113 パーティーの名は
「う~む。まさか、そんなことになっていたとは……」
タッカーは頭を抱えていた。
ここはギルド酒場の奥にある貸し切り用の個室である。
ユキとカイトから魔王城で別れた後の経緯を聞かされ、目の前のソファーでユキに抱きつきながら膝枕に顔を埋めているのが魔王アルシアザード本人だと確認を取ったところだった。
他のメンバーもなんともいえない微妙な表情で、ユキとだらしなく横たわった魔王を見つめている。
「えと……だいたいそんな感じです」
ユキはルシアの頭を撫でながら、困ったような固い笑顔を浮かべていた。
「しかし……まだ信じられん。ゼフトで魔王軍を撃退したのが魔王本人だというのか?」
「それは本当みたいね。私は事件直後のゼフトに滞在してたから。警備兵団を壊滅させた魔物をたった一人で叩き潰した『ゼフトの戦乙女』の話題で持ちきりだったわ。そんな実力者がどうして今まで無名だったのかが謎だったけど、魔王本人なら納得ね」
タッカーの呟きにリズが答える。次にエディがユキの膝に顔を伏せているルシアに声をかけた。
「そ、それでは……ルシアさん。先刻、世界へ宣戦布告をしたのは、あなたではないのですね?」
「うん。わしは、なーんも知らん。あいつらのことなんか、もう知らん」
ルシアは顔を伏せたまま足をパタパタさせて答える。
エディは難しい顔で考え込み、やがて頭を抱えてテーブルに崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと待ってください……。事情はわかりました。わかりましたが、これは……」
「おう、俺らのパーティー内の問題にしては、ちぃと話がデカ過ぎるわな」
絶句したエディの言葉を、なぜか上半身裸で腕組みしたカイゼルが引き継ぐ。
「あの……なんかすみません。本当は、このことは言わずに出ていくつもりだったんですが……」
ユキが気まずそうに頭を下げる。
こんな状況になったのは、冒険者ギルドにいきなりルシアが現れてユキに抱きついてきたからなのだが、それは町に着くなり領主に追い回されるという不測の事態があったものの、ルシアと連絡を取れずに不安にさせてしまった自分の責任だとユキは思っていた。
「『すみません』ではない、馬鹿者が」
「タッカーさん……」
タッカーが鋭い目でユキをジロリと睨む。タッカーは普段から苦悩するような深いしわを眉間に刻み、眼力も強いので常に怒っているような顔をしていて威圧感が半端ない。
「クエスト中に起こった事態はパーティーの問題だ。いらん気を使って一人で抱え込んでどうする。謝るのは、あそこにお前を残してクエストを優先した俺たちの方だろうが」
「……いえ、あれは正しい判断です」
「それでもだ。お前にもしもの事があれば、俺は自分を許せなかっただろう。まずは、無事に戻ってきてくれて『ありがとう』と言わせてくれ。今後のことは、三人で旅をしたいというユキの意思を尊重した上で俺たち全員で考えて結論を出そう」
「まあ、当然だわな。つか、もっと俺たちを頼れよ」
「そうですね……わたしたちは仲間なんですから」
「さっすがリーダー! そうこなくっちゃね!」
「ん…………」
「……みなさん、ありがとうございます。わがままを言って、すみません」
ユキは深々と頭を下げた。
みんなに嫌われる覚悟でパーティーからの脱退を決意しただけに、その優しさが身に染みる。まだ自分を仲間と呼んでくれるだけで涙が浮かんできた。
「謝らなくていい。それでは、パーティー会議の続きといこうか。まずは、ユキの脱退の件だが、さっきも言ったとおり、俺はユキの意思を尊重したい。みんなの意見はどうだ?」
タッカーは席に着いたメンバーに視線を向ける。
最初にエディが生真面目な顔で口を開いた。
「正直なところ、ユキが抜けるのは残念なのですが……ルシアさんを野放しにするという訳にもいきませんからね。……世界の為にも」
「たかがCランクパーティーの会議で世界がどうこうとか、世の中どうなっちまったのかねえ」
カイゼルがため息まじりにぼやいたが、どこか楽しそうに口の端を歪めている。
「ほら、ルシアさんの話もしてるんですから、ちゃんと参加してください」
「むう」
ユキに促されて、ルシアは渋々身を起こすとユキにぴったり寄り添って座り直す。
「それはともかくよ、ユキがわがままを言うのは初めてなんじゃねえか? 今まで散々俺たちのわがままに付き合ってくれてたんだ。聞かねえって訳にはいかねえだろ」
カイゼルが大きな声で言うと、それまで無表情でひたすらルシアの生足に視線を注いでいたジュノーが、ようやく口を開いた。
「僕としては、このパーティー唯一のおっぱいがなくなるのは避けたい。この際、ルシアさんとカイトもうちのパーティーに入れちゃうってのはどうかな?」
離れるのではなく、むしろ一緒に行動しようという案だが、まずエディが難色を示した。
「……いえ、我々とルシアさんでは目的が違いますからね。我々は地に足をつけて、冒険者として名を上げるのが第一です」
「魔王様が入ってくれるんならそりゃあ頼りになるが、それじゃあ俺たちの存在が霞んじまうしな」
「そういうことだ。まずは俺たちがルシア殿やカイト殿と肩を並べられるぐらいにならなければな。目指すはSランクだ」
「ああ……薮蛇だったかな。僕としてはCランクパーティーのままでも十分なんだけど」
決意したような目で静かに頷くタッカーを見て、ジュノーはげんなりした笑いを浮かべる。
ユキがCランクにランクアップしたことでパーティーランクもBランクに引き上げられているのだが、タッカーたちはまだ知らない。それはともかく、ジュノーは現状で十分に満足しているのだ。
そこへ、殺気をみなぎらせたリズの低い声が響いた。
「待てや、エロガキ。おめー、いま、なんつった? 『唯一の』おっぱいとか言ったか? 他にもう一つ、忘れてやいませんかねえ?」
リズはドス黒いオーラを撒き散らしながら、いまにもぶっ殺しかねない目付きでジュノーを睨みつける。
しかし、ジュノーは無表情に、確固たる意志を持って返した。
「残念だけど、僕の目には映らないみたいだ。どこにあるのかさっぱりわからない」
「上等! その役立たずのビー玉、くり貫いてやんよ!」
「うっわあ!?」
ジュノーが言い終わるのを待たずにリズが飛びかかり、乱闘が始まる。黙って会議の成り行きを見守っていたカイトが目を剥くが、他の三人とユキはいつものこととばかりに動じた様子もなく、ルシアはユキに顔をこすりつけるのに夢中だ。
リズに胸の話は禁句だな、と、カイトは心に刻んだ。
暴れる二人を無視してタッカーは会議を続ける。
「決を採るまえに俺からの提案なんだが、ユキは脱退ではなく一時離脱という扱いにしてはどうだろうか」
「一時離脱……ですか?」
ユキは目をぱちくりさせてタッカーを見上げる。
「うむ。書類上は休眠メンバーということで、パーティーメンバーとしての登録はそのままだ。特に行動制限はないので、そちらで別にパーティーを組むのも自由だぞ」
「おう、それならいつでも戻ってこれるな」
「離れていても、お互いにギルドを通した安否確認ができるというメリットがありますね。わたしは賛成です」
カイゼルとエディが賛意を示す。
「はい! 賛成!」
「うぐ……ぼ、僕も……さん……げべ……」
チキンウイングフェイスロックの体勢でジュノーの首と片腕を極めたリズと、残った腕で首を締め付けるリズの腕を必死に外そうともがいているジュノーも声をあげた。
「反対はないようだな。あとは、ユキの同意があれば問題ないが、どうだ?」
「は、はい! みなさんが許してくれるなら……わたしはみなさんと仲間でいたいです!」
タッカーは厳めしい顔をほころばせて、ニヤリと笑った。
「なら、決まりだ」
タッカーがパン! と、手を叩くと、張りつめていた空気がほどける。
「あ、それと、ルシアの正体は黙ってて欲しいんだけど」
会議の終わりを察してカイトが口をはさむ。
「うむ。宣戦布告をした魔王アルシアザードとルシア殿は別人なのだろう? ならば、問題はあるまい。魔王軍を退けた英雄であるルシア殿とカイト殿がユキを守ってくれるなら、俺も安心だ」
「それについては、公にするととんでもなく面倒くさい事になりそうですからね……」
「俺は、物覚えが悪いからな。魔王の顔なんて覚えちゃいねえよ」
「とりあえず、害はなさそうね。完全に信用したわけじゃないけど、私はユキを信じるわ」
「ぐほっ…………お、おっぱ……げぇえ…………」
「みなさん……ありがとうございます……」
まだみんなと繋がっていられることが嬉しくて、ユキは声を震わせて頭を下げた。
あれほど深刻に考えていた問題を、仲間たちはいつもの軽い調子であっさりと受け入れてくれた。そして、『もっと俺たちを頼れ』と言ってくれるのだ。
わたしなんて、まだまだだ。
自分がルシアも仲間たちも守らなければと気を張っていたが、やはり心細さはあった。いまは仲間たちの暖かい心意気に触れて、安心感に包まれている。
いつか、この素晴らしい仲間たちを守れるくらいに強くなりたい。ユキは心の底からそう思っていた。
「さて、湿っぽい話は終わりだ。ちょうどいいタイミングかもしれん。実は、俺たちは軟禁されている間、暇だったのでパーティーネームというものを考えてみたのだ」
「パーティーネーム……ですか?」
ユキは目をまるくしてタッカーを見た。
「うむ。クランにはそういった名称がつけられているが、最近はパーティーにも大層な名前をつける連中が増えているだろう。俺は、チャラチャラして気に入らんと思っていたのだが、よく考えてみれば遠征先の馴染みのない土地で名乗るときなどはパーティーネームがあった方が便利だし通りもよくなるかと思ってな」
クランというのは複数のパーティーや冒険者が集まった組織で、その理念を表すような統合的な名称が冠せられる。一方、パーティーネームはギルドのシステム的には昔から存在していたものの、よほど有名になったパーティー以外にはあまり使われることはなかった。しかし、西方諸国では現在では当たり前のように使われているらしく、最近ではこの東方諸国にもその文化が最新の流行として流れ込み、徐々にではあるが広まりつつある。
「へえ。あんたら、そんなことしてたの?」
「ぼ、僕は、関わってない。僕の責任じゃないぞ」
ようやく開放されたジュノーが肩で息をしながら答える。
「エディ?」
リズがエディに訝しげな目を向けると、エディは重々しく口を開いた。
「それに関しては、わたしの意見は通らないようなので、ユキにすべての判断を委ねるということで二人には納得してもらいました」
「わ、わたしですか!?」
ユキは、いきなり『すべての判断を委ねる』などと言われて面喰らう。
「そうだ。俺たちはしばらく離れてしまうが、新しいパーティーネームの旗印のもと、心はいつも一つだ」
「俺とタッカーで考えたんだぜ。たしかに、そんな感じの名前になったな。あとは、ユキの同意だけだ」
カイゼルが猛獣のような顔をほころばせてニカリと笑う。
「うむ。俺たちの新しい名前。それは──『筋肉の翼』だ!」
「却下です」
「「んなッ!?」」
ユキに一刀両断に切り伏せられた二人が予想外とばかりに驚愕する。
「まて! まてまてまて! 俺たちは離れてしまうが、冒険者として日々の鍛練を欠かすことはない。鍛え上げた己の筋肉を見たときに、遠く離れた仲間も同じように己を鍛えているのだと実感できるはずだ。そう、俺たちは筋肉で繋がっている!」
「いえ、なんかもっとふんわりした物で繋がっていればいいと思います」
タッカーは慌てて説得を試みるが、ユキはにべもなく切り捨てる。
「ユキなら、そう言ってくれると信じていました」
エディが安堵の表情で息を吐き出した。
「お、おい、リズ! おまえはどう思う? いい名前だろ?」
「私の意見は排除する気マンマンだったクセに、結局そうなるわけ? 名乗るだけで、私まで脳筋と思われるの待ったなしって感じね。勘弁してほしいわ」
カイゼルがリズに助けを求めるも、あっさり玉砕。
「は~い! 全権委任大使からの通達です! 以後、この件に関してはリーダーの強権行使は不可! メンバー全員の承認を条件とします! 以上!」
ユキが手を叩くと、タッカーとカイゼルは肩を落としてうなだれ、エディ、リズ、ジュノーの三人は深くうなずいた。
「ふ~、ユキがいてよかったよ。これからのことを考えると、頭が痛くなるね」
ジュノーが冷や汗を拭いながら身を起こす。
「そうですね……こいつらが、ユキがいなくても後衛の指示に従うのか……」
エディがじと目でタッカーとカイゼルを睨む。
「な……! お、俺も昔の俺ではない! 戦況を把握している後衛の指示の重要さは十分に理解している!」
「お、おう……それがチームワークってもんよ」
「だといいのですが……」
エディは難しい顔でため息を吐いた。
「ねえ、もしかして、ユキってけっこう重要?」
タッカーたちのやりとりを眺めていたカイトがリズに尋ねた。
ユキが言うには、自分が抜けても戦力的になんの問題もないと言っていたと記憶している。
「めちゃくちゃ重要よ。ユキは、うちの司令塔なんだから」
「そ、それは……! エディさんにフォローしてもらって、なんとかやってるだけですから! わたしなんて、まだまだですよ!」
リズの言葉を、ユキが慌てて否定する。
「いえ、わたしはユキの経験が足りない部分を補足しているだけです。むしろ、わたしが勉強させてもらっている立場ですからね。ユキは、うちの要ですよ」
「要……ですか?」
いままでもユキはみんなから称賛されてはいたが、ユキから見た仲間たちは自分など比べ物にならないぐらい強い。そのため、それは自分に自信を持たせるための優しさなのだと結論づけていた。
「あいかわらず自分の評価が低いのよね。もっと自信を持っていいと思うんだけどな」
「は……はい」
ユキは自信なさげに曖昧な笑いを浮かべる。
「そもそも、うちの前衛がユキの言うことしか聞かないからね」
「だ、だから、そんなことはないぞ!」
ジュノーの言葉をタッカーが否定する。
「なんでそんなことになってんの?」
カイトは素朴な疑問を口にした。クセの強そうなタッカーとカイゼルが、なぜユキの言うことには従うのだろうか?
「ああ、それね。こいつらが暴走したとき、私やエディがぶん殴るってことはよくあったんだけど、こいつらって反省しないのよねー」
「リ、リズさん、その話は……」
リズが話しはじめると、ユキが狼狽えだした。
「でも、ユキが一回ブチギレて鉄拳制裁したら、まー素直になっちゃって。なんでかなー?」
ユキは恥ずかしそうに顔を赤らめ、タッカーとカイゼルは気まずそうに、共に目を逸らした。
上機嫌でユキに顔をこすりつけていたルシアは、ピタリと動きを止めてガタガタ震えだす。
「て、鉄拳って……グ、グーか? グーで殴るのか? し、心臓が止まってしまうぞ……?」
「い、いえ……そ、それは……! よっぽどじゃないとそんなことにはならないから大丈夫ですよ!?」
ユキは冷や汗をかきながら、怯えだしたルシアに愛想笑いを浮かべる。
「う、うむ。わ、わしはよいこじゃからな……! そ、そんなことにはならん……はずじゃ……!」
ルシアは真っ青な顔でコクコクと頷いている。
「あんたら……そういう関係なの? 猛獣使いの才能があるとは思ってたけど、まさか魔王まで……」
リズがドン引きした様子でユキとルシアを眺めまわした。
「い、いえ! そういうことではなくて……!」
「まあ、あのときはグーじゃなくて平手だったしね」
「ちょ……ちょっとカイトさん!?」
こいつ……魔王をひっぱたいたのか──
全員がドン引きした目でユキを見ていた。