第八十話 炎熱回廊の状況
「あのう……その火吹きドレイクというのは、いったいどんなモンスターなんですか?」
ファティナが質問する。ドレイクについて名前自体を聞いたことがなかったのだろう。
「ドレイクというのはAランク指定のモンスターで、簡単に説明すると小さくて弱いドラゴンだね。いるところにはいる……という感じかな。このギルドでも、結構な量の素材を冒険者さん達から買い取っているよ。ああ、ちなみに僕も生きて動いてるやつにはまだお目にかかった事がないんだけどね」
ディルは穏やかな口調で説明した。
「なるほど……」
説明に対してファティナは納得したらしく、うなずいてみせた。ドレイクの強さと外見について、大体想像できたようだ。
今の話が本当なら、メティスのダンジョンに入るためにはAランク相当の実力を持っていることが前提となるだろう。俺達がCランクだと告げた際の彼の反応や、門番の兵士達がわざわざ忠告してきた理由も理解できる。
そもそも、ドラゴンやドレイクが人里の近くに現れることは滅多にない。彼らは高い山の上や森の奥に巣を作り、その近くで狩りをするからだ。だからあえて巣に出向かなければ遭遇することもない。
例外的に、彼らの中でも何千年もの時を生きたものは人が住まなくなった古い遺跡などを住処とするらしい。一緒くたにしてはいけないのだろうが、緑翠の迷宮の最下層にいたドラゴンもこれに近いと言える。
メティスのダンジョンは他と一味違う──そうディルが答えたのは、こうした事情からだろう。入り口からAランクモンスター達が出迎えるダンジョンなど、生還できる冒険者は早々いない。
「ところで、アークさん達はどこからやって来たのかな? メティスの近くではないみたいだけど」
「ああ、トラスヴェルムからだ。ここには今さっき着いた」
そう答えると、ディルは「へえ!」と言ってとても驚いた。
「それは長旅だったね。この町の宿屋は、冒険者さんなら割引を受けられるようギルドが協力しているんだ。格安で利用できるから、少しでも依頼をこなしてくれると助かるよ……ああ、ダンジョンには行かない方がいいけどね」
「メティスのダンジョンは、以前からずっとこの調子なのか?」
「いいや。この地方には昔から火属性のモンスターが多く棲みついていて、火吹きドレイクもその内の一種なんだけど、ダンジョン付近に頻繁に現れるになったのは最近だね。狂暴で、うっかり縄張りに入ると火を吐いてくるから危険なんだ。だから行くのは止めておいたほうがいいよ」
「それでも構わない。ダンジョンの入口について、詳しい場所を教えてほしい」
「うーん……」
入口について尋ねるが、ディルは眉をひそめ、顎に手を当てた。
「ギルド職員としての立場から言わせてもらうと、Cランクの冒険者さんをあのダンジョンに放り込むような真似はちょっとできないかな。さっきも言ったけど、ドレイクはAランクのモンスターだからね。運良く勝てるような相手でもないし、対等に渡り合うならレベルは最低でも50は必要だよ」
ディルは情報を出すのを渋っている様子だ。俺達が既に二つのダンジョンを攻略していることを伝えたほうが良いだろう。それか、諦めて別の人間から聞いたほうが早いかもしれない。
「──むしろ逆です。今の話を聞いて、極力近付かないようしたいと思いました。ですので、正確な場所を教えてもらえませんか?」
そんな風に思案していたところで、メルが口を挟んだ。するとディルは、「ああ!」と合点がいった様子でぽんと手を打った。
「確かに場所を知らなければ避けようがないよね。それじゃあ説明しよう」
メルの言葉に、ディルは再び笑顔になった。それから彼は丸められた紙をカウンターの下から取り出して広げた。メティスを中心とした周辺の地図だ。地図の北東方向には俺達が通ってきた大きな森と地の裂け目が、北には連なった山々が描かれている。
「この町から北に少し行った所にあるゼバルト火山は、この地方における信仰の対象みたいなものでね。ダンジョンもこの火山に存在するんだ。入り口はここから山道を歩いて二時間ほどの場所だよ」
ディルは、地図の北に位置するゼバルトと書かれた山の絵を指差した。彼の説明通りならば、ダンジョンはそれほど遠くはないようだ。
前に攻略した流水洞穴はトラスヴェルムから随分と離れていたので、チェスターがいなければ移動するだけでも一苦労だった。それに比べれば今回は特に問題なさそうな距離だ。
それにしても、炎熱回廊と呼ばれるぐらいなので火にまつわるダンジョンだと予想はしていたが、まさか火山の中にあるとは思わなかった。
「入口を見つけても入ってはいけないよ。【水属性魔術】スキルがある魔術師か、アイテムが必要になるからね」
彼の言う通り、中を自由に歩き回るためには相応の準備が必要となるだろう。
「ありがとうございます。この近くは行かないようにします」
「うん。そうした方がいいよ。でも、いずれは手伝ってもらう日が来るかもしれない。モンスターは放っておくと次々に増えるからね。町が襲われたら大変だ」
そこまで話して、ディルは残念そうな顔をする。ギルドの職員であれば、こういった情報は嫌でも耳に入るのだろう。
これまでの状況から考えると、この周辺もダンジョンが原因となり、モンスターの動きが活発になっているようだ。
ダンジョンに関する情報は得ることができた。
だが、問題はもう一つある。
俺はそちらについても確認することにした。
「それともう一つ聞きたい。この町にはバルザークという冒険者とその仲間達が訪れているはずだ。何か知っていることがあれば教えてほしい」
そう声に出した途端、ギルド内の空気が変わった。
辺りにいた冒険者達がにわかにざわめき立つ。
「今の聞いたか? あの冒険者、確かにバルザークと言ったぞ」
「あんな奴のことを聞いて、一体どういうつもりだ」
「恐ろしい……なんと命知らずな」
そこかしこから、不安や困惑、恐怖が入り混じったような声が聞こえてくる。
「……」
ディルは先程とは打って変わって無表情になり、細めた目で俺をじっと見つめる。
それから、「はあ」と息を一つ吐いた。
「本来なら冒険者の情報を勝手に話すことはギルドの規則に違反するわけだけど──まぁ、彼らは色んな意味で有名だし、自業自得だから別に構わないかな」
ディルは自分に言い聞かせるかのように話すと、そこで一旦言葉を切った。
それから続けた。
「確かにこの町には、Sランク冒険者のバルザークのパーティが滞在しているよ。ギルドにも何度かやって来たから、僕も話したことがある。どういう事情かまでは知らないけれど、彼らはこの地のダンジョンを攻略しようとしているみたいだね」
「やはり……」
メルがうつむき呟くと、その様子を見たファティナは不思議そうにしていた。
ファティナは俺やメルと違い、バルザーク達と何ら接点が無い。この戦いに彼女を巻き込んでしまって本当に良いのだろうかとも思う。
「これは事実だから隠さないけれど、バルザーク達は問題ばかり起こしているならず者の集まりだからね。同じSランクでも、人気者で信頼もあるアレンとは正反対の冒険者だよ」
「……そうか」
どうやらアレンが捕まったことはまだメティスの冒険者ギルドには伝わっていないようだ。エドワードの馬車が誰よりも早く着いたせいだろう。
「それにしても、皆が恐れるバルザークのことをこんなに堂々と聞かれるとは思わなかったよ。アークさん達と彼らとの間で一悶着あったのかな?」
「まあ、そんなところだ」
バルザーク達は現在炎熱回廊を攻略中のようだ。メルから事前に聞いていた通り、クレティア国王から依頼を受けて『炎熱の鍵』を探しているのだろう。
今のモンスター達の動きから判断するに、バルザーク達はまだ鍵を見つけていないはず。ならば彼らよりも先に鍵を見つけ、破壊すれば目的は達成できる。
メルの方を見ると、彼女は何も言わずにただうなずいた。俺と同じことを考えていたのかもしれない。
「ありがとう。お陰で色々と分かった」
「冒険者さんを支援するのが僕の仕事だからね。気にしないでよ」
ディルは俺達に笑顔を向けた。
「何かあればいつでも相談に乗るよ。ああそうだ。今日のところは宿屋に泊まって長旅の疲れを癒したらどうかな? 休める時はしっかり休む。それが冒険者として、長生きするコツだよ」