第六十九話 過去回想:アレンとエリス その2
冒険者パーティと一緒に移動を開始して二日が経ち、アレンとエリスは危なげなく町に到着した。
この冒険者パーティは全員Cランクで、髭面の男がリーダーだった。
彼らは道中で、冒険者ギルドでの登録と能力鑑定のことから、冒険者として暮らすうえでの基本的な生活の流れや心構えなど様々なことを二人に教えた。
冒険者としての知識はおろか、外の世界を何も知らないアレン達は、彼らの話を真面目に聞いた。エリスは思っていた以上にやることが多くて大変そうだと感じた。アレンは別段何も言わなかった。
町の中は多くの人々で賑わっていて、二人が暮らしていた村よりもずっと活気があった。
ずらりと規則正しく立ち並んだ建物や、村では見かけないような様々な身なりの人々をエリスは興味深そうに眺めた。
しばらく歩いて、町の大通りに面した一際大きな建物の前までやって来ると冒険者達が立ち止まった。
「さて、着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ。俺達も依頼完了の報告をするから、受付までは一緒に行こう。能力鑑定の時には驚かれるかもしれないが……気にする必要はない。鑑定結果に一喜一憂するのは冒険者ならば誰もが通る道だからな」
「そうなんですか?」
「今後の冒険者としての身の振り方は、能力鑑定で決まると言っても過言ではないからだ。まあ、お前達についてはその点を気にする必要はないだろう。さあ、入ろうか」
パーティリーダーの男に言われて、二人は初めて冒険者ギルドの建物へと足を踏み入れた。
建物の中に入ると、そこには沢山の冒険者がいた。受付の前にできた長い列に並ぶ者、依頼の貼られた掲示板をじっくりと見る者、仲間と談笑する者など様々だった。
エリスは今まで感じたことのない熱気にあてられて、自分がひどく場違いな所に来てしまったような気がした。
それから全員で受付待ちの列に並んだ。
冒険者パーティが先に並び、順番が回ってきたところで村長ガランが渡した書類を職員に渡した。中身を職員が読み終わり、男は代わりに差し出された銀貨の入った革袋を受け取った。
パーティリーダーの男は二人の肩を叩くと、仲間達と一緒に壁の近くまで移動してこちらを見ていた。
「次の方、どうぞ」
二人の番が回ってきて、アレンとエリスは一緒に受付の前まで歩いていく。
「冒険者登録をお願いします。名前はアレンです」
「おや、新人さんか……良い面構えだな。それじゃあ早速だが、そこの水晶に手をかざしてみてくれ」
アレンが職員の男に言われた通り水晶に手をかざすと、置かれていた紙に文字が記された。
職員の男はそれを眺め──
「レッ……レベル上限90!? スキルが三つだって!!」
大声で叫んだ。ギルド中の冒険者達もその声に驚いて、アレン達を見た。
「君のスキルは【上級剣士】、【風属性魔術】、【攻撃力補正】だ!」
アレンの能力は、魔術師の男に言われていた通りの内容だった。
次にエリスが冒険者登録をした。
レベル上限80で、スキルは【挑発】、【防御力補正】、【不屈】だった。
英雄クラスの能力を持った者が一度に二人も現れるという現実とは思えないその状況に、冒険者達からは歓声が上がった。
「レベル上限90に80だって!? まるで奇跡みたいな組み合わせだ!」
「レベル上限90なんて初めて見たよ! 神にでも選ばれたのか!?」
「あの子たちは将来きっとすごい冒険者になるぞ!」
喧騒の中、エリスは冒険者登録証を受け取ると、振り返って壁際を見た。
二人を町まで連れてきてくれた冒険者達は、もういなくなっていた。
慌ただしかった冒険者登録を終えてギルドを後にした二人は、大通りを歩いているとそこかしこで彼ら自身の噂話を耳にした。
アレンは何も感じていないのか平然としていたが、エリスは彼にしがみついて歩くのが精一杯だった。
町中で有名になったことで、アレン達には様々な恩恵があった。
装備を見ようと入った鍛冶屋では、高品質な装備を無料で与えられた。
将来英雄になる事を約束された人間が自分達の製作した武具を使っていたとなれば、その店にとって最高の宣伝になるからだった。
二人は今の能力値に見合った最も良い装備をあつらえてもらえた。
それから二人は宿に部屋をとった。食事代も宿代も、すべて無料だった。
エリスは今までとは感触が違う柔らかいベッドに寝そべりながら、自分が夢でも見ているのではないかと思った。そして、これからの生活について考えたりもしたが、アレンと一緒だと思ったら不思議と不安はなかった。
その日は初めての遠出だったこともあり、疲れた彼女はそのまま眠りについた。
◆◆◆
「しばらく様子を見ようと思うんだ」
次の日の朝、宿屋の食堂で朝食のパンを頬張りながらアレンがエリスにそう言った。
「様子って?」
「パーティメンバーについて。できれば僕達と同じように新人がいいな」
「どこかのパーティに入れてもらえないの?」
「……いや、それは僕があまり好きじゃないかな。それにほら、新人同士の方が変に気を使わずにやれると思うんだ」
アレンが言い淀むのは、大抵エリスの事を気にかけている時であることを彼女は知っていた。
アレンは本当は、世の中には善い人間ばかりではないということ、だから新人と組みたいということをエリスに伝えたかった。
だが、それをそのまま口にすることで彼女が不安になるのを良しとしなかったため、言葉を選んだ。
どうしてアレンが新人がいいと言ったのかエリスは分からなかったが、何か考えがあってのことだと思ったので深くは詮索しなかった。
アレンは昔から苦手なものがなかったし、エリスよりもはるかに色んなことを考えているようだった。だから、彼の邪魔をせずに任せることにした。
宿屋を出た二人は、再び訪れたギルドの壁際に立って受付を眺めていた。これはアレンの提案だった。
しばらくそうしていると、依頼達成報告や素材買取りの冒険者達に混ざって、時折新人がやってきては登録をしているのが目に入った。
二人はその場で、ただ受付の職員が告げる鑑定の結果を静かに聞いていた。
大体半日が過ぎたところで、受付を訪れた登録者の数は10名になった。
能力鑑定の結果は、8人がレベル上限20から30、スキルは一つだった。
うち2人が上限40で、スキルは二つだった。
結局、アレン達に匹敵するレベル上限の持ち主は現れなかった。
「これで十人か。少なくとも、僕達と同じぐらいの能力を持った新人はいないように見えるね」
「私達の能力って、そんなに珍しいんだ……」
アレンは自分達が本当に稀有な存在なのか、そして、どれぐらいの能力が平均として多いのかを実際に確認することにしたのだった。
その結果によって、これからどのようにパーティメンバーを集めるか決めようとしていた。
「アレン、これからどうするの?」
「うん、今ので大体分かった。僕達と同じ新人の冒険者を誘って、パーティを組もう」
「え? う、うん。分かった……」
二人をここまで連れてきた男は、道中で『冒険者パーティはお互いの能力が釣り合わなければまともに機能しなくなる』と言っていた。
でも、だったら――私達のパーティに参加した人達はどうなるのだろう?
エリスの中に疑問が残ったが、それからすぐに冒険者としての生活が忙しくなると、結局アレンには聞けずじまいに終わってしまった。
こうして、アレンとエリスはパーティメンバーを集め始めた。
そうして依頼をこなし、レベルと名声を着々と上げていった。




