第四十六話 疑問
「俺はアーク、魔術師だ。そして剣士のファティナに……魔術師のメルだ」
「アークさんにファティナさん、メルさんですね。どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね、チェスターさん」
「よろしくお願いします」
チェスターが一緒にダンジョンに潜るということになり、お互いに自己紹介を済ませる。
メルは冒険者登録をしていないので冒険者ではないが、さすがに素性を明かせば色々と問題がありそうなのでとりあえずは魔術師ということにしておく。
「出発するが、ダンジョン内ではなるべく後方に下がっていてほしい」
「ええ、分かりました」
俺の要望にチェスターは大きく頷きながら肯定の意を示した。
チェスターはレベル上限40だということなので、上層のモンスター相手であれば一方的にやられることはないと思うが、念のため気を付けておいたほうがいいだろう。
「そういえば、皆さんは冒険者ランクはどのくらいなのですか?」
チェスターが尋ねる。俺達の冒険者ランク──要するに強さを知っておきたいということなのだろう。
「俺達の冒険者ランクは『C』だ。ついこの間ランクアップした」
「おお、そうですか! 私よりも若いのにお強いのですね。でしたら上層は問題ないでしょう。もっとも、中層は少し難しいかもしれませんが」
確かにチェスターの言う通り、ランクで考えればCランクモンスターが出始める中層の先に行くのは難しいだろう。
「では私が先頭を行きます」
「ああ、頼む」
ファティナが先を歩き、その後ろに俺達も続く。
チェスターやメルがいるため、耳が良いファティナが前方にいたほうが何かあった時に事前に察知しやすい。
流水洞穴の中を歩いていく。
洞窟内は青だったり白だったりという岩によって形成されていて、ひたすらに赤茶色の土ばかりだった緑翠の迷宮の上層とはまた違った雰囲気だ。
地面は砂利で覆われていて、歩く度に小さな石が擦れ合うような音がする。
まだそれほど奥に行っていないためか、洞窟内は明るいので視界に関しては今のところ問題はなさそうだ。
壁と天井を岩で囲まれた広めの一本道は時にまっすぐ、時にうねうねと曲がりくねっている。
そのせいか、道は一つだが奥がよく見えなかったりすることも多い。突然モンスターと鉢合わせたりしないように気を付けなければならない。
「この先から、水の流れる音が聞こえてきます」
ファティナが前を進みながら言った。
ギルドの受付嬢から聞いたダンジョンの特徴と一致している。たしか絶えず至る所から水が流れ続けている、と。
緑翠の迷宮が草木の茂る場所であったのと同様に、どうやら流水洞穴も名前の通りのようだ。
そのまましばらく進むと、ファティナの言ったように俺にも水が流れる音が聞こえてきた。
音の正体はすぐに分かった。
先にある道の左側が大きく穴を開けたように何もない空洞になっていて、上から少なくない量の水が流れ落ちていた。
流れ落ちた水の先は小さな滝壺になっているようだ。
「おお、ダンジョンならではの神秘的な風景といった感じですね……うわっ!」
チェスターが前に出て滝を興味深そうに上から下まで眺めていたところで、急に声を上げる。
すると、滝壺の中から突然何かが飛び出してきて道に現れた。
『ゲッゲッ……』
現れたのは、緑色の巨大なカエル達だった。数は七、八匹ほどいる。
カエルは俺たちの身長の半分ほどの大きさで、長い舌を出しながら奇妙な鳴き声を発している。
「出ましたよ! ポイズントードです!」
チェスターが若干慌てながら、腰に差していたショートソードを引き抜いた。
彼も商会の息子とはいえレベル上げをしたことはあるはずなので、以前に戦ったことがあったようだ。
ポイズントードは確かDランクモンスターだと受付嬢が言っていた。すべて《デス》で倒せるか試してみるか。
「ここは私が引き受けます」
そう思っていたところでファティナが俺よりも先に前に出て、ポイズントード達に近寄っていく。
「わかった、頼む」
『ゲエェッ!』
ポイズントードは舌を伸ばしたり、高く飛び上がってきたりして一斉にファティナを狙う。
だが、彼女が剣の柄に手をかけた次の瞬間、発生した漆黒の斬撃により一撃で全てのポイズントードが横一文字に切り裂かれた。
ポイズントード達は一撃も見舞うことができないまま、地面へと落ちた。
(……これまでの戦いでレベルが上がったからか、ファティナの強さも大分上がったようだ)
ファティナのレベル上限は鍵の力によって解放され、現在は130になっている。まだまだ成長の余地がありそうだ。
俺の【即死魔術】のスキルレベルはダンジョンの下層まで行かないと恐らく上がらない。
苦戦するようなモンスターが出るまでは、彼女に率先して倒してもらいレベルを上げながら進んだ方が良さそうだ。
「ありがとう、助かった」
「いえ……では先を進みますね」
ファティナにお礼を言ってから、再びダンジョンの奥を目指す。
「──え? い、今何を? モンスターは……?」
そんな中、チェスターが何度も瞬きしながら唖然としていた。
「モンスターならもう倒した。行こう」
「た……倒した? な、何も見えなかった……Dランクモンスターのポイズントードの群れが一瞬で真っ二つに……」
チェスターは目の前で起きた出来事を理解できないといった様子で、動かなくなったポイズントード達を見ていた。
「彼女には【剣聖】のスキルがありますから」
「け、【剣聖】!? あの剣士の最上級スキルの!? 道理でとてつもない強さなわけだ……」
メルの説明によって、チェスターは驚きながらも合点がいったらしい。
「な、なるほど……!! ファティナさんがこの強さならば、もしかしたら下層を攻略できてしまうかもしれませんね!」
すると、チェスターが急に入り口で言っていた事とは正反対の事を言い始めた。
「さすがに下層はそれほど簡単にはいかないだろう?」
「いやいや、中層にはCランクモンスターが出るらしいですが、下層はCランクとBランクに、ごく稀にAランクに遭遇する程度だそうですよ」
「……え?」
彼の言う言葉に、ファティナも俺の方を見て首を傾げた。
それでは緑翠の迷宮と出てくるモンスターの構成が食い違っている。
(チェスターが言っていることは正しいのか?)
どうにもおかしい気がする。
「メル、何か分かるか?」
「いえ……ただ、そんなはずは無いと思うのですが」
メルが表情を曇らせながら肩掛けの鞄を触った。鞄には城から持ち出した古文書が入っているはず。そこにダンジョンについて何かしら書いてでもあるのだろうか。
「下層のモンスターの情報はどこで聞いたんだ?」
「もちろん冒険者達からですよ。このダンジョンは既に下層に行っている冒険者もそこそこいるという話はトラスヴェルムの商人ならば皆知っていることです」
チェスターが当たり前の様に告げる。
緑翠の迷宮の下層はいきなりAランクモンスターであるミノタウロス達が襲い掛かってくるような危険地帯だった。
だが流水洞穴はそんな事にはなっておらず、冒険者達が侵入しているという。
それがもしも事実だとすれば、既に流水洞穴を攻略した冒険者がいてもおかしくはない。
緑翠の迷宮が異様に攻略が困難な場所だっただけで、この流水洞穴はそこまでではなかった可能性も考えられるが……その場合には鍵がもうここには無いのかもしれない。
(……だが、ダンジョンが攻略されているならば、モンスター達はいなくなっているはず)
受付嬢が言うには、モンスターはここ最近増えていると言っていた。何となく辻褄が合わない気がする。
ここで考えていても始まらない。
奥へと進み、自分達の目で確かめるしかないだろう。




