第六話 スケルトンオーガ
空洞の先に現れたスケルトンは、その大きくぽっかりと空いた真っ黒な眼窩を俺達の方へと向け、動きを止めて佇んでいる。
さっき聞いた話ではこの場所は上層のモンスターは入ってこないと聞いていたが、中層に生息するものはその限りではないようだ。
「や、やべえぞアイツは……とんでもない奴が出てきやがった……」
盗賊の男が額に汗を滲ませながら、少し先に陣取るスケルトンを見て呟く。
盗賊だけでなく、今この場にいる全員が奴から視線を外すことができなくなっていた。
鎧の男はあれをオーガのスケルトンだと言っていた。
ならば、さしずめあれはスケルトンオーガとでも呼ぶべきだろうか。
ゴブリンやオークと同じ人型ではあるものの、その大きさは最早巨人と呼ぶ方が適切だろう。俺が倒したキリングベアと同等か、それ以上だ。
更に、奴の肩の上からは追加で二本の骨の腕が生えている。
他のオーガのものと混ざったとでもいうのだろうか。
奴のベースとなっているモンスター、オーガは冒険者ギルドが定める強さとしてはCランクに位置する。つまりCランクの冒険者パーティならば一匹を相手にすることは可能だ。
だが相手はアンデッド化し、生物的に弱点らしい部分も見当たらない。
更には普通とは異なる姿。ただのCランクではないだろう。
オーガの性格は狂暴で残忍、一度戦いともなれば持ち前の強靭な肉体と怪力で堂々と人間を叩き潰しにやってくるという。
アンデッドには神官の《ディスペル》が効果的だが、モンスターの格が高いと失敗しやすいという話も聞いた。
ここにいる冒険者パーティは、全員恐らく上層までしか行かないDランク。まともに戦えば勝ち目はない。
だとするならば、ここは逃走することが最も良い考えだ。
可能性があるとするなら、地上へ繋がる道の途中にある狭い階段──あそこまで逃げきることができればスケルトンオーガの大きさから考えてそれ以上追ってはこれないだろう。
だが、こちらには手負いの冒険者がいる。
全力で走り抜けるのは無理だ。
全員がそこまで逃げ切るのはほぼ不可能だろう。
それはつまり、必ず誰かが犠牲になるということを意味している。
「俺が奴を引き付ける。全員地上に向かえ」
鎧の男が剣を鞘から引き抜き、構えた。
「冗談だろ!? いくら何でもアレを相手にするのなんて無理に決まってる! 俺らはただのDランクじゃねえか! 勝てるわけがねえよ!」
「奴は図体がでかい分、速くは動けないはずだ。木々に身を隠せばある程度は時間を稼げる。俺だってこんなところで死ぬつもりはない」
そんな会話をしていたところで、スケルトンオーガが上半身を前方に傾けた。
『グギィアアアアアアアアッ!!』
この世の物とは思えない叫びが空洞内にこだまする。
耳をつんざくような声に、冒険者達が思わず手で耳を塞ぐ。
そしてスケルトンオーガが次に行ったのは、跳躍だった。
大きく舞い上がり、ありえない距離を一気に詰めて目の前にやってきた。
オーガがそんな動きをするなど聞いたことがない。
「くそっ……!!」
男が剣を構えたまま、すぐ目の前に突如として現れたスケルトンオーガを睨む。
(有効範囲に入ったな)
「《デス》」
早々に、俺は即死魔術をスケルトンオーガに向けて放つ。
だが漆黒の波動は、奴の体に当たると消え去った。
(失敗したか)
俺の魔術に気付いたのか、スケルトンオーガは鎧の男から俺へと向き直り、即座に巨大な腕を突き出してきた。
それを僅かに横に動いてかわす。
不思議と心は冷静を保っていて、恐怖心は無かった。
その理由は一つだけだ。
「まさか、感謝することになるとは思わなかったな」
俺の体を掴もうとするスケルトンオーガの四本腕をすぐ後ろに跳んで避ける。
俺は知っているからだ。
お前よりも遥かに凶悪な男を。
──バルザーク。
今でも鮮明に思い出せる、あの男が俺に見せた怖ろしいまでの鋭い眼光。圧倒的な強者。
俺は立ち上がることすらできなかった。
あの時感じた恐怖に比べれば、どれほど体格に差があろうが関係なかった。
「《デス》」
また打ち消された。
何かしらの耐性でもあるのかもしれない。
【即死魔術】は、どんな相手をも一撃で倒すことができるスキルのはず。
ならば、アンデッドだから効かないなどという道理はない。
もしもだめだと言うのなら、俺はこれからずっとアンデッドから逃げ続けなければならなくなる。
ここで止まるようでは、奴がいる場所に辿り着くことなど到底できはしない。
スケルトンオーガの四本の腕が、俺を叩き潰そうと一斉に振り下ろされる。
それを避けると、腕はそのまま地面にぶつかり足元が大きく揺れた。
「す、すげえ……あの攻撃を全て避けてやがる……」
「し、信じられない……」
意識を集中し、回避を繰り返す。
「《デス》」
また失敗した。
「《デス》」
あの巨体だ、一撃でも食らえば致命傷になる。
『君さぁ、ずっとそうしてると殺されちゃうよお?』
バルザークのパーティメンバーだった猫人族の少女の言葉を思い出しながら、上下左右から俺を握りつぶそうと迫る骨の手を回避する。
「《デス》」
俺は弱い。
「《デス》」
だから、抗う。
「《デス》」
目の前の敵が倒れるまで。
「《デス》、《デス》、《デス》、《デス》」
魔力が尽きるまで、何度でもこの魔術を放つ。
他の事を考える必要は、ない。
「《デス》」
『ヴォオオオオオオオオ!!!』
空気がピリピリと振動するほどの絶叫が辺りに響き渡る。
スケルトンオーガは天を仰ぐようにして口を大きく開き、その動きを止めた。
その体を構成していた骨が崩れるようにして次々と地面に落ちていく。
俺の魔術が、スケルトンオーガをアンデッドとして動かしていた何かを捉えたのだ。
倒せる。
対象がアンデッドであろうと倒せるのだ。
この【即死魔術】のスキルならば。
『スキルレベルがアップしました。ポイントを割り振ってください』
表示されたメッセージを指の腹で触る。
『特殊なモンスターを倒したことにより、新たな能力を獲得しました。ステータスを表示します』
======================================
【基本ステータス】
名前:アーク
職業:魔術師
レベル:1
HP:1029/1029
MP:785/785
攻撃:233
防御:249
体力:239
速さ:230
知性:210
【所有スキル】
・即死魔術 Lv25
【所有能力】
・魔力消費半減 Lv1
・有効範囲アップ Lv1
・成功確率アップ Lv2
・死者の棺
・魂の回収
・クアドラプル
======================================
ステータスとあわせて能力一覧のボードが表示される。
右下に別の新しい枠ができており、そこにスケルトンオーガの顔に似たシンボルが追加された。
『クアドラプル:四本腕のスケルトンオーガから得た能力。次に発動させる即死魔術の有効範囲と成功確率が四倍になる。ただし多くの魔力を消費する』
(……モンスターを倒すことで能力を得ることもあるのか)
それにしても、今回のモンスターは倒すのにかなりの時間がかかった。
もしももっと数が多ければどうなっていたかは分からない。
これからは更に強いモンスターを相手にすることになる。
『クアドラプル』は魔力消費が大きくなるというデメリットもあるので連発するのは難しいかもしれないが、上手く使えば今後は成功確率アップの分のポイントを別の能力に割り振ることができるだろう。