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即死と破滅の最弱魔術師  作者: 亜行 蓮
第一章

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第三十八話 王国の射手

「出来たわ! どう? 私の仕立て具合は!」


 それから二時間ほど経ったところで、仕立て屋の女性が寝室の扉を開けて出てきた。

 その後ろからは王女が出てくる。


 王女の長かった髪は全体的に大分少なくなり、後ろは三つ編みに変えたようだ。


 服装は目立つドレス姿から、白いブラウスに短めの赤色のスカートというシンプルな組み合わせの服装に変わっている。


 また、彼女は肩掛けの鞄を身に着けている。恐らくその中に城から持ち出した古文書を入れているのだろう。


 その姿は、全体的に角が取れたとでも表現すべきだろうか。


「どう……でしょうか?」

「はい! 可愛いと思いますっ!」

「い、いえそうではなくて……」

「ああ、これなら少し可愛げのある町娘に見えるな。なあおい、兄ちゃんも何か言ってやれよ」


 店主に促され、王女の姿をもう一度眺める。

 確かに似たような服装の人間が多くいそうな恰好だ。


「ああ、これならば王女ではなく普通の町人に見えるだろう」

「いやそういう事が聞きたかったわけじゃないんだが……兄ちゃんは相変わらずだな」


 俺にはよく分からないが、とにかく移動しても正体が隠し通せるのならばそれで十分だ。


「あと、流石に名前で呼んだらばれちゃうかもしれないから別の呼び方でも考えたほうがいいと思うわ」

「そうですね……それでは、メルさんではどうでしょう?」


 ファティナが早速候補を挙げる。

 メルレッタだからメル、という訳だろうか。


「まあ少し安直すぎる気もするが、あれこれと深く悩んでも仕方ないしそれでいいんじゃないか。姫さんはどうだ?」

「はい。私も大丈夫です」


 王女はそう答えると、自分に言い聞かせるように、小声でメルと何度か呟いた。


「よろしくお願いしますね! メルさん!」

「今後は俺もそう呼ばせてもらおう。こちらも呼び捨てで構わない」

「こちらこそよろしくお願いします……ええと」


 メルが少し困ったような顔をしたところで、ファティナが何かに気付いたかのようにはっとした表情になった。


「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたねっ! 私は剣士のファティナと申します。それで、こちらが魔術師のアーク様です。二人ともCランクの冒険者で、パーティを組んでいるんですよ」


 色々あったので今まで名前を伝えていなかったのに気付いた。


「分かりました。よろしくお願いします。ファティナさん、アークさん」


 俺達は自己紹介をして、互いに握手を交わす。


「よし、これで準備は整ったな。馬車は店のすぐ前に待たせてある。なに、三人で堂々としていれば別に怪しまれずに外に出れるだろうさ」


 店主が窓の外を指差すと、そこには馬車が止まっているのが見えた。


「あの、色々とありがとうございました」


 メルは二人に向かって丁寧に一礼した。


「なに、気にしないでくれ。それよりも、ちゃんと三人で無事に戻って来いよ」

「ボルタナの英雄が一緒なんだから何があっても大丈夫よ!」


 二人はそう言って、気さくに返した。

 それを見てメルの強張った顔も少しは緩んだようだ。



 店の扉を開けて裏通りに出る。


 そして、すぐ前で待っていた馬車の御者の男性と目が合ったところで彼は笑顔で片手を上げた。

 歳は四十といったところだろうか。少し厚手のローブを着ており、旅着のようだ。


「よう! 会えて嬉しいよ。アンタ達には町を救ってもらった恩があるからな。俺がトラスヴェルムまで連れて行ってやるぜ」

「頼むぜ。それじゃあ三人は荷台に座っときな」

「ゲイルさん! 本当にありがとうございました!」

「今までありがとう」

「気にするなよ。この町の皆が兄ちゃん達に助けられたんだ。さあもう行きな」


 俺達が荷台に乗り込むと、御者台から乾いた鞭の音が響いた。

 ゆっくりと馬車が動く振動が伝わってくる。


 大通りに出るため曲がり角を曲がると、店主達の姿はすっかり見えなくなった。


 荷台から通りを見ると、歩くクレティア兵達が目立った。早めに町を出る決断をしてよかっただろう。


 そしてしばらくの間馬車が走ったところで、急に振動が止まった。


「どうも兵士さん! どうかしましたので?」

「現在、検問を敷いている。荷台の中身を検めさせてもらうぞ」

「へえ、それは構いませんが……冒険者の方々しかおりませんぜ?」

「そうか、だが念のためだ」


 そんな会話が聞こえた後、兵士達が荷台の中を覗いてきた。


 兵士は俺達三人の顔をしばらく眺めた。


「おい、そこの女。その鞄の中身を見せろ」


 急に兵士が言い、メルが体をぴくりと震わせた。


 あの鞄の中には古文書が入っているはずだ。


(……まさか、古文書の回収まで命令が出ているのか?)


「こ、この中には何も……」

「どうした、見せられないのか? ……怪しい奴だな! 今すぐに馬車を降りろ! さもなくば──ぐあっ!」


 次の瞬間、ファティナが鞘に入ったままの剣を振り、荷台に入ってこようとした兵士の顔面を殴りつけた。


「御者さんっ!」

「おう! 任せろ!」


 ファティナの言葉を合図に馬車は急発進し、一気に町の門を潜り抜けて外の街道へと出る。


「なっ!? 貴様らどこへ行く! 止まれ! あの馬車に乗っているのが恐らくメルレッタ様だ! すぐに上に報告を入れろ!」


 別の兵士が叫ぶと、すぐさま近くにいた兵達が集まりだしたのが見えた。


「御者さん! もっと速度を出せませんか!」

「悪いがこれが精いっぱいだ! ああっ! まずいぞ! 向こうの方が足が速い!」


 御者の声を聞いて再び後ろを見ると、俺達の乗る馬車の後方から馬に跨った兵士達が追いかけてきていた。

 数は十以上いるだろうか。こちらは馬車であるため、速度は兵士達の馬の方が言うまでもなく早い。

 このままではすぐに追いつかれて囲まれてしまうだろう。


「水よ、我が敵をその流れの内に捉えよ──《ウォーターブラスト》!!」


 メルが唱えた瞬間、突然荷台の前の空中に大量の水が発生し、接近する兵士達の体に向けて流れていく。


「魔術だと!? うわあああっ!」


 兵士達と彼らが乗っていた馬は流れてきた水に飲み込まれ、街道の横へと流された。


「メルさん、魔術が使えるんですね!」

「はい! 多少ですが水属性の魔術と治癒魔術が使えます!」


 メルは回復と攻撃が行えるタイプの魔術師のようだ。


「大人しくしろっ!」


 また次の兵士達が荷台のすぐそばまでやって来た。


「はあっ!」

「ぐはっ!」


 それをファティナが先程と同じように鞘で殴打して後退させていく。

 俺も同じように素手で攻撃を加える。


 徐々にだが、兵士達の数は減っていく。

 このまま兵士達を倒せば、トラスヴェルムまで逃げきれるかもしれない。


 そう思った瞬間、御者台に向かって何かが空から飛んでくるのが見えた。


 俺はすぐに御者台の上に立ち、鞘から引き抜いたブロードソードでそれを弾き返す。

 今のは明らかに攻撃だった。


(……だがどこからだ?)


 そう思って辺りを見回していると、上空に何かの影が見えた。


 やがて影はこちらに接近して徐々に大きくなっていった。


 馬車と速度を合わせるようにして空中を羽ばたくそれは、全身が水色の鱗で覆われ巨大な翼をもつモンスター──ドラゴンだった。


 そして、そのドラゴンの背中には青い鎧に身を包み長弓を持った人物がいる。


「アーク様、あのドラゴンは……人が乗っているようです!」


 ファティナが空を飛ぶドラゴンに気付いたようで、叫んだ。


「ど、ドラゴンだって!? なんでドラゴンがこんな街道なんかにいるんだ!?」


 二人の声を聞いたせいか、メルも荷台から御者台へと這い出てきた。


「あれは……いけません! 彼女はクレティア王国騎士団の騎士イリアです! 彼女の武器は騎士団随一の射程と命中を誇る弓です! このままでは狙い撃ちにされます!」


(兵士の次には騎士が出てきたか……)


 恐らくあのドラゴンに乗った騎士がボルタナに現れた兵士達の指揮官なのだろう。


 先程の御者台への攻撃は、あの騎士によるもので間違いない。

 また、剣で弾いた矢はかなり重く感じた。明らかに通常の物ではないだろう。


 ドラゴンは再び上空へと上がると、また御者台に向けて矢を放ってきた。

 それを再びブロードソードで打ち払う。


「そ、そんな……まさか、あのイリアの矢を剣で弾くなんて!」


 メルが目の前で起きた出来事に目を丸くしながら呟いた。


(……まずいな)


 店主からもらったブロードソードの刀身には既にひびが入っている。かなり重い一撃のようだ。

 受けられるとしても、あと一撃だろう。

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