表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/118

106 布告


「今回は大活躍だったな、チャオ」


 レイクは深いため息とともに煙を吐き出すと、眉間にしわを刻みながらそう言った。


「まあ、わたしの実力をもってすれば当然の結果ね」


 テーブルの席に座り腕を組んだチャオはドヤ顔で頷く。


「誉めてねえよ! 単なる嫌みだ! 気づけよ! ただの潜入調査でなんでアジトが壊滅するんだ! どうしてこうなった!? どうして!」


 レイクは、クワッ!と目を見開くと、唾を飛ばして大声でがなりたてた。 


「だから、結果オーライでしょ。一回の調査でぜんぶ済ませちゃったんだから、わたしたちの評価も上がるってもんよ」


 チャオは余裕の態度でお茶を啜る。ここは冒険者ギルドの酒場の奥にある個室のひとつだ。バルログはちょこんとイスに腰掛けたまま、黙って二人のやり取りを眺めていた。糸目のために実際はどこを見ているのかはよくわからない。実は居眠りをしていたとしても誰も気付かない可能性すらある。


 ルシアと別れた後、二人は収容されていた人々を誘導して監囚棟の前の広場に退避させた。さらに拘束して転がしていた傭兵たちも救助しなければならない。スタンと解放された弟のフレディが山猫のアジトに助けを呼びに行き、到着した山猫のメンバー達と力を合わせて最後の一人を広場に運び出した直後に監囚棟は轟音をたてて崩れ落ち、大きな瓦礫の山となっていた。

 この時点で72人いたはずの救助者は、49人にまで減っていた。被害者の多くはスラムの住民で脛に傷を持つ者も多いため、この後の取り調べなどを嫌って逃走したものだと思われる。


 残った救助者をアルクたち山猫のメンバーに任せてチャオとバルログはレイクのところに報告へと向かった。

 それからはギルドの職員と、かき集めた冒険者たちに加え、情報を入手した警備兵団が現場に殺到。それはもう、たいへんな騒ぎだった。


 警備兵団は統治側としての治安維持を名目に、以後の調査のすべてを取り仕切ると主張し、冒険者ギルドはそれに反発。すでに険悪な状況であったこともありギルド本部までが介入してクエストの遂行を理由に強硬に警備兵団の主張を跳ね退けた。


 監囚棟から救出された人々は、現在はギルドの施設に保護されており、ギルドと警備兵団の双方が立ち会いのもとで聞き取り調査が進められている。レイク、チャオ、バルログの三人は警備兵団から尋問のために出頭するように要請があったが、調査官権限でこれを拒否し、後日にギルド本部の交渉専門チームが説明に赴くことになった。その為の報告書の制作にレイクは頭を悩ませていたのだ。


「結果オーライじゃねえよ! 見習い捜査官に護衛一人つけて正面突撃なんてイカれた指示を俺が出したことにするわけにはいかねえし、おまえが現場で暴走したのをそのまま報告するのも大問題だぞ。俺に隠してることがあるだろ? 傭兵の多くが気を失う直前にイイ女を見たって言ってるが、これは誰だ?」

「そんなの、わたし以外に誰がいるってのよ」


 チャオはあくまで自信たっぷりだ。


「おまえ……それは無理筋ってもんだぞ」

「うん、無理だ……」

「はあ!? 無理ってどういうこと!? ちょっとバル! なんであんたまで!?」


 チャオに殺意のこもった視線を向けられ、うっかり口をすべらせたバルログはスッと目をそらす。


「わ、わたしだって、あと何年かすればあんな感じになるんだから! そのときになって、吠え面をかくがいいわ!」


 チャオは、ビシリ!とバルログを指さして怒鳴り散らした。ルシアの存在を隠すという目的は頭から飛んでしまっている。


「いや、ちょっと落ち着け。……で、バーくん。その美女は何者なんだ?」


 バルログとしてはルシアの意思を尊重したいが、目撃者が多すぎるので存在しないと言い張るには無理がある。


「た、たしかに協力してくれた人はいます。ただ、本人が自分のことは秘密にしてくれと言ってるんですが……」

「ああ、そういうことか。まあ、それは問題ないだろう」

「え!? それでいいの!?」


 チャオが驚いて聞き返す。


「おまえな……今までにもそういうケースはあっただろ」

「そうだっけ?」


 首をかしげるチャオに、レイクはため息をついた。


「要するに、匿名の協力者だろ? ほら、前回の仕事でも素性を秘匿することを条件にギルドマスターの汚職を告発した男がいただろ」

「ああ、あれと同じ括りでいいの?」

「俺たちの仕事は結果を出すために協力者の犯罪や素性に目をつぶるってのは珍しいことじゃない。報告書には上げるが公表しない、報告書にも匿名の協力者で押し通す、そこらへんは俺の判断でなんとでもなるんだ。だから、俺にはぜんぶ話せ。話はそれからだ」


 チャオとバルログは、呆けた顔で視線を合わせた。



◇◆◇◆◇



 一夜明けたグレイフィールド城。その謁見の間にはタッカーのパーティーの面々が顔を揃えていた。


 ユキとリズ、タッカー達は再会を喜ぶ間もなく細長い机の席に横並びに座らされる。

 その十メートルほど離れた正面には相対するように伯爵の家臣たちが細長い机の席に座り、その中心は空けられていた。その奥に肘掛けのついた黒檀の大きな椅子にミハエル・グレイフィールドが座し、ミハエルの背後には伯爵位を示す三段の座位の上に置かれた煌びやかな高座がある。タッカーは本来なら父であるナダン・グレイフィールドが座すはずの空となった高座に鋭い視線を向けていた。


 すべての窓には重いカーテンが掛けられ、カーテンの前と入り口には武装した騎士が直立不動で立っている。

 その様子を城仕えの下男の衣装を着たカイトが部屋の隅から眺めていた。


 気配を完全に消し去っているので、ここでじっとしていれば誰かに見咎められることはないはずだ。

 この場でいまのカイトを認識できる者がいるとすれば、あらかじめカイトの存在を知っていて尚且つ気配探知に優れたリズぐらいのものだろう。


 そう思っていると、不安そうに振り返ったユキとばっちり目が合った。ユキはカイトを確認すると、安心した顔で前に向き直る。

 なぜかユキは気配を消したカイトを発見するのが上手い。完全に通用しないというわけではなく、ユキも気配探知が得意というわけでもないのだが、それでも気配を消して行動している最中にユキに発見されることがしばしばあった。その理由はカイトにもよくわかっていない。ユキにどうしてか尋ねたこともあるが、ユキは「さあ、どうしてでしょうねー」と、いたずらっぽく笑うだけである。


 全員が席についてしばらくすると、報告会の開始が宣言されて魔法使いのエディが魔王城内部の探索の様子を説明する。魔王に遭遇したくだりでも領主側に動揺が見られないのは、この報告自体が二度目だからである。この件に関しては前回の報告からの間に議論され尽くしているのだ。前回と同様の報告が済むと、パーティーから離脱したユキがその後の出来事をあらかじめカイトと打ち合わせした通りに話していく。


 開始からすべての報告を終えるまでにさしたる時間はかからなかった。なにしろ魔王城に入って最初の部屋で魔王に遭遇しているのだから、余分な部分がない。実際の探索時間も30分と掛かっていないのだ。


「では、魔王の封印は解かれているのだな? そして、東の地へ向かうと……」

「は、はい! 魔王さんはそう言っていました。それを聞いた後、魔法で眠らされて目が覚めると城の前だったので、それ以上のことはなにもわからないんですけど」


 領主側の騎士や魔法使いは真剣な顔で話し合いながら、時おりユキに質問を投げ掛ける。

 しかし結局のところ、肝心な部分は改変してあるのでたいした情報は得られないようになっている。いつしか質問はユキが鑑定したという宝玉に集中し始めた。魔法使いたちが魔王の持つ魔道具の情報に食いついたのだ。


 カイトを『超越者』にして勇者の封印を解除させるために『導きの碧玉』という魔道具を探していたのだが、ここでは単にアイテム整理に使役されたということにしてある。


 ユキが鑑定した宝玉は膨大な数にのぼるのだが、ユキもそれらをいちいち事細かに覚えているため質疑の時間が長くなっている。魔法使いたちは魔道具の名前や効果を聞く度に「ほう」と、興味深げに頷いたり顔を青くさせたり、それらを適当に床に転がしたと聞いて卒倒したりと忙しい。やがてきりがないことに気付くと、後からユキがリストを作って提出するという方向で落ち着いた。


 そして報告会も終わりが見えてきたころ、異変は不意に訪れた。


「「「!?」」」


 その場にいる全員がはっとして、きょろきょろと辺りを見回しだしたのだ。ある者は耳を押さえて顔をしかめている。


 それは、耳鳴りのような重低音。今まで耳にしたことのない音に誰しもが不安そうに音の出所を探すなか、ミハエルとカイトだけが比較的に落ち着いた様子だった。


 カイトにとってそれは、馴染みのない音ではなかった。音が鳴りはじめたとき、カイトは反射的に館内放送がはじまるのかと思ったのだ。


 それはスピーカーから流れる低音ノイズに酷似していた。ただ音の規模は一つのスピーカーからというより、天井全体から降り注ぐように感じられる。


 耳を澄ますと、部屋の外でも慌てたような人々のざわめきが感じられる。やがてそのなかに「おい、あれを見ろ!」「なんだ、あれは!?」という叫び声が混じった。それを機に、ざわめきがどよめきに変わる。


(なにが起こってるんだ!?)


 カイトは入り口と厚いカーテンで閉ざされた窓の前に立つ騎士達へと目を走らせた。騎士達も持ち場を離れようとはしないものの、不安そうに互いに目配せをしている。

 タッカーとカイゼル、それにリズが素早く席を立って窓に駆け寄ろうとするが、「動くな!!」と、ミハエルの声が響くと足を止めた。


「席に戻れ。報告会が終わるまでは、何人たりともこの場を動くことは許さぬ」


 ミハエルが告げると騎士たちが武器に手を伸ばし、タッカーたちは不承不承に席へと戻っていく。

 その隙に、気配を消したカイトは静かにカーテンの裏へと潜り込んでいた。


 窓の向こうでは下男や兵士が空を指さして何かを叫んでいる。そちらへと視線を向けたカイトの目が驚愕で見開かれた。


(あれは!?)


 空にはガレオンを覆い尽くすほどの巨大な映像が浮かんでいた。その映像の中心には、玉座に腰を掛けて艶然と冷たい笑みを浮かべる美しい女の姿が写し出されている。

 艶やかな長い黒髪に真紅の瞳。黄金のティアラの下からはねじれた三本の角が生えている。


 やがて女が口を開くと、その冷徹な声はまさしく天から降り注いだのだった。


『愚かなる人間どもに告ぐ! 我が名は魔王アルシアザード! 妾は二百年の封印より解き放たれた!! これより、妾は人間どもに宣戦を布告する!!!』


 この日、大陸全土にその声は響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ