……)


 目立たないように普通に歩くというスキルはマスターできたようだが、たった1日ぶりにチャオと顔を合わせると、もう緊張して言葉が出てこない。


 昨日はなぜかまったく距離を感じなかったチャオが、遠く離れてしまったような気がする。

 それは自分の心の問題だと分かってはいるが、まるで魔法が解けてしまったかのようで、バルログは寂しい気持ちになった。


「ひとつは、ルシアさんを見つけてミイちゃんを返してあげたいの」


 チャオが膝の上から立ち上がってテーブルを覗き込んでいるミイちゃんの頭を撫でると、ミイちゃんは「ニャ!」と短く鳴いた。


「ルシアさんは目立つからすぐに見つかると思うんだけど、まずはポルトたちの方をなんとかしたいのよ」

「あ、ああ……ポルト、か……」


 ポルトは母親が亡くなってアパートを追い出され、幼い妹と二人でスラム街をさまよっていたところ、妹を拐われてしまったのだ。

 チームの不良少年に騙されてルシアを拐おうとしていたところをバルログに止められ、妹を救出するためにバルログやルシアたちと共に監囚棟に突撃した。そこで妹のポロネと再開し、現在は冒険者ギルドの施設に保護されている。


「ポルトたち、お父さんは行商に出てるらしくて、いつ帰ってくるか分からないらしいの。アパートを追い出されて身寄りも住む所もないし、このままだと孤児院に預けられるんだって」


 孤児院は、たいてい劣悪な環境だ。バルログがいたチームのなかには、孤児院を脱走してスラム街に逃げ込んできた子供もいたほどだ。

 ポルト兄妹が、またスラムに戻るようなことにはしたくない。


「わ……わかった。な、なんとか……してみる、よ」


 バルログが答えると、チャオは顔をほころばせた。

 とはいえ、バルログはどうすればいいのか見当もつかず頭を悩ませる。 

 いっそのこと、自分が二人を引き取ってしまうか? などと考えていると、不意に声が飛んできた。


「おいおい、その仕事は、バルログには荷が重いんじゃないか?」

「あ……」


 声の方向に目を向けると、そこに立っていたのはバルログのパーティーを率いるリカルドだった。

 

「リカ……ルド?」

「よお、調査官。このコミュ障には、そういったクエストは向いてないぜ」

「なにが言いたいんだ?」


 レイクは突然現れたリカルドに、困惑したように聞き返す。

 するとリカルドは意外なことを言い始めた。


「だいたい話は聞いてた。そのクエスト、バルログのサポートに俺を雇わねえか?」

「「えええッ!?」」


 レイクとバルログが驚いて声をあげた。チャオは頭にはてなマークを浮かべながら成り行きを見守っている。


「リ、リカルド……ど、どうして?」

「おいおい、おまえは俺のことを嫌ってるんじゃなかったか?」

「それとこれとは、話が別だ。こっちにも事情があって、ちょいとポイントを稼いでおこうと思ってな」


 リカルドはそう言って、腹の底が見えない軽薄そうな笑いを浮かべる。


「ポイントっつってもなあ……。実際、俺たちの任務は終わったようなもんだし、ボランティアの事後処理だから、タダ働きみたいなもんだぞ」

「ああ……言い方が悪かったな。ぶっちゃけ、査定ポイントはどうでもいいんだ」

「と、言うと?」


 リカルドは笑いを浮かべながら、バルログの隣のイスに勝手に腰を下ろす。


「一年前の件で俺たちはペナルティを食らったが、こないだ無事にAランクパーティーに昇格したことは知ってるだろ?」

「ああ、スピード出世だな。たいしたもんだ」

「問題は、その昇格自体が普通ならありえないって事だ」

「ありえない?」

「そうだ。新入りのリムデヴォードってヤツがAランクに昇格したのと同時にパーティーランクも引き上げられた。だが、俺を含めて他のメンバーは全員Bランクのままだ」

「ん? なるほど……たしかに、ありえないな」


 レイクは顎に手をあてて何もない空中を見ながら呟いた。

 パーティーランクの引き上げに関しては、はっきりとした規定があるわけではなく地域差なども存在するが、Aランクのパーティーには個人でAランクのメンバーが少なくとも二人か三人以上は必用なのが普通だ。それはBランクやCランクでも同じことである。


「……すっとぼけやがって。これが単なる事務処理のミスなのか、それとも何かの思惑があるのかはわからねえが、どっちにしろ俺は、少なくとも俺とバルログは既にAランクに必用なポイントには到達していると考えている」

「なるほど……、で? それとこれと、どういう関係があるんだ?」


 リカルドは、バルログが手をつけていなかったエールのジョッキに、あたりまえのように手を伸ばして飲みはじめる。


「これもペナルティの一つなんだろうが、俺たちは一定期間ランクアップが制限されているんだろうな。俺は、そっちをなんとかしたい。で、便乗するみてえだが、上手く収めることができれば、報告書に『人道的協力者』として俺の名前も上げてギルドにアピールして欲しいわけだ。もちろん、あんたの考えてる着地点は分かってる。それに納得のいくプラスアルファができればって事で構わねえ」


「はは……こりゃまた、ずいぶんと頭が回るもんだねえ」


 レイクは短くなった煙草を灰皿に押し付けながら、あきれと感心が入り雑じった顔で悪党の顔を眺めた。


「レイク、どーすんの?」


 リカルドのことをよく知らないチャオが、レイクにせっつく。


「できれば、こいつとはあまり関わりたくないんだが……。まあ、今回は問題ないだろう。いいぜ、納得のいくプラスアルファってヤツを見せてもらおうか」


 レイクが渋々と了承すると、リカルドはにやりと口角を上げた。


「よし、交渉成立だ。まずは、そのガキどもの資料はあるか?」


 レイクは書類の束から一枚の紙を抜き取りリカルドに手渡す。

 リカルドはその書類に目を走らせた。


「お、前に住んでた住所も調べてあるのか。こりゃ、話が早い。……けっこう、いい所に住んでたんだな。ここは、ベイルデンの管轄だな……なるほど……となると、取り引きの業者は……」


 すっかり置き去りにされたバルログは、ぶつぶつと呟くリカルドを不安そうに眺める。


 リカルドと行動すると、大抵はロクなことにならない。とはいえ、今回は子どもたちを助けるのが目的だ。レイクが言うように、いつものような血なまぐさいことにはならないだろう。


 単純に戦う以外の仕事は、たしかにバルログにとっては手強いクエストだ。その点、なんでも器用にこなすリカルドは頼りになるのは間違いない。

 バルログは、そう自分に言い聞かせた。


「よし、なんとかなるだろう」 


 リカルドはそう言って立ち上がると、レイクに書類を返す。


「もう行くのか?」

「ああ、これから情報を仕入れてくる。バルログは明日の昼にここへ来い。調査官は、この時間にここへ来てくれ」

「わかったよ。リカルドさんのお手並み拝見だな」


 そしてリカルドは、去り際にバルログの耳に口を寄せて小さく囁く。


「おい、軽い戦闘の準備ぐらいはしてこいよ」


 え?


 慌てて振り向くと、リカルドはもう背を向けて立ち去るところだった。


 なんで戦闘?


 遠ざかるリカルドの背中から、猛烈に不穏な空気が押し寄せてくる。


 リカルドの姿が見えなくなるまで見送って我に帰ると、また別の不安が沸き上がってきた。 

 それは、他人と一緒に居るという、どうしようもない居心地の悪さと居たたまれない空気。自分がここに存在するだけで、周囲に不快感を与えているのではないかという恐怖心。


 仲間といるときは気配を消してやりすごしているが、単独で行動しているとそうもいかない。


 最近はできるだけ抵抗するようにしているが、今日はこれ以上は耐えられそうにない。


 もう無理だ。うん、俺、がんばった。


 自分に言い聞かせて、バルログは席を立つ。


「じゃ、じゃあ…………俺も、……行くよ」

「お、おう。じゃあ、また明日だな」


 レイクは意外そうに目を丸くしながらも、バルログの心情を察して引き留めはしない。


 レイクも妙に頼りないところはあるが、バルログに友好的に接してくれている。今回のクエストもレイクがバルログを指名してくれなければ、そもそも縁のなかった話だ。

 大変な目に遭ったが、なんだかんだで楽しかったしいい経験になったとは思う。そういう意味ではレイクには感謝している。


 それに、チャオにも逢えた。


 仲間であり友だちでもあるような──


 それは、バルログにとっては初めての存在であり、不思議な感覚だった。

 チャオが居るだけで心が軽くなり、自分が自然体で振る舞えたような気がする。


 だが、その魔法も1日で解けてしまった。

 なまじ一度は距離が近くなったせいで、いまは自分の一挙一投足に幻滅されてしまうのではないかという恐怖が勝っている。


 俺には、友だちはまだ早いってことかな。それでも、だいぶ前には進んだよな……


 我ながら情けないとは思うが、自分に言い訳をしながらなんとか前を向こうと努力する。


 ペコリと頭を下げると、逃げるように背を向けて歩き出す。


 カタン


 チャオが席を立って小走りで追ってくる気配が伝わってきた。

 出口まで見送ってくれるのか、それともバルログの態度に怒っているのか。

 バルログは、怖くて、気付かないフリをした。


 気配がバルログに追いつき、隣に並ぶ瞬間──


 パァン!!


 乾いた音が酒場に鳴り響いた。

 

「いッ……!? 痛っだぁぁあああ~~~~ッッ!!?」


 背中が爆発したような衝撃と脳に突き刺さる痛みに、バルログは背を反らせて悶絶していた。


「ちょっ……おまっ……! な、なにすんだよッ!!」


 思わず膝をついて涙目で振り向くと、腕を組んで仁王立ちのチャオが、なぜかドヤ顔で見下ろしていた。


「フフフフッ! 油断したわね、バルッ!」

「いや、意味がわからない!」


 背中は焼きごてを押し当てたように熱を持って、ジンジンと痛みを放っている。

 真っ赤な紅葉がくっきりと浮かび上がっているに違いない。


 ていうか、闘気までぶち込んでないか、これ?


 皮膚が弾け飛んで大出血してるのではないかと心配になるぐらいの痛みだ。


 ふいにチャオは優しい顔になると、スッと手を差し出した。


「ほら、わたしだと緊張しないんでしょ?」

「あ…………う、うん?」


 呆っ気にとられながら自然にその手をとると、チャオは小さな手でバルログを引っ張り立たせてくれた。


「あんた、わたしに勝ったくせに、なんで今さらビビってんのよ? もっと堂々としなさい」

「はは……そうか…………そうだな」

「そうそう、それがわたしの知ってるバルなんだから」


 強烈な張り手の一発で距離感が昨日と同じに戻ったことにバルログは気づいた。

 痛いのに、自然に笑みが零れた。


 二人は並んで酒場の大ホールを横切っていく。

 その間、言葉を交わすことはなかったが、もうその沈黙も不思議と怖くはなかった。


「じゃあ、また明日。クエストがんばってね」


 酒場の扉を出たところで、チャオが笑顔で別れを告げる。


「うん。ありがとう、チャオ」


 バルログは応えて歩き出す。


 背中には痺れるような痛みが残っているが、チャオが強く背中を押してくれているような気がした。


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