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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第六十六話 思わぬ事態

 ドラゴンから降りたイリアは俺達の目の前に立つと、右手を上げた。

 すると、彼女の後ろにいた大勢のクレティア兵達がこちらを取り囲むようにして輪を作り出した。


「おいお前ッ! これは一体何の真似だ! ここはトラスヴェルムだぞ! 俺の……ひっ!」


 ドルトスがイリアに向かって声を荒らげる。その途中、突然空気を切り裂くような音と、何か硬いものがぶつかり合うような音がほぼ同時に聞こえた。


 彼の足元を見やると、立っていた石畳の地面には真っ黒な鉄の棒が突き刺さっていた。イリアが携えている大きな弓から放たれた矢だった。

 あの弓は普通の人間が引けるような代物ではない。身に受ければ、たとえ竜の鱗で作られた鎧であっても容易く貫いてしまうだろう。


 イリアは構えていた弓をゆっくりと下ろし、言った。


「貴様らの言う自治権など、国王陛下がその気になればいつでも終わらせられるということを忘れるな」

「な……なんだと……そんな」


 トラスヴェルムがクレティア王国からの介入を防げていた唯一の理由が主張できなくなったドルトスは、イリアに睨みつけられてすっかり気圧されてしまったらしく、彼女の顔を見つめながら腰を抜かして尻もちをついた。


「やめなさいイリア! 民を守るべき騎士でありながら、暴力を振るうことは私が許しません!」


 メルが王女にふさわしい毅然とした態度でイリアに向けて言葉を放つ。いくらドルトスが悪人だとはいえ、彼女の振る舞いは看過できなかったのだろう。


 そんなメルの声に対して、イリアはその場に跪いた。


「さあ姫様、城にお連れ致します。洗脳を解いてもらいましょう」

「前にも言ったはずです。私は洗脳などされていません。答えなさいイリア、どうしてあなたがここにいるのですか」

「アレンという冒険者から知らせを受けて参りました。姫様がこの都市におられると」


 予想していた通り、王国騎士団にメルの所在を告げたのはアレンだった。

 そもそもメルが王女であること知っているのはチェスターとアレン達しかいない。チェスターが話すとは思えないし、仮に誰かに脅されたとしても、彼ならば転移魔術で即座に逃げることができるだろう。そうなれば、消去法でアレンしかいなくなる。


 俺はイリアの視界を遮るようにしてメルの前に出た。


「俺達は彼女を洗脳などしていない。話を聞いて欲しい」

「また貴様か、魔術師。どういう理由で姫様を連れ去ったのか知らないが、その罪はここで償ってもらうぞ」

「メルは……王女はクレティア国王が起こそうとしている企てを阻止するために自分の意志で動いている。俺達はそれに協力しているだけだ」


 俺がそう告げると、イリアは忌々し気な顔で睨みつけた。


「何の話だ。しかも、よりにもよって我が王を愚弄するとは……その不敬、最早容赦は不要だな」

「イリア! 私の話を聞いてください!」

「メルさん! 危ないです! 下がってください!」


 メルの叫びも虚しく、兵士達はそれぞれに武器を構えて臨戦態勢に入った。

 ファティナも剣を抜き放ち、メルの背中を守るようにしている。


「この者達を全員斬り捨てよ! 姫様をお救いしろ!」


 イリアの声が大通りに響き渡ると、俺達を囲っていた兵士達がこちらに向かって一斉に襲い掛かってきた。


 ここが潮時だと感じた俺は──すぐにレイスから得た『インサニティ』の能力を発動させる。


「ぐああっ!?」

「何が……うぐああ!」

「あ……うああ……!」


 全方位に展開していたクレティア兵達は途端にその場で一斉に苦しみだし、地面に倒れながら呻き声を上げ始めた。


「何だ!? くっ……体が急に重く……! 貴様、何をした!」


 イリアがふらつきながら、倒れる兵士達を見て叫ぶ。


 『インサニティ』の能力は、その説明によればステータスの差異によって効果が異なるという。

 彼女は【竜使い】のスキルによってドラゴンの能力を上乗せしているとメルから聞いていた。そのためか、あまり大きく影響を受けていないようだ。


『ギュオアアア!!』


 すると突然、それまでイリアのすぐ横で静かにしていたドラゴンが咆哮を上げてこちらを威嚇した。それはまるで、彼女を庇うかのような行動だった。


「やめろルルエ! 迂闊に動けば姫様に当たる!」


 イリアがルルエと呼んだ青いドラゴンをなだめる中、その隙を突いて俺はメルの手を掴む。


「話して分かってもらえる状況じゃない。逃げよう」

「イリア……!」

「メルさん! ここは一旦退きましょう!」


 メルはイリアを見つめながらも、俺とファティナと共にこの場を後にする。


「ま、待て! 俺を置いていくな! 金ならいくらでも払う! だから頼む! 行かないでくれぇ!」


 ドルトスが泣きそうな顔をしながら俺達の後についてきた。今となっては彼も共犯者だと思われているかもしれないので、もしも捕まったら良くない目に遭うことは間違いない。

 裁かれる立場であったとしても、それはトラスヴェルムの人々が判断すべきことだ。


 俺達は、すぐに目についた裏路地へと入った。

 人目につかず、またイリアのドラゴンから逃れるためには細い道を進んだほうがいいと判断したからだ。

 兵士達は動けなくなっているがイリアにはドラゴンがあるため、すぐにまた追ってくるはず。


「アーク様、これからどうしますか?」


 走りながら、ファティナが心配そうな顔をして俺に聞く。


「もしかしたら、チェスター達が用意した馬車がクラウ商会の前にあるかもしれない。それに乗ってトラスヴェルムを出よう」

「お、俺を助けてくれ! この際どこでもいい! 兵士から匿ってくれれば、クラウ商会だろうと構わない!」

「分かった、なら先導を頼めるか?」

「あ、ああ! こっちだ!」


 ドルトスの方がこの都市の地理には俺達よりも詳しい。俺達は、彼を先頭にして走る。


「もう少しでクラウ商会だ! やったぞ! 助かった!」


 そうして入り組んだ細い路地をいくらか進んだところでドルトスが叫んだ。目的地は近いようだ。


「と、とにかく兵士達がやってきたことを他の奴らにも伝えなければ!」

「──それには及びませんよ、ドルトス」


 先の道から、声が聞こえて来た。

 この騒動を巻き起こした張本人、アレンの声だった。


 アレンは、いつものようにパーティメンバー達を引き連れて路地から突然現れた。こちらを見つめながら微笑むその顔には、初めて出会った時と同じような余裕があった。


「ア、アレン!! お前、よくものこのこと俺の前に顔を出せたな!!」

「いや、今回の件は本当に不幸な事故でしたよ。まさか私達も先を越されるとは思ってもみませんでしたから」

「事故だと!? ふざけるなッ! そもそもこの騒ぎは一体何なんだ! 説明しろ!」

「残念ですが、今はあまり説明しているような時間もないものですからね。もっとも、あなたにはどのみちここで消えてもらうので話しても無駄だ」

「……は? な……何を……」


 アレンがそう言うと、ドルトスは彼が何を言っているのかさっぱり分からないという様子で、額に汗を滲ませながら体を震わせた。


「さて……早速ですが、こちらに渡してもらいましょうか。姫様と、そして流水洞穴で手に入れた『鍵』を」


 アレンは笑いながら、俺達に向かって手を差し出した。


 しかし、何かがおかしい。


 アレンは流水洞穴で俺達と戦ったことで、勝てないことは理解しているはず。

 だと言うのに、その余裕は一体どこか来るのか。


「リーンさん、こちらに来てもらえますか?」

「えっ? は、はい……」


 すると、アレンはなぜかリーンを呼びつけた。

 リーンはゆっくりと歩きながら、アレンの横へとやってくる。


 そして──アレンは突然彼女の喉元に剣を突きつけた。


「ひっ!?」

「アレン!? 一体何をしているのっ!?」


 アレンの行動に対して、聖騎士の女性──エリスが声を上げる。彼女だけではなく、残りの二人も驚愕した表情をしていた。


「いいのですか? 『鍵』を渡さないのならば、リーンさんにはこの場で死んでもらうことになりますよ」

「ど、どうして……」

「どうして? まあ……あなたがもう不要になったからでしょうかね」

「そんな──」


 アレンの言葉に、その場にいた誰よりもリーン自身が一番驚いたに違いない。


「アレン! いくらなんでもそれはやりすぎだわ!」

「エリス、きみは少し黙っていなさい……さあ、鍵をこちらに。これは脅しではありませんよ。それと、あのおかしな技を使えばどうなるか、言わなくとも分かっていますね?」


 アレンはにんまりと笑いながら、続けた。


「あなた方の選択次第で、この娘は命を落とすことになる。そして、仮に私の要求に応じなかった場合には──ここで起きた出来事を一生抱えながら生きていくことになるでしょうね」


 アレンは、俺達がリーンを見殺しにするような選択をしないと分かったうえでこんな方法を取ったのか。

 すぐ横を見ると、ファティナは剣を構えながら悔しそうにしており、メルは俯きながら何らかを思い悩んでいるかのような顔をしていた。


「ふむ、どうやら交渉は決裂のようだ」

「待っ──」

「分かった、鍵を渡そう」


 俺はそう言って、体の内から一本だけ鍵を取り出した。トラスヴェルムのダンジョンで手に入れた【流水の鍵】だ。


 ここでもしリーンが死んでしまったら、二人がアレンの言った通りになることは考えるまでもない。

 そして何より、俺は二人にそんな思いをこれから抱えて欲しくはなかった。


 青く大きな宝石が嵌め込まれた鍵は、燐光を放ちながら俺とアレンの間の空中に浮かんでいる。


「おお……これが!! ついに手に入れたぞ!」


 アレンはその目を大きく見開きながら、鍵に向かって手をかざす。

 鍵はアレンの体の中に吸い込まれるようにして消えた。


「フハ……ハハハ! やったぞ! 素晴らしい! 思っていた通り、これはただの道具ではない! 体中から力が溢れてくる! まるで、私自身の限界を突破したかのようだ!」


 アレンは剣をリーンに突き付けたまま、大声で笑う。その姿に、どこか異様さを感じた。


「ア、アレンさん……もう、もう解放してくださ──」


 リーンが目に涙を溜めながら懇願するも、アレンはそれを無視して笑い続ける。


「もっとだ! もっと力をよこせ! そうすれば、私は最強の存在になれる!」


 次の瞬間、アレンの声に応えるかのように、その体から青い輝きが放たれ始めた。


「ア、アレン? 一体何が起こっているの……?」


 そんなアレンの姿を見ながら、エリス達も何が起こったのか理解できない様子で声を漏らす。


「アーク様! 何か嫌な気配がします! 気を付けて!」


 急にファティナが剣をアレンに向けながら叫んだ。


 それとほぼ同時に、アレンを包んでいた光が徐々に大きくなっていき、路地の建物を突き破るようにして縦横に広がった。

 辺りの建物は光に圧し潰されるようにして崩れていく。


「な、何なんだこれは!? 何が起こっているんだ!?」


 ドルトスが叫び声を上げ、その光から逃れようと後退った。


 そして光が収まった時──そこにいたのはアレンではなく。


 見上げる程に大きく、全身を青い鱗で包んだ巨大なドラゴンだった。


「まさかこれは──鍵の守護者っ!?」


『ああ……! 最高の気分だ! これこそが、『鍵』の力!』


 まるで緑翠の迷宮で出会った守護者のようなドラゴンへと姿を変えたアレンは、天に向かって大きく咆哮するのだった。

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