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105 リズとユキ、謁見する


 ガタゴト馬車に揺られてグレイフィールド城に到着したユキとリズは客間で昼食を振る舞われたあと、謁見の間へと通された。

 王宮のそれと比べると小じんまりとしているものの、庶民の感覚からすれば十分に豪勢で伯爵の権威を誇示している。そこで二人を出迎えたのは病に伏せるナダン・グレイフィールド伯爵に代わり実務を執り仕切るミハエル・グレイフィールドであった。


 ミハエルは床から三段高い位置に置かれた玉座には座らず、空となった玉座にナダンが座しているかのようにその傍らに立っている。


「よく来てくれた。私は、領主ナダン・グレイフィールドの代理を務めるミハエル・グレイフィールドだ。以後、見知りおきを」


 ユキとリズは慌てて片ひざをつき頭を垂れる。謁見の間に通される時点で予想はしていたものの、なぜか身体検査もされず武器を身につけたままの状態でいきなりガレオンの実質トップが目の前に現れるとは思っていなかったのだ。もちろん玉座の前には騎士たちが向かい合わせに整列して護衛をしているが、自分たちが昨日まで追われる身であったことを考えるとあまりにも異例なことだ。実際にリズならば騎士たちを掻い潜ってミハエルに攻撃を仕掛けることも不可能ではない。


 リズは瞬時にミハエルの意図を理解していた。これは立場上、表だって二人に頭を下げることができないミハエルなりの詫びなのだろう。

 逆に言えば、ミハエルはそこまで切羽詰まっているということだ。力押しでリズを捕らえることは困難である。ここで不信感を与えて逃亡を図られることを何がなんでも阻止したいという思惑が見えた。


「お初お目にかかります、ミハエル様。私はリズ・べルディネット、こちらはユキ・ヴァルツスカヤ。タッカーのパーティーに名を連ねる冒険者です。本日は御拝謁に賜わり、恐悦至極に存じます」


 緊張していたユキは、リズが淀みのない口調で自分の紹介もしてくれたのでほっとしながら深く頭を下げる。ちょっと頭が混乱しているので、無理に喋ると方言が出てしまいそうな気がしていたのだ。

 

「面を上げよ。多少の行き違いはあったが、諸君らを客人として迎える所存だ。明日には調査報告を仕切り直し、その後に全員を解放することを約束しよう」

「調査報告を?」

「うむ、全員が揃ったことで不明瞭であった部分もはっきりとすることだろう」


 ああ、そういうことね。

 タッカー達を拘束したことで領主側と冒険者ギルドは険悪な関係になっている。その原因となったパーティーを無罪放免とするにも言い訳が必要なのだ。現在タッカー達は虚偽報告を行ったということで拘束されているが、当時別行動を取ったユキを含めた全員に改めて話を聞いた上で、『誤解が解けた』という体で押し通すつもりなのだろう。『どの部分に誤解があったか』についてはもちろん、調査報告の内容自体が公表されることはない。つまりは茶番である。


 が、タッカー達を解放する筋道はしっかり立っているように思える。あとはタッカーのパーティーが今回の処遇に異議申し立てさえしなければ冒険者ギルドも矛を納めるしかないのだ。


「恐れながら、今回のクエストは拘束時間が予定を大幅に超過しており、その間、我々は冒険者としての活動が出来なくなっています。契約にある想定以上の危険や負担に対する追加報酬の請求は可能でしょうか?」


 ミハエルの意図にまで思考が到達していないユキは青ざめた顔をして『なに言っちゃってるの、この人!?』という視線をリズに向けるが、ミハエルは感心したようにニヤリと笑いを浮かべた。

 リズは今回のリズとユキに対する暴挙もパーティーに対する不当な拘束もなかったことにして、お金で解決しましょうと言っているのだ。それはミハエルの望むところだった。


「もちろん、それなりの報酬は用意する。ただ、昨晩に庭園で災害が発生したので経理部が忙殺されている。用立てには少々時間がかかるかもしれないが」

「ええ、かまいませんわ。お互いに納得のいく結果になりそうで安心しました」


 リズはにっこり笑うといけしゃあしゃあと返答した。ユキはリズに向けた視線を床に移すと動揺した顔を見せないようにギクシャクと頭を下げる。

 

 庭園の破壊に関してはリズとユキも無関係ではない。直接的な犯人はカイトであり、ミハエルからすれば正体不明の人物なのだが状況的にはリズとユキを大罪人として捕らえることも不可能ではないのだ。だがそうなると冒険者ギルドとの対立が激化するのは目に見えているので、単なる牽制であろうとリズは踏んでいた。実際には冒険者ギルドのみならず、王都の大教会と魔術師ギルドに加え、ガノン侯爵、ゴードン伯爵といった有力貴族との関係までもが危うくなっているのだが、リズもまだそこまでは知らない。もしもカイトが情報屋のライラのところに立ち寄っていれば、それらの情報を入手していたはずなのだが。


「それでは、ゆっくりくつろいでくれたまえ。城まわりの庭園は自由に見学してくれて構わないが、森林庭園は今は立ち入り禁止だ。我が弟は面倒なので明日までこのままにしておく。侍女をつけるので、用があれば申しつけてくれたまえ。私は仕事があるので、もう下がってけっこうだ」



 その後、リズとユキは客室へと案内され、ようやく一息ついた。


「はわあぁ……この部屋、なんか落ち着かないんですけど」


 ここは貴族が宿泊するための部屋らしく、装飾から調度品に至るまで、見るからに最高級品が使用されている。細かな彫り細工が施され、宝石や黄金が散りばめられた椅子ひとつ取っても気軽に腰を下ろすのが躊躇われた。

 一方で、リズはチャカチャカと戸棚や引き出しを開けはじめ、捜査員のような動きで家捜しをしている。リビングとバスルームの物色を終えると反対側の扉を開けて寝室に入っていく。しばらくして「ユキ、ちょっときて」と声がした。


「はい。どうしました?」


 寝室には天蓋付きのベッドが二つ置かれていて扉の正面にはウォークインクローゼットの入り口がある。どうやらリズはそこにいるようだ。

 クローゼットに入るとリズが姿見の前で赤いドレスを合わせていた。


「うわあ、すごい量ですねえ」


 大きなクローゼットの両脇のポールにはびっしりと服が掛けられ、寝間着や普段着、晩餐会用のイブニングドレスまで数多く取り揃えられている。そのどれもが上質な生地や仕立ての精巧さが際立ち、庶民が手にするような物ではないのがわかる。


「あなた、カイトからマジックバッグをもらったって言ってたわね。これぜんぶ持っていきましょう」

「ええっ!? ぜ、ぜんぶですか!? さ……さすがにそれは不味いのでは……?」

「だいじょうぶよ、慰謝料だと思えば安いもんだから。それに、こういう貴族のゲスト用の衣裳って、一回袖を通せば廃棄しちゃうのよ」

「それもすごい話ですけど、なんか強盗みたいですよ。せめて着た物だけにしませんか?」


 どうやらリズは本気らしいが、ユキにはそこまでの度胸はない。


「うーん、ちょっと一泡ふかせてやりたいっていう乙女心なんだけどなあ」


 要するに、嫌がらせがしたいのだ。


「そういうのは、たぶんタッカーさんがナチュラルにやってると思いますし、昨日は庭園を吹き飛ばしちゃいましたからこれ以上刺激するのはやめときましょうよ」

「まあ、それもそうね。じゃあ、とりあえずシャワー浴びて着替えましょうか」


 リズが納得してくれたので、ユキは胸を撫で下ろす。タッカー達が解放されるまでは波風立てずに静かにしていたい。リズは自分の立場を計算した上で許されるギリギリを果敢に攻めようとしているが、それではユキの心臓がもたないのだった。



 二人はシャワーを浴びて着替えると、城内の散策を始めた。晩餐までにはまだ時間があり特にすることもない。要するに暇なのだ。とはいえ、城内はほとんど立ち入り禁止だったので中庭や城の周りをぶらりと歩きながらエルネアの滝の前の庭園にたどり着いた。


 ここは特に美しく整備されており、幾つも並んだ白い大理石のテーブルはピカピカに磨き上げられている。グレイフィールド城の真裏に位置するので庶民の目に触れることはないが、ここで貴族を招いたパーティーや食事会が催されているのは有名な話だ。

 魔法の光を灯す石柱とは別に背の高い細い鉄柱が何本か立っているのは雨避けの結界を展開する魔道具の一種だ。


「この辺りで休憩にいたしましょうか、お嬢様」


 執事の衣裳を着たリズがにこやかに微笑みながらテーブルの椅子を引いてユキを促す。


「くっ……!」


 思わず顔が蕩けそうになるのを歯を食いしばって堪える。リズはユキの反応を見て楽しんでいるので、ここで嬉しそうにするとなんだか負けたような気がして悔しいのだ。リズとしては、そこまで織り込み済みで楽しんでいるのだが。

 男扱いされると怒るくせに、こういう遊びは平気で仕掛けてくる。


 クローゼットに執事の衣裳はなかったので、侍女に無理を言ってわざわざ用意させた物だ。ユキはメイドの衣裳を提案してみたのだが即座に却下された。普段からスカートを履いている姿を見たことがないので本人的にも抵抗があるのだろう。リズは間違いなく美人なのだが、その美貌が照れとノリで間違った方向に全力で発揮されているのは残念な限りだ。


 一方、ユキはできるだけ質素な淡い水色のワンピースを選んだが、それでも貴族のお嬢様と言われても不思議ではない出で立ちになっていた。慣れないヒールで足が疲れていたので素直にリズのエスコートする席に腰を下ろす。


 リズも隣の席に座ったところでユキはマジックバックからティーセットを取り出して一息ついた。


 庭園に面した泉の奥ではエルネアの瀑布が地鳴りのような音を響かせている。反対側にはグレイフィールド城がそびえ立ち、ここからはリズとユキの宿泊する西の尖塔とタッカー達が軟禁されている北の尖塔の両方が見える。


 滝の音と小鳥の囀りだけが響くゆったりとした時間が流れていく。


 しばし二人はぼんやりと美しい景観を眺めていたが、やがてリズが口を開いた。


「ねえ、ちょっとタッカー達のところに行ってみる? べつにこっちから会いに行っちゃだめとは言われてないし」

「あ……えと……」


 ユキは動揺して口ごもる。北の尖塔を見ていたリズは何かに気付いたようにユキに視線を向けた。


「あっ、そうか。ユキはこの後パーティーを抜けるんだったわね。会って話をするのはぜんぶ片づいてからの方がいいか……」

「それもあるんですけど……」

「?」


 ユキは落ち込んだように俯くと黙り込んだ。リズは黙ってユキが口を開くのを待っている。やがてユキは申し訳なさそうに話しはじめた。


「わたし……皆さんに嘘をつきます」

「それって……パーティーを抜けるのはユキが望んでいることなの?」

「はい……それは嘘じゃありません。わたし、リズさんや皆のことが大好きです。だから別れるのは悲しいし申し訳ないとも思ってるんですが、それ以上にカイトさんとルシアさんと旅がしたいと思ってます。思い上がりかもしれませんが、ルシアさんにはわたしが必要だと思ってます。だから、ちゃんと見ていてあげなきゃって。ただ、パンデモニウムで皆さんと別れてからのことは、ぜんぶ話す訳にはいかないんです。本当のことを知っているというだけで迷惑がかかるかもしれないので……」


 この先、ルシアが魔王アルシアザードであることが露見して大騒ぎになった場合、それを知っていて黙っていたことでリズたちに塁が及ぶかもしれない。ならば初めから話さない方が良いし、アルシアザードの顔を知っているリズたちにはルシアを合わせるべきではないのだ。それは分かっているのだが、パーティーを抜ける重大な理由をこれまで家族のように接してくれたリズたちに偽るのは心苦しく、それを自分一人の胸に抱えておけるほどユキはまだ大人ではなかった。

 だから、せめてリズだけには嘘をつくことを伝えたのだが、それが自分の弱さと甘えだということも話しながら痛感していた。


「ごめんなさい……だめですね、わたし」


 言うべきことではなかった。自分の不甲斐なさに涙が零れそうになり、再び顔を伏せる。この上、泣き顔まで見せるわけにはいかない。


 リズはユキの銀色の髪にぽんと手を乗せると、子供をあやすように優しく撫でまわした。


「まったく、ユキは真面目すぎるのよ。あんたが決めたならそれでいいけど、べつに迷惑かけたっていいのよ、仲間なんだから」

「ふぁい……」


 消え入りそうな声で返事をするユキを、リズは優しい目で見つめていた。


 しばらくの間そうしていると、ユキがおもむろに顔を上げて立ち上がる。


「おっ?」

「すいません……ちょっと、気分を落ち着けてきます!」


 そう言うと、ユキは小走りに泉の方へ去っていく。少し冷静になったところで、まずは涙を止めようと思ったのだ。いつまでもぐずぐず言っているわけにはいかない。


 庭園の端は泉に張り出したバルコニーになっている。ユキはエルネアの滝を前にバルコニーの白い手摺を握りながら深呼吸をした。

 少し体を動かしたことで涙は止まった。とにかく、気持ちを切り替えていこう。


 そう思ったとき、前方の瀑布に異変が生じた。

 激しく爆発を続けるような滝壺を割って藍色の軍服を着た女が姿を現したのだ。女は何らかの結界を張っているらしく、透明な球体に包まれているように水を弾いていた。そして水面を歩きながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「あれは……」


 金色の長い髪に捻れた二本の角。それは、昨夜ユキとリズを襲撃した魔族の女、エルギナーデだった。


 エルギナーデはこちらのことなど眼中にないようにまっすぐ前を見たまま歩き続ける。やがて、遊覧用のボートを停泊させた小さな船着き場に到達すると、ちらりとユキを見上げた。


「あら? あなた、どこかで見たような……?」

「あ……ご無事そうで、よかったです」


 ユキがうっかり声をかけるとエルギナーデはハッと目を見開いた。


「あ、あんたはあの時のッ……! なにが無事なもんですか! 昨日はよくもやってくれたわねッ!」

「ええっ!? わ、わたしはなにもしてませんよ!?」


 ユキは防御に手一杯で攻撃すらできなかったのだ。エルギナーデは元気そうではあるが、昨晩の負傷か手足には包帯が巻かれている。


「問答無用! まずは昨日の借りを返してあの人の居場所を──」

「やあ、エルギナーデ。また逢えたね」

「ひゃっ!?」


 ユキの背後からコツコツと革靴の音を響かせてリズが歩いてくる。その気になれば足音は完全に消せるはずなので、なにかの演出だろう。


 きっと、いい笑顔してるんだろうなあ。


 ユキは振り返らずに、顔を赤らめてあたふたしだしたエルギナーデを眺めていた。

 

「エル、と呼んでもいいかな? こんなところで逢えるなんて、運命的なものを感じるよ。せっかくだから、そこで一緒にお茶でもどう? 君のことを、もっといろいろ知りたいんだ」


 お、ここでシャイニングスマイルですね。


 エルギナーデの反応を見れば後ろにいるリズの行動もわかってしまう。


「わたっ……!わたっ……!私はッ……! あああーーーっ!!!」


 エルギナーデは大声をあげながら両手で頬を押さえると、くるりと背を向けて走り出した。


「あら?」

「あ、逃げちゃいましたね」


 エルギナーデはなにかを叫びながら水面を走り抜け、出てきた滝の中に飛び込んだ。結界は解けてしまったらしく、流れ落ちる瀑布の直撃をまともに浴びてバランスを崩すとドプンと滝壺に沈んでいった。そして、それきり浮かんでくることはなかった。


「えーと…………だいじょうぶでしょうか?」

「魔族だし、だいじょうぶなんじゃない?」


 どうやら撃退(?)に成功したらしい。


「どうしてここに魔族が居るのか聞き出したかったんだけど、あんなにいい反応するとは思わなかったわ」

「…………」


 敵ながら、エルギナーデのあまりに乙女な反応に、ユキは同情を禁じ得ないのだった。


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