第五十二話 流水洞穴上層
受付嬢のシエラから話を聞いた後、俺達は流水洞穴に入るためチェスターの魔術で再び森の中へと転移した。
現在このダンジョンがどのような状態になっているのかは、情報がなかったので分からなかった。
だがそれでも、全員で相談して鍵の探索をすることになったのだった。
【転移魔術】によって魔力を使い果たしたチェスターは、すぐに手持ちのポーション瓶の蓋を開け、中の液体を飲み干す。
「……さて、行きましょうか」
「ああ、そうしよう」
彼の言葉を合図に、四人で再び流水洞穴へと向かう。
そうしてしばらく歩き、入口へと到着した。
他の冒険者達の姿は一切見当たらない。
恐らくレイスが出現したことを受けて危険だと判断し、近寄らないのだろう。リュインも言っていたことだが、冒険者は命あっての仕事だ。
「ここからは恐らく上層や中層といった区別がなくなる。生息範囲を越えてモンスター達が出てくることになるだろう。それでも本当にいいのか?」
「なに、元より覚悟の上ですよ」
「はい、頑張りますね!」
「気を付けて進みましょう」
念のため確認をとったが、全員特に物怖じしていそうな様子はない。三人とも、町で話した時から気持ちは変わらないようだ。その表情には、最早迷いはなかった。
俺達は再び流水洞穴へと足を踏み入れた。
俺とファティナが二人で前に出て、その後ろからメルとチェスターがついていく形だ。
上層内は以前来た時と変わらない雰囲気だった。
それでもレイスのようなモンスターが再び現れた場合に備え、前回よりも更に慎重に歩いていく。
ここは上層だ、という常識は最早通用しない。
進んだ先で、前にも見た小さな滝壺がある地点に差し掛かった。
「……これは」
前回訪れた時と異なるのは──既に物言わぬ姿となった複数のポイズントードだった。
ポイズントード達はそのほとんどが縦かあるいは横に綺麗に真っ二つにされている。
倒されてから多少時間が経ってはいるようだが、先日ファティナが倒したものではないことは明らかだ。
ということは──
「他の冒険者パーティがここを通ったみたいだな」
「はい、そうだと思います」
ファティナがポイズントードの斬りつけられた跡を見ながら話す。
たまたまレイスの話を知らずにダンジョンに潜ってしまった冒険者達である可能性もあるが、どちらにせよ一撃で倒されているところを見るに腕の立つ人間がやったのは間違いない。
「他にも冒険者の方がいるのでしょうか?」
「ああ、多分そうだろう。もし知らずに進んでいるのであれば、先で会ったら話すことにしよう」
「そうですね」
メルはうなずき、俺達は再び歩き出した。
そうしてまたしばらく進み、両脇が池になっている道を通り抜ける。
その後は壁から水が流れている道──レイスが居た場所に到着した。
「アーク様、この先から沢山の音が聞こえてきます」
早速モンスターを見つけたらしく、ファティナが狼のような耳をしきりに動かした。
「分かった」
それだけ言って、鞘からミスリルの剣を引き抜く。
一度も進んだことがない曲がりくねった道をゆっくりと歩く。
そうして目の前に現れたのは、二足歩行している大男ほどの大きさのトカゲ──モンスターのリザードマンの集団だった。
その数は四十か五十か、それほど広くはない通路内を埋め尽くすほどだ。
そして、彼らの近くには既に何者かに倒されたであろう動かなくなったリザードマンがいくつも転がっていた。恐らくポイズントードを倒した冒険者達と同じに違いない。
リザードマンはDランクの中でも強い部類に入るモンスターだ。その理由は、生半可な攻撃を防いでしまう薄緑色の鱗に覆われており、更には様々な武器を扱う知性を持っているためだ。
そのため一匹当たりの強さはオークを超え、また集団行動する際の数が非常に多いと聞く。だから一匹あたりの持つ力だけを考えても仕方がない。
リザードマン達は主に水辺を好んで生息しているという。
だとすれば、この流水洞穴は彼らによって棲みやすい環境であったに違いない。
「チェスターは下がっていてくれ。メルは彼を守りながら、何かあったら援護を頼む」
「はい、分かりました」
あくまで二人には前に出てもらわずにおく。またポーション類を持ってきているにせよ、メルの魔力が足りなくなる事態は避けたい。
「俺が先に行こう」
すべてをまとめて《デス》で倒す。それが最善の戦い方だ。
「アーク様、私も一緒に行きます」
「いや、大丈夫だ」
「こんな時ですが……いえ、こんな時だからこそ、今は少しでもレベルを上げて役に立ちたいんです」
ファティナは俺をじっと見つめている。
もしかしたら、彼女はレイスとの戦いで自分が何もできなかったことを悔やんでいるのかもしれない。何となくだが、そんな気がした。
「……そうか、分かった。だが無理はしないでくれ」
「はいっ!」
ファティナと共に、リザードマンの群れに向けて切り込む。
『シャアアアァァァ!!』
接近したことでこちらの存在に気付いたのか、リザードマンの集団は各々の持った武器を振り回しながら目の前の通路を走ってきた。
「はっ!」
ファティナがリザードマンの持っていた錆びだらけの槍の突きを横への僅かな動きでかわし、腹に剣を突き刺す。
『グギャアアアッ!』
ファティナの一撃を受けたリザードマンは地面に倒れるが、すぐにそれに続いて何匹もが彼女を取り囲もうとして接近する。
だがファティナは大きく跳躍してそこから抜け出し、リザードマン達の猛攻を避けながら、両手で握ったシャドウキメラの剣から放たれる漆黒の斬撃でもって躊躇することなく切り裂いていく。無駄の無い、まるで舞うような鮮やかな剣技だった。
「ファティナさん……すごい……」
メルがその姿を目で追いながら感嘆の声を漏らす。
『シャアアッ!』
俺のすぐ目の前まで迫ってきたリザードマンが湾曲した剣で斬りつけてくる。
それをミスリルの剣で弾き、縦に振り下ろして倒す。
そして、間髪容れずに十体以上のモンスターの群れが俺に向かい襲い来る。
俺は群れへと剣の切っ先を向け、即死魔術を放つ。
「《デス》」
『ギオオオオオッ!!』
剣から放たれた『マルチプルチャント』による複数の《デス》がリザードマン達に命中し、そのすべてが地面へと崩れ落ちる。
ファティナのいる方向に視線を移すと、既に残りのリザードマン達は彼女によって半分ほどまで減っていた。
『グオオオオオオオッ!!』
──だが突然、リザードマンの発したものとは思えない雄叫びが通路内に響き渡った。
「な、なんだ!?」
チェスターが慌てながら辺りを見渡す。
通路の奥から現れたのは、通常ものと比べて背丈が二倍はあるリザードマンだった。
口の両端からは巨大な牙が剥き出しになっており、全身を覆う鱗は薄緑ではなく、茶色に変化している。
「これは!? 変異したモンスター!?」
メルが驚いたように声を上げる。
以前、ボルタナにいたときに店主からも聞いたことがあった。変異したモンスターは強敵となると。
『グアオオオオオオオ!!』
変異したリザードマンは手に持っていた身の丈ほどもある巨大な棍棒を振り回し、近くにいたリザードマン達をすべて軽々と薙ぎ払いながらこちらへと向かってくる。どうやら同種族という認識が最早ないようだ。
「ファティナ、気を付けてくれ。奴は強い」
奴は俺が即死魔術で倒すのが恐らく手っ取り早いだろう。
「……大丈夫です。私が……倒します」
ファティナはそう呟くように言い、目を少し細めて変異したリザードマンを凝視した。
それから、残ったリザードマン達を蹴散らしながら走って行く。
「はああっ!」
接近したファティナの放った斬撃が巨大なリザードマンの足に命中する。
だが、思った以上に鱗は硬く、壊れはしたものの、皮膚までは届かなかったようだ。
『オオオオオオオッ!!』
リザードマンはその巨体からは想像もできない速さで棍棒を思い切りファティナに向けて振り下ろした。
「ファティナさんッ!!」
だがファティナはそれを避けたばかりか、棍棒を足場にして奴の頭まで移動し──迷うことなくその金色に光る眼を斬りつけた。
『グィアアアッ!!』
硬い鱗に守られていない眼への攻撃を受け、リザードマンは手でファティナを払い落とそうとするが、彼女はそれを避ける。
そして、もう一方の眼を剣で深々と突き刺した。
『ガアアアアアアアアッ!!』
リザードマンは一際大きな叫び声を上げた後、地響きを立てながら地面へと横たわった。
「や……やった……」
戦いが終わったのを見て、チェスターが安堵の声を漏らす。
ファティナは地面のリザードマンを一瞥すると、剣を鞘に納めてからこちらに戻ってきた。
「ファティナ、あまり無茶をしないでくれ」
「いえ、私は平気です! それにレベルアップもしたみたいですから」
「それはそうかもしれないが……」
出会った時からファティナは言い出したら聞かないところがあった。
今回もそういう類のようだ。
「それにしても、すごい数でした……リザードマンがあんなにいるとは」
チェスターの言う通り、モンスターの数は上層だというのにかなり多い。
そして、近くに先行しているはずの冒険者達の荷物などがない……ということは、このリザードマン達は同族が倒された後にここにやってきたのだろう。
このままだと戦っているだけで一向に下層に辿り着けなくなりそうだ。
「ここからは少し急いで進もう。モンスターの数が多すぎる」
「確かに……こうして戦っていれば、いずれこちらが疲弊してしまうかもしれません」
メルから聞いた話によれば、下層には必ず鍵を守る守護者が存在している。
それらと対峙するまでは、なるべく体力を温存しておいたほうがいいだろう。
俺達は下層に向かうため、再び移動を開始した。
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『死者の棺』の発動条件を満たしていないので、変異リザードマンは回収できないので修正しました。
報告いただきありがとうございました。




