第三十九話 脱出
「はっ!」
「ぐあっ!?」
ファティナは後方で俺達の馬車を追い越そうとする兵士達を防いでいる。
本来であれば彼女と役割を交代して俺が兵士達の相手をしたいところだが……どういう理屈か分からないがあの弓から放たれる矢はステータスが高いはずの俺ですら弾くのに精いっぱいな威力だ。
冒険者ギルドでアレンが俺の腕を振りほどけなかったことを考えると、異様な強さだと感じる。
矢を一発でも食らえば馬車は破壊されてしまうので、まだレベルが上がりきっていないファティナに任せるのは厳しいかもしれない。
(だとすれば、《デス》を使うしかないが……)
だがドラゴンに向けて《デス》を使おうにも、空を飛んでいるような相手では仮に『クアドラプル』を発動したとしても距離がありすぎて有効範囲を大きく超えてしまうだろう。だから有効打にはならない。
今頼りにできるのは壊れかけたブロードソードのみ。所有スキルが【即死魔術】しかない俺には遠く離れた相手からの攻撃をどうにかする術がない。
ファティナから一時的に剣を借りることもできるが、その間は彼女の武器がなくなってしまうので避けたい。
緑翠の迷宮にいたドラゴンのように植物などの生物を攻撃手段として使役するような敵であれば即死魔術は有利だが、あの矢は恐らくそうではないので打ち落とすことはできないだろう。
拡張された能力一覧から何か新しい能力を取得しようにも、今は射手のイリアの攻撃を防ぐので手いっぱいだ。
「あのイリアという騎士を説得することはできないか?」
俺の隣で心配そうに空を見上げているメルに尋ねる。
イリアは先程から御者台や俺の事だけを狙っており、矢による攻撃の頻度も非常に少ない。
その気になればドラゴンによる攻撃で馬車を容易く粉々にすることもできるはず。
それをしないということは、イリアの目的が馬車を動けない状態にしてメルを無傷で捕らえることだからだろう。だから危害を加えるような戦い方は避けているはず。
クレティアの国王がどう伝えているのかは分からないが、事情を話せば戦わずに済むかもしれない。
「それは、正直分かりません……」
自信なさげといった風に苦しい表情を浮かべながらメルが答える。
「なら能力は分かるか? あの攻撃はどうも普通ではないように思える」
「確かイリアのレベル上限は50だったはずですが、【竜使い】という珍しいスキルを所有しています。あのスキルは自身の使役する竜のステータスを一時的に自らに上乗せする事ができると聞きました」
なるほど、道理で放たれる矢の一撃があれほど高い威力になっているわけだ。
普通の人間であれば、竜に乗りながら正確に弓矢で対象を射るなど難しいはず。彼女はそれをステータス増加で補っている。
「そいつはとんでもねえスキルだが、どうする?」
隣で話を聞いていた御者が不安そうに俺達を見ながら言う。
「森の中に入ってください。そうすれば少なくともイリアのドラゴンから姿を隠すことはできます」
「も、森だって!? 森の中は道が無いから足場も悪いぞ! 走ってる途中で木にぶつかるかもしれねえ!」
メルの提案に御者が驚き叫ぶ。
「御者さん! どうかメルさんの言う通りにお願いしますっ!」
兵士達をほぼ撃退できたのか、ファティナが荷台から顔を出した。
「まあ、相手がドラゴンに乗った騎士じゃあ普通にやっても勝てないか! 通れそうな場所が見つかったら入ることにするからな!」
そう話していた矢先、イリアの駆るドラゴンが急に速度を上げた。
そして、空中で大きく旋回して馬車の前へと迫る。
「さ、さすがにこれはどうしようもないな……」
すぐ目の前に現れたドラゴンの顔を、馬車に乗っていた全員が凝視していた。
ドラゴンは馬車と向かい合った状態のまま、速度を合わせて空中を羽ばたいている。
「姫様を誑かす卑劣なる者どもよ。今すぐに投降しろ。さもなくばこの場で私が断罪する」
青い鎧を身に纏う二十代ほどに見える女性、王国騎士のイリアは竜の背に立ち、その長く青い髪を風になびかせながら俺達を睨みつける。
「イリア! 私は自らの意思で城を出たのです! どうか攻撃をやめて話を聞いてください!」
「私達は姫様を助けただけです! 戦うつもりはありません!」
「姫様に魔術までかけて洗脳するとは……許しがたい。まずはそこの男からだ」
メルとファティナの言葉に対し、聞く耳を持たずといった様子でイリアが矢をつがえ──俺に向けて放った。
その至近距離からの一撃をブロードソードで弾き飛ばす。
矢を受けたことにより、剣の刀身は粉々に砕け散った。
「幾度となく私の矢を弾くとは……!」
「《デス》」
僅かに動揺するイリアの隙を突く形で、即死魔術を発動させる。
折れたブロードソードの刃の先端から漆黒の波動が放たれ、目の前を飛ぶドラゴンへと向かう。
だが、《デス》は青い障壁によって阻まれ立ち消えた。
恐らく魔術防御だろう。
どうやらドラゴンは基本的にこの能力を有しているようだ。
「無駄だ。魔術は効かない。抵抗はやめて大人しく馬車を止めろ!」
こうなれば、もう手段は一つしかない。
「破滅よ、全てを食らい無へと還せ──《ルイン》」
再び即死魔術が放たれると、視界がブレた。
そして眼前に古いマントを身に付けた骸骨の姿が浮かび上がり、イリアの乗るドラゴンに向けて鎌が振るわれる。
『ギュオオオオオオ!!』
鎌が青い障壁にぶつかったその途端、ドラゴンが空中でもがき始めた。
「こ、この禍々しい魔術は一体……!? まさか、魔術防御を突破しようとしているとでもいうの!?」
《ルイン》によって削られていく魔術障壁を見ながら、イリアが驚愕した表情を浮かべた。
「くっ……!」
イリアが苦しげに呻くと、ドラゴンはすぐさま高度を上げて馬車から離れていく。
やがて有効範囲外になったせいか、《ルイン》の効果は自動的に解除された。
「よし! 森の中に入るぞ! 振り落とされないようにな!」
「アーク様! メルさん! 荷台に戻りましょう!」
「は、はい!」
御者の合図とともに、馬車が街道を逸れて左手に広がる森の中へと入っていく。
俺達はすぐに荷台へと入り込み、適当な場所に掴まった。
やがて馬車は街道を進んでいた時よりも遥かに大きな振動を伴いながら森の中を進んでいく。
「ふう……とりあえずあのドラゴンは撒けたようだな。馬も疲れているから、ここからは少し速度を落としながらいくしかないな」
御者が俺達の方を向きながら言い、同時に馬車の速度も落ちた。
どうやら、何とかクレティア兵達の追跡を逃れることができたようだ。
「ここからトラスヴェルムまでどのくらいかかる?」
「そうだな……このまま森の中を走るとなると、大体五日ぐらいだな。モンスターも出るかもしれないが、その時は倒してもらえば大丈夫だろう」




