第四十三話 商会と転移魔術
ギルドで流水洞穴の情報を得た俺達は、次に装備や諸々の道具を整えるため店を回ることにした。
トラスヴェルムに来る途中のイリアとの戦いにより、俺の持っていたブロードソードは破損してしまっている。そのため、新しい武器を買わなければならない。
俺は剣に関するスキルを一切持っていないし、基本的には即死魔術を主力にして戦うので武器はあくまで補助的なもの。
そこまで高価な品である必要はないが、イリアの攻撃を防げる程度の物は用意したかった。
(それにしても、移動するだけで一日か。かかりすぎるな)
今日の買い物について考えながら、ギルドで受付嬢から聞いた話を思い出す。
流水洞穴に行くためには、トラスヴェルムから馬車で一日ほどかかるという。
緑翠の迷宮は町の近くにあったから良かったものの、こちらは流石に都度行くには遠すぎる。
いくら俺のステータスが上がりメルがパーティに加わったとはいえ、一度で攻略できるとは思わないほうがいいだろう。
何よりも一番面倒なのは、移動中にイリア率いるクレティア兵に発見されることだ。
トラスヴェルムからどの程度までの範囲が商会の庇護下にあるのか分からないので油断はできない。
「アークさん、何か考え事でしょうか」
歩きながら顎に手を当てて悩んでいると、メルが俺の顔を下から覗き込むようにして声を掛けてきた。
「いや、ダンジョンに行く度に馬車で一日かけて移動するのはどうかと思ったんだが」
「確かにボルタナから緑翠の迷宮には歩いて行けましたよね。一日は少し長いと思います。ずっと座っているとお尻も痛くなりますし」
ファティナも俺と同じ意見のようだ。
今のままでは往復の移動だけで二日かかることになる。その分食糧を持たなければならないため荷物は増えるし、硬い馬車の荷台では疲労が溜まる。
「うん……そうですね」
メルは腕組みしながら何かを考え始め、そして小さく「あっ」と言って何かを思い出したような顔をこちらへ向けた。
「では【転移魔術】を扱える方を探すのはどうでしょうか?」
「【転移魔術】?」
「それは一体どんな魔術なんですか?」
聞き慣れない魔術の名前がメルの口から出てきたので、ファティナと一緒に尋ね返す。
「【転移魔術】は指定した場所に一瞬で移動する魔術です。転移先は、たとえば本人が行ったことがある場所に限られるなどいくつか制約はありますが、利用できれば非常に便利です」
「なるほど……そんな便利な魔術があるんですね。それが使えれば、どこにでもすぐに行けるようになりますね」
そんな夢のような魔術の存在を聞いて、ファティナの耳がぴんと立った。
メルの言う【転移魔術】が使えるようであれば、ダンジョンの行き帰りも随分と楽になるはずだ。移動にかかる時間を大幅に短縮することができるだろう。
もしかしたら、探索の途中で一旦町へと戻り、次の日はその地点から再開──などという方法も取れるようになるかもしれない。
「確かに、それはすごいな。【転移魔術】を使える魔術師にはどこで会えるかわかるか?」
「ええと、そこまでは。私の場合は専任の宮廷魔術師がいつも居たものですから……提案しておいてすみません」
申し訳なさそうにメルは肩を落としてしまった。ぬか喜びさせてしまったとでも思ったのだろう。
「いや、メルが言ってくれなければ存在すら知らなかったからむしろ助かった。この都市は広いから、一緒に探してみよう」
「はっはい……ありがとうございます」
俺がそう言うと、何故か彼女は俯いてしまった。
その後は、店で買い物をしながらついでに【転移魔術】のスキルを有する人間について話を聞くことにした。
まずは武器を買うため、大通りにある武具屋へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
扉を開けて店に入ると、腰まで伸ばした長く真っ直ぐな金髪が印象的な若い女性がカウンターから声を掛けてきた。頭にはファティナよりかは小さめの獣の耳が生えている。猫人族だ。
一人しかいないところを見るに、彼女がこの店の主人だろう。
店の棚の中や壁には剣、槍、斧など様々な武具が置かれている。カウンターの後ろにもいくつか置いてあるようだ。
「本当に色々な武器があるんですね!」
「すごいですね……」
ファティナとメルは店の中に置いてある品を見ている。
「各国より取り寄せた、腕利きの職人達が作った品々です。どうぞご覧ください」
女主人はそう言ってにこりと微笑む。
俺は目利きではなく善し悪しが分からないので、直接尋ねたほうが確実だろう。
「対応するスキルが無い者でも無難に扱えて、かなり強力な一撃を受けても壊れにくい武器は何かないか?」
カウンターの前へと向かい、女店主に話しかけた。
「はい、スキルが無い方が使う物であれば、短剣か片手剣が定番だと思います。どちらがよろしいですか?」
「では片手剣が一本欲しい。売れ筋の品などがあるなら、教えてもらえると助かるんだが」
「そうですね……でしたら、こちらのミスリル製のロングソードなどは如何でしょうか」
女主人は後ろにある棚から、布にくるまれた一振りの銀色に輝く長剣を持ってきてカウンターの上に置いた。
ミスリルとは鋼鉄や銀よりももう一つランクが上の鉱物で、魔力を宿している。銀のようにアンデッドへの効果もあり、また鋼鉄をしのぐ強さを持つ。
剣は無骨なデザインではあるが、全体的なラインは美しく綺麗に造られている。
武器の事は詳しくはないが、良い出来栄えに見えた。
「こちらは金貨五十枚になります。少し値は張りますが、剣士の方々にはとても評判が良いんです。品質は保証します」
金貨五十枚であれば十分に買える範囲だ。この品を買うことにしよう。
「分かった。この剣を貰おう」
「はい、ありがとうございます」
革袋から金貨を取り出し、カウンターに置く。
女主人は一度頭を下げると、金貨を受け取った。
「少しお邪魔しますよ」
「おいおい、相変わらずしけた店だなあ? ええ?」
「品揃えも酷いもんだぜ!」
──その時、突然乱暴に扉が開け放たれた音がしたかと思えば、どすの利いた声が店の中に響き渡った。
ふと後ろを振り変えると、店の入り口から薄ら笑いを浮かべた三人の男が入ってきていた。
金色の刺繍が入った上等な服を着た二十歳過ぎであろう茶髪の若い男。そして彼の前に立つ二人は三十代くらいに見え、顔の所々にいくつもの傷跡がある。
片方は茶色の革鎧、もう片方は鋼鉄製の全身鎧を着込んでおり、その風体はトラスヴェルムの景色にはとても似合っていない。
となると傭兵か冒険者のどちらかだろう。
「貴方がたは……」
女主人は現れた三人組を見て、眉をひそめた。
「この前の話の返事を聞きに来ましたよ、トトさん」
「ハッ、聞くまでもネェがウィオル商会と取引をするように変えるよな?」
「それ以外の選択肢はアンタにはねえぜ!」
下卑た笑みを浮かべながら、男達はカウンターへと近付いていく。トトというのはこの店の主人の名前なのだろう。
「以前にもお話ししたはずです。私は貴方の商会とはお取引をすることはできません」
「おいおい、こっちが下手に出ればいい気になりやがって!」
「ふむ、相変わらずトトさんは強情ですねぇ……」
(どういう成り行きかは分からないが、まさに絵に描いたような悪党とでも言うべきだな……)
俺は彼らと女主人との間に割って入る。ファティナ達もやってきた。
「やめておけ。これ以上やるなら俺が相手になる」
「あん? 何だテメェらは?」
「私達は冒険者です! 貴方達のような卑怯な輩は許せません!」
ファティナが女主人をかばうように前に出ると、三人組は互いに顔を向かい合わせて笑い始めた。
「ハッハッハ! こんな弱そうなやつらが冒険者をしてるとは、ギルドも落ちぶれたもんだぜ!」
「どうせEランクとかだろうよ! あれだって一応冒険者だからな!」
「ふむ、少々若いですが冒険者にしておくのは勿体ない美しい女性達ですね、クックック……」
二人の男はこちらへと近付いてくる。そして、拳を構えた。
「悪いがこっちも冒険者、しかもレベル上限50のBランクなんだよなあ!」
「馬鹿な新人だぜ! 俺達に喧嘩を売ったことを後悔するんだなッ!」
二人の男達は俺に向かって殴りかかってきた。
だが、その動きは異様に遅く感じた。ステータスの差が出た結果だろう。
俺は男達の攻撃を避けて懐に入り、左の男には拳を、右の男には膝蹴りを鳩尾に叩き込んだ。
「ぐぶあっ!?」
「ごばあっ!!」
男達は一切反応できずに、腹を手で押さえながらその場に倒れた。
「ひっ!? い、一体何が起こった!? お、おい!」
一人残った商人風の男は何が起きたのかも分からず、引きつった顔で俺を見た。
「き、貴様達! 分かってるのか!? ぼ、僕に手を出したらウィオル商会が黙っていないぞ!」
男が俺を指差しながら叫ぶ。
俺は男に近寄っていく。
「く、くるなあ!」
男は身の危険を感じたのか、すぐに扉を開けて外に出た。
「忘れ物だ」
気絶している男達を道に向かって投げると、男は更に後退った。
「ひ、ひい……く、くそ! 冒険者風情が! 覚えていろ!」
男は伸びている二人を放って走って逃げて行ってしまった。
放置された二人は、後で衛兵を呼んで捕まえてもらうとしよう。
「大丈夫か?」
「は、はい、ありがとうございました」
女主人はそう言うと、深く頭を下げて礼をした。
「それにしても、一体何なんですか? あの人達は」
「ウィオル商会という大きな商会の方です。このトラスヴェルムで最も発言力のある商会です」
なるほど、先程の男がウィオル商会、と言っていたがそういうことか。
「はい……この店は父の代からクラウ商会と取引をしていますが、ここ最近、今のようにウィオル商会があちこちで手出しをしてくるようになったのです」
つまり、乱暴なやり方で取引する店を増やしているということか。しかし冒険者、それもBランクまで雇うとは思わなかったが。
「本当にありがとうございました。お礼と言っては何ですが、少しこの剣を値下げさせていただければと……」
「いや、こちらが勝手に助けただけだから気にしないでほしい」
「ですが……」
「であれば、教えて欲しいことがある。【転移魔術】を使える人間を探しているんだが、この都市で誰か知らないか」
俺がそう言うと、女主人は困ったような顔をした。
「【転移魔術】のスキルを持つ魔術師は非常に珍しく重宝されますから、大抵は騎士団や大きな商会で雇われてしまっていると思います……」
だからメルは知っていたが、俺達のような一介の冒険者では存在すら知らなかったというわけか。これは困ったな。




