第七話 これからのこと
「やったぜ! 助かったぞっ!」
先程までの表情から打って変わって、盗賊の男が喜んでいた。
「本当に倒したというのか!? あのスケルトンを!」
「た、助かった……」
四人組の方の冒険者達がその場にへなへなと座り込んだ。
スケルトンオーガが倒れたことで、緊張が解けたのだろう。
「それにしてもアンタすげぇじゃねえか! まあ、良く考えたらよほど強くなけりゃこんなモンスターがうろつく場所を一人で進んでこれるわけないしな!」
「その前にとりあえず回復を優先するぞ。そこに寝かせてくれ。治癒魔術を頼む」
鎧の男が盗賊に言い、他の冒険者達と一緒に肩を借りてかろうじて歩いていた男を地面に寝かせた。そこへ、神官の女性が近づいていく。
「かの者の傷を癒したまえ――《キュア》」
彼女の手のひらから白く温かな光が放たれると、寝ている男の身体のあちこちにあった傷がみるみるうちに塞がっていき、今まで悪かった顔色はすっかり生気を取り戻した。
「助かった! 途中で魔力が底を尽きていたんだ。ありがとう」
四人の冒険者のうちの一人、神官の女性と同じような白いローブの男が頭を下げながら礼を言う。
「なに、困ったときはお互い様だ。それに彼がいなければ俺達もやられていた」
鎧の男が俺の方を向いて言った。
だが俺は自分のために戦っただけだ。
「貴方にも本当に感謝している。我々が連れてきてしまったスケルトンをよく倒してくれた!」
「いや、気にしないで欲しい」
俺としては思わぬところで新しい能力を得ることができたので、むしろ助かったのはこちらの方だ。
更に即死魔術がアンデッドにも効くという事実も手に入った。
今のところ、即死魔術は全ての対象に効果を発揮している。
ただしスキルレベルの問題か、それとも耐性の問題か、効きづらい相手がいるということも分かった。
そういった相手には今回取得した『クアドラプル』を使用することになるだろう。
「それにしても、上層にスケルトンが現れるとはな」
「ああ、ここ最近そういう話が多いと聞いてはいたんだが、油断していた。すまない」
四人組のパーティの一人、革と金属を組み合わせた軽鎧を身につけて、片手斧を腰にぶら下げた男がそう言って申し訳なさそうな顔をした。このパーティのリーダーだろうか。
「これは冒険者ギルドに報告しておくべきだろうな。場合によっては国から討伐依頼がかかるだろう」
鎧の男が顎に手を当てながら言う。
「中層のモンスターが上層まで来るのはよくあることなのか?」
俺が尋ねると、鎧の男が頷いた。
「ああ、ダンジョンではある程度モンスターのランクによって行動範囲が決まっているんだが、たまにそれを越えて移動するヤツが現れる場合があるんだ」
つまり、油断していると強敵に出会う可能性もあるわけか。
そういう話は聞いたことがなかったな。
「とはいえ、それほどよくあるものじゃない。だが、最近は異様に多いと冒険者の間でも噂になっている。何か悪い前兆でなければいいんだが……」
「なあ、ちょっといいか?」
盗賊が地面に落ちているスケルトンオーガの骨を見ながら声を掛けてきた。
「このオーガの骨、重いだろ? 俺も持っていくから少しぐらい分けてくれよ」
「やれやれ……危機が去ったらすぐにこれか」
盗賊の言葉に、鎧の男が大きな溜息を吐いた。
「だが確かにこれだけのオーガの骨、しかもアンデッド化して魔力を帯びているものであればかなりの金になるだろうな」
男の言葉を聞いて、俺は提案をすることにした。
「もしよかったら、持っていってくれても構わない」
「ん? いいのか?」
「その代わり、すまないが今日見たことは他の人間にはあまり話さないで欲しい」
「……そうか。命の恩人の頼みだ。スケルトンがダンジョンの上層にいた事は冒険者ギルドに報告しておくが、俺達が協力して倒したということにでもしておくさ」
「そうしてもらえると助かる」
全員が晴れやかな顔で頷いてくれた。
俺はスケルトンオーガの骨に向けて手をかざし、『死者の棺』に収納する。
「うおっ!? 骨が消えやがった!?」
「街に着いたら渡すから安心してくれ」
「そ、そうか……すげえ魔術師なんだな、アンタ」
そうして俺は冒険者達と一緒にダンジョン上層からボルタナの町へと帰還した。
体の休息も必要だが、これからのことについて考えをまとめなければならなかったからだ。
町に入る前に『死者の棺』からオーガの骨を取り出す。
そして、冒険者達と分けた。
「念のため言っておくが、一人で行動するのなら魔術師だと分かるように外套の一つでも買っておいたほうがいいぞ。その服装ではまるで冒険者には見えないからな。それじゃ、この借りはいつか必ず返すからな」
鎧の男が俺に向かってそれだけ言い放ち、他の冒険者達と去っていった。
言われてみるとその通りかもしれない。
例えば神官であれば、形式的なものとはいえ白いローブを纏っているということが分かり易い目印になっているとも言える。
今の服装のままでダンジョンに潜った場合、逆に注目されてしまうだろう。
明日はダンジョンで得た素材を買い取ってくれる店を探しながら、装備を整えることにしよう。
冒険者達と別れた俺は、町の裏通りに建っているあまり人目につかない宿屋で部屋を借りた。
ベッドに身を預け、慌ただしかった一日を振り返る。
今日は本当に色々なことがあった。
冒険者ギルドでの騒動、戦闘、そしてスキルのレベルアップ。
スケルトンオーガを倒したことでステータスは上がったが、まだSランク冒険者達には及ばないだろう。
今は着実にレベルを上げていくしか方法がない。
スケルトンオーガを倒したことで、スキルのレベルは25に上がった。
使用できるポイントは5ポイントだ。
すぐにポイントを割り振りたい衝動に駆られるが、後から別の能力が必要となった時にポイントが足りなくなってしまう可能性もある。
その場合はレベルを更に上げる必要があるが……。
(しかし、どうしようもない問題があるな)
これ以上レベルを上げるためには問題があった。
それは、一人でダンジョンをうろつくと不審に思われやすいということだ。
冒険者はそれぞれがスキルという強みを持つ都合上、パーティを組んで互いに助け合うのが普通だ。
ここボルタナにはたくさんの冒険者が集まっている。
だから、今後も今日と同じように別の冒険者パーティと鉢合わせしてしまう可能性がある。
そうなるとレベル上げに支障をきたす可能性がある。
だが俺はパーティが組めない。
つまりこの問題を根本的に解決することは難しい。
ではどうするのが簡単か。
(たとえば、人々が寝静まった夜に行動するというのは良いかもしれないな)
夜はモンスター達の行動が活発になる時間帯でもある。
そのため、あえてその時間に出歩く人間はほとんどいないはず。
俺にとってはそちらのほうがむしろ都合がいい。
(よし、次にすべきことは大体決まったな)
明日は町の店を回って装備を整え、夜まで待つことにしよう。
瞼を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。
予想以上に疲れが溜まっていたようだ。
明日に備え、俺はゆっくりと休むことにした。