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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第八十四話 遠くの町の酒場にて

【注意】人によると思いますが、気分が良くない時や食事中はこの話は見ないことをおすすめします。

 暗い夜のメティス。賑わいを見せる酒場の中で、少女は一人で四人掛けのテーブルに着いていた。茶色のエプロンドレスに分厚い革のブーツといういかにも村娘らしい服装の少女は、頭の上から生えている獣耳を時折動かしながら、何かを待っている様子だった。年の頃は十四、五といったところだろうか。肩にかからない程度に切り揃えられた柔らかそうな茶色い髪が、少し子供っぽくも感じられる。まだあどけなさの残る顔立ちに、黄玉色の大きな瞳が光っていた。


「はいよ、お待ちどうさま」


 カウンターの裏から出てきた中年の男が料理をテーブルの上に並べると、獣人の少女は目を輝かせた。置かれているのは、メティスでよく食べられている獣肉入りの辛みの効いた赤いスープ、食べやすいように切り分けられた温かいパン、野菜のソテーだった。


「今日は少しだけオマケしておいたからね。お嬢ちゃん可愛いし、最近しょっちゅうウチに足を運んでくれるから」


 男が言ったとおり、以前少女が同じメニューを頼んだ時よりも、肉の量も、パンの枚数も多い。


「わぁ、ありがとうございますっ!」


 少女は屈託のない笑顔を男に見せる。男も人の良さそうな笑みを返した。


「お嬢ちゃんは、最近メティスにやって来たのかい?」


「はいっ。まだひと月くらいですけど、とっても気に入ってます!」


「ハハハ! それは何よりだ。この町は他と比べれば少々華やかさに欠けるけど、どんな人間でも受け入れてくれるからねぇ。 ……ところで、お嬢ちゃんはどんな仕事をしているんだい?」


 この少女が店にやってくるのは、決まって夜が更けてからだった。日暮れはとうに過ぎている時刻なので、男は気になっていた。風体からして冒険者ではないだろう。仮にそうだとして、メティスの近くでは最近ドレイクが群がっている。簡単な仕事をこなすにしても、運悪く遭遇してしまった場合にこの少女にその場から逃げられるだけの能力があるとは到底考えられないだろう。


「お仕事ですか? それは、えっと……」


 急に恥ずかしそうに頬を赤らめた少女を見て、男の鼻息が荒くなった。先程とは違い、何やら満足げな顔をしている。まるで、予想していたとおりの答えだったとでも言いたげだ。


「おう! 邪魔するぜ!」


 入口の方から大きな声が聞こえてきた。入って来たのは、三人組の男たち。鋼色の全身鎧を着込んだ男が一人、革製の胸当てなどの軽装の男が二人。いずれも体格が良く、冒険者か、そうでなければ何らかと戦う職に就く者であることは容易に想像できた。

 男たちは空いているテーブルの椅子に乱暴に腰を下ろすと、店員を呼びつけた。その仕草一つで、いかにも礼儀に欠ける荒くれものだと分かる。


「い、いらっしゃいませ……」


「酒だ。特別上等なヤツを頼むぜ。あとは何かつまみになるような物も持ってこい」


「は、はい……少々お待ちを」


 中年の男は先程までとは打って変わって弱気な声を発すると、早足でカウンターの後ろの棚から酒瓶とジョッキを手に取り、席に持っていった。三人はすぐに酒を注いで一気に飲み干すと、大声で談笑を始めた。


「ふう……やれやれ」


 中年の男は、カウンターの後ろにある調理場に入って店員に指示を出す。それから再び戻ると、黙々と食事を続けている獣人の少女の姿を見ながら舌打ちをした。

 彼らのようなごろつきが店にやってくることは、メティスでは特段珍しいことではない。先程男が少女に説明したように、この町は誰でも受け入れる。クレティア王国の中でもさほど重要な場所でもなく、兵士もいるにはいるが、彼らがまともに仕事をしている姿を男は見たことがない。それどころか、事件が起きても何事もなかったかのように通り過ぎる始末だ。治安が悪くなるのは仕方のないことだろう。


 獣人の少女は、丁寧にゆっくりと、匙で音を立てずにスープを飲んでいる。よほど美味しいのか、口に含むたびに顔を綻ばせていた。

 ほどなくして、三人の席に料理が運ばれてくると、彼らはそれをつまみに酒を飲んだ。店の男は、彼らが揉め事を起こさずに帰るのをただひたすらに待つことにした。

 ところが、それからいくらか経った時のことだった。男たちは急に顔を近付けて何やら小声で囁き合うと、ジョッキを手に持ったまま席を立った。そして、獣人の少女の座る席を取り囲むようにして椅子に腰掛けた。


「お嬢ちゃん。少しばかり俺達と話そうぜ」


「えっ?」


 急に男性に囲まれたからか、少女は変な声を上げた。それから食事をする手を止め、怯えた目で男たちを見つめた。


「い、いえ……あの、私は別に……」


「へへへ! まあそう言うなよ!」


 鎧を着た男に腕を掴まれ、少女は苦しげな表情を浮かべる。


「こ、困りますっ……やめてください……」


「そんなに怯えるなよ。俺達はちょっと話そうって言っただけだぜ? Aランクの冒険者と話せる機会なんて、そうそうないんだから光栄に思って欲しいんだよな」


「そうそう。こっちは今日もダンジョンから帰ってきて、疲れが溜まってるんだからよ」


「俺達が危険なモンスターを倒しているおかげでこの町も守られてるんだからよ。日頃の感謝を込めて、お礼をするのが筋ってモンだろ?」


「や、やめてください……だれか……」


 獣人の少女は震えながら、助けを求めるようにして静寂に包まれた酒場の中を見回す。

 だが、客たちは彼女がまるで存在していないかのように酒を飲み続けた。店員の男も、調理場の奥に引っ込んで、見て見ぬふりをした。


 Aランク冒険者といえば、最近メティスを悩ませているドレイクを退治できる実力を持った数少ない人間だ。ここにいる町人では敵わないのは勿論だが、気分を害して町から出て行かれるのも困る。町を守るためには、多少の理不尽には目を瞑らなければならない。そう思うからこそ、誰もが口を閉ざしてしまった。


「さて、ここじゃ何だから別の場所に行くとするか!」


「い、いやっ……!」


 少女の腕を掴んだまま、男が椅子から立ち上がる。少女は抵抗できず、一緒に席を立たされる。


 ──その時。


 急に男が寒気を感じた。正体不明の恐怖……根源はすぐ目の前にあった。


 いつの間に酒場に入って来たのか、恐ろしく大きな体の男が冒険者を睨みつけていた。白い髪に髭、分厚く真っ黒な全身鎧を纏っている初老の男だった。男の後ろには、緑色の竜鱗の鎧を着て、槍を担いだ男。加えて、真紅の外套のフードをすっぽりと被った男が立っている。


「あ……ああ……」


 これまで経験したことのない圧倒的な威圧感に、男の身体が震えた。


 ──今動けば、自分はここで死ぬ。


 男の手から自然と力が抜けて、隣に立っていた少女の腕から手を離していた。少女もただ、現れた男の顔を見上げているばかりだ。


「バルザークだ……」


 静まり返った酒場の中で、客の一人が言った。その途端、全員の顔が青ざめる。


 ──あれが、Sランク冒険者のバルザーク……。


 直後、立っていた男の鳩尾にバルザークの拳が放たれた。男の身体が宙に浮く。鎧はガントレットの形に大きくへこみをつくった。


「おええええっ!!」


 冒険者の男は、それまで彼が飲み食いしていたであろう物を盛大に吐き出しながら倒れ、呻き声を上げる。酒場の床に嘔吐物が撒き散らされた。

 たった一撃で、しかも武器も持っていない相手に、Aランク冒険者が倒された。


「う……あ……」


 残りの二人が椅子から立ち上がる。血の気の失せた顔。心が完全に恐怖に支配されてしまったことが窺える。


「よぉ、力ずくで女を攫うのは立派な犯罪だぜ。こりゃあ同じ冒険者としてギルドに報告しねえといけないよな」


 竜鱗鎧の男が、担いでいた槍の先を片方の男の首元に突き付けながら笑う。あまりの速さに、突き付けられた本人ですら、一体いつ槍を動かしたのか視認できないほどだった。


「た、助けてくれ……頼む……」


「いやいや、俺たちも事を荒立てようってわけじゃないんだよ。ああそうだ。ところで、ちょっと金貸してくれないかね?」


 男たちは頭を必死に縦に振り、懐から膨らんだ革袋を取り出して、差し出した。


「おお、悪いねぇ。なに心配するな。今度会った時に返すからさ。それじゃ、ここでは何も起こらなかったというわけで」


 受け取った革袋を開けると、沢山の金貨や銀貨、宝石の類が入っていた。男は槍を手元に戻すと、中を手でかき混ぜながら品定めを始めた。

 酒場の客たちは目の前の光景にただ唖然としていた。ただ、事の成り行きを見守ることしかできない。自分たちも裁かれる側の立場にいるのだ。


「それにしても、アンタたち災難だったな。まさかこんな女に手を出しちまうなんてよ」


「……え?」


 言っている意味がよく分からず、二人は互いに顔を見合わせる。


「なぁ、イオ?」


「にゃ?」


 それまで冒険者たちにされるがままだった猫人族の少女が、不思議そうに首をかしげた。


「まさか……ゆ、弓使いの……イオ……」


 ようやく彼女の正体に気付いたのか、男の一人が少女の顔を見て──


「──ッ!!」


 声にならない声を上げた。

 これまで怯えきっていたはずの少女が、男を見ながら嗤っていたのだ。大きく、口端を吊り上げるようにして……。

 獲物、という言葉が男たちの脳裏に浮かんだ。

 自分たちは罠にかかったのだ。この悪党たちの……。


「ライルの言ってること、よく分かんないなぁ」


「まあいいけどよ……うん? これは首飾りか?」


 ライルと呼ばれた槍の男が、革袋から首飾りを取り出した。それが女物であることを、イオは見逃さなかった。

 イオは男たちの前まで歩き、それからにこりと微笑んだ。


「ご飯は、残さず食べなきゃね」


 少女が汚れた床を指差すと、酒場は絶望に包まれた。

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