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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第七十七話 追跡者

 食事の後片付けが終わった頃にはすっかり夜も更け、辺りは深い暗闇に包まれていた。


 外にいるのは交代で休みながら見張りをする俺とエドワードのみだ。エドワードについては俺が指名したわけではなく、彼自身が時折馬の様子を見ておく必要があるからと自ら進んで引き受けたのだった。


 エドワードは昼間に馬を操っている分、一番疲労が溜まっているだろうし、何より面倒な仕事を引き受けたがらない性格だと思っていたので、この申し出は少し意外だった。


 メルとファティナは馬車の中で眠っている。

 当初はファティナも見張りに参加すると言っていたのだが、そうしたら今度はメルが一人だけ呑気に休んでいられないと言い始め、結局どうするか決めあぐねていたところ、エドワードが『お嬢様方は見張りよりも先に料理の腕を上げたほうがよろしいかと』と言い放って会話は終わった。


「……」


 座りながら、目の前でゆらゆらと揺れる焚火の炎を見つめる。

 聞こえてくるのは虫達の鳴き声とべた木の枝が時折パチパチとはじける音だけだ。


 こんな夜更けには街道を通る者もいない。俺達と同じように何処かに野営して休んでいることだろう。

 モンスターの中には夜目が利く種族もいる。そういった相手に暗い中で襲撃を受ければ、たとえ冒険者の護衛がいたとしてもどうなるか分からないからだ。前にボルタナからトラスヴェルムに移動した際も、今と同じようにして過ごした。


「交代だ」


 いつの間にか、毛布を掛けて眠っていたエドワードが起きてきていた。気が付かなかったが、見張りを始めてから大分時間が経過していたようだ。


 エドワードは鉄のポットに革袋から水を注ぎ入れ、焚き火の上に固定した。チェスターが荷台に積んでおいてくれた茶を飲んで夜を過ごすのだろう。それから彼は、火を挟んで俺と向かい合うようにして座った。


「お前は何のために冒険者をやっているんだ?」


 火を見つめながら、エドワードはそんなことを尋ねてきた。


「どうしてそんなことを?」

「いや、ただの興味本位だ。俺からしたら冒険者の仕事は危険が多すぎて、好き好んでやるようなものには思えないからな。言いたくないなら無理に答えてもらわなくてもいい」

「俺は強くなりたい。そのために行動している」

「ほう?」


 俺の返答に、エドワードは何とも不思議そうな顔をした。


「強くなる、か。聞いている話ではお前はもう十分強いらしいが、これ以上強くなって、その後はどうするんだ? 何かやりたいことでもあるのか?」

「その時は、更に強くなる方法を見つける」

「そいつは終わりの見えない話だな」


 エドワードはあまり納得していない様子だった。

 確かに彼の言う通り、最強を目指すというのは漠然としていて、これといって定まった目標があるわけでもない。それとは別で、多くの人を巻き込んでいる鍵の一件についても解決しなければならないとは思っているが。


 ふと、夕食の時にエドワードが話した夢のことを思い出した。


「そういえば、夢は『長生き』だと言っていたが、あれはどういう意味なんだ?」

「どうも何も、そのままの意味だ。人間死んだら終わりだからな。明確で分かり易い目標だろう?」

「だったら、どうして今の仕事に就こうと思ったんだ?」

「単純に父親が御者だったからそれを継いだだけさ。そうして生活するための金を稼いでいる。毎日その繰り返しだ」

「他の仕事をする気はないのか?」


 尋ね返す形となったところでエドワードは沈黙し、少ししてから再び口を開いた。


「他の仕事……か。考えたこともあったがね。結局行動に移すことはしなかった。それで気付けばこの歳だ。クラウ商会は十分な報酬を支払ってくれるから金には困ってないし、競争相手だったウィオル商会も今回の件で下手を打って消えた。当分は仕事にあぶれることはないだろうな」


 確かに、大きな商売敵が消えた今となってはクラウ商会では御者の仕事が減ることはないだろう。多くの品を遠くまで届けるにはどうしても馬車による運搬が必要だ。【転移魔術】は色々と制限が多く、そもそもスキルを持つ人間がほぼいないため、普及するようには思えない。


「さて、付き合わせて悪かったな。交代まで眠るといい」


 エドワードは話を切り上げると、それきり何も言わなくなった。

 まだ何か言いたいことがあるのではないかと感じたが、気のせいだったかもしれない。


***


 馬車で移動を開始してから、五日が経過した。


 ここまでで特に大きな問題は発生していない。食事についてはエドワードが作り、それを見ながらメルとファティナが少しずつ覚えていって、徐々に改善され始めた。二人は今では簡単なスープならきちんと人数分を正しく(かつ十分食べられる味で)作れるようになっている。


 街道の旅ももう距離的には半分以上過ぎていて、至って順調だ。相変わらずエドワードの駆る馬達は毎日元気で、速度も落ちていない。もう少ししたら、長かった森林地帯を抜けられるだろう。


「それにしても、モンスターが全然出てこないですね? もうトラスヴェルムからは大分離れていると思うんですけど」

「そうですね。少しぐらい出てもおかしくはないのですが……流水洞穴の守護者を倒した影響でしょうか?」


 馬車の中で、ファティナとメルがそんな話をしていた。


 緑翠の迷宮を攻略した時、ボルタナ周辺のモンスター達は急激に減った。流水洞穴を攻略したことで同じような現象が発生した可能性はあるが、今俺達がいる場所はどちらかといえばメティスに近い。そろそろモンスターが現れてもおかしくはない。


「噂をすれば何とやら、だな。仕事だぞ」


 突然、エドワードがそんなことを言った。

 険しい表情になった二人と一緒に御者台の方から頭を出す。


 視界に映ったのは、宙を自由に舞う馬車よりも大きな獣だった。


 その姿は、上半身は鷲のようで、巨大な翼を持っていた。

 前足までは鳥類のそれなのに、下半身は獅子のようだ。


 ドラゴンと同じぐらい有名で、誰でも知っている。

 冒険者ギルドでAランクとして指定されているモンスター、グリフォンだった。


 グリフォンは空中を自在に飛び回り、大きな嘴と鉤爪で人を襲う危険なモンスターだ。空を飛ぶ速さはドラゴン並であり、魔術もなかなか当たらない。弓を扱える冒険者であれば有利に戦えると聞く。単純にステータスを比較するだけなら十分撃退できるとは思うが、常に空にいるため戦いにくい相手だ。


 グリフォンは前後の足を動かしながら空を駆け、馬車の上で旋回を繰り返している。いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない状態だ。


「それじゃ、さっさと追っ払って……ん?」


 ところが、グリフォンは急に馬車から離れて街道横に広がる森の中へと入り、そのままどこかに去ってしまった。


 明らかにこちらに気付いていたはずなのだが……。


「あれ? いなくなってしまいましたけど」


 三人で顔を見合わせる。

 なぜ俺達という獲物を放り出してグリフォンが消えたのか、よく分からなかったからだ。


 ──だが、それから程なくて疑問は解消されることになった。


「な……」


 再度空中に現れたグリフォンを見ながら、メルが絶句していた。


 グリフォンの前足には()()()()()()()()()()()()()()()()()


 グリフォンの足に掴まっていたそれは、俺達の馬車から少し離れた前方に着地する。その直後、馬車が今までになく大きく揺れた。


 落ちてきたのは、巨大で真っ黒い狼のようなモンスターだ。四つ足で立つ姿は馬車と同じぐらいの高さがあり、大きな瞳は真紅に輝いている。

 モンスターが別のモンスターを運ぶなどという話はこれまで聞いたことがない。その姿は、まるで互いに協力し合っているかのようだ。しかし、グリフォンとこのモンスターにそんな感覚を共有できる何かがあるように思えない。


『ヴォオオオオオオ!!』


 地上に降りた黒いモンスターは恐ろしい咆哮とともに正面から俺達の乗る馬車に向けて突進してくる。その速度は、かつて戦ったシャドウキメラよりも更に速い。


 奴は一気に走り寄り、こちらとの距離を縮めると突然飛びかかってきた。一撃喰らえば馬車はバラバラに砕けてしまうだろう。


「《デス》!!」


 御者台に立ち、正体不明のモンスターを『クアドラプル』を乗せた《デス》で迎え撃つ。

 しかし、《デス》は頭部に直撃したところで前面に発生した紫色の障壁に阻まれ、消滅した。魔術防御だ。


 そして次の瞬間、馬車の前方を包み込むように黒い瘴気が発生し、攻撃を弾いた。『ミアズマウェイブ』の能力が発動したのだ。


『ヴォアッ!!』


 瘴気の壁にぶつかり、モンスターの巨体が弾き飛ばされた。

 モンスターは一旦距離を取るようにして街道の上に佇んでいたが、やがて俺達を追って走り始めた。頭上では、今もグリフォンが飛び回っている。

 このままでは、またすぐに追いつかれてしまうだろう。馬車を止めて戦うべきかもしれない。


「……?」


 僅かに体から力が抜けた感じがした。ステータスを確認すると、魔力が800減っていた。守護者と化したアレンの攻撃を受けた時に減った魔力から考えれば、地上をうろつくモンスターとしては異常すぎる攻撃力だ。


「こいつはとんでもないのが出てきたな」


 こんな状況だというのに、エドワードは至って冷静に言った。彼は動揺することなく、今もしっかりと手綱を握っている。


 それからすぐに、馬車は道から外れて森の中を走り始めた。

 馬車は立ち並ぶ木々の間をすり抜けるようにして、道なき道を巧みに疾走する。信じられない芸当だ。


「す、すごいです! これならあの大きなモンスターも追って来れません!」


 ファティナが言うように、森の中ならあのモンスターの大きさでは上手く走れないだろう。空にいるグリフォンも俺達に上空から奇襲を掛けることができなくなる。


「アーク、奴を倒す手立ては何かあるか?」


 魔術防御があるとなれば、俺が使える手段は今のところ即死魔術の《ルイン》のみだ。逆に言えば、《ルイン》さえ通せれば即死させることができる。


「ああ。少し時間がかかるが、俺の魔術が当たれば倒せる」

「そうか、ならこのまま走るぞ。次に街道に出たところで一気に仕留めてくれ」

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