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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第八十九話 因果応報

「どうして見張りを怠ったんだ!! あれほど気をつけろと言っておいただろう!」


 トラスヴェルムにある商館の執務室で、雇っている冒険者達から報告を受けたチェスターは怒りのあまり我を忘れて声を張り上げた。そしてすぐに執務室から出て、早足で廊下を歩き始めた。


「す、すみません! でも、本当に、俺達はいつものように扉の前にいたんです!! 決してサボっていたわけじゃ──」


 チェスターに歩調を合わせながら、冒険者達が必死に弁明する。その顔には、どちらかと言えば反省よりも困惑の色が濃い。


「扉の前に立たせるために雇った訳じゃないことは理解してくれ! くそっ……それにしても、どうして今になってなんだ」


 トラスヴェルムの大通りに出て、近くにあった別の建物に入る。階段を上がると、使用人や他の冒険者達が、扉が開いたままの部屋の中を廊下からただ覗いていた。


「チェスター様がいらしたぞ!」


 使用人達が慌ただしく壁際に整列し、頭を下げながら道を空ける。チェスターは冒険者達を引き連れて、部屋へと入った。


「うっ!」


 視界に映った光景に、思わず声が漏れる。報告を受けた時からある程度は覚悟していたチェスターだったが、それでも駄目だった。


 部屋の扉の向かい、小さな雨戸が一つあるだけの白い壁に背中を預けるようにして床に座る、二つの亡骸。


 亡骸は肩を並べ、手を繋いでいた。まるで寄り添うかのようだ。

 淀んだ瞳にはもう何も映ってはいない。心臓の辺りから流れ出た血が、敷かれた赤い絨毯をより濃く染め上げていた。

 二人のすぐそばには、血に濡れた一本の短剣が落ちている。恐らくはこれを使ったのだろう。


 亡骸の片方は、人目を引く整った顔立ちの青年。もう片方は、赤い鮮やかな髪の美しい女性。かつてSランク冒険者として名を馳せ、知らぬ者がいなかったアレンとエリス。つい昨日まで生きていた彼らは、物言わぬ姿に変わっていた。


 これ以上見ていられないとばかりに、チェスターは顔を背けた。


「……遺体を運んでくれ。それと、教会と冒険者ギルドに連絡を」


「はっ。直ちに」


「お前達も持ち場に戻ってくれ」


「は、はい。チェスターさん」


 ひとしきり指示を出したチェスターは一人、部屋を後にした。


 いくら罪を犯したとはいえ、この結末は望んでいたものではなかった。

 罪があるならば、償えばいい。それが彼の持論であり、願いでもあった。エリスのお陰か、アレンは特に暴れるようなこともせず、むしろ事件に関しては協力的ですらあったので、全面的にではないものの、どこか安心していた部分があった。


 ――でも、どうして今だったんだろうか?


 冒険者ギルドからは四人を引き渡すよう再三の要求があったが、チェスターは彼らを国王から守るためにあえて無視していた。半ば諦めかけていたフィオーネやドロテアについても、ようやく反省の色を見せ始めており、何もかも順調なはずだった。はずだったのに、その努力は無駄に終わってしまった。二人の自殺という、最悪な形で。


 ぶつける相手のいない虚しい気持ちを抱いたまま、チェスターは廊下を歩いた。どうしてか、無性にトトに会いたくなった。慰めが欲しいのだろうと、チェスターは自分自身を分析した。しかしそれは、クラウ商会の主の息子としても、また一人の男としても、できそうになかった。


「チェスターさん! チェスターさんはいないか!?」


「ここだ。どうした?」


 息を切らせてやってきた様子の別の冒険者達が、チェスターの姿を見つけて駆け寄った。


「ああ! チェスターさん! 実は、今さっき牢屋の監守から連絡があって……」


「なんだ、はっきり言え。一体何があった?」


「その……捕らえていたフィオーネとドロテアが、し、死んじまったって……。いつもみたいに飯を食わせたら、急に苦しみ出して、それで──」


「なっ……」


 思考が停止し、唖然とするチェスターに冒険者の男は続けた。


「調べたら、二人の飯にだけ一服盛られていたらしいんだよ。毒の強さからみて、ポイズンジャイアントから採取されたものだって……」


「そんな馬鹿な! ポイズンジャイアントの毒だと!? 少しでも触れれば死ぬ可能性がある劇毒じゃないか!!」


 ポイズンジャイアントは、Sランク分類のモンスターの中でも殊更凶悪な相手だった。全身が紫色の巨人のような姿で、身体の至る所に開いた穴から致死性の毒を常に振りまいている。特に恐ろしいのがブレスによる攻撃であり、まともに食らえばどんなパーティであろうと大打撃を被る。解毒が僅かでも遅れれば、それは即ち死と同義だった。そのため、もしも出くわしたら倒すことよりも逃げることを優先するというのが冒険者達の間での常識だった。


 ポイズンジャイアントの毒は競売などに出ることもあるが、その数は極端に少なく、一年を通して一本出るかどうかだ。金額も桁違いで、同じくSランクモンスターであるドラゴンなどの人気素材の何倍にもなる。

 一体、どこでそんなものを手に入れたのか。


 そこまでの毒を用意されていたことについて、標的を確実に始末したいという意思の顕れに他ならないとチェスターは思った。そして、別々の場所にいたSランク冒険者が四人同時に死亡したという事実について、決して偶然には起こり得ないと判断した。


 つまり、アレンとエリスは自殺したのではない。何者かの手によって殺害されたのだ。


「……っ」


 気が付けば、手が震えていた。もう一方の手でそれを無理矢理押さえつける。チェスターはこれまでにない、何か得体の知れない恐怖を感じていた。

 もしも今ここにアーク達が居てくれたならば、さぞ頼もしかったことだろう。だが現実はそうではない。彼らは今、メティスにいる。


――いや、むしろ……この機会を狙っていたというのか?


 チェスターは頭を振って、雑念を払う。そして、これまでに起きた出来事を整理しようと努めた。


 アレン、エリス、フィオーネ、ドロテア。彼らはいずれも同じパーティのメンバーであり、Sランク冒険者だ。

 タイミングはほぼ同時、明らかに同一犯による犯行だろう。全員が、何者かの標的にされている。そして、彼らは三本の鍵にまつわる事件の関係者でもある。


 ──これで全員だろうか? いや、違う……。


「しまった!」


 ようやく重要な事に気が付いたチェスターが、唐突に叫ぶ。


「すぐにリーンさんと護衛の居場所を突き止めろ! 街中の全ての冒険者を総動員してもいい! とにかく急げ! 大至急だ!」


「わ、分かりました! すぐに街へ出るぞ! 他の奴らにも可能な限り伝えるんだ!」


「おう! 行くぞお前ら!」


 冒険者達が行動を開始する。消えていく彼らの後ろ姿を見ながら、チェスターはリーンの無事を祈った。


 その時だった。

 チェスターがめまいにも似た感覚を得たのは。


 地面が揺れ、外から音がした。まるで、大きな木が倒れたかのような音だ。チェスターは外の様子を確かめるべく、急いで屋敷の外へと出た。


「な、なんだ、これは……」


 大通りの先が、瓦礫で埋め尽くされていた。建物が倒壊したのだ。

 トラスヴェルムの建物は、いずれも熟練した親方達によって建てられている。その腕は折紙つきだ。だからこそ、こんなことは今までに一度もなかった。


 そして、一度もなかったからこそ、チェスターは言い知れぬ恐ろしさを感じた。


「何故なんだ……どうして、こんな……」


「チェスターさん! 今近寄るのは危ない!」


 チェスターの存在に気が付いた周りの人々が、彼に警告する。だが、歩みは止まらない。


 ――瓦礫の隙間から、微かに、一番目にしたくなかった何かが見えた。力が抜けた腕。見覚えのある白の外套と、金色の長い髪。トラスヴェルムを救った少年の幼馴染。


 チェスターはただ、その場に立ちすくむしかなかった。


「甘かった……というのか?」


 アレン達を拘束した後、チェスターはトラスヴェルムを訪れる人間への監視を厳しくした。他の商人達も彼の意見に賛同した。街の中にドラゴンが出現したのを、大勢が目の当たりにしていたからだ。街を覆う壁に配置する人員も増やした。警戒は完璧だったはずだ。


 だったら、刺客は一体どうやって冒険者達の目をかいくぐってトラスヴェルムに侵入したのか。


「……違う。そうじゃ、なかったのか」


 そこまで考えて、ようやく思い至る。


 外ではなく、内だ。

 脅威は、既にトラスヴェルムの中にいたのだ。クレティア国王の間者か。あるいは、自分達がまだ存在にすら気付いていない、正体不明の第三者。


「冒険者の皆さん! 協力して負傷者の治療をお願いします! それと、まだ下敷きになっている人がいるかもしれません!! 直ちに捜索を行なってください!」


 女性の声が聞こえた。トラスヴェルムの冒険者ギルドで受付嬢をしているシエルだ。

 彼女の姿を見て、チェスターは自分のすべきことを思い出した。本来ならば、これはシエルではなく、自分の役目だ。


 しかし、今の彼には、最早その気力は残されていなかった。

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