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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第九十話 ゼパルト山の麓にて

 俺達はダリオに別れを告げ、メティスを後にした。


「イリアの事は心配ですが、先を急ぎましょう」


 町で落ち合うことになっていたイリアとは結局合流できなかった。メルは待たずに向かうべきだと言った。

 彼女の身に何かあったのではないかとメルも思っているに違いないが、俺もファティナもただうなずいた。悩んだ末の決断だろう。


 町を出発してから、既に半時ほどが経つ。

 馬車を引く二頭の馬は相変わらず疲れを一切見せない走りで、黄土色の地面ばかりの荒原をただひたすらに突き進んでいく。町はあっという間に小さく見えるほど遠くになってしまった。


 目的地である炎熱回廊があるゼパルト山はこの辺りでは一際高い火山で、特に意識せずとも視界に入るほどの大きさだ。

 この辺りは裸になった樹木が時折目に映るぐらいしか遮蔽物がないため、方向が分からなくなるような事もない。


 幌馬車の荷台では、俺の向かいにファティナとメルが座っている。


 二人の方を見ると、不意にファティナと目が合った。頭の獣耳を動かしながら、にこりと微笑み返してくる。その表情は明るく、つい先程まで怒っていた姿がまるで嘘のようだ。


 先刻のダリオとの一件も収束し気持ちの整理がついたのか、ファティナは普段通りの様子に戻っているらしかった。むしろ機嫌が良さそうにすら見える。


「さっきの事なら、あまり気にするなよ」


 御者台で手綱を握るエドワードが、前を向いたまま言う。


 確かに、あんな酷い出来事を経験すれば人に対して不信感を抱いてもおかしくはないだろう。


「大丈夫です! お爺さんが悪い人ではなかったって、よく分かりましたから!」


「そうかい。そいつは何よりだ」


 ファティナの元気な返事に安心したのか、エドワードはそれきり特に何も言わなかった。


 それにしても、人と獣人か……。


 俺が住んでいた村には獣人はいなかった。そのため、初めて会話をしたのは狼人族のファティナだった。


 獣人達が普段どのような生活を送っているのか、俺は何一つ知らない。だから、避けられるような存在なのかも分からない。

 そもそも、ボルタナに着いてからこれまで出会った人達を思い返してみても、別段嫌っているような様子は見られなかったように思う。


 だが、気になっている事もある。

 クラウ商会や冒険者ギルドで働いている獣人を、これまで見掛けていないという点だ。

 もちろん偶然かもしれない。でも、もしかしたら決して表には出さない隔たりのようなもの……忌避される理由が存在しているのだろうか。


 そして、ファティナ自身もそれを感じ取っていて、気にしていたのだろうか。


「ファティナ、ちょっと聞いて欲しいんだが」


「はいっ。何ですか?」


「俺は獣人の事はよく知らないが、別にファティナの種族が何であろうと構わない」


「……え?」


 ファティナはしばらく硬直し──それから急に瞳をキラキラと輝かせ、明るい笑みを浮かべたかと思うと、俺のすぐ隣に座った。

 それから何故か、俺の腕にしがみつくようにして体を寄せてきた。


「何だよ。あまりくっつくなよ……」


「別にいいじゃないですか!」


 揺さぶってみるがどうにも離れようとしないので、お手上げになってしまった。


「むう……」


 メルから非難するような視線を感じるのは気のせいだろうか。冷や汗が出てきた。


「ハハハ。これからは言葉に気を付けるんだな」


 エドワードが笑う。こちらも上機嫌らしい。俺は別におかしなことを言ったつもりはないのだが……。


 相変わらず、ファティナはやたらと嬉しそうに腕にしがみついている。


 ──そういえば、出会った頃から感情の浮き沈みが激しかったな。


 ボルタナの夜の森で出会ってからこれまで、彼女とはずっと行動を共にしてきた。


 良い事があれば素直に喜び、理不尽には怒る。俺と比べれば、いつも気持ちをはっきりと態度で示している。素直な気持ちを外に出せるのは、羨ましくも思えた。


 だが、一方で危うさも感じるのだ。

 そうした感情の起伏が、いつか戻ることがないほどに悪い方へと向かわないだろうか、と。


 改めて、寄り添う彼女を見る。

 その時、ふとこれまで一緒に過ごしてきた幼馴染のことが頭に浮かんだ。


 もしも俺のレベル上限が1でなかったら。

 与えられたスキルが【即死魔術】でなかったら。


 今、隣にいるのはファティナではなく、リーンだったのだろうか。


 リーンはクラウ商会に監視されながら、トラスヴェルムで暮らしている。

 チェスターは気が利くし、彼女が根っからの悪人でないことは理解しているだろうから、そう酷い扱いもしないはず。


 果たして、問題なく生活できているだろうか。


 未練があるわけではない。

 そういった感情は、既に何処かに消えてしまっている。


 ただ、これ以上何事も起こらなければいい。

 この一件が終われば、俺としてはそれで構わないのだから……。


 そんなふうに思いつつ、いくらかの時間が経った頃だった。


「馬車で入れるのはこの辺りまでだろうな」


 エドワードが言い、馬車が止まった。

 斜面がきつくなり、道も悪いのでこれ以上馬車で進むのは困難だと判断したのだろう。


 幌馬車の荷台から外に出る。

 辺りの風景は、黒と灰色ばかりの岩肌へとすっかり変化していた。


 ──山の方から流れてくる容赦ない熱風。まるで全身にまとわりつくかのようだ。


 ここはメティスよりも更に暑い。麓でこの暑さなのだから、炎熱回廊の奥に進むのはダリオのアミュレットが無ければ無謀な挑戦だっただろう。


 見上げると、山の斜面のそこかしこに橙色の線が見えた。岩肌から溶岩が流れ出ているようだ。


 周囲から感じられる生物の気配はあまりにも希薄で、この山がいかに過酷な環境であるかが窺えた。生きていけるのは、それこそモンスターぐらいだろう。


「そろそろアミュレットを付けよう」


 二人に言ってから、腰にぶら下げていた革袋からアミュレットを取り出す。


 アミュレットを首にかけると途端に身体が冷えていき、心地よい涼しさを感じるようになった。これなら回廊内でも普段通り活動できるだろう。


「問題なく効果は出ているみたいだ」


「うーん、冷たくてとっても気持ちいいですね!」


「はい。こちらも大丈夫そうです」


 二人とも、特に問題はないようだ。


「うっかり溶岩の中になんぞ落っこちるなよ。流石にその首飾りでも耐えられないだろうからな」


 エドワードは御者台から降りると、馬車の横に寄りかかった。


「さて、俺はここで一休みさせてもらうとしよう」


「いや、この辺りで休むのは危ないだろう。町に戻ってからにしたほうがいい」


「なに、モンスターが隠れられるような所でもないし、もしも見つけたらすぐに逃げるさ。それに……まぁ、なんだ。俺も少々疲れてしまってな。仕事のしすぎかもな」


 エドワードはズボンのポケットに手を入れながら面倒臭そうに話す。途中、何かを言いあぐねたようにも思えたが気のせいだろうか。


 確かにモンスターがやってきたとしても、エドワードなら上手く逃げられそうな気がする。御者をもう何年もやっているという話だから、自信もあるのだろう。


「さっさと片付けてこいよ。町に戻ったら祝杯だ」


「分かった。またメティスで会おう」


「ああ。気を付けてな」


「あの……ここまでありがとうございました」


 メルが申し訳なさそうに言いながら、エドワードに頭を下げた。

 そういえば、メルは最初は彼の事を何だか怪しい男だと訝しんでいたのだった。そうではないと分かったから、謝りたくなったのだろう。


 エドワードはメルの方へと顔を向け、苦笑した。「気にするな」とでも言っているかのようだった。


「エドワードさん、また後で!」


 ファティナが元気よく挨拶をする。

 それから俺達は、三人で山の奥へと歩き出した。


 山はゴツゴツとした岩ばかりなので、単純に歩きにくい。道らしい道もないので、とりあえず歩けそうな場所を見つけては足を進めるしかなかった。


 ボルタナ近くの森には立札があったりしたが、ここにはそういったものは一切ない。ギルドで見た地図のとおりなら方向は合っていると思うが、もう少し詳しく情報を集めておいたほうが良かったかもしれない。


 メルが何か知っているかもしれないと思ったので、聞いてみることにする。


「メル。入口について例の古文書に何か書いてあるか?」


「いえ、入り口の場所に関しては何も……あっ、そうでした。これを見てもらえますか?」


 メルが肩掛けバッグから古文書を取り出して開き、(ページ)をめくった。

 そこには、いつぞやと同じようによく分からない言語で書かれた文字と、炎熱回廊内の縮図らしきものが描かれていた。


「うーん、さっぱり読めませんね!」


「俺にも読めないな。一体何が書いてあるんだ?」


「文字よりも、気になるのはここです。竜の絵が描かれた部屋があるんです。鍵のありかを示しているのではないでしょうか?」


 メルが指を置いた場所を見てみると、縮図から少し離れた場所にぽつんと四角があり、その中に、横長に伸びた胴体を持つ竜が描かれていた。


 手足の無い、蛇のような体の竜だ。ワームという種族のモンスターに似ている。


「確かにあるが……もしかして、鍵の守護者か?」


「多分そうだと思います。ええと、ラ……ウス? 文字がかすれてよく読めませんが、『会いたくば、回廊入口のすぐ下にある通路を進め』と書かれています」


「下? 奥に行くんじゃないんですか?」


「流水洞穴と同じように、ただ先に進むのは罠だということなのかもしれません」


「ありえるな。古文書が無ければ気付かないだろう。助かる」


「いえ。あともう少しですから、頑張りましょう」


 三人でうなずき合う。


 三本の鍵さえ処分できれば、様々な問題が解決する。

 そう思うからこそ、ここまでやって来たのだ。

 だからこそ、終わらせなければならない。


 再び、山の奥へと進む。

 いくらか行ったところで、少し開けた空間に出た。


「おい……こっちだ」


 突然、どこからか人の声が聞こえた。


 辺りを見回してみると、鎧やローブを着た男女が四人、大きな岩の陰に隠れるようにしながら俺達に向かって手招きをしているのが見えた。

 周囲を警戒しながら、片手を軽く上げて敵意が無いことを示し近寄る。


 鋼色の板金鎧を着込み、巨大な戦斧を背負っている大男は、籠手に包まれた人差し指を口元に当てた。「静かにしろ」ということだろう。


「お前達もモンスターを狩りに来たのか?」


 囁くような声で尋ねられる。


「いや、ダンジョンに入るつもりだ」


 そう答えると、冒険者達はひどく驚いた様子で顔を見合わせた。そんなに意外だったのだろうか。


「ここが今どういう状況なのか、分かってるのか? あれを見てみろ」


 男が広場の奥を指差す。

 物音を立てないようにして岩陰から覗いてみると、そこには全身を真紅の鱗に覆われた竜が一匹、時折大きな翼を羽ばたかせながら四本の足で地面をのそりのそりと歩いていた。


 イリアが乗っていた竜よりかはかなり大きい。長い首を動かして、辺りを見回すような仕草をしている。時折口を開いては、小さな炎を吐きだしていた。


「あれってドラゴンですか?」


 小声でファティナが尋ねると、男は首を横に振った。


「このゼパルト山を棲み処にしている火吹きドレイクだ。あいつらがうじゃうじゃいるせいで、ダンジョンになんて近付けないぞ」


 どうやらディルが言っていたとおり、ドレイクは山のそこらじゅうにいるようだ。

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