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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第八十六話 朝の出来事

「……朝か」


 硬いベッドの上で目を覚ます。

 昨日の夜、エドワードに誘われて酒を飲んだせいか少し頭が重かった。


 ──そういえば、メルと話をしたな。


 あの時の、背中に触れられた感覚がまだ残っている気がする。不安を打ち明けてくれたことで、少しでも気が楽になると良いのだが。


 下の大通りからは喧騒が聞こえてくる。寝てからどのくらい経ったのか定かではないが、外は既に明るい。メティスの町はもう動き始めているようだった。

 ベッドから起き上がり、いつもの恰好に着替えてから、扉を開けて部屋の外に出た。井戸で顔を洗ってから三人と合流することにしよう。


「アーク様、おはようございます」


 一階に下りると、ファティナが挨拶をしてきた。

 ファティナとメルは向かい合って席に着いている。テーブルの上に乗ったカゴにはパンが入っていて、皿には卵をかき混ぜてバターで炒めた簡単な料理が盛られている。朝食をとっていたようだ。カウンターには主人である男が昨日と同じように座っていて、パイプを燻らせている。


「おはよう」


「あ……」


 メルが俺の顔を見てから、慌てて視線を逸らした。昨日のやりとりを思い出したのだろうか。変な空気が漂ってしまっていた。


「おっ、おはようございますアーク……さん。い、いつ起きるか分からなかったので、お、お先にいただいてます」


 話し方も明らかにぎこちない感じだが、あまり気にしないことにする。昨日は二人とも酔っていて、勢いに流されただけに過ぎない。そう思わなければ、やっていられない。


「分かった。ちょっと顔を洗ってくる」


 裏口から外に出て井戸まで行き、水を汲んで顔を洗う。今日のメティスは快晴で暑かった。

 再び宿屋の中に戻る。俺はメルの隣に座った。ちらちらとメルが俺の方を見るが、視線が交わると大袈裟にそっぽを向く。


「……」


 あまり気にしてもしょうがないので、カゴに置かれたパンを掴み、ちぎって口に頬張る。何となく、味がしない。


「……?? お二人とも、どうかしました?」


「えっ!? いえ! 何でもありません!」


 異様な雰囲気に気付いたらしいファティナが尋ねて、メルがしどろもどろになりながら答える。頬は紅潮、とてもではないが何もなさそうなふうには見えなかった。


「そうだ。別に何もない。至って普通だ。メルもそうだろう?」


「あ、う……うう~」


 その様子では何かあったと自白しているようなものだろう……。


「怪しい……」


 ファティナが目を細めて疑いの眼差しを向けてくる。何だか以前にも似たようなやりとりをしたような。


「あー、くそ……頭がガンガンする」


 どうでもいい会話をしていると、エドワードがこめかみを押さえながら階段を下りてきた。それから倒れ込むようにして、空いていた椅子に腰を下ろす。


「おはよう。昨日、しこたま飲んだせいじゃないか」


「久々に町に来たから羽目を外しすぎたようだ……店主、水をくれ」


 エドワードが言うと、店主はカウンターの奥の部屋に入り、氷入りの水が注がれた陶器のコップを持ってきた。エドワードはコップを受け取ると、一気に飲み干した。


「……で、今日から早速ダンジョンに向かうのか?」


 エドワードがテーブルに突っ伏しながら訊いて来る。微かに酒の臭いが漂う。


「そのつもりだ。先に、昨日話していた店に行って装備を整えたい」


「そうかい。ま、急ぐなと言うほうが無理だな。なら、飯を食ったら早速行くとするか。そう遠くない場所だから、馬車は置いて歩いていくとしよう。あと水をもう一杯くれ」


 それからゆっくりとした朝食をとった俺たちは、宿屋で支払いを済ませてから外に出た。

 エドワードに道案内を頼み、大通りから裏路地を進んでいく。馬車が一台通れそうなぐらいの広さの道は建物の陰で暗く、少しひんやりとした空気だった。


「……あれ? あそこに人だかりができてますね」


 ファティナが指差した先には大勢の人が集まっており、狭い道を完全に塞いでしまっていた。人々は話しながら何かを見ているようだった。


「一体何でしょうか。見てみますか?」


「どのみちここを通らないと、店まで大きく迂回することになるからな。どうせ喧嘩か何かだろう」


 エドワードが面倒くさそうに言い、再び歩き出した。そして、人垣の所までやって来たところで、段々とその様子が露わになってくる。


 ──辺りを囲むようにして立つクレティア兵たち。所々壊れた石畳の上にばらまかれた、夥しい赤色。倒れた人間。そして、あちこちが失われた何か。

 思わず目を背けたくなるような光景が、そこにはあった。


「っ!!」


 隣にいたファティナが口元に手を当てながら、目を見開いた。


「チッ、こいつは酷いな……」


 エドワードも顔をしかめ、嫌そうな顔をしている。


「えっ? 一体何があるのですか?」


 メルも同じように様子を見ようとするが、身長が低いので、その場で背伸びをしたり、位置を変えたりし始めた。


「見るな!!」


 咄嗟にメルを抱きしめるようにして視界を覆う。これを見せる訳にはいかない。


「ひゃっ! あ、あの……」


 急なことでメルは気が動転しているようだが、今はそれどころではなかった。あんなものを目にすれば、メルの気持ちがより悪い方に傾くのは明らかだったからだ。


「とにかくこっちの道は使えん。遠回りするぞ」


 エドワードが振り返る。俺は訳が分からない様子でいるメルの手を引いて、その後に続く。ファティナも何も言わなかった。

 それにしても、今のは何だったのだろうか。

 メティスの町はお世辞にも治安が良いようには見えないが、それでも殺人事件が発生するのが日常的だとは思わない。しかも、うち一人はただの殺人ではなく、とてつもない力で粉砕されたような姿になっていた。


 別に今更怖気づいた訳ではなかった。そういった感情は、とうにどこかに消えてしまっている。


 ただ──俺の知らないところで、何かが動いている。

 漠然と、そんな予感がしていた。


「やあどうも。昨日ぶりだね」


 少し道を戻ったところで、前から歩いてきた人物に声を掛けられる。

 短い金髪に、切れ長の目の青年。白シャツの袖を捲っているその姿は、昨日訪れたメティスの冒険者ギルドで受付をしていたディルだった。


「あっ……おはようございます。ディルさん」


 ファティナが少し驚いた様子で挨拶をする。こんな場所でギルドの職員と出会うのは意外だったからだろう。


「おはよう。メティスはどうかな? 気に入ってもらえると嬉しいね。あ、Cランクの依頼も大分溜まってしまっているから、できたらいくつかこなしてもらえるとありがたいな」


「は、はい。分かりました。えっと、この先は事件があって通れないですよ」


「ああ、知ってるよ。だって、僕は現場を見に来たんだからね」


 ディルは微笑を浮かべながら答える。決して穏やかな話ではないというのに、なぜかその表情に余裕を感じるのは気のせいだろうか。


「えっ? どうしてですか?」


「ついさっき、ギルドに兵士さんたちがやってきてね。どうやら被害者が冒険者らしいという話だから、確認して欲しいと頼まれたんだ」


「冒険者がやられたのか?」


 思わず口を挟む。ほんの僅かな時間だったが、確かに被害者の一人は鎧を着ていたようにも見えた。


「そうみたいだね。聞いた話だと、彼らは自分たちのことをAランク冒険者だと名乗っていたそうだ。まあ、実際のところはどうか分からないけどね」


 ディルは顎に手を当てながら、何事かを考え込んでいるかのような仕草をした。


「今回の件、どうやらバルザークたちが絡んでいるらしいんだ。それで僕の所にも話が来た……というわけだね」


 ここにきて、意外な名前がディルの口から出た。


「バルザークが? 一体どういうことなんだ?」


「昨日の深夜、あの冒険者たちが酒場でバルザークのパーティに暴行を受けていたという話があってね。その後に事件が起こったようだから、関連があると思われているみたいだよ」


 遺体の中には粉々になったものもあった。あれをバルザークがやったとするならば、とてつもない力だ。


「もし犯人がバルザークだとしたら、ギルドの沽券(こけん)に関わる問題になる。メティスだけでは解決出来ないから、ギルドの本部とも話をしなければいけなくなるし」


 なんとも残念そうにディルが言った。Sランク冒険者が人殺しになったという話になれば、ギルドとしても最早傍観はしていられないだろう。


「それで、バルザークたちは今どこに?」


「目撃情報もないし、町の中にはいないみたいだね。ますます怪しいけれど、ギルドでも行方を捜すことにしていて──」


「おーい、ディルさん! 早く来てくれ!」


 道の奥から声が聞こえて来た。振り向くと、数人の兵士がこちらに向かって手を大きく振っていた。


「おっと、僕はもう行かないと。それではまた」


「ああ。話し込んですまなかった」


「いや、構わないよ。忙しいのは────慣れているからね」


 再びにこりと笑い、ディルは兵士たちの方へと歩いていく。人垣の中に入って行くと、やがてその姿はすっかり見えなくなった。


「ディルさん、大変そうですね」


 俺に向かってファティナが呟く。冒険者で、しかもSランクが絡んでいる事件ともなれば職員が駆り出されるのも無理はないだろう。

 ともかく、会話は終わったので今度こそ予定通り店に向かうことにする。


「……?」


 だが、エドワードは足を止め人垣の方を見つめたままだった。


「エドワード? どうかしたのか?」


「……いや、何でもない。とっとと店に行くぞ」


 エドワードはようやく歩き出したが、その表情はいつになく硬くなっているかのように見えた。

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