第五十九話 剣聖の能力
アレン達と戦った後、再び最深部を目指すため下層を歩き続ける。
下層はだだっ広い空間ではあるものの、浸水が酷い箇所も多いため歩ける部分はそれほど多くない。
水面から顔を出している建物の多くは水の影響か損傷が激しく、あちこちが崩れ落ちてしまっている。
そんな中を時には建物内に入ったり、出たりしながら先へと進んでいく。
中層ではあれだけ靴を水に濡らしたが、また同じような状態になりながら四人で歩いた。
「それにしても、さっきのあれは何だったんでしょうね。まさかいきなり襲い掛かってくるとは思いませんでしたよ。しかもSランク冒険者達がですよ?」
今まで黙っていたチェスターが口を開いた。
アレン達とはもう十分に離れたからか、ようやく緊張が解けたのだろう。
「彼らは私達に鍵を取られたくなかったのでしょう。そもそも父が依頼をしなければこんなことには……止められなかった私の責任です。ごめんなさい」
「メルさんのせいじゃないです。あの人達は、人の言うことなんて最初から聞くつもりがなかったでしょうから」
「ファティナの言う通りだ。どうか気にしないでほしい。俺達が鍵を手に入れて破壊できればすべては終わるさ」
俺がそう言うと、ファティナはメルの手をとって握った。メルは俺達に向けてぎこちなく笑ってみせた。
──アレン達はあの場に放置してきたが、あそこまでダメージを受けてなお先に進もうとは思わないだろう。
今頃は迷宮からトラスヴェルムに戻ろうとしているはずだ。
『インサニティ』の効果範囲はそれほど広くはないはず。
アレン達とはもうかなり離れたので、今頃効果は切れているだろう。
「なるほど、そうですか……ああ、ところで皆さんはあのアレンと面識があったように見えましたが、知り合いだったのですか?」
「あ、あの、それはええと……」
「アレンのパーティにいた神官は、俺の幼馴染なんだ」
「な、なんと!?」
俺の発言があまりにも予想外だったらしく、チェスターは目を丸くしていた。
「彼女は俺と一緒にボルタナに来たが、能力鑑定でレベル上限が高かったからアレンのパーティに入ったんだ」
「えっ? それではアークさんとパーティを組まなかったのですか?」
「ああ。俺は鑑定ではレベル上限1だったから、当然といえば当然だ」
「そうだったのですか……。しかし、そう簡単に割り切れてしまうものなのか……」
チェスターは何かを思案するように、歩きながら顎を手で触った。
モンスターとの戦いが絡む仕事においては、レベル上限とスキルが物を言う。
リーンの選択は正しかったのだろう。
だからこそ、レベル上限1の俺とファティナがこうして一緒にいることはとても奇妙に思えた。
チェスターにしてもそうだ。
彼はトラスヴェルムに屋敷や倉庫をいくつも持っている大きな商会の息子だが、それでも武器屋のトトを想っている。
大商会の跡取りが妻に迎えるには、父親のエリオットが黙っていないのではないだろうか。
「ああっ! あそこにモンスターが!」
突然、チェスターが叫び声を上げ、各々が身構える。
見てみると、水面から顔を出しているシー・サーペントがいた。しかし、様子がおかしいので近寄ると、顔は焼け焦げたように黒くなっており、身動き一つせずにその場にぐったりと横たわっていた。
「これは……既に倒されているみたいです」
「だとしたら、アレン達が以前に倒したものだろう」
「そ、そうでしたか……これは失礼」
「待ってください、これ……」
しかし、ファティナは警戒を解こうとせず、腰の剣の近くに手を置きながら奥に広がる暗がりを見つめていた。
「どうかしたのか?」
「私の【破魔】が微かに反応しています。何かがいるようです」
ファティナは自分のスキルが反応しているのかどうか分かるようになったようだ。
しばらくその場でじっとしていると、俺達が向かおうとしていた先の暗がりから金属音が聞こえて来た。
等間隔で聞こえてくるそれは、まるで冒険者が歩いた時に着ている鎧が立てる音のようだ。
音は徐々に近付いてきて、やがて俺達の前で止まった。
眼前に現れたのは、真っ黒な鎧に身を包んだ三つの人型だった。
フルフェイスタイプの兜を付けているため、表情は一切見えない。いずれもその手には長剣を握っている。
彼らは俺達に向かい合うと、何をするでもなくその場で止まった。
何の声も発さず、不気味な光景だった。
「も、もしや冒険者の方ではありませんか……?」
「いえ、あれは……アンデッドです!」
メルが言うのとほぼ同時に、三体のアンデッドは武器を構えながら一斉にこちらに向かって走って来た。
剣を持った鎧姿がファティナに向けて斬り込んでくる。
それを彼女は鞘から引き抜いた剣で受け止める。
「よ、鎧のアンデッドなのか!?」
推測だが、この三体はAランクモンスターであるシェイドだ。
シェイドはゴーストタイプのアンデッドだが、霊体のままだったり、あるいは他の肉体や目の前にいる鎧のような体を得て戦うという。
別のシェイドが接近し、武器を持っていないほうの手で掴みかかろうとした。それをファティナは横に僅かに動き避けた。
今のはドレインタッチのようだ。
レイスだけでなく、シェイドもまたあの攻撃を使えるということらしい。
俺は剣を抜き放ち、すぐにファティナの横に駆け寄る。
「ファティナ、ここは俺が戦う。ドレインタッチがある以上、近くに行くのは危険だ」
「私は大丈夫です。光よ、我が身を守る盾となれ──《プロテクション》」
ファティナは自らの持つ【治癒魔術】スキルで《プロテクション》の魔術をかけた。確かにこれならもしドレインタッチを受けたとしても、長時間でなければ大丈夫だろう。
「それに、試したいことがあるんです」
「試す?」
ファティナが何かをしようとしているみたいだが、だからといって彼女一人を戦わせるわけにはいかない。
俺は、走って来たシェイドのうち一体に剣で斬りかかる。
それをシェイドは手に持っている真っ黒な斧槍で難なく受け流した。単純なステータスでは勝っているとはいえ、剣術のスキルがなければ見切られやすいようだ。
「《クアドラプル・デス》」
すかさず即死魔術をシェイドに向かって撃ち込む。
奴の本体はゴーストだが、鎧に憑りついているのか、もしくは鎧の姿を模しているのか、どちらであっても効果はあるはず。
《デス》の漆黒の波動はシェイドの鎧に吸い込まれるようにして消えた。
「────」
俺に向かって走っている途中、急に重そうな鎧ががしゃり、と音を立ててバラバラに地面へと落ちた。鎧の部品は、崩れ去るようにして消えていった。
「やっ!」
剣戟の響きが聞こえているすぐ近くでは、ファティナがシェイド二体の攻撃を剣で受け止めながら戦っている。
こちらも戦闘に加勢しようと思った矢先、ファティナはシェイドの剣を打ち払うと後ろに大きく跳躍して距離をとった。
そして両手で剣を持ち、構えた。
「【剣技】──ソニックブレイド」
──ファティナが剣を振るうと、地面を走るように直進する黒い斬撃が発生し、丁度列になって追いかけてきたシェイド達をまとめて真っ二つに切り裂いた。
彼女はアレンの剣技をそのまま再現したのだ。
「今のはもしかして、アレンの技か?」
「はいっ。できそうだったので試してみました。ただ、連続して使うのはまだ難しそうですけど」
「さ、さすがは【剣聖】のスキル……噂に聞いていた以上だ」
まさかたった一度だけ見た剣技を覚えてしまうとは、とんでもない能力だ。
「それはすごいな」
「い、いえ! まだまだですけど、頑張りますね!」
流水洞穴に入ってから、ファティナの成長は目を見張るものがある。しかもまだレベル上限にも達していないというのだから末恐ろしい。
「よし、じゃあ進もうか」
「はいっ」
それから、歩けそうな場所を選んで先へと進んだ。アレン達が先に倒していたからか、モンスターの数は大分少なくなっていたようだ。
どれくらいか歩いたところで、目の前に突然岩壁をくり抜いて付けたかのような大扉が現れたのだった。
恐らく──ここが下層の最終地点だ。
4/26 タイトルと文章を少し変えました。




