第五十三話 中層へ
洞穴の奥を目指し、四人で足早に進む。
それからしばらくして、これまで通ったどの場所よりも広い空洞が目の前に姿を現した。空洞内の左右には大きな滝があり、大量の水が常に絶え間なく流れ落ちている。
中央には孤立した島の様な石の地面が存在していて、先に進むための道がある以外には何もない。
「おかしいです……モンスターの気配はないみたいですが……」
ファティナが訝し気に言う。
先程通路でひしめき合っていたリザードマン達との戦いを考えれば、こんな大きな空間にモンスターがいないというのも少し奇妙だった。
「そうか、だが立ち止まっているわけにもいかない。とりあえず先に進もう」
先頭に立ち、道を進んで中央の地面に到達する。
念のため周囲の水辺からモンスターが出てこないか確認をしたが、覗いた水の中には何もいなかった。
「ふむ……何もいなさそうですね」
「恐らくですが、ここはダンジョン内にいくつかある結界が張られた場所かと思います」
不思議に思っていると、それに気づいたのかメルが説明をしてくれた。
「結界?」
「はい。三つの迷宮内にはモンスターが入ってこられないように結界が張られている場所が存在していると古文書には書かれています。あくまで推測となりますが、ここが流水洞穴のその場所ではないかと思います」
メルの情報は恐らく正しい。俺にも覚えがあったからだ。
「あっ、そういえばボルタナのダンジョンでもそういう場所がありましたね」
俺と同じく、ファティナも思い出したようだ。
緑翠の迷宮では各階層ごとに『安全地帯』が存在しており、たとえば上層ではゴブリンやオークが、中層ではスケルトンやホブゴブリンが入ってこなかった。
「だが、鍵を奪われたくないのならなんでそんな場所を用意したんだ?」
「うーん……言われてみればそうですよね」
そもそもダンジョンを攻略させたくないのであれば、安全地帯をわざわざ作る意味もないはず。
「そこまで細かい話は古文書にも書かれていません。この場を創り出した時に必要だったのかもしれませんが……ただ、下層には鍵の守護者がいます。彼らがそもそも倒されることが想定されていないはずなので、あえて残していたのかもしれません」
確かにメルの言う通りかもなのかもしれない。
緑翠の迷宮にいた守護者であるドラゴンは、Sランクパーティのリュイン達ですら苦戦した。いかに高レベルの冒険者がいたとしても正攻法で戦ってもまず勝てないだろう。
可能性があるとするならばイリアが所属しているクレティア王国騎士団だが、恐らく国王は彼らを使わずに鍵だけを掠め取ろうとしている算段だろう。
「ところで、全員魔力は大丈夫か?」
ここを越えれば次に休める場所は中層の安全地帯のみとなるので念のため確認する。
特にチェスターに関しては、中層の終端に到達した時点で【転移魔術】を使ってもらう必要がある。だから、その時までに魔力を完全に回復しておいてもらわなければならなかった。
「まだ完全ではありませんが、中層に行く頃には回復していると思いますよ。ですので、私の事はどうかお気になさらずに」
「そうか、分かった」
「いえ。最初に飲んだポーション以外にもまだ数本ありますから、いざとなったら飲みますよ」
チェスターは自身の魔術について魔力の消費量を把握できているようだ。
「ファティナとメルも平気か? 疲れていないか?」
「私は大丈夫です!」
「はい。私も戦闘には加わっていませんので、疲労はありません」
「じゃあ、休憩はなしで行こう」
メルは確かにその通りだが、ファティナは先程あれほど動いたというのに特に疲れを感じていないようだ。レベルアップしたからだろうか。
俺達はそのまま安全地帯を通り抜け、先へと続く一本道を歩き始めた。
空洞の先は相変わらずの風景が続いている。
「上層とはいえ、どんなモンスターがいるのでしょうね……」
チェスターは不安げに、腰に差している自分の剣に視線を移した。
「ここと同じようにモンスターが生息範囲を大きく越える状態になったダンジョンを見た事があるが、中層のモンスターがここまで来ていたな」
「えっ!? それは本当ですか!?」
「ああ。前の場所では上層にオーガがやってきていた」
といっても、その時はファティナが一気に倒してしまったが。
「お、オーガですか……」
以前戦ったオーガはCランクのモンスターだ。
冒険者ギルドでは、Cランクのモンスターを倒せるのがレベル上限30のパーティだとしている。
だがそれはあくまでも、パーティメンバーが職業に応じたスキルを持っている場合の話だ。
チェスター自身は【転移魔術】以外のスキルを持っていないそうなので、自分から戦闘に加わるようなタイプではない。
この世界には、例えば剣以外にも短剣、斧、槍など様々な武器に対応するスキルが存在している。それらのスキルを有していれば、レベルアップと共に様々な技を覚えていく。
だが、俺のようにたとえステータスだけが高くてもスキルがなければ武器を振り回すだけになってしまう。
逆にファティナのようにスキルがあれば、レベルが多少低くてもその才能によって強い相手にも勝てる。あるかないかで圧倒的な差がついてしまうのだった。
「またレイスのようなモンスターが出てきたら、その時は俺が対処しよう」
「そ、そうですね! その時はアークさんにお任せしますよ!」
俺の発言で昨日の出来事を思い出したのか、チェスターが身を震わせた。
恐らく、レイスがいるということはこのダンジョンには別のゴーストタイプのアンデッドも存在している可能性がある。
通常攻撃が効かない以上、ファティナで倒せるかは試していないので分からないが……その時は俺とメルが主に遠距離から戦うことになることだろう。
「……ん?」
そんな風に考えながらどれくらい進んだだろうか。
曲がり角を曲がった先で、地面に白い何かの破片が散乱しているのが目についた。湿って黒っぽい地面が白くなってしまうほどのかなりの量だ。
「これは?」
「うーん、残った匂いで少しわかりますけど、骨か何かが燃えた跡みたいです」
「恐らくスケルトンでしょう。まるで、高威力の魔術で一気に倒されたような……」
「ということは、やはり先に進んでいる冒険者がいるということか?」
メルはしばしの間、口元を指で触りながら考え込むようなポーズをしてから、すぐに顔を上げた。
「はい……しかもここまで粉々にできるとなると、かなりレベルが高い魔術師がパーティにいると思います」
「そうか。少しは先行しているパーティに近付いたのかもしれないな」
「アーク様、あれを見てください」
「何かあったか?」
ファティナに言われて少し先に向かうと、通路が終わっていた。
その代わりに、地下へと続く石造りの階段が出現した。
階段の奥は、何らかの光のようなものが壁に射しているのが見える。恐らく明かりの代わりになるものが存在しているのだろう。
「……中層の入口か」
「こ、ここから先が……」
チェスターが階段を見てごくりと唾を飲み込んだ。
「では行こう」
「はいっ!」
ファティナは既に別のダンジョンで中層に入ることを経験済みなので特に躊躇したりはせずに階段を降りていく。俺もそれに続いた。
「ま、待ってくださいよ!」
チェスターも情けない声を出しながら続く。
そうして、少し長い階段を降りた先にあったのは──なんとも不思議な光景だった。
「うわっ!」
地面に降りたチェスターが驚いて足を上げた。
それもそのはずで、中層の地面は足首まで浸かる程度に浸水していたからだ。
だが、水はそれほど冷たくはなく生温い。
辺りから生え出た輝く水晶の光を水が反射しているためか、周囲は薄い水色になっている。
周囲の壁は岩から石で出来た人工の壁に変化している。
間違いなく、ここが流水洞穴の中層なのだろう。




