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100 檻囚棟2


 ルシアは迷いなく檻囚棟の正面扉へ向かう。

 バルログは躊躇して踏み出しかけた足を止めた。

 この得体の知れないルシアという人物にこのままついていってもいいものだろうか。そもそもバルログは適当に見張りの相手をして引き返すつもりだったのだ。

 ルシアの戦力評価が未知数に引き上げられたが、それでも楽観できる状況ではない。ここに正面から突入するのならAランクパーティー並みの戦力を用意するべきなのだ。今さらだがルシアもどこまで信用できるのか分からない。


「バル、なにしてんの。置いてくわよ」


 迷うバルログの横をチャオとポルトが通りすぎた。


 悩みとかなさそうで、いいよな。

 バルログはため息を吐くと歩きだした。バルログの選択肢は一人で離脱するか進むかしかないのだ。悩んだところで時間の無駄なのだとあきらめた。


「バルログ!」


 遠い声に呼び止められてバルログが振り返ると、廃屋の窓から這い出した少年がこちらに走ってくるのが見える。


「スタンか!」


 スタンはアルクの側近でバルログの古い顔馴染みだ。弟が失踪しているらしく、それにグレコが関与していると知ったスタンは激昂してグレコを殺すところだった。アルクに頭を冷やせと言われて部屋を出ていったが、その足で檻囚棟まで来ていたのだろう。


「バルログ、俺も連れていってくれ!」


 スタンは真剣な目でバルログに訴える。

 バルログがルシアに目を向けると、ルシアは立ち止まってこちらを見ていた。


「うむ、かまわん。おまえたちはポルトを守ってくれ」

「はい!」


 スタンが顔を赤くして返事をする。どうやらルシアはポルトを全員に任せて一人で戦うつもりらしい。普通なら正気を疑うような判断だが一睨みで8人の男を昏倒させるところを見た後では口を挟む気も起きない。


 スタンが簡単な自己紹介をしたところでバルログはスタンのナイフを取り上げたままだったのを思い出した。気を失っている見張りからベルトごと剣を奪いスタンに手渡すと、スタンは装備した剣をうれしそうに眺めている。

 ごく普通の剣だが貧民街の不良少年にとってはお宝だ。


「まともに斬り合ったら一瞬で殺られるぞ。身を守ることだけ考えてくれ」

「わかった」


 スタンは素直にうなずく。

 スタンは少年たちの中では体も大きく腕も立つのだろうが、それでもFランクの冒険者にも勝てないだろう。戦力としては期待できない。


 後衛の準備が整うとルシアは両開き扉に手をかけた。

 だが鍵が掛かっているらしく、ルシアは左右の把っ手を握って軽く前後に揺らすと手を離して一歩さがった。


 《鍵開け》のスキルを持っているバルログが錠前の確認をしようとしたが、その必要はなかったようだ。

 ルシアが無造作に扉を蹴りつけると、重厚な黒い扉は内側にひしゃげて吹き飛んだ。


「うむ」


 あっけにとられる一同には目もくれず、ルシアはうなずくと扉のあった四角い穴をくぐる。


「今の、発勁よ。ルシアさん、武道家なのかしら?」


 チャオがバルログに語りかけながら尊敬のまなざしでルシアの後を追う。


 それにしたって、でたらめすぎるだろ……

 足下に転がるくの字に曲がった鉄棒が扉の内側に掛けられていた(かんぬき)だと気付いてバルログは言葉を失った。


 玄関ホールに敵の姿はないが正面の廊下に数人の武装した兵士たちがこちらの様子を窺っている。扉が破壊されたのを見て、ホールから退却したのだろう。なかなかすばやい判断だ。


 兵士たちはルシアに続いてバルログたちがホールに入ってくると背を向けて逃げ出した。まあ、無理もない。


「ル、ルシアさん、どうしますか?」

「どこを探せばよいのかわからんし、とりあえず追ってみるか」


 そう言うとルシアは急ぐ風でもなく廊下を進む。兵士たちは突き当たりの扉を開けて中に逃げ込んだ。

 バルログは足を早めるとルシアを追い越して扉の前で立ち止まり、左右に伸びる廊下に目を配る。廊下に人影はなく、扉に耳をあてると気配が遠ざかるのを確認して扉を開ける。

 中は兵士の詰所らしい大きめの部屋だがもぬけの殻だ。正面の扉から伸びる廊下を走り去る兵士の数が増えている。

 

 妙だな……。誘い込もうとしてるのか?

 強力な魔物を部屋に誘い込み、入ってきた瞬間に集中攻撃をかけるのはダンジョンでよく使われる戦法だ。

 

「ルシアさん、気をつけてください。罠かもしれません」

「うむ、わかった」


 兵士たちはまた突き当たりの扉に逃げ込む。扉の前に立つとガチャガチャという鎧の擦れる音が遠ざかっていくのが聞こえる。だが、それをブラフにして何人かは扉の前で武器を構えているかもしれない。

 バルログが気配を探るより先にルシアはさっさと扉を開けて中に飛び込んでしまった。バルログは胆を冷やしたが、幸いにも扉の前に敵はいなかったようだ。


 中は大きな空間でどうやら講堂らしい。吹き抜けになっていて四階の天井が見える。二階と三階部分は舞台を囲むコの字型のベランダになっていて射手が潜んでいれば厄介だ。

 10人ほどの兵士がこちらに背を向けて舞台の方に走っていく。


「動くな!」


 上から声が降ってきた。

 一番遠い三階部分のベランダから二人の男が飛び下りる。講堂の床に激突する寸前に二人は羽のようにふわりと落下速度を緩めて静かに着地した。黒いローブを纏った白髪の男と長身の若い男。二人の手には節くれ立った木の杖が握られている。魔法使いだ。


 マズイ……!

 バルログは背後にいるチャオたちに止まるように合図を送る。ルシアも素直に男の声に従い足を止めたのでほっとした。ルシアは調子よく返事はするが、あまり人の話を聞いていないような気がするのだ。


 講堂は壁際にイスが整然と積まれているだけで身を隠す物がない。魔法使いまでは距離があり近づく前に魔法攻撃を受けるのは避けられない。この時点でこちらの生殺与奪権を握られているとバルログは判断した。


「そこまでだ。抵抗しなければ、しばらく生かしておいてやる」


 白髪の男が杖を掲げるとその先に燃え盛る火球が出現する。

 冒険者なら目にする機会が多いフレアボムの魔法だ。第三離界紋章の呪文書で習得が可能ないわゆる3レベル魔法である。多くの魔法使いが最初に手にする広範囲攻撃魔法でもある。

 火球は高速で飛来して爆発。同時に属性結界を展開して効果範囲の調節も可能。使い勝手がよく使い手の魔力に応じて威力も上がるのでAランクになってもメイン火力として使用される。そして無詠唱で魔法を発動させたところを見ると高位の魔法使いだろう。


 ポルトとスタンではまず耐えられないだろうし、魔法使いのカウンタースペルがなければバルログでも戦闘が不可能なダメージを覚悟しなければならない。


 兵士たちは剣を抜くが当然こちらには近づかない。隊長らしき男が余裕の笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「武器を捨てろ。何者だ? 他に仲間は何人いる?」


 バルログが短剣を外そうとベルトに手をかけて、ふと気付く。

 あれ? 武器を持ってるのって、俺だけじゃないか。いや、いちおうスタンにも渡したか。


 ここまで無謀だと、逆に相手の方が色々と勘ぐって深読みをしてくる。これが戦力の全てだと知ればさぞかし驚くことだろう。

 振り返るとスタンは早々に剣を手放し、ポルトは抱えたミイちゃんを降ろそうとしてチャオに止められている。


 あとは時間を稼いでレイクがなんとかしてくれるのを待つしかない。


 任務失敗か……

 思わずため息が出たところでルシアが魔法使いを指差しながら話しかけてきた。 


「バルバルよ、あやつはいったい何をしておるのじゃ?」


 兵士から「おい、動くな!」と、叱責が飛ぶが、ルシアはどこ吹く風といった様子だ。


「え……? 『いつでも撃てるぞ』って威嚇してるんでしょう」

「しかし、あれでは術式が丸見えではないか。肝心の術式も無防備というか、わかりやすく穴が開いておるし。なにかの罠というわけではないのか?」

「……術式が見える? いったい、なにを言ってるんですか?」


 バルログは魔術職ではないが魔法に関する基本的な知識は持っている。パーティーでの魔法使いとの連携に必要だからだ。

 それでも術式が見えるというのは理解できない。なにかの比喩かと思ったがどう考えてもルシアの言動との辻褄が合わないのだ。


「ああ、バルバルは魔法のことはわからぬか。魔法使いはある程度のレベル(・・・・・・・・)になると方法は様々じゃがどうにかして相手の術式を見るようになる。そうすれば直接術式を弄って発動や効果を阻害できるからな。それを見越して術式にも色々と防御を施しておくんじゃが……あれだけ無防備な術式を長々と晒しておくのはちょっと考えられん。とりあえず無効化はしておいたが」

「は?」


 やはり何を言っているのかわからない。どこの世界の話をしているのだろうか、というのがバルログの感想だった。術式は魔素の濃い場所なら様々な条件が重なれば浮かび上がることがあるらしいが、それを直接書き換えるなど聞いたことがない。


「ようするに、あいつらもたいしたことはなさそうじゃから、気にする必要はないということじゃ。まあ、見ておれ」


 そう言うと、ルシアの手に拳ぐらいの瓦礫が出現する。


「にゃあ!」


 奇妙な掛け声とともに腕を振ると、それほど力を込めたようにも見えないその瓦礫は一直線に隊長の兜を直撃した。

 隊長は顔をのけぞらすと後ろ向きにばったり倒れて動かなくなる。


「あわわわ、強すぎたか! まさか死んではおらんだろうな?」


 動揺してオロオロするルシアを見て、バルログはルシアが正面からの殴り込みを決行しながらも誰も殺す気がないことに驚く。

 戦闘になれば殺すか殺されるかだ。殺さずに戦うとなると難易度が跳ね上がり、こちらだけがリスクを負うことになるのだ。

 だがこの状況で敵の安否を気遣うルシアにバルログは安心もしていた。先ほどのルシアの凶々しい気配に畏れを抱いていたのだが、やはり悪人には見えない。これならリカルドのほうがよっぽど恐いし信用ならない。


「鎧の上からだし、だいじょうぶですよ。……たぶん」

「そ、そうじゃな。鎧を狙えば、まあだいじょうぶか……」


 とりあえず気休めを言ってみると、ルシアは落ち着きを取り戻したようだ。

 状況を理解できていなかった兵士たちがようやく騒ぎ出す。バルログも騒ぎたい気分だったが、どこか諦めのような境地に達していた。


「きさま、抵抗する気か!」

「撃て! あいつらを殺せ!」


 兵士が叫ぶと間髪置かずに白髪の魔法使いが火球を発射した。

 バルログは反射的に散開しようとして踏みとどまる。瞬時に様々な思考が脳裡をよぎったが、背後のポルトを守るには前衛が盾になるしかない。あとはルシアの言葉を信じるしかないのだ。


 ルシアは軽く左手を突き出すと豪々と音を立てて飛来する火球を受け止めた。

 爆発するでもなくルシアの手のひらで動きを止めて小さくなっていく火球に魔法使いが目を見開く。

 開いた指を閉じて火球を握り潰すと、ルシアはニヤリと笑った。


「き、きさま、何をした!」


 白髪の魔法使いが狼狽して叫ぶ。


「なんじゃ、カウンタースペルも知らんのか?」


 ルシアがあきれたように呟く。


 いまのがカウンタースペル?

 ルシアの言葉にバルログも困惑する。いまのはバルログが知るカウンタースペルとは明らかに違うものだ。


 カウンタースペルは魔法使いが自分を中心に簡易結界を張り、そこに侵入した魔力に対し自分の魔力をぶつけて相殺するものだ。相殺時に発生する魔力の衝突はバルログにも感知できる。だが、いまの現象に大きな魔力の動きは感じられなかった。

 

「ふ、ふざけるな! なにがカウンタースペルだ! 何かの魔道具でも使ってるのか!?」


 二人の魔法使いが同時に杖を掲げると長身の頭上に十数個の青い光球が現れた。

 だが次の瞬間には光球は消滅し、長身は慌てたようにキョロキョロと空中を見回している。白髪は魔法が発動しないのか、必死な顔で杖を振っている。

 

「わざと壊し易いように作ってあるようじゃな。その分、コスパは良さそうじゃが……」


 ルシアは顎に手をあててぶつぶつと呟いている。

 バルログは短剣を抜くと低い姿勢で魔法使いに向かって走りだした。魔法使いは潰せるときに潰しておかなければならない。


「絶対に殺してはならんぞ。ユキの逆鱗に触れるやもしれん」


 後の方のルシアの不安そうな呟きはバルログの耳には届かなかった。



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