第五十七話 決別の時
アレンと対峙しながら、鞘から剣を引き抜く。
「悪いけど、手加減はしない」
盗賊の女性、フィオーネが高く跳躍すると、無数の投げナイフが俺とファティナにめがけて一斉に放たれた。
「はっ!」
ファティナが剣を振るい、そのナイフをすべて叩き落とす。
だが次の瞬間には既にフィオーネはファティナのすぐ目の前まで迫ってきていた。
そして、すかさず持っていた短剣で突きを繰り出す。
「くっ!?」
だがファティナは、ギリギリのところでその刃を剣で受けた。
彼女のレベル上限自体はここにいる誰よりも高いが、まだ最大レベルには達していない。
恐らく、今はまだフィオーネのほうがステータスが高いのだ。それでもなんとか受けきれたのは、【剣聖】のスキルによって反応できたからだろう。
「……まさか今のを受けるとはね」
フィオーネは自分の攻撃が受け止められるとは思っていなかったのか、一瞬驚いたような顔をしてからすぐに後ろに大きく跳んだ。
「光よ、かの者を守る盾となれ──《プロテクション》!」
メルが詠唱すると、ファティナを淡い光が包み込んだ。フィオーネの攻撃を見て、彼女の身が危ないと判断して魔術をかけたのだろう。
「……氷よ、全てを閉ざせ──凍土をここに──《アイスフィールド》」
フィオーネが後退してすぐ、魔術師の女性が持っていた杖を掲げながら魔術を行使する。
その途端、俺とファティナを中心に突然恐ろしいまでの冷気が広がった。周囲は急速に凍てつき、地面からはパキパキと氷が割れたかのような音が鳴り響く。
二人ですぐに左右に避けて魔術をかわすが、僅かに反応が遅れたファティナの体が光り、ガラスが割れるような音が響き渡った。《プロテクション》がダメージの許容量を超えて破られた音だ。
周囲にあった水溜まりはすべて、そこだけ冬が訪れたかのように凍っている。
もしも直撃していたら、全身が凍り付いていただろう。
これまで見てきたものとは比べ物にならない高威力の魔術だった。
「大丈夫か?」
「平気です。まだ戦えます」
《プロテクション》は破られたものの、怪我は無かったようだ。
「……ファティナは下がっていてくれ。ここからは俺一人で大丈夫だ」
「ど、どうしてですか? そんなわけには……」
「これは俺が始めたことなんだ。俺が終わらせなければならない。頼む」
それだけ言うと、ファティナは小さく「はい」と言って後ろに下がった。
俺は一人、アレンの下へと駆ける。
彼らのパーティの要はリーダーであるアレンだ。
パーティメンバーの中で最も強いであろう奴さえ倒すことができれば、争いを止められるかもしれない。
「させないわ」
こちらの考えを察知したのか、フィオーネが素早く走りながら俺に向けて短剣を振るう。
盗賊が得意とする致命の一撃だ。
だが、その動きを俺はすべて認識できていた。
これまで『魂の回収』によって強化された速さのステータスが、Sランクの盗賊であるフィオーネを上回ったのだ。
俺はフィオーネの放った短剣の一撃をかわし──
「そんな、私よりも速──」
──そして、ミスリルの剣でその体に一太刀を見舞う。
剣による一撃を受けたフィオーネの体は宙を舞った。
斬った手応えが感じられなかったのは、彼女の身に着けている装備によるものだろう。
一呼吸置く間もなく、アレン達へと向き直る。
「【剣技】──ソニックブレイド」
その直後、アレンの声が聞こえ、突然地面を抉りながら突き進む高速の斬撃が俺に向かってきた。
それをとっさに横に避けてかわした。
「……クズの分際でこの私の技を避けるとは」
剣を構え直しながら、アレンが苛立つような顔を俺に向けた。
今のは恐らく、レベルが上がることで覚えるという剣に関するスキルの技だろう。
すぐに走り出し、アレンへと接近する。
「──エリス」
アレンにエリスと呼ばれた赤髪の聖騎士が大盾を構えながら目の前に現れ、行く手を遮った。
俺は剣を持つ手に力を込め、エリスの持つ盾に向かって思い切り斬りつける。
剣が盾にぶつかった瞬間、その衝撃を受けてエリスが大きく後ろに後退した。
「ぐううっ!! な、何なのこいつ!? 一撃がモンスター並みに重い! 何かのスキルを使っているとでもいうの!?」
俺の一撃を受け止めたエリスは、額に汗を流しながら声を張り上げた。
「ドロテア! 全力で魔術を使わないと負けるわ! リーン! 《プロテクション》をかけ続けて!」
「は、はいっ! 光よ、かの者を守る盾となれ──《プロテクション》!」
エリスに促され、リーンが魔術をかける。
《プロテクション》がかけられたエリスは、今度は盾を持ったままこちらに突進してきた。
「炎よ、爆ぜて我が敵を打ち砕け──《エクスプロージョン》」
再び魔術師が詠唱した。俺は後方に大きく跳んで回避する。
そして次の瞬間、目の前で爆発が発生した。
爆発の影響で目の前には多量の土煙が発生し、視界を奪われる。
「アーク様!」
そして煙が消えた直後──突然現れたアレンが剣で斬りかかってきた。
「今度こそ終わりだ! レベル上限1の雑魚が!」
──その直後、俺は『インサニティ』の能力を発動させた。
「がっ!? ぐあああああッ!」
能力を受けたアレンは苦悶の表情を浮かべながら叫び声をあげた。
俺はミスリルの剣を振るい、無防備になったアレンを斬りつける。
「がはああっ!」
アレンはそのままダンジョンの壁へと激しく叩きつけられた後、地面に倒れた。
「ぐっ……な……なに、これ……」
「あ……ああ……」
「うっ……ぐ……」
『インサニティ』によるステータス低下を受けた残りの三人は、もはや立つこともできずにその場に膝をついた。
この状態では、もう魔術の行使はおろか歩くことすら難しいだろう。
「アーク様! 大丈夫ですか!」
気付けば、ファティナ達が俺のそばに駆け寄ってきていた。
「ああ、終わった」
そう答えると、三人は安堵の息を漏らした。
『インサニティ』を受けたアレン達はまともに行動することもできないだろう。
「ううっ、何で……」
その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
それは、目の前に立っているリーンの声だった。
リーンは若干ふらついてはいるものの、他のパーティメンバー達に比べれば『インサニティ』の影響をそれほど受けてはいないようだ。
あくまで推測になるが、これは多分リーンの持つスキルである【女神の加護】の効果だ。詳しくは分からないが、ステータス低下などに対する耐性を与えるようなものなのかもしれない。
「冒険者の中でも最強の……Sランクパーティが負けるなんて、そんなのありえないわ……」
まるで自分に言い聞かせるかのように、リーンは一人呟いた。
「わ、私は間違ってないわ……だって、アークはレベル上限1だったはずじゃない。それなのに、どうして……」
「アーク様は貴女があの男とパーティを組んだ後、ここまで強くなったんです。沢山の人々を救いながら……」
俺の代わりにファティナが告げると、リーンは苛立たしそうな表情を浮かべた。
「だ、だって、当たり前じゃない……わ、私は……レベル上限80なのよ! 選ばれた人間なのだから! アークとは、そもそも住む世界が違うのよ!」
「貴女は、まだそんなことを言っているのですか……」
ファティナは悲しそうな表情でリーンを見ていた。
「それなのに、なんで……どうして……!」
俺にはもう、リーンに掛ける言葉が見つからなかった。
彼女は本気で信じているのだ。
自分が、かつて読んだ冒険物語に出てきたような……選ばれた存在だと。
だからアレンのパーティに入ったのだと、今やっと理解した。
「……行こう」
それだけ言って俺は三人と一緒にその場を後にし、流水洞穴の奥へと進んだのだった。




