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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第六十五話 壊れた安らぎ

 宴が終わった次の日の昼、商館にある一室で俺達は次の目標について話し合うことにした。


 今この場にいるのは俺、ファティナ、メルの三人だけだ。二人とも昨日とは異なり、いつもの冒険者の服装で椅子に座っている。


 エリオットとチェスターはトラスヴェルムを束ねる商人達の会議に出掛けた。

 ダンジョン攻略の報告についてと、他の商会に対して不利な契約を無理矢理結ばせたドルトスへの処罰を決めるとのことだった。

 これでようやく、彼の悪だくみにも終止符が打たれるだろう。


「じゃあ、次に向かうのは西のダンジョンですよね」

「はい、三つ目の鍵が眠るダンジョン──炎熱回廊はメティスという町のすぐ近くにあると」

 メティスの町は、俺達が今いるトラスヴェルムから西南西に向かった方角にある。

 机の上に広げられた地図を見ると、この都市から一筋の街道が西の大きな森林地帯の中を突っ切るように作られていて、そこを抜けて更に進んだ先にあるということが分かる。


「メティスですべきことは、鍵を手に入れる他にもう一つあります」

「あれ? 鍵を揃えたら終わりじゃないんですか?」

「それもありますが、三つの鍵を全て集めた後は破壊しなければなりません。その方法がこのダンジョンにはあるのです」

「えっ? 同じダンジョンの中にあるんですか?」

「はい。鍵は炎熱回廊の守護者がいる場所の更に奥にある、『女神の祭壇』と呼ばれる炎が燃え盛る場所に投げ込むことで完全に破壊できると古文書には記されています」


 以前、メルが俺に話したことがあった。

 炎熱回廊には三つの鍵を破壊するための方法が存在しており、それは守護者を倒した先にあるという。


 つまり、鍵を手に入れたらすぐにその奥へと向かえばメルの目的は達成され、この戦いは終わるはずだ。


 もっとも、すべき事だけを並べると簡単に聞こえるものの、そう上手い具合に事が運ぶ気はしていない。


「普通には破壊できないんですか? たとえば剣で斬るとか」

「少なくとも物理的に破壊できるかどうかは以前試したが無理だった」

「この鍵は何らかの魔術によって作られているようです。現在では製法などについての情報は既に失われているようですので、何とも言えませんが……」

「うーん……鍵って結局何なんでしょうね」


 ファティナの疑問はもっともだが、俺もメルも答えは持ち合わせていない。


 どこの誰が、どのような目的で作ったのかまるで分からないが、『定められたレベル上限を引き上げる』というこの世界の理をも捻じ曲げる力には何か得体の知れなさを感じる。


「ここからメティスまでは馬車で移動することになる。移動にかかる日数は、街道を使って無理せず進めばおよそ十二日だそうだ」


 今回はチェスターの【転移魔術】は使えない。

 俺達と馬車を一緒に転移させるとなるとかなりの重量となり、それほど遠くまで飛べないということと、チェスターがメティスに行ったことがないことが理由だ。


「今までよりも移動距離が長くなるのは仕方ないことですが、一番の問題は王国騎士団です。彼らは必ず街道のどこかで検問を張って待ち構えているはずです」


 イリアのドラゴンは馬車に比べれば圧倒的に速い。俺達の所在が知られれば、また森の中に入るなりして逃げるしかなくなる。


「見つかった場合、追いつかれるか、目的地がメティスだと気付いて先回りされるかのどちらかになるでしょう」

「うーん……だとすると、また森の中に入るしかないと思いますけど」


 そうなると、移動には更に時間がかかることになる。もっとも、他に方法がないので仕方ないが。


「無茶を承知で街道沿いに森の中を移動するしかないな」


「そうなりますね」


 口にするつもりは無いが、実際にはもう一つ方法がある。

 それはイリアが率いる部隊を倒すことだ。

 この方法はメルにとってはあまりとりたくないに違いないし、俺もしたくはない。


「あまり良い案というわけじゃないが、ひとまずこれで行こう。馬車はクラウ商会で用意してくれるそうだ」


「はい、分かりました!」


 チェスター達には予め俺達が今日か明日には旅立つことを知らせてある。

 出立に際し、彼らは二頭立ての馬車を用意してくれるとのことだった。俺達が流水洞穴を攻略してくれたことへの感謝の印だという。


「後はチェスター達が戻ってから話すことにしよう」

「あっ、でしたら今日はお昼を食べに行くのと、あと買い物をしませんか?」

「ああ、そうしようか」


 トラスヴェルムを出た後はメティスに着くまで買い物はできないと考えていいだろう。俺達は商館を出て、食事と旅の準備を済ませることにした。


 都市の大通りは相変わらず多くの人々で賑わいを見せている。

 自治都市でありながらもこうして安全なのは、エリオットら代表者達が上手く治めているお陰だろう。


 それから、三人であちこちの露店を巡り道具を揃えていく。


「メルさん、この髪飾りなんてどうです? 可愛いですよ!」

「ああ、いえ……私は別に」

「お嬢さん方、とてもよく似合っておいでですよ! いやはや、お客さんは両手に花で何とも羨ましい限りですな!」

「そ、そういう関係ではありませんから!」


 二人は装飾品を扱う露店で商人と楽しそうに会話している。


 俺も、ファティナも、メルも、本来ならばこうして出会うはずもなかったのに、不思議なものだ。


「あっ! お、お前達! この前はよくもやってくれたな!!」


 突然怒鳴り声が聞こえてきて、全員で一斉に振り向く。

 そこにいたのは、以前トトの店を訪れていた男、ウィオル商会のドルトスだった。

 彼の後ろには以前とはまた別の冒険者風の男達がいる。


 ドルトスの姿を認識したファティナは、メルの前に出て剣の柄に手を置いた。


「まだ何か用があるのか」


「ぐっ……まあいい」


 俺が尋ねると、途端にドルトスは苦しそうな表情を浮かべた。

 てっきりまた戦おうとしてくるのかと思ったが、そうではないらしかった。


「今はお前達のような有象無象に構っている暇はない。だが教えろ! Sランク冒険者のアレンを見掛けたなら、正直に言え!」

「アレン?」


 ドルトスは声を張り上げながら、俺達にそう告げた。

 アレン達とは流水洞穴で会ってそれきりだ。

 俺達は彼らの所在を知らない。そもそもアレンを雇っていたのはウィオル商会のはずなので、むしろドルトスが知らないということの方が不自然に思える。


「彼らを雇ったのはあなたでしょう! 勝手に探せばいいではありませんか!」

「うるさいッ! さっさと俺の質問に答えろ!」


 怒鳴り散らすドルトスは、ファティナの言葉を一切聞き入れる様子がない。彼の後ろにいる冒険者達も、互いに顔を見合わせている。


「……ん? 何だ? 向こうで何かあったのか?」


 今度はドルトスではなく、なぜか大通りの奥の喧騒が急に大きくなった。

 かと思えば、それまで何事かと奥の方を見ていた人々が一斉にこちらに向かって走りだした。


「一体どうし……なっ!? あれはクレティア兵じゃないか! なぜ俺の都市に国の兵士どもがいるんだ!?」


 ドルトスが驚愕しながら叫ぶ。


 無秩序に走ってくる住民達のすぐ後ろからは、トラスヴェルムにはいないはずの大勢のクレティア兵達が現れた。

 兵士達は露店などを片っ端から破壊しながら、こちらへと進んでくる。


「こ、こりゃたいへんだ! お客さん達も怪我しないうちに早く逃げなさい! もう商売どころじゃない!」


 露店の主人はそう言うと、走って路地裏へと消えて行った。


「ど、どうして……?」


 メルは目を大きく見開き、兵士達をただ呆然と見つめている。


「な、なんでクレティア兵がこの都市にいるんだ!?」

「国王は我々の自治権を認めていたんじゃなかったのか!!」


 理解できない事態に多くの人が悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 これではまるで、メルがボルタナで追われていた時のようだ。


 ふと、地面に大きな影が現れた。


 頭上を見上げた時、目に入ったのは王国騎士のイリアが駆る青いドラゴンが都市の上空を旋回する姿だった。


 イリアがここにいるということは、トラスヴェルムにメルがいるという情報をどこかから得たに違いない。それを知っているのは――


「おい貴様ら! 誰の許可を得てこの都市に入っている!! お前達! 返り討ちにしてやれ!!」


 ドルトスが兵士達を指差し、自分が連れていた冒険者パーティに命令する。

 だが、彼らは顔を引きつらせて一歩も動こうとしなかった。


「じょ、冗談じゃねえ! 王国の兵士とやり合うなんざ、聞いてねえよッ!」

「しかも空にいるのはドラゴンだぞ! あんなのを連れてる連中に勝てるわけがないだろ!」

「あっ! おい待て! 逃げずに戦えっ!!」


 冒険者達はドルトスの制止を無視し、走って逃げて行ってしまった。


 やがて、空中を旋回していたイリアのドラゴンは、大きな翼を羽ばたかせながら俺達の前にゆっくりと降りてくる。


 ドラゴンが生み出す突風が辺りに吹き荒れると、主が逃げた露店に置かれていた装飾品達は見るも無残に散らばった。


「──お迎えに上がりました、姫様」


 そして、石畳に降り立った王国騎士のイリアはそう静かに告げたのだった。

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