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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第九十四話 神の所在

 炎熱回廊の内部は、これまでに訪れたどのダンジョンとも異なっていた。


 火山の内側をくり抜いて造ったようなその場所は巨大な空洞となっており、岩肌の内壁を絶えず流れる落ちる溶岩が、赤い光を放ちながら周囲を照らしている。


 入口のすぐ下は深い崖になっていて、直下には湖のように大きな溶岩溜まりが広がっている。何かの拍子に落ちれば上がってくることは不可能に思えた。魔術か何かを扱える人間であれば戻れるかもしれないが、少なくとも俺たちはその手段を持ち合わせていない。


 溶岩の上に建てられた足の長い架橋(かきょう)──その欄干(らんかん)部分にはかつて何らかの彫刻であったと思われる大きな白色の像が等間隔でずらりと並んでいる。

 彫像の表面は高熱により溶けてしまったらしく、今では何がモチーフだったのか判別できないほどに状態が悪い。


「……メル。鍵の守護者の場所をもう一度教えてもらえるか」

「はい。分かりました」


 【炎熱の鍵】が眠る炎熱回廊へと入った俺たちは、古文書に描かれた地図を再確認することにした。

 このダンジョンに来る途中に三人で話した──三番目の鍵の守護者と思しき竜の絵が記された場所だ。


「確かこの(ページ)に……ありました」


 メルは慣れた手つきで頁をめくり終えると、俺たちにも見やすいよう古文書を逆さにして差し出した。


 開かれた頁にはこの炎熱回廊の簡単な縮図の他、見たことのない文字で説明が書かれている。

 ここから見えている巨大な溶岩溜まりを中心として、それを取り囲むかのように真四角に造られた、まさに回廊と呼ぶにふさわしい架け橋。

 構造は細かな説明を必要としないほど単純で、緑翠の迷宮のように自身の位置を見失ってしまうといったことはなさそうだ。


 ここに来る前、俺たちはメティスの冒険者ギルド職員であるディルから『道具を用意するか、【水属性魔術】が使える魔術師が必要だ』と説明を受けていた。

 魔術を行使すれば当然魔力を消費する。モンスターを相手にしながら仲間全員に魔術をかけ続けるのは術者の負担が大きすぎるように思えた。結局のところ、ダリオのアミュレットのような道具が無ければ奥まで進むことはできないだろう。

 鍵を奪われないよう、普通の人間には攻略できないことを前提にこのダンジョンが造られたとするならば、もはや下手な小細工は必要ないという見方が筋は通る気がする。


「四角い絵がいくつか載ってますね」

「名前が示す通り、回廊なのでしょうね。ここは」


 ファティナが話す通り、古文書にはいくつか同じような図柄の記載があった。


「他の二つのダンジョンと同様に階層構造になっているのでしょう。下は溶岩があるので潜れませんから……上に進むのでしょう」


 メルが指し示したのは、回廊の上部──橋の更に上だった。

 橋の上部は単なる屋根ではなく、こちらもまた幾重にも重なる回廊となっているのだろう。

 下ではなく上を目指すというのは、これまでのダンジョンにはなかった仕組みだ。


「他に何か書いてあるか?」

「いえ……特には」

「そうか」


 古文書の解読はメルにしかできないため、情報を得るには彼女に頼るしかない。


 ……今さらではあるが、この古文書は一体どこからやって来たのだろうか。

 俺が知っていることと言えば、以前メルから聞いたいくつかの事柄のみだ。

 クレティア王家に昔から伝わるものであること。そして、城内からメルが奪って逃げたこと。

 王家と鍵の関連性について俺は何も知らない。俺たちが当たり前のようにダンジョンと呼んでいるこの点在する遺跡群も何らかの理由があって造られているはずだが、それも不明なまま。


 一番の問題は、結局この三つの鍵が一体何なのかだ。

 ただ強くなるという目的のためだけにこれまで鍵を求めてきたものの、今になって考えてしまう。


 何も知ろうとせずに鍵を集めてきたのは、果たして正しい選択だったと呼べるのだろうか。

 俺は何か、酷い思い違いをしたままここへやってきているのではないだろうか……。

 ただの杞憂(きゆう)かもしれないが、どうしてかそう思えるのだ。


「それで、問題の竜のいる場所なのですが」

「……ああ、そうだな」


 メルの声が耳に入って、意識が現実へと引き戻される。


「たしか入口のすぐ下でしたよね?」

「ええ。ですがそうなると……この橋の下ということになってしまうのですが」

「こちらからだと見えないな。少しだけ進んでみよう」


 足を踏み出し、橋の上へと移動する。欄干から身を乗りだして覗いてみると、入り口の崖の壁に横穴がぽっかりと空いているのが見えた。


「あっ! 本当に穴があります!」

「確かにあるみたいですが、一体どうやって行くのでしょうか?」

「言われてみれば……」


 横穴は確かにあったものの、そこに繋がる道はどこにも無い。崖が始まる部分のすぐ横辺りには、崩れて小さくなった段差があった。かつて階段が存在していた名残であろう。


「昔は階段か何かがあったんでしょうね」

「そうみたいだな」


 この状態では、他の冒険者が横穴の存在に気づいたとしても侵入することは難しいだろう。しかし、だからこそ好機(チャンス)とも言える。バルザークたちがずっとメティスに居続けているのも、この場所に気がついていない可能性があるからだ。


 見える範囲で足場に利用できそうな物と言えば、溶岩から突き出ているいくつかの細い岩塊のみだ。あれを利用して跳べば、横穴に着地することはできそうだ。


「あの岩を足場にして中に入ろう」

「それはいくらなんでも無理ではないでしょうか」


 しかし、俺の提案はすぐにメルに反対された。


「少なくとも、私にあの距離は跳べそうにありません。風属性の魔術でもあれば話は違うと思いますが」

「そうですねぇ……私にもちょっとできなさそうです」

「なら、俺が二人を中まで運ぼう」

「できるんですか? そんなことが」

「ステータスが上がったからだと思うが、この距離なら跳べそうだ」

「はあ、とても危なそうに見えますが……」

「他に方法もないし、我慢してくれないか」


 メルは足場と俺を交互に見て、不安そうな顔をするばかりだった。でも、他に横穴に入る術がない現状では選択肢がない。


「大丈夫ですよ! アーク様ができると言うならきっとできます!」

「う、うーん……」


 しばらくの沈黙の後、結局メルは渋々といった感じで了承してくれた。


「ファティナは俺に後ろからしがみついてくれ。落ちなければどんな形でも構わない」

「はい!」


 ファティナがおぶさるような形で俺の背中にくっついた。

 次に、メルの身体を両手で抱きかかえる。


「あっ」

「振り落とされないように、首に手を回してくれるか」

「は、はい……」


 メルは少しだけ戸惑う様子を見せたが、言う通りにしてくれた。

 二人は特別重いわけでもないので跳ぶのに支障はない。ダリオから受け取ったラギウス鋼の剣に比べればどうということはなかった。


「二人とも準備はいいか?」

「何だかとてつもない不公平さを感じるのは私だけですかねぇ……」

「落ちなければ何でもいいだろ……」


 橋の欄干から岩に飛び移り、すぐに横穴めがけて再度跳ぶ。

 跳んだ際の衝撃で足場が崩れてしまったが、何とか横穴の端に着地する。


「やりましたね!」

「でも、足場に使った岩が崩れてしまいましたね……」


 不安げにするメルの視線の先には、崩れてすっかり背が低くなってしまった岩塊があった。


「帰りはどこか別の場所から出るしかないだろう」

「先に進めばどこかに繋がってるかもしれませんね」

「だといいのですが……」


 二人を降ろし、探索を再開する。


 横穴の先は、石造りの長い通路になっていた。

 通路内は回廊の明かりが届かず、当然ながら真っ暗なため奥まで見渡すことはできない。この横穴の先がどこに繋がっているのかは分からないが、回廊内に戻るには別の道を探すしかなさそうだ。


 腰にぶら下げていたランタンを右手に持って火を灯す。

 ランタンが発する(かす)かな光を頼りに、俺たちは薄暗い通路をゆっくりと進み始めた。


「この道はどこまで続いているんでしょう?」

「鍵の守護者の部屋までだとは思うが……距離について何か古文書に書かれていたりするのか?」

「いえ。この本にはあまり多くのことは記されていませんから」

「恐らく長い間、人が入ったことがなさそうだ。何があるか分からないから気をつけて進もう」


 そうは言ったものの、俺たちのパーティにはダンジョンの構造を把握したり、罠を解除できる知識を持った人間はいない。

 耳が良いファティナはモンスターの襲来を察知することができるが、罠については先頭を俺が進むぐらいしか警戒のしようもなかった。



「私たちが一番乗りだなんて、なんだかちょっと冒険っぽいですね!」


 ファティナが弾むような口調で、楽しげに言う。


「まあ、そうかもしれないな」


 冒険者とは本来()()()()()()であるはずだった。それなのに、今の俺は違う。

 ボルタナで冒険者となったあの日から、ただ強くなることを目的としてこれまで行動している。

 その結果として、こうして三つの鍵をめぐる暗闘へと参加することになった。


 コツコツと、靴音だけがただ通路内に響き渡る。

 他に生物がいるような気配はまるでない暗い道を、俺たちはただ歩き続けた。


「この戦いが終わったら、お二人はどうされるのですか?」


 唐突なメルの質問に、どう言葉を返そうか悩む。

 今までなら悩むようなことなどなかったのに、どうしてだろうか……。


「私はアーク様とどこまでも一緒に行く予定ですよ」

「メルを助けるまでじゃなかったのか?」

「パーティメンバーですからね。次の冒険に出る時も一緒ですよ」


 胸元に手を当てながら、ファティナが答えた。

 そんなこともあったなと、ボルタナにいた頃を思い出す。ファティナとパーティを組んでからそれほど時間が経っているわけでもないというのに、どうしてか随分と昔の出来事のように感じられる。


「アーク様は次にどこに行くか、もう決めてます?」

「特に決めてないな」

「だったら、まずはお世話になった方々に挨拶に行きましょう!」

「挨拶?」

「ボルタナに戻ってゲイルさんに、トラスヴェルムでチェスターさんやトトさんにも会いたいです。今度は観光がてら、少し長く滞在してもいいですよね?」

「……それも悪くないかもしれないな」


 思わず口からこぼれた言葉に、自分でも少し驚いてしまう。


 これまでの俺は、強さを求めるあまり冒険者として相応しくない行動ばかり取ってきた気がする。

 困っている人々の依頼を引き受け、モンスターを退治し、未踏破の遺跡を探索して財宝を……それが冒険者として暮らすということではなかっただろうか。


 それに比べて、今の俺はどうだ。

 まともな依頼など受けたことすらほとんどなく、Sランク冒険者たちを相手に鍵の争奪戦を繰り広げながら各地を転々とする日常……リーンと冒険に胸躍らせていた頃とは大きくかけ離れていた。


「私からも一つ提案があるのですが、いいですか?」

「あ、メルさんも何かやりたいことあります? もしかして冒険者になるとか?」

「さすがにそれは無理ですが……よかったら、お二人とも城で働きませんか」

「えっ!? お城ですか?」

「アークさんとファティナさんなら、近衛騎士になるにも申し分ない強さがあります。父と和解ができたら、そういう話もできると思うのです」

「き、騎士!? それって、とってもすごいことなのでは!」


 俺は別にしても、ファティナは珍しい【剣聖】のスキルを有しているのに加えてメルをここまで守り抜いてきたという実績がある。

 騎士になるのは簡単なことではない。王国が欲する人材とは、実力だけでなく忠誠心を持った人間なのだと聞いたことがある。だから、冒険者としていくら強くともすぐに騎士に登用されるわけではないという。

 それでも、王女であるメルが推挙するとなれば話は別だろう。


「そうすれば、これからも一緒にいられますよね?」


 妙に熱の込もった瞳で見つめてくるメルに、思わず宿屋での出来事を思い出して頬を掻く。


「そういうのは、何もかもが無事終わった後に考えるべきじゃないか」


 何とかこの話題を中断させるため、少し突き放すように返事をする。


「そうですね! 私も無事に鍵を揃えられるよう、神様にお祈りしますから!」


 急にファティナがそんなことを言い出して、両手を合わせて目を閉じた。ちょうど話をずらせる絶好の機会だと感じ、便乗することにする。


「神様が存在するって、ファティナは信じているのか?」

「え! 私の村ではしょっちゅう神様にお祈りしてましたけど……もしかしていないんですか?」

「いるならこんなに悩み事は増えてないと思わないか?」


 実際、村がシャドウキメラに襲われたということは彼らの祈りが天に届かなかったという証明ではないのか。


「う、うーん……」

「世界中どこもかしこもモンスターだらけだし、もう少し平和にしてくれてもいいんじゃないかと俺は思うが」

「そ、それはそうですけど、神様にもきっと事情があるんですよ」

「事情って?」

「それはもう、人間にはおおよそ想像も及ばないような……」


 俺を含め、神という存在を信じている人間はほとんどいない。

 神官が扱う治癒魔術は、通常の魔術と異なり神性を持つと()く者もいるそうだが、結局のところスキルによって発現しているただの魔術に過ぎないというのがごく一般的な認識だった。


 この大陸内で神殿とか教会と呼ばれるような場所は、あるにはある。

 しかし、そのほとんどは信者から金を巻き上げるだけの怪しげな宗教であり、あたかも古くから伝わっているように見せたものが多いと親から聞かされたことがある。


 神官と呼ばれる聖職者自体はずっと昔からいたみたいだが、どんな神でも仕えていればそう呼ばれるので善悪の判断の役には立たない。また、冒険者における神官とは役割の一つであり、これも昔からそう呼ばれているというだけで今ではすっかり形骸化してしまっている。

 冒険者の神官に信仰心はない。『信仰している神の名前は?』と聞いても答えられないだろう。

 実際、リーンはどこかの教会で修行をしたわけでもないのに神官が用いる魔術が扱えていた。これはつまり、信仰心と治癒魔術には何ら関連がないことを意味している。


 そもそも神というものが存在しているのなら、スキルやレベル上限などという仕組みをこの世にばら撒いた張本人ということになる。

 そんなものは、俺にとってはただの悪神でしかない。


「アーク様は、神様はいないって思ってるんですか?」

「いないと考えるのが普通だろう」

「────神様なら、いますよ?」


 それまで会話に参加していなかったメルが、さも当たり前のような口ぶりで言った。俺を見つめるその瞳は、まるで『どうしてそんなことも知らないのか不思議だ』とでも言いたげだった。


「ほら! メルさんもいるって言ってますよ! やっぱりいるんですよ神様!」


 村人の俺よりもはるかにまともな教養を身に付けているはずのメルが、いるかも分からない神の存在を肯定する……それはとてつもなく不自然に思えた。


「神様がいる? メルはどうしてそう思うんだ?」

「どうしてって……あれ?」


 メルは足を止め、腕組みしながら何度も首をかしげ──しまいにはうんうんと(うな)り始めた。何かを思い出そうとしているようだ。


「どうして私は、『神様はいる』と思ったのでしょうか?」


 むしろこちらが理由を知りたいくらいだが。


「いや、俺に聞かれてもな」

「……そうですよね。でも、どうしてかそう思うのです。なぜでしょうか?」

「以前誰かに聞いたとか、本で読んだとかじゃないのか」

「多分そうだと思うんですけど……なんだか頭の中にモヤがかかっているみたいに、そこだけがどうしても出てこないんです」

「疲れているんじゃないか。何なら少し休んでも構わない」

「あ、いえ。大丈夫です。体はなんともありませんから」


 メルは再び歩き始めた。無理をしているようには見えないし、いつもの彼女だ。しかし、どうにも腑に落ちていないらしく、時折顎に手を当てて何やら考えているようだった。

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