01 英雄召喚
「おい、どうなってるんだ?」
パーティーのリーダーであるタッカーは困惑していた。
ここは、かつて魔王の居城であった魔王城パンデモニウム。
立ち入り禁止のダンジョンだが定期的に王国による調査が行われており、今回は大規模調査の前哨として中層までの調査を冒険者であるタッカーのパーティーが受け持っていた。
辺境に佇む魔王城に到着し、扉を開けるとそこは舞踏会でも開けそうな大きな広間だった。部屋の奥の石段を上がった空間は高い天井から床まで豪奢なカーテンがかかっていて、見えない奥には玉座でもありそうな雰囲気だ。
「おい、地図を確認してくれ」
タッカーに言われるまでもなく王国から預かった地図を手にした魔法使いのエディは不審そうな顔で首を横に振った。
「地図によると、ここは通路のはずだ」
「地図が間違ってるのかな?」
「しかし、聞いていた話でも最初は通路を進んで…ってことだったが……」
他のメンバーも不安そうな顔で言葉を交わす。
「ちょっと! 入り口が……!」
忍者のリズが驚いたように叫び、皆が振り替えるとそこに入ってきた扉はなく、白い壁があるだけだった。
「なんだよ、これ!」
「他に出口はないのか!?」
パニックになったメンバーが騒ぎだし、戦士のカイゼルが壁に蹴りを入れるが、白い壁はびくともしない。
「やれやれ、二百年振りの客は、ずいぶんと騒がしいのう」
広間に女の声が響き、皆は動きを止めた。
奥のカーテンが音もなく左右に分かれ、広間を見下ろす高みに据えられた玉座が現れた。
その玉座には息をのむような美しい女が座していた。
透き通るような白い肌に長い黒髪、瞳は血のように紅く、その額とこめかみの上あたりからねじれた細長い三本の角が生えている。
露出高めの黒いドレスを着た女は長い脚を組み、頬杖をついて値踏みするような目でこちらを見ていた。
「なんじゃ、勇者はおらんのか。つまらん」
女はがっかりしたように呟く。
冒険者たちは顔を見合せ、リーダーのタッカーに『行け!』とジェスチャーを送り前に押し出した。
「お、おまえは何者だ!」
タッカーは鋭い声で女に訊ねた。
「あー、もっと下からでいいのに……」
リズが小さく文句をこぼす。
「わしか……」
女はにやりと笑い、姿勢を正して咳払いをした。
「妾の名は、アルシアザード」
広間に女の声が朗々と響きわたる。
「アルシアザードだって?」
「おいおい、それって封印されてるっていう魔王の名前だろ」
「え! まさか、魔王本人!?」
「違うって! だから、封印されてるんだろ!?」
パーティーは輪になって相談をはじめた。
「すいませーん、もしかして、魔王さんですか?」
銀の髪に碧の瞳をした少女である賢者のユキがアルシアザードに尋ねる。
「いかにも、妾が魔王にして大魔法使いアルシアザード!」
アルシアザードはどこか上を見上げて右手を高く差し上げた。
「おい、やっぱり魔王だってよ」
「ダンジョンに入っていきなり魔王に遭遇するなんて、おかしいだろ!」
「話が違う! 魔王は封印されていて、俺たちはただの調査班なのに!」
「あー、ちゃんと封印されてるか調べるっていう話だったから、こういう懸念があったんでしょうかねえ」
「ところで、おぬしら。妾は退屈しておる」
つまらなそうな顔で冒険者を見下ろしていたアルシアザードが声を発した。
「はい?」
「余興じゃ。妾を楽しませてみよ」
そう言ってアルシアザードが空中を指さすと、広間の中央に真っ黒い玉が五つ出現した。
その黒い闇の中から角を生やした毛むくじゃらの怪物が這い出してくる。怪物は熊のような屈強な体躯にコウモリのような大きな羽を生やして空中に浮かんでいる。
「アークデーモンか!」
パーティーの顔が青ざめた。
三体のアークデーモンはこちらに向かって空中を飛び、残った二体はその場で呪文を唱え始める。
「くそっ! 陣形をとれ! エディ、カウンタースペルを頼む!」
タッカーが剣を抜きながら叫んだ。魔法使いのエディがすぐにカウンタースペルの結界を張り、戦士のタッカーとカイゼルが前衛で突進してくる三体のアークデーモンを食い止める。その隙に忍者のリズが手裏剣を投げつけた。
よく訓練された連携だが、五体のアークデーモン相手はさすがに厳しい。
空中に残った二匹がブリザードとサンダーブレードの全体攻撃呪文を使ってきた。
「うわああああ!」
エディがカウンタースペルで魔力をぶつけて相殺をこころみるが、アークデーモンの魔力はそれを上回っていた。威力は軽減されたものの、無視できないほどのダメージを受ける。
「エディ、例のヤツを頼む!」
タッカーが叫ぶと、エディは懐から羊皮紙の巻物を取り出し、賢者のユキに放り投げた。
「わわわ、」
回復魔法を唱え終わったユキが、慌てて巻物を受けとる。
「わ、わたしが使うんですか?」
「こっちは手が離せない! おまえが一番くじ運がいいんだ! 頼んだ!」
「は、はい………」
ユキは巻物を広げると、手をかざして魔力を流し込んだ。
巻物に書かれたルーン文字が順に光りだして自動詠唱が始まる。
ほどなくパーティーの前に魔方陣が現れた。アークデーモンが警戒して距離をとる。
「ほう、これは………」
退屈そうに戦闘を眺めていたアルシアザードが目をほそめる。
魔方陣の六芒星からまばゆい光が溢れ、一気に中心へと収束する。
「見るのは初めてじゃ。 これは古代魔法、英雄召喚……ガチャ」
光の柱が弾け散り、そこには光輝く少年が立っていた。
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