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103 檻囚棟5


 巨大な剣を肩にかついだルシアが階段を下りていく。

 その後ろ姿を階段前のホールに集まりつつある解放された人々は怖れの混じった目で。

 チャオ、ポルト、スタンの三人は心配そうな顔で見送る。


「ルシアさん、怒ってる?」

「ああ、やべえな……。キリッとしたルシアさんも素敵だ」


 ポルトの不安そうな声に、スタンが少々ずれた返事を返した。


「まあ、ルシアさんなら大丈夫よ。さっさとみんなを解放して撤収の準備を進めましょ!」


 チャオは牢獄に囚われた人々の解放を進めておくようにというルシアの指示に従うべく、元気に号令を発した。


 ▼△▼△▼


 静かな怒りと苛立ち。

 沸々と沸き上がる感情を氷の仮面の下に押し込めてルシアは地下3階へと続く長い階段を踏みしめるように下っていく。


「これは、わし(・・)にはまだ荷が重いか。ならば、()が請け負うしかあるまい」


 憮然とした冷たい表情で奇妙なことを呟くと、最後の一段を下りきり目の前に聳える大きな両開きの扉を見上げた。


 扉には魔法による施錠が掛けられている。だが、ルシアの目はあらゆる魔力を可視する魔眼なのだ。

 一目で魔法回路を確認すると、複雑な認証部分を回避して動力部分に直接魔力を流し込む。セキュリティらしきモノも施されてはいたが、ルシアにとってはまったく問題にならないレベルだ。


 両開き扉の形をしたそれは、静かな作動音とともに襖のように二つに割れて両側の壁に引き込まれていく。

 ぽっかりと口を開けた黒い穴にルシアが悠然と足を踏み入れると、天井に設置された無数のドーム状の照明器具が手前から奥へと向かって順に点灯していった。


 無機質な白い光に照らされて現れたのは異質で異様な光景であった。

 壁や床は継ぎ目のない真っ白な材質で覆われ、大小様々なガラス製のシリンダーが植樹された果樹園のように整然と並び広大な空間を埋め尽くしていた。

 円筒形のシリンダーの土台と上部の金属からは無数の配管やコードが伸びて床や近くにある四角いコンソールパネルに繋がっている。

 五十メートルは離れた奥にある大型のシリンダーは、先ほどの魚人がすっぽりと納まるサイズだ。だがそれらの幾つかは透明な溶液に満たされてはいるがすべて空っぽで、施設自体にも人影は見当たらない。


「ふむ、まだ稼働はしておらんようだな。ならば、さっきの合成獣(キメラ)は本国から持ち込んだサンプル体といったところか。おかげで、無駄な殺戮をせずに済む」


 ルシアはわずかに柳眉を寄せると担いだ大剣を下ろし、手近なコンソールパネルを片手で斬り上げた。

 四角い金属製の箱はダンボールのように切り裂かれ、近くのシリンダーを巻き込みながら派手な音を立てて宙を舞う。

 ルシアはそのまま対面にあった大型の制御盤に斬りかかり、目に写るものを手当たり次第に鉄屑へと変えていった。


 次の標的を定めようと顔をあげたところで、ルシアははっとしてシリンダーでできた通路の奥に目を向ける。

 魔力の発生とともに何かが光った瞬間、真っ赤な熱線が一直線にルシアへと線を引く。


「むぅ!」


 ルシアはとっさに魔力で覆った大剣をかざしてその軌道を変えた。

 跳ね返った熱線がコンソールパネルを切り裂き、ガラスのような滑らかな断面を見せながら斜めにずれ落ちる。


「何奴ッ!」


 ルシアが魔力の発生源に向けて大剣を一気に振り下ろすと、凄まじい剣風がシリンダーを砕きながら突き進んだ。

 剣風は目標地点に到達すると、ぼしゅっ!と、小さな破裂音とともに霧散する。


 破壊されたシリンダーの影から片手をかざして剣風を受け止めた藍色の軍服の魔族が姿を現した。

 魔族の男は秀麗ながら(けわ)しい顔を驚愕に歪める。


「まさか……本物のアルシアザード様か?」


 男の口から狼狽えたような呟きが洩れた。


「む? 貴様は……」


 ルシアは目をほそめて男の顔を確認する。


「…………」


 ルシアは口を開きかけたまま動かない。男はため息を吐くと、左拳を胸にあてて敬礼の姿勢をとり、仏頂面で淡々と名乗りをあげた。


「お久しぶりです、魔王閣下。私めは魔王親衛隊隊長、ゼノギアであります!」

「………………ああ」


 ルシアは納得したようにうなずくと、もうゼノギアに興味を失ったように破壊活動を再開した。


「………………」


 放置されたゼノギアは無表情で暴れまくるルシアを眺めていたが、しだいに眉間のしわが深くなっていく。とうとう我慢の限界に達したのか、深く息を吸い込んでから低い声で静かに語りかけた。


「アルシアザード様、ここは我らが前哨基地を作る為に建設中の兵士の生産工場です」

「そうか。残念じゃが、その計画は白紙じゃな。妾がすべて破壊する」

「…………」


 にべもない返答にゼノギアは深いため息を吐くと、反駁するでもなく仏頂面で沈黙する。

 こうなったルシアを説得するのは不可能であることをゼノギアはよく知っていた。


 しばらくして、あらかたの施設を破壊し終えるとルシアはようやく剣を下ろした。


「さすがですな、アルシアザード様。考え得る限り、最悪のタイミングでご帰還なされるとは」


 ゼノギアはため息まじりに皮肉をこぼす。


「きさまらの都合など知ったことではない。それに、妾は魔界には戻らぬ。人間を使ったよからぬ遊びでもしておるのなら等しく皆殺しにするつもりであったが、幸いにもここはまだ稼働前のようじゃな。昔のよしみで見逃してやるゆえ、さっさと魔界に帰るがよい」


 ルシアの言葉にゼノギアは訝しげに眉間のしわを深くした。

 ゼノギアは慎重に言葉を選んで口を開く。


「恐れながら──」

「ルシアさん!」


 入り口から姿を現した人影がゼノギアの言葉をさえぎった。


「撤収準備、完了しました! ポルトの妹とスタンの弟も無事に合流したわよ!」

「なんなんだ、ここ?」


 ルシアに駆け寄ろうとしたチャオとバルログがゼノギアに気付いて足を止めた。


「人間か……」


 二人に向かって魔法を発動しようとしたゼノギアにルシアが剣を構える。


「妾の知り合いに手出しはならんぞ。無論、上に居る人間たちにもな」


 ゼノギアは驚いた顔をルシアに向け、それからゆっくりと手を下ろした。


「なるほど……いいでしょう。ですが、いま貴女にうろつかれるのは些か問題があります。ご同行願えますかな? なに、そう手間は取らせません」

「ぬけぬけと……そちらの都合に付き合う義理はないのだぞ」


 ルシアはあきれたような顔でゼノギアに剣を突きつけた。


「この施設は廃棄します。なんなら、今すぐに破壊することもできますが」

「…………」


 ルシアの冷たい視線をゼノギアは無表情に受け止める。しばらく二人はにらみ合っていたが、やがてルシアが剣を下ろした。


「よかろう。ただし、この者らに危害を加えることはならん。約束は違えるなよ」

「……承知しました。それでは、一時間後にこの建物を破壊します」


「ちょ……ちょっと! どういうこと!?」

「ルシアさん、大丈夫なんですか!?」


 状況がわからずに成り行きを見守っていたチャオとバルログが声をあげる。


「聞いた通りじゃ、速やかに撤収を始めるがよい。ついでに兵士たちも助けてやってはくれぬか」

「そ、それはもちろんです。でも、ルシアさんは……」

「べつに心配することはない、しばらくすれば戻る。ああ、それと、妾のことは黙っていてくれぬか? 騒ぎを起こすなと厳命されておるのでな。事が大きくなると……困る」


 そう言いながら気まずそうに目を逸らすルシアにゼノギアは困惑と驚きの表情を浮かべた。


「ええと、それは……」


 バルログは困ったようにチャオに目を向ける。調査報告は調査官の仕事で、バルログはただの雇われ協力者にすぎない。つまりはチャオが上司であるレイクに報告するかどうかという話だ。これは何のしがらみもない冒険者がたまたま大事件に巻き込まれたというわけではなく調査官としての任務に関わる話なので、チャオの立場上、気軽に首を縦に振るというわけにはいかないだろう。


「だいじょうぶよ! まかせといて!」


 そんなことはなかったようだ。

 チャオの二つ返事にバルログはほっとしながらも、『そんなんでいいのか』と少し不安な気分になる。


「うむ、たのんだぞ。では、もういくがよい」

「は、はい。ル、ルシアさん、も、気をつけて」

「また会いましょうね! 絶対だからね!」


 ルシアが穏やかな顔で手を振ると、チャオとバルログは後ろ髪を引かれながらその場を後にした。


「では、行きましょうか。奥の部屋に転移魔方陣があります」

「うむ」


 ルシアは二人を見送ると、背を向けたゼノギアの後を追って歩きだした。



※ゼノギアの軍服の色を黒と表記していましたが、正しくは藍色の間違いだったので訂正しました。8/29

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