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112 できる男


「ミハエルだ。入ってもいいか」


 客室の扉をノックして告げると、中から「入れ」と、短い返答があった。


 扉を開けると豪華絢爛な部屋の奥に、その瞳と同じ赤色の液体で満たされたワイングラスを片手にソファーで足を組む魔族の女が微笑を浮かべていた。


「黒い髪もお似合いですね。赤い瞳もまた美しい。キルラ……いえ、アルシアザード魔王陛下とお呼びした方がよろしいか」

「ふふ……二人のときは、いつも通り『キルラ』で構わぬよ、ミハエル。妙な敬語もやめてくれ」


 キルラメディナは機嫌よさそうにグラスに口をつける。


「では、キルラ。素晴らしい演説だった。これで晴れて魔王となったわけだ。まずは、おめでとうと言っておこう」

「ありがとう、ミハエル。魔王とはいえ、所詮は傀儡にすぎぬがな」


 そう言ってキルラメディナは苦笑する。


「そういえば、弟君(おとうとぎみ)は上手く押さえておけたようだな」

「ああ、謁見室に閉じ込めておいたので映像は見ていない。まさか本物のアルシアザードを見て戻ってくるとは思ってなかったので少々慌ててしまったが、もう問題はない」

「私も驚いたぞ。冒険者ギルドと言ったか。演説初日に世界的な組織に偽者だとばらされてしまっては興醒めだからな。だが、おまえはそれで良いのか? 我々は人類に宣戦布告をしたのだぞ。東方諸国とはいえ、元老院直属の部隊がなにやら動いている。ここも平穏無事とはいかぬだろう」


 キルラメディナは心配そうにミハエルの顔色を伺う。


「なに、戦争なぞそこら中で毎日起こっているさ。王族を倒した後は、内乱とそれに乗じて隣国が攻め入ってくる事態を最も危惧していたが、外敵による大きな混乱は私には好都合だ」


 ミハエルは笑みを浮かべて答えた。


「ならば、よかった。おまえの目的を果たすために、大っぴらにとはいかぬが私もできるだけの助力をしよう」


 キルラメディナは安堵したように笑みを浮かべる。


「ありがとう、キルラ。君にはいつも感謝している。……が、ひとつ確認をしておきたいのだが」

「ど、どうした?」


 表情を曇らせたミハエルに、キルラメディナは狼狽えた。


「スラムの地下に研究施設を造るとは聞いていたが、私に無断で市民を拐って監禁していたそうだね。ちょっと面倒なことになっている」

「そ、それは……た、たいした問題ではないと思っていたのだが……。報告をしておくべきだっただろうか?」


 しどろもどろに答えるキルラメディナに、ミハエルはため息を吐いて苦笑いを浮かべた。


「人間の世界では……いや、少なくともこの国では、市民は領主の持ち物ではないんだ。彼らには最低限の権利が保証されていて、税を納める見返りとして領主は彼らの権利を守る責務が課せられているのだよ。それを怠り信を失うと、民はこの町を離れて今の繁栄は失われてしまう」

「そ……そうだったのか……。それは、すまなかった。元老院がやっていることなので好きにさせておけばいいと考えていたのだが、私の勉強不足であった」


 キルラメディナは目に涙を浮かべてしょんぼりと肩を落とす。


「まあ、取り返しがつかないという訳ではないので、そこまで気に病む必要はないよ。ただし、今後は気をつけてくれたまえ」

「わ、わかった! 今後は部下の動きにも注意しておくとしよう」

「ああ、よろしく頼む」

「もう、行ってしまうのか?」


 踵を返したミハエルにキルラメディナは寂しそうに声をかける。


「しばらく忙しくなりそうだが、後で時間を空けて会いに来るよ。魔王の就任にしてはささやかになってしまうが、二人でお祝いをしよう」

「そ、そうか! 待っているぞ!」


 振り返ったミハエルの言葉にキルラメディナはぱっと顔を輝かせ、ミハエルが片手を上げて退室したあともしばらく上気した顔で扉を見つめていた。


『ずいぶんと人間に入れ込んでいるようだな、キルラメディナよ。まったく、これではどちらが上の立場か分からぬ』


 背後から嗄れた老人の声が聞こえると、キルラメディナは不快そうに顔をしかめて振り返った。


「盗み聞きとは、趣味が悪いな、ボルツワーグ。ただの(たわむ)れだ。必要ならこの町を消すことぐらい、なんの躊躇いもない」


 黄金の支柱の上に置かれた大きな黒水晶に向かって声をかけると黒水晶は淡い光を放ち、その内部に紫の煙が渦巻いてフードを被った老人の顔が浮かび上がった。


『だとよいがな……。それよりも、帰還の準備を進めておけ。こちらの準備が整い次第、魔王の凱旋を祝う宴を開く』

「魔王アルシアザードの凱旋か……」

『そう不満そうな顔をするな。影武者は用意してある。武闘会でそやつを倒せば、新たな魔王キルラメディナの誕生だ』

「きさまらに都合のよい魔王の誕生というわけだ」

『ずいぶん噛みつくではないか。そうだな……就任祝いに多少の我が儘を聞いてやってもよいぞ。短命種との戯れなど、たかだか数十年。そのぐらいは多目に見てやろう』

「…………」


 意外な申し出に、キルラメディナは戸惑いを浮かべる。


『ふふ……そう勘繰るな。ただの就任祝いだと言っておるだろう。それよりも、一月後には魔界に戻るのだ、よいな』

「…………わかった」


 黒水晶が光を失い部屋に静寂が戻っても、キルラメディナは立ち尽くしたまま考えを巡らせていた。


「『多少の我が儘を聞いてやってもよい』……か。元老院にしてはずいぶんと甘いな。気味が悪い……」


 冷たく輝く黒水晶を睨みながら、キルラメディナは小さく呟いた。




◆◇◆



「スラム地下に建設した魔王軍の施設を襲撃したのは冒険者ギルドの調査官でした。調査官の報告書には魔族と施設内で遭遇したことも書かれているようです。いかがなされますか?」


 銀縁の眼鏡をかけた文官は、足早に廊下を進むミハエルの斜め後ろにピタリと付き従って指示を仰ぐ。


「いまは放っておけ。冒険者ギルドがそれを公表するかどうかも分からんしな。まずはこちらに事実確認をしてくるだろう。建物はアルデオファミリーの物で、魔族の提供する魔道具に目が眩んで連中を引き入れたのだろう。いざとなったら知らぬ存ぜぬで押し通す。責任はアルデオファミリーに取らせればいい」

「承知しました」

「この段階で我々と魔界の関係が表沙汰になるのは不味い。その調査官には警戒を怠るな」

「タッカー様を開放したことで冒険者ギルドが我々の弱味を探る意味もなくなりましたから、これ以降の活動はなくなるでしょう。とはいえ、この短期間にマフィアと魔王軍が警備する施設を僅かな手勢で攻略するとは、かなりの手練れです。経歴も至って普通のB級調査官ということで我々も油断していましたが、擬態したA級調査官かもしれません。今にして思えば、普通すぎて怪しいくらいです。まだこの町に留まるようなら、再調査が必要ですな」


 ミハエルは渡された資料の束を捲り、その男の名を確認した。


「レイク・ブレンダーか……。もしもこれ以上踏み込んでくるようなら、消えてもらうしかあるまい」 

 

 本人の知らないところで、なにもしていないレイクの評価は上がっていた。



◆◇◆◇◆



「ふぇっくしょん!!」


 薄暗い店内に男のくしゃみが響き渡る。


「風邪かしら?」


 隣のカウンター席でスツールに腰を掛けて長い脚を組んだ美女がいたずらっぽく笑った。


「どこかの町で、女が俺の噂話でもしてるんだろう」


 男は、自分では最高にキマっているつもりの苦みばしった横顔を向けて煙草に火を点ける。

 生地は良さそうだが草臥(くたび)れた服にズタボロのコートを羽織った中年の男は、冒険者ギルド本部所属のB級調査官、レイク・ブレンダーだった。


「あら、妬けるわね」


 女は熱っぽい流し目をレイクに向けながら、ショットグラスのカクテルを口許に運ぶ。小さなステージで楽団が奏でる静かな音楽が流れていた。

 茶色い巻き毛をショートカットにした女は、露出の多い白いスーツ姿の出で立ちで、高級な酒場のホステスといったところだろう。


「お兄さん、旅をしているの? 賞金稼ぎ(バウンティハンター)か、冒険者といったところかしら? ずいぶんと腕に自信がありそうね」

「自信があるのは、腕だけじゃないんだぜ」

「まあ、ステキ!」




「で、わざわざ呼び出された俺は、何を見せられているんだ?」


 少し離れたテーブルで、そんなレイクを横目にウイスキーを煽っている古傷だらけのドワーフがいた。調査官であるレイクに呼び出されて富裕層地区にあるこの酒場までやってきた商人のベギンズだった。


 ベギンズは厳つい顔つきで、テーブルの上で眠たそうに丸くなった黒い仔猫をモフモフしている。


「すぐにフラれて戻ってくるわ。たまに上手くいったかと思ったら美人局かデート商法で、そりゃもうヒドイ目に逢って帰ってくるんだから。面白ショーだと思って見物しててよ」


 その向かいの席で赤いチャイナ服に身を包んだ小柄な少女は、レイクの部下で武闘家のチャオだ。


 チャオの遠慮のない声はレイクの所まで届いているが、レイクはポーカーフェイスで他人のフリをしながら会話を続けている。


「それにしてもあの(ひと)、ずいぶん食いついてくるわね。あんなのが趣味なのかしら?」


 レイクと女はこれといって内容のない会話を続けている。いつもならとっくにフラれている頃合いだ。


「ふむ……これは、ヒドイ目に逢うパターンかもしれない」


 チャオは顎に手をあてて呟くと、カップに入ったミルクを飲み干した。



「私、強い男が好きなの。お兄さんの武勇伝とか聞いてみたいなあ」


 一方、女はレイクとの距離を詰めながら甘えた声と期待のこもった目で話を促す。レイクはニヤケる口許を煙草を挟んだ手で隠しながら、タフぶった渋い声で返した。


「武勇伝か……俺は、争い事が嫌いでね。期待するほどの話は持ち合わせちゃあいねえよ。まあ、ちょっかいを掛けてきた組織の一つ二つぐらい、うっかり潰しちまった事ならあるが」

「すごい、すごい! その話、聞きたい! あ、そういえば、魔王の演説のせいで話題になってないんだけど、スラム地区にあったアルデオファミリーのアジトが襲撃を受けて壊滅したらしいわよ。もしかしてお兄さんがやったんじゃないの?」

「ふ……プロは仕事の話を他人に喋ったりはしない。もしかしたらそうかもしれないし、違うかもしれないし、そうかもしれない」

「そーかあー、お兄さん、『プロ』なんだねえ」

「おっと、俺としたことが、口がすべっちまったようだ」


 レイクは芝居がかった仕草でウイスキーを飲み干すと、カクテルを注文する。


「ねえ、わたし口は固いわよ。二人っきりでお話しない?」

「…………ここで、君という素敵な女性に巡り会えたのも、何かの運命なのかもしれないな。今夜は、君とこの素晴らしい出逢いを大切にしたい」


 レイクは歯の浮くようなセリフを並べると、運ばれてきたショットグラスを摘まみ、女の顔の前に掲げた。


「君の瞳に、カンパイ」


 次の瞬間、女は顔を伏せて席を立った。

 暇そうに駄弁っていたチャオとベギンズが、同時に鋭い視線をこちらに向ける。


「ん? どうした?」


 寒いセリフを吐いたレイクが不思議そうに声をかけた。


「そういえば、そろそろお店に行かなくちゃ。すいません、精算お願いします!」


 女はバーテンダーに声をかけると精算を始める。


「あれ? 二人っきりのお話は??」

「また今度ね。バイバイ、お兄さん」


 女はにっこり微笑むと、間の抜けた顔で呆然とするレイクに手を振って足早に店を出て行くのだった。


「大人の時間はどこいった……」

「はい、終~了~!」


 呆然自失のレイクの手を引いて、チャオがテーブル席にレイクを連れ戻す。


「なぜだ……なにがいけなかった……?」

「ぜんぶよ。特に最後の決めゼリフ、いっつもあれでトドメになるんだから、いいかげんに気付きなさいよ」

「はあ!? 最高にキマッてただろ!」

「キマッてるのはアンタの頭でしょ。本気で言ってるなら、病院で検査を受けた方がいいわね。だいたい、なんなのあのセリフ? センスが古すぎて寒い冗談にしか聞こえないんだけど?」


 そこへ、ベギンズが重々しく口を開いた。


「あれは、俺が若いころ……50年ほど前に流行った演劇のセリフだな。まだハードボイルドとやらにハマっとるのか。あいかわらず元気そうでなによりだ、ブラム……いまはレイクだったか」

「よお、ベギンズ……。待たせちまったな。まあ、ヒーローはいつも遅れて来るもんだ」

「フラれたくせに無駄にカッコつけるのやめなさい」

「フラれてねえ! 『また今度』って言ってただろうが! 『また今度』って言ってたっ!!」


 すばやくハードボイルドモードに切り替えたものの、チャオの無慈悲な突っ込みで速やかに現実に引き戻されたレイクは唾を飛ばして喚き散らす。


「現実を見なさい」

「現実を見ろ」

「うるせえ! うるせえ! うるせえっっ!!!」



◇◆◇◆◇



 ぴっちりとした丈の短いスカートに白い上着を羽織った女は、ヒールの音を響かせながら階段を上ると人影もまばらな通りを早足で歩きはじめた。


「なんなの、あの男……!」


 レイクのキザぶった顔を思い出し、爪を噛みながら苛立った声を漏らすと街灯のない薄暗い露地に入り込む。

 とたんに、どこからか低い声がかけられた。


「一人か……。首尾はどうだ、イリーナ?」


 女──イリーナは、驚いた様子もなく足を止めると、声のした横道の陰に向かって不機嫌そうな声で返した。


「あんたら、私を雇ったことが漏れてるんじゃないの? あの男、私が殺し屋だって気付いてたわ」

「……そんな筈はない。気付かれたのはお前のせいだろう」

「馬鹿にするんじゃないわよ。そんなヘマするもんですか」


 イリーナは吐き捨てると、苛立った様子で親指の爪を噛んだ。

 イリーナはアサシンギルドガレオン支部の支部長の孫娘だった。代々殺し屋稼業を営む一族で、祖先は裏の世界に名を残す伝説的なアサシンが名を連ねる名家でもある。

 祖父のウォルトも多くの困難な仕事を成し遂げた有名なアサシンである。父と母は平凡な殺し屋であったがイリーナは戦闘術に秀でており、期待されてはいるものの、殺し屋としてはそこそこ(・・・・)腕が立つという評価に甘んじていた。

 

 優秀ではあるが、伝説的なアサシンを輩出してきた一族の娘としての期待はそれ以上に大きい。次第に周囲で囁かれる「期待はずれ」の声は、イリーナの耳にも届くようになっていた。


 そんな折、事件が起こったのは二ヶ月前のことだった。

 未だ現役だった祖父のウォルトは部下の見分役として現場に出ていたのだが、暗殺に失敗し部下は全滅。祖父も瀕死の重傷を負い、ただ一人逃げ帰ってきたのだ。

 魔法による治療が行われたものの傷は深く、一日ももたないことがわかった。


 最後に祖父は人払いをして孫娘のイリーナを枕元に呼んだ。

 そこで祖父が語ったのは一族の秘密だった。


 一族の祖はイリス・ヴォルドレッドという女性である。それはイリーナも知っていたが、祖父が言うにはイリスは200年前に魔王アルシアザードを封印した勇者パーティーのメンバーの一人だという。

 勇者パーティーのメンバーには謎が多く、女性のアサシンがいたということは伝わっているが、その名前も経歴も残されてはいない。その後の消息も一切不明なため、冒険者ではなく本物の殺し屋だったのではないかとか、戦いから身を引いて静かな余生を送ったなどと様々な憶測が囁かれている。


 その英雄の一人が自分の祖先だと聞かされ、イリーナは少なからず衝撃を覚えた。


 さらに祖父は語る。


 イリスはただのアサシンではなく、『魔眼持ち』であったと。

 そして、その魔眼は今も一族に受け継がれていて、自分がその継承者なのだと。


「私の命が尽きる前に、この魔眼をおまえに継承する」


 祖父はそう告げるとイリーナの顔を引き寄せ、両目を見開いた。

 瀕死とは思えぬ力強い眼光。

 そこに蒼白い紋様が浮かびあがったかと思うと、ぐらりと世界が揺れて意識が遠くなった。

 遠くから祖父の声が聞こえる。


「魔眼の銘は『────』。この魔眼のことは、誰にも知られてはならん。たとえ、身内であっても。それが、イリスの伝言だ」



 次に目が覚めたときには自分のベットの上で、祖父はすでに亡くなったと聞かされた。それからイリーナは高熱を出し、十日間も寝込んだ。


 最初、自分に魔眼が宿ったという実感はなかったが、体が回復するとすぐに違いがわかった。


 未来が視える──


 時間でいえば数秒からせいぜい数分先のことではあるが、これから自分の周りに起こる未来の事象が視えるのだ。

 それは確定的なものではなく、例えば家政婦が皿を落として割る未来など、注意を促すことで回避も可能だった。予知というよりは予測に近いものなのかもしれない。


 次に気付いたのは、他人の嘘を見抜くことができるということだ。

 他人が話しているのを見ると、嘘を吐いているかを見分けることができる。感覚的なものではあるが、今のところ百発百中の精度である。


 どれもアサシンとしての力を引き上げてくれる権能であったが、イリーナは祖父の言葉を守り、周囲に気付かれぬように慎重にその能力を自分に馴染ませていった。

 おそらく魔眼の権能はこれだけではないと思うのだが、惜しむらくはそれを聞き出す前に祖父が亡くなってしまったことだ。


 まずは目の前の仕事を確実にこなしつつ、ゆっくりと自分の地位を上げてゆく。その間に魔眼が馴染んでくれば、また新たな権能を見出だすことができるに違いない。


 今回請け負った依頼も、今の自分にはさほど難易度が高い仕事ではなかった。


 依頼主はアルデオファミリーの幹部で、依頼の内容はスラム地区の秘密施設を壊滅させた犯人を特定して暗殺すること。

 その容疑者として冒険者ギルド本部所属のB級調査官レイク・ブレンダーの名が上がった。


 B級調査官とはいえ、マフィアの施設を壊滅させた犯人だとすれば相当な腕利きの筈だ。


 イリーナはレイクに近づき、情報を引き出そうとした。

 レイクは少し色気を使っただけで拍子抜けするほど簡単に釣ることができた。その立ち居振舞いからも、とても腕利きには見えない。


 これは、はずれ(・・・)かもしれないと思いながらも情報を集めることにする。

 魔眼の力で嘘を見抜くことができるイリーナにとっては、いくつかの質問をするだけで終わる簡単な作業だ。


 その筈だった。


 だがレイクはイリーナの問いかけに肯定と否定を並べたて、ときには巧みに話を逸らして質問をかわしていく。魔眼での判定は常に『嘘を吐いている』であり、判断が下せない。


 遅々として情報の収集は進まず、果たして本当に口説く気があるのか今では誰も使わないような黴の生えた古い口説き文句を連発するレイクに苛立ちが募る。


 まるでこちらを馬鹿にしているかのような──まさか、魔眼に気付いている!?


 そんなわけはない、と思い直した瞬間に「君の瞳に、カンパイ」と、レイクがイリーナに向けてグラスを掲げた。

 そのふざけたセリフに合わぬ、すべてを見透かすような強い眼光がイリーナの両目を射抜いたのだ。


 間違いない! この男、私の魔眼に気付いている!


 反射的に立ち上がり、つい殺気を漏らしてしまった。

 少々腕が立つ程度では気付かないほど僅かではあるが、レイクの部下たちには気付かれたようだ。レイクが気付かない筈はない。


 この時点でイリーナはレイクがただ者ではないと確信していた。

 その技量をまったく感じ取ることが出来ないということは、レイクの技量は自分を上回っている可能性があるのだ。



「おい、これからどうするつもりだ」


 露地の陰から男が問いかける。


「問題ないわ。今日のところは出直すけど、仕事は続けるわ」


 魔眼のことは、誰にも知られてはならん──


 祖父の声が頭に響く。

 レイクが施設を壊滅させた犯人なのかどうかは、もう関係がない。

 この魔眼の秘密を知っているというのなら──


「必ず──殺す」


 イリーナは小さく呟いた。



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