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111/118

111 告。


「報告ができないだと?」


 タッカーは受付嬢の言葉に顔をしかめた。


「申し訳ありません。現在、緊急事態につきギルドマスターは多忙でして、しばらくお取り次ぎが出来ません。時間が空き次第こちらから連絡を入れますので、今日のところはお引き取りください。誠に申し訳ありません」

「いや、いいんだ。確かに、あんなことがあっては仕方ないな」


 心底申し訳なさそうに頭を下げる受付嬢に片手を上げて、タッカーは冒険者ギルドの受付窓口から離れた。


 魔王城の定期探索は国からの依頼となる国選クエストなので、通常のクエストと異なりクエスト終了の報告は直接ギルドマスターに行うことになっている。だが、空に投射された映像で魔王の復活宣言と人間への宣戦布告が行われたのはつい先ほどのことだ。ガレオンは魔王アルシアザードが封印されていた魔王城パンデモニウムの廃墟から最も近い大都市とあって、ギルドマスターは本部からの対応に忙殺されているのだろう。



 あの後、魔王の演説が終わるとミハエルは報告会の終了を宣言し、タッカーたちはあっさりと開放されたのだった。


 ミハエルは弟であるタッカーを無視するように家臣を引き連れてさっさと退場してしまったのだが、魔王の復活宣言の直後となればそれも致し方ないことだ。タッカーは父親であるナダン伯爵との面会を直訴するつもりだったのだが、このような事態ではそれどころではないだろう。病床に伏せっているというナダンを見舞うべくタッカーはこれまでにも何度か城を訪れていたのだが、いずれも門前払いを喰らっていた。いずれまた日を改めて父を見舞わねばならないとタッカーは心に決めた。


 受付から振り返ると、そこは喧騒と煙草の煙に包まれた見慣れたギルド酒場であり、魔王の復活と開戦宣言を受けて情報収集にやってきた冒険者で溢れている。

 真剣な顔で話し合っているグループが幾つかありピリピリした空気はあるものの、大きな混乱はなく全体的な雰囲気は普段とあまり変わらない。これは、魔界が首尾よく西方諸国を滅ぼしたとしてもそこからサルディア砂漠を越えて東方諸国へ攻め込むのは数十年も先になるであろうという見通しからだ。物語で伝えられる魔界の大侵攻でさえ西方諸国の六割を制圧したところで勇者が魔王を討ち倒した後、あっさりと撤退している。現代は交易路や通信手段も発達しており、本当に危ないとなれば東方諸国から大規模な援軍が派遣されるはずだ。東方諸国が魔界の攻撃を受けたのは二百年も昔に魔王城パンデモニウムの強襲があった一度きりということもあり、東方諸国に於いて魔界の脅威はどこか遠い世界の話なのだ。そのため冒険者の心配事は、停止したクエストの受付がいつ再開するのかとか、西方諸国から流入する交易品への影響はどうなるのかといったもので、差し迫った危機感というものは希薄であった。


 奥にある丸テーブルに目を向けると、そこに陣取ったタッカーの仲間たちを知り合いの冒険者たちが取り囲んでそれぞれ話をしている。タッカーたちが城に軟禁されていたことはけっこうな大事になっていたようなので、無理もない。


「だからよ、俺たちにもさっぱりわからねえんだわ! 結局、全員そろったところで報告をやり直して、ついさっき開放されたとこだよ!」


 カイゼルの大きな声が耳に届く。ミハエルがなぜタッカーたちを拘束したのか、タッカーにも理由はわからなかった。ミハエルから一切の説明がなかったところをみると、こちらにその理由を話すつもりはないのだろう。もやもやした気持ちを抱えながら、タッカーは仲間たちのところへと戻った。目が合ったカイゼルが声をかけてくる。


「そのツラじゃあ、ギルドマスターへの報告は無理だったか」

「まあ、仕方あるまい。とりあえず、会議を始めるか」


 タッカーが告げると、集まっていた冒険者たちがそそくさと離れていく。たとえ公共の場であってもパーティー会議の邪魔はしないというのが冒険者の暗黙のルールだ。それでもギルドと領主の抗争にまで発展しかねない事件の渦中にあるタッカーたちの帰還は、本来ならば酒場でのんびりと会議などできないほどの大騒ぎになっているはずなのだが、魔王の復活宣言のおかげでこちらの影はずいぶんと薄くなっているようだ。


 タッカーは席に座るとパーティーの面々を見渡した。城では1ヶ月同室だったウォリアーのカイゼルと神官のジュノー。壁越しに会話はしていたがしばらく顔を合わせていなかった魔法使いのエディ。そして、別行動となっていた忍者のリズに賢者のユキ。


「ようやく、全員そろったな」


 タッカーの言葉に一同は安堵したように笑みを浮かべて頷いた。


「聞いた通り、この騒ぎのせいでギルドマスターへの面会はできない。クエストの完了はまだお預けというわけだ」

「新しいクエストの受付もできないみたいだし、仕方ないよね」

「まずは、今後の方針でも話し合いましょうか」

「あ、あのっ! そ、その前に……だいじな話があるんですが…………いいでしょうか?」


 タッカーの正面に座ったユキが声をあげ、強張った顔でおずおずと立ち上がった。


「どうした、ユキ?」


 不安そうな目で全員の顔を確認したユキはうつむいて、やがて意を決したように顔を上げた。


「みなさん、ごめんなさい………わたし、パーティーを抜けます!」

「「「「ええっ!?」」」」


 不意討ちの宣言に鳩が豆鉄砲を喰らったように狼狽える面々のなかで、リズだけは神妙な顔で静かに腕を組んでいた。


「ちょ……ちょっと待ってくれ! 不満があるなら遠慮なく言ってほしい! 俺は視野が狭いかもしれんが、言ってくれればできる限り改善する! そ、そうか! 今回の件ではユキに負担を強いてしまったな。まずはそれを謝罪するべきであった! 本当にすまないっ!」

「あっ……ち、違います! そういうことではなくて……あやまらないで……っ!」


 タッカーはなにも悪くない。悪いのは自分なのだ。それでも必死に頭を下げるタッカーを見ると不意に涙がこみ上げて、ユキは声を詰まらせた。


 慌てて涙を拭おうとしたとき、ドン!と、体の側面に強烈な衝撃を感じて、視界が飛ぶように横向きに流れる。


「ユキっ!?」


 誰かの叫ぶ声が聞こえた。



△▼△▼△



 カイトは酒場のカウンター席に座ってタッカーたちを見ていた。やがてユキが立ち上がって、少し震えた声でパーティーからの離脱を告げる。

 聞き耳を立てていた周りの冒険者たちが、ぎょっとしてユキに目を向けた。


 リズとのやりとりを見ていれば、ユキがこのパーティーで良い関係を築いているのは容易に想像ができる。それだけに突然の離脱を宣言するのはユキにとって辛いものがあるだろう。場合によっては罵倒されてもおかしくはないのだ。


 そのとき、酒場の入り口辺りで小さくざわめく気配が上がった。ちらりと目を向けると、扉を開けて入ってきた長身の美女が人目を引いている。

 ユキに視線を戻しかけて、カイトは女を二度見した。


「えっ……ルシア!?」


 酒場に入ってきたルシアは一瞬でユキを発見すると、迷いのない速度で突進する。


「にゃーーーっ! ユキーーーっ!!」

「ちょ……おま…………っ!!」


 カイトが止める間もなくルシアはユキにダイブしていた。

 

「ユキっ! ユキだーっ!!」


 ルシアは押し倒したユキの胸に嬉しそうにぐりぐりと顔を押し付けている。


「いたた……ふぇっ!? ルシアさん!?」


 状況が呑み込めないユキは目をぱちくりさせていた。


「『ルシア』って……確かもう一人の──」


 リズが立ち上がり、倒れた二人にかがみこもうとしたところで顔を上げたルシアと目が合った。


「は?」


 リズは顔を引き吊らせて固まってしまう。 


「お、おい、大丈夫か、ユキ?」

「誰? ユキの知り合い?」


 呆気にとられていた他の面々も立ち上がって二人に近づこうとしたところで、驚愕に目を見開いて動きを止めた。

 状況を理解し始めたユキが青い顔でゆっくりと周囲を見回す。


「ば、馬鹿な! 魔王アルシアザード!?」

「どうして魔王がここに!?」


 タッカーたちの叫びに一瞬にして酒場が静まり返り、そして波紋のようにざわめきが広がっていく。


「魔王だって?」

「そんなわけねえだろ。なに言ってんだ」

「ユキが襲われてるのか!?」

「黒髪に赤い目……本当だ! さっき演説してた女だ!」

「いや、しかし……こんなところに……?」

「ここはゼフトから近いからな……立ち寄っててもおかしかねえ!」

「おい、やべえぞ! Aランクの奴らはどこだ!?」


 殺気立った連中が武器に手をかけると、半信半疑だった者たちも集団心理に呑まれてパニックが伝播していく。

 

「あれ? こんな顔だっけ? 角もないし、ぜんぜん似てないよ」

「…………そういや、そうだな」

「この姉ちゃんの方が美人だろ。雰囲気もぜんぜん違うしな」


 カイトが咄嗟(とっさ)に口を挟むと、近くにいた者たちが冷静さを取り戻し、騒ぎは急速に収まっていく。


「おい、タッカー。寝ぼけてんのか? ピリピリするのは解るが、落ち着けよ」


 知り合いの冒険者が苦笑いを浮かべながらタッカーに野次を飛ばした。


「い、いや、確かにこいつは──」

「まあまあ、ちょっと落ち着こうよ。この子、俺の連れなんだ」


 カイトが近づいて声をかけると、タッカーたちは目を剥いてあんぐりと口を開けた。


「あなたは、召喚──」


 カイトは口の前に人差し指をあててエディの言葉を遮る。


「あの……ルシアさん?」

「ユキ!」

「ぐは!」


 ユキは上半身を起こして、他人事のような顔で騒ぎを眺めていたルシアに声をかけるが、次の瞬間には再びルシアに押し倒されていた。


「おい! 空気読め、この馬鹿! どこほっつき歩いてたんだ! 留守番しとけって言っただろ! とにかく、一回離れろ! ハウスだ! ハウス!」

「嫌じゃ! ユキ成分が足りん! 死んでしまう!!」


 カイトはルシアの頭をパシパシ叩くが、ルシアはユキの胸に顔を埋めて動かない。業を煮やしてルシアの首根っこを掴んで引っ張り上げると、抱き締められたユキの上半身も一緒に起き上がってきた。


「カイト……これって、どういうこと?」


 リズが遠慮がちに声をかけてくる。


「あー…………秘密にしとくつもりだったんだけど、こういう事なんだ。とりあえず、場所変えようか」


 白眼を剥いてぐったりしているユキを見ながら、カイトはため息を吐いた。



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